人目をしのぶ恋
2008年10月07日(火)
万葉集十巻2147番
山の辺に い行く猟夫は 多かれど 山にも野にも さ雄鹿鳴くも
読み:やまのべに いいくさつおは おおかれど やまにものにも さおしかなくも
大意:山の辺に猟をしにいく猟師は多い。しかし、山にも野にも発情期の牡鹿が牝鹿を求めてしきりに鳴いている。猟師に見つかったら大変だ。
斎藤茂吉は「万葉秀歌」で次のように解釈している。
「猟師は恐ろしいものだが、それでも妻恋しさにあんなに鳴いているという、哀憐のこころで詠んだもので、西洋的にいうと、恋の盲目とでもいうところであろうか。」
危険を冒してでも恋をするということからすれば、ここは不倫や浮気を考えたほうがしっくりくる。
茂吉は自分自身不倫も浮気もしていたので、歌の解釈では遠慮したのかなあ。
山の辺に い行く猟夫は 多かれど 山にも野にも さ雄鹿鳴くも
読み:やまのべに いいくさつおは おおかれど やまにものにも さおしかなくも
大意:山の辺に猟をしにいく猟師は多い。しかし、山にも野にも発情期の牡鹿が牝鹿を求めてしきりに鳴いている。猟師に見つかったら大変だ。
斎藤茂吉は「万葉秀歌」で次のように解釈している。
「猟師は恐ろしいものだが、それでも妻恋しさにあんなに鳴いているという、哀憐のこころで詠んだもので、西洋的にいうと、恋の盲目とでもいうところであろうか。」
危険を冒してでも恋をするということからすれば、ここは不倫や浮気を考えたほうがしっくりくる。
茂吉は自分自身不倫も浮気もしていたので、歌の解釈では遠慮したのかなあ。

