集団規定における現状と枠組みの再構築について
このブログは現行の、都市計画法・建築基準法・景観法の集団規定による居住環境の問題を整理し、地域性を反映できる集団規定への転換方法を研究するものである。良好な居住環境の形成を目的とする今後の法規制の構築のための基礎資料を提供する、序論的考察を試みた。
敷地の狭小化や細分化、建築形態の歪化、街並みの不連続性について指摘されることが多い。基盤整理が伴わないまま市街化が進んだこと、更に画一的にルールを定めた建築基準法により、どこの住宅地でも同じような形態と問題を抱えるようなった。また都市部の密集市街地対策の必要性は常に論じられている。
 このブログでは、都市計画法・建築基準法、景観法が規制・誘導を目的とした法律であることを踏まえる。その上で建築・都市形成の法手続きを調査し・分析し集団規定の枠組みを提案することが必要かつ適した方法と考える。都市計画や都市法は、単なる都市工学的な理論・技術やその法的反映としての技術的諸制度の集成や体系ではなく、その都市に生きる人々にとって価値ある内容の都市づくりを保障するような社会的調整の制度的技術と手続を組み込んだものであることが必要なのである。
 集団規定の枠組みの構築により、都市の事情、要請、個別別にメニューを指定することができる。各都市には特殊な事情があり、それぞれ都市のあるべき姿としてマスタープランが制定されている。個性の異なる様々な都市が特別な規定によらず良好な居住環境を形成することができる。
 また集団規定については宅地の形状及び規模がそこにおける建築物の形態を制約し、ひいては市街地全体の形態をも制約している。これまで工学的見地からなされた集団規定の研究は多い。立法についても技術者、技術系官僚の関わる範囲・影響力は絶大である。法学的アプローチで規制の成立過程・目的・問題の整理、集団規定の影響を分析することで画一性排除が必要である。
(key word:interior/family/house/home/architecture/building/construction/architect/town/city/urban/planning/life/design/coordinator)

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法定地上権の成立要件(引用・要約) [2007年03月19日(月) ]
〇要旨

 法定地上権にかんする議論において、「従たる権利」という考え方があるようである。ある土地の地上権者がその土地上に建物を建築し、建物だけに抵当権を設定した場合、当該建物抵当権が実行されると、建物抵当権の効力は「従たる権利」としてその地上権にも及ぶため、建物競落人は土地所有者に対して元来の地上権を主張することができる。したがって、建物保護を目的とする法定地上権については考える必要がないというのである。
 しかし、建物の存続期間が一〇年で、元来の地上権の存続期間が二〇年であったとしても、元来の地上権は建物の従たる権利といえるのだろうか。建物の存続には一筆の土地のごく一部しか必要とせず、元来の地上権が一筆の土地全体を対象とするものであった場合でも、元来の地上権は建物の従たる権利といえるのだろうか。そもそも、建物は土地利用権がなければ収去しなければならないが、土地利用権はその建物がなくとも別の建物を建築するなりして活用できるのであるから、主従関係は、むしろ土地利用権が主であり、建物は従ではないか。また、土地地上権者が土地上に建物を建築し、土地利用権だけに抵当権が設定された事例は、「従たる権利」といわれてきた事例を表裏一体になるが、「従たる権利」という考え方では統一的な理解ができない。
 この「従たる権利」に見られるように、法定地上権に関する議論が錯綜してしまったのは、建物保護という抽象概念ばかりが先走ってしまったからであるように思われる。もう一度、根本から法定地上権の成立要件について検討する必要がある。

一、本稿の目的

 法定地上権の成立要件については、確立した判例がすでに示されており、学説も判例を軸に整理され、通説的見解といえるものが形成されているようである。しかし、既存の判例や学説は、実定法解釈として誤りがあるだけでなく、立法政策論的妥当性の検討においても不十分な点がある。そこで、本稿では、これまでの通説的見解の問題点を指摘しつつ、これまでとは異なった視点から法定地上権の成立要件を検討する。
 本稿では、法定地上権の成立要件一般について広く論じる。したがって、本稿について、「論点が絞れていない」との指摘がありうるであろう。しかし、個々の問題はそれぞれ関連しており、一括して論じることによって全体の整合性を示すことができ、議論は説得力をもつようになると筆者は考えた。そこで、本稿では、あえて論点を絞らず、横断的に法定地上権の成立要件を検討していくことにしたものである。

二、土地上の建物の存在

(一)更地に抵当権が設定された場合

(1)更地に抵当権が設定された場合の一般原則

 民法第三八八条によると、法定地上権が成立するには、「土地及びその上に存する建物」が存在していることが要件になる。もちろん、建物がない場合には、建物に抵当権を設定することはできない。しかし、更地に抵当権が設定され、その後に建物が建築された場合の法定地上権の成否は問題になりうる(なお、平成15年法律第134号により、民法第三八九号が改正され、抵当権設定後に第三者が抵当地に建物を築造した場合にも一括競売が認められることとなったが、この改正によっても本稿の検討はなんら変わるところはない)。
 民法第三八八条の規定によれば、抵当権設定時に建物が存在していない場合には、法定地上権が成立しないことは明らかである。判例・学説上の多数説ともに、更地に抵当権が設定され、その後に建物が建築された場合には、原則として法定地上権は成立しないとしているようである。
 しかし、学説においては、更地に抵当権が設定され、その後に建物が建築された場合にも法定地上権の成立を認めるべきであるという見解もあるようである。この見解は、建物の存立を維持するという社会経済的利益が法定地上権の趣旨であるとし、法定地上権の成立を否定すると建物を収去せざるをえなくなるため、建物の存立を維持するという趣旨に反するということを論拠にしているようである。
 法定地上権の目的が建物の存立を維持することにあるとしても、建物の存立のためならば抵当権者や競落人の利益を無視してよいということにはならない。例えば、土地利用権をまったくもっていない無権利者が他人の土地に勝手に建物を建築した場合には、土地所有者が請求すれば、建物所有者は建物を収去しなければならない。この建物を保護するために法定の地上権が成立することはない。社会経済的見地のみからいえば、まったくの無権利者が建築した建物も、土地所有者が建築した建物も、同一の経済的価値を有するはずである。前者については建物の存続が保護されないとすれば、後者について社会経済的見地のみを根拠に法定地上権の成立を主張することは整合性を欠く。
 また、更地に抵当権が設定され、その後に建物が建築された場合に法定地上権が成立しないとしても、建物所有者が土地競落人と交渉して、合意によって土地利用権を設定すれば、建物を収去せずにすむ。法定地上権を否定しても社会経済的に望ましくない結果になるとは限らない。また、極端な例であるが、一年につき、更地価格に匹敵するほどの莫大な地代を建物所有者が支払えば、おそらく土地競落人が土地利用権の設定を拒むことはないであろう。そして、建物所有者がこの莫大な地代の支払いを拒んだ場合にはその建物所有者を罰するとすれば、建物が存続する可能性が高くなる。あるいは、土地が競売されたときには土地競落人が建物所有権を取得するとすれば、土地競落人はその建物を有効利用しようと考えるであろうから、建物が保存される可能性は高くなる。もちろん、建物所有者を罰したり、土地競落人が建物所有権を取得する法文上の根拠はないが、更地に抵当権が設定された場合に法定地上権を成立させる法文上の根拠もないのである。
 社会経済的見地から法定地上権の成立を認めるべきであると主張する論者であっても、競落人や抵当権者の保護をも考慮する必要があり、抵当権者等の利益を害してはならないということには異論はないであろう。この点については、法定地上権の成立を認めても、抵当権者が一括競売をすることができれば、抵当権者の利益が害されることにはならないという主張がありえる。しかし、現実には、一括競売をすれば土地のみの競売よりも価格が高くなるといった理由で、競売に困難が生じる可能性もある。したがって、法定地上権の成立を認めることにより抵当権者の利益が害される場合がもありえるのである。
 なお、抵当権設定者(またはその建物譲受人)である建物所有者を保護しようという主観的な価値判断から、法定地上権の成立を認めようとする主張もあるかもしれない。しかし、建物所有者は抵当権の実行を当然予期できたのであり、弁済することによって抵当権の実行を防止できたのであるから、筆者の価値判断によれば、建物所有者の保護を否定しても妥当性を欠くことにはならない。
 すでに述べたように、法定地上権を成立させる法文上の根拠はないのであり、実定法解釈の問題としては、更地に抵当権が設定された場合には、法定地上権が成立しないということは明らかである。また、前述したように、この場合に法定地上権の成立を否定しても妥当性を欠く結果にはならないと判断する。

(2)抵当権者が法定地上権の成立を予期していた場合

 更地に抵当権が設定されたのではあるが、近い将来建物が建築され、法定地上権が成立することを前提にして、抵当権者が土地価格を算定していた場合、抵当権者の保護のために法定地上権の成立を否定する必要はないことになる。民法第三八八条の文言は、抵当権者の主観を問題としておらず、実定法解釈としては、この場合でも法定地上権は成立しない。しかし、抵当権者が法定地上権が成立することを前提にしていた場合には法定地上権の成立が認められうることを示唆する裁判例もあるようである。これに対して、土地競落人が法定地上権が成立しないものとして当該不動産を評価した場合には、競落人の保護のために法定地上権は成立しないと考えざるをえない、という指摘がなされているようである。
 結論の妥当性を検討するさいに、競落人の利益を考慮することは必要かつ適切なことであるが、競落人の主観によって法定地上権の成否が左右されるというのは、競売という方法をとる以上望ましくないと筆者は考える。極端な例をあげれば、法定地上権の不成立を前提として土地価格を一億円と評価した者と、法定地上権の成立を前提として九九〇〇万円と評価した者とがある場合、土地価格を高価に評価したのはおそらく後者であろう。しかし、最高価格は前者なのである。最高価格を提示した者が競落するという原則を維持すれば、筆者の感覚によれば、明らかに不合理な結果になる。そして、競売参加者が当該物件を競落したいと考える場合には、最高価格をつけるために、法定地上権の不成立を前提として土地価格を評価することになると予想される。たんに最高価格をつけた者を競落人とせず、法定地上権の成立を前提としていたか否かを調査して競落人を決定することも一応可能ではあるが、競売参加者が法定地上権の成立を前提としていたか否かを判別することは実際には困難な場合もあると筆者は考える。また、法定地上権の成立を前提とした参加者のうちで最高価格をつけた者と、法定地上権の不成立を前提とした参加者のうちで最高価格をつけた者との、いずれに競落させるかを判断することが困難な場合もあるであろう。そのような調査をするには、余分の調査費用も必要になる。抵当権者の主観を問題とせず、法定地上権の成立を一律に否定し、それを前提に競売をおこなうほうが、円滑に競売を実施することができる。民法第三八八条の規定によれば、抵当権者や競落人の主観にかかわらず、更地に抵当権が設定された場合には法定地上権が成立しないことは明らかである。実定法解釈としては、抵当権者や競落人の主観にかかわらず、更地に抵当権が設定された場合には、法定地上権は成立しない。また、検討したように、法定地上権の成立を否定することによって、競売参加者が不利益を被ることを回避でき、さらに、競売にさいして生じうる様々な問題を回避できる。立法政策論の観点からも、法定地上権の成立を否定すべきであると筆者は判断する。

(二)建物が滅失した場合

 土地に抵当権が設定され、抵当権設定時にはその土地上に建物が存在したが、その後、抵当権の執行までに当該建物が滅失した場合、法定地上権は成立するのであろうか。この問題を以下で検討する。

(1)競売時において更地であった場合

 競売時においてその土地が更地であれば、法定地上権を成立させる必要はない。筆者の立法政策論的価値判断によっても、法定地上権の成立は否定すべきであると考える。しかし、民法第三八八条を見るかぎり、このような場合に法定地上権の成立を否定する根拠はない。ゆえに、実定法解釈としては、法定地上権は成立することになる。この結論は妥当ではないと筆者は考える。しかし、当然のことであるが、実定法解釈は実定法を基礎にするものであり、妥当性判断によって実定法解釈の結論が左右されることはない。法定地上権の存続期間を名目的に短期とすることで、現行法上も不都合は回避できるであろう。しかし、法改正によって不当な結論を回避するのが望ましい。このような場合に法定地上権の成立を否定するために、民法第三八八条に、「その建物の存立に必要な範囲で」という文言を挿入することを筆者は提案する。

(2)競売時に建物が再築されていた場合

 土地に抵当権が設定され、抵当権設定時にはその土地上に建物が存在したが、その後建物が滅失し、さらに、再び建物が建築された場合も、法定地上権の成否が問題となりえる。判例は、原則的に旧建物の存在が予定されていた期間にかぎって法定地上権が存続するとしているようである。そして、抵当権者が新建物の建築と法定地上権の成立を予定していた場合には、新建物を基準として法定地上権が存続するとしているようである。 判例は、抵当権者と建物所有者の利害を検討してこのような結論を導きだしたようである。しかし、判例は土地競売参加者の利害をまったく考慮していない。建物の建て替えがある場合には、土地競売参加者は法定地上権の成立を予見することはできないのである。土地競売参加者が事前の調査によって旧建物が存在していたことを知ることは困難である。建物登記簿は建物ごとに作成されるので、公示されているのは新建物の登記である。つまり、登記簿からも現地調査からも旧建物の存在さえわからないのである。そして、旧建物の存続予定期間についてはなおさらわからない。調査によって判明するのは、現在の建物は抵当権設定当時には存在していなかったということであり、この調査結果から土地競売参加者が予想するのは、法定地上権は成立しないということであろう。そして、抵当権者が新建物の建築を予定していたかどうかということも、土地競売参加者には知る機会がないのである。競落人の保護を考えるのであれば、建物が一旦滅失した以上、法定地上権はいっさい成立しないとしたほうがよい。これが筆者の立法政策論的価値判断である。
 しかし、民法第三八八条を見るかぎり、建物の再築があった場合に法定地上権の成立を否定する根拠はない。したがって、実定法解釈としては、法定地上権が成立することになる。前述したように、法定地上権の存続期間を名目的に短期にすることによって現行法上も不都合は回避できるが、法改正によって妥当な結論を実現すべきであるというのが筆者の判断である。やはり、民法第三八八条に、「『その』建物の存立に必要な範囲で」という文言を挿入することによって妥当な結論が達成できると筆者は考える。

(三)抵当権設定時に建物の保存登記がなされていなかった場合

 土地に抵当権が設定されたときに、すでに建物は存在していたが、その建物の保存登記がなされていなかった場合には、法定地上権は成立するのであろうか。判例は、このような場合、法定地上権の成立を認めるようである。土地競落人(競売参加者)は現地調査をするのが通常であり、現地調査をすれば建物が存在することはわかるのであるから、土地競落人(競売参加者)は法定地上権の成立を予見できるというのがその論拠になっているようである。
 土地競売参加者が現地調査をおこなえば、たしかに現在建物が存在していることはわかるであろう。しかし、たとえ土地競売参加者が現地調査をおこなったとしても、抵当権設定時にその建物が存在していたかどうかはわからない。したがって、現地調査をするのが通常であるとしてもら、土地競落人(競売参加者)は法定地上権の成立を予見できるわけではない。
 また、現地調査をするのが通常であるとしても、調査をしなかった競落人は保護しなくてよいという立法政策論的価値判断が当然に通用することにはならない。立法政策論的妥当性の問題として、現地調査をしなかった競落人と登記をしなかった建物所有者とのどちらを保護すべきかということを検討し、そのうえで判断をしなければならないはずである。「現地調査をするのが通常」であることを根拠に法定地上権の成立を認めるべきだという主張は、立法政策論的妥当性の問題としてみても、検討不足であるといわざるをえない。
 そして、「現地調査をするのが通常」であるというのは、まったく実定法を根拠としない主張であるので、実定法解釈ではない。
 実定法解釈としては、登記をしないかぎり対抗力を取得しないという民法第一七七条の規定があるので、建物保存登記がない以上は、建物の所有を当事者以外の第三者に対抗できないのであり、「建物が同一の所有者に属する」ことを主張できないのであり、法定地上権の成立を主張することはできないことになる。なお、登記をしなければ第三者に物権変動を対抗できないという第一七七条の規定を無視したり、限定して解釈しようとする議論もあるようであるが(例えば悪意の第三者は一七七条の第三者に該当しないといった議論)、そのような議論は、なんら実定法上の根拠のないものであり、実定法解釈としては誤っていることは明らかである。不動産物権変動を当事者以外の者(第三者)に対抗するには常に登記が必要なのである。実定法解釈としては、建物の保存登記がなされていなかった場合、法定地上権の成立を主張することはできない。
 また、民法第一七七条が不動産登記を対抗要件としているということは、調査を怠った者よりも登記を怠った者のほうが不利益を受けるという判断基準を示しているといえる。第三者側からみれば、登記簿に記載された事項を信じても保護されず(不動産には即時取得がない)、したがって登記簿に記載された事項はそれが真実か否か調査をしなければならないが(登記簿に記載されているということはそれをもとに調査が可能だということである)、逆に登記簿に記載された事項のみを調査すればそれで足りるのであり、登記簿に記載されていないことを調査する必要はない(調査する手がかりもない)。すなわち、第一七七条ほかの民法の条文構成から読み取れる判断基準によれば、登記を怠った建物所有者よりも、現地調査をしなかった土地競売参加者を保護することになると思われる。筆者の立法政策論的価値判断によっても、この民法にあらわれた判断基準は合理的で納得できるものである。したがって、立法政策論的価値判断の問題としても、登記を怠った建物所有者よりも現地調査をしなかった土地競売参加者を保護すべきであると筆者は判断する。

(四)小括

 以上で検討したように、法定地上権が成立し、かつ、それを対抗できるようにするには、抵当権設定時に土地の上に建物が存在し、かつ、その建物の保存登記がなされていなければならない。抵当権設定者、抵当権者、競落人の主観はいっさい考慮してはならない。また、この実定法解釈の結論は多くの場合妥当なものであると筆者は判断する。

三、同一の所有者

(一)はじめから土地と建物の所有者が異なる場合:建物に抵当権設定

(1)判例の検討

 土地所有者と建物所有者とが異なるときに、建物のみに抵当権が設定され、その抵当権が実行された場合、法定地上権は成立するのであろうか。
 実定法解釈としては、民法第三八八条の文言により、法定地上権が成立しないことは明らかである。判例も、建物所有者と土地所有者とが異なるときには、建物所有者は土地利用権を有しており、その利用権に抵当権の効力が及ぶので、法定地上権を認める必要はなく、法定地上権は成立しないと解しているようである。
 しかし、建物所有者に土地利用権がない場合もある。無権利者が他人の土地に勝手に建物を建築する場合もあり、そのような状況で土地に抵当権が設定され、実行されることもありえるのである。ゆえに、立法政策論的妥当性の問題としては、判例の検討では不十分である。また、建物所有者に土地利用権がある場合でも、判例の理由づけは誤っていると筆者は考える。そこで、建物所有者に土地利用権がない場合と、土地利用権がある場合とに分けて、以下で検討する。

(2)建物所有者に土地利用権がない場合

 無権利者が勝手に他人の土地に建物を建築し、その後、建物に抵当権が設定され、さらに抵当権が実行された場合、法定地上権は成立するのであろうか。
 この問題について論じている文献はみあたらないが、実定法解釈の問題としては、土地と建物が「同一の所有者に属」しているわけではないので、法定地上権は成立しないことになる。また、無権利者の建築した建物のために法定地上権を付与することは妥当ではないと筆者は判断する。 建物所有者に土地利用権がない場合には、その建物に抵当権が設定され、実行されても、法定地上権は成立しない。また、そのような場合には、法定地上権の成立を否定すべきであると筆者は考える。

(3)建物所有者に土地利用権がある場合

 地上権者または土地賃借人が土地上に建物を所有しているときに、建物に抵当権が設定され、実行された場合、法定地上権は成立するのであろうか。
 前述のように、建物に設定された抵当権は土地利用権にも及ぶため、法定地上権は成立しないというのが判例であり、通説的見解となっているようである。建物抵当権が土地利用権に及ぶ根拠条文としては、民法第八七条または第三七〇条があげられており、土地利用権は建物所有権の「従たる権利」であるから、建物に設定された抵当権が土地利用権にも及ぶといわれているようである。
 この「従たる権利」という構成はこれまで当然のように受け入れられてきたようであるが、少し検討してみると多くの問題点をはらんでいることがわかる。
 まず、本当に、地上権が建物所有権の「従たる権利」といえるのであろうか。地上権は非常に価値のあるものであり、建物よりも地上権のほうが高価な場合もある。そして、地上権は独立した物権であり、譲渡もでき、抵当権を設定することもできる。土地と建物の登記は別であり、対抗要件も独自に備えるのである。このように価値のある独立した物権が当然に建物の「従たる」権利となるというのは、言葉の問題として大いに疑問がある。また、建物と土地利用権との関係についてみてみると、建物は土地利用権がなければ収去しなければならず、ほとんど無価値になる。他方、土地利用権はその建物がなくとも他にいくらでも利用方法がある。したがって、主従の関係を考えるならば、むしろ土地利用権が主であり、建物が従というほうが自然である。ゆえに、建物の「従たる権利」として土地利用権に抵当権が及ぶとは到底考えられないのである(この筆者の見解に対して、「民法の概念からは、土地と建物の関係は、やはり建物が主であり、土地が従ではないか」という反論がひょっとしたらあるかもしれない。しかし、「土地が主であり、建物が従である」ことを示すために本文に記したような検討をおこなっているのであるから、その検討内容を批判することなく「建物が主であり、土地が従である」というのは、反論になっていない。また、実定民法の規定には主物と従物について具体的な記述はいっさいないのであるから、「民法の概念」では主従の関係は決められない)。
 また、この「従たる権利」という構成は、立法政策論的妥当性の観点からみて破綻をきたす場合があると筆者は考える。例えば、土地利用権の存続期間が建物の存続期間を大きく上回っている場合には、土地利用権が建物の「従たる権利」であるとして、建物抵当権の効力が長期間の土地利用権に当然に及ぶというのは妥当ではないと筆者は考える。また、建物が一筆の土地のごく一部に建築されているが、土地全体に地上権が設定されていた場合、土地全体に設定された土地利用権に建物抵当権の効力が当然に及ぶというのはやはり妥当ではないと筆者は考える(なお、この点についてもこれまで検討されてこなかったようであるが、たとえ建物に設定した抵当権が地上権にまで及ぶとしても、その地上権についての抵当権を主張するためには、その存在を第三者に公示する対抗要件が必要となるはずである。当然のことであるが、対抗要件(公示)なしに地上権にまで及んだ抵当権が主張できると、地上権を譲り受けた第三者がある場合、その第三者を害するおそれがある。そして、地上権を目的とした抵当権の対抗要件としては、土地登記簿に登記をおこなうという方法があるのであり、ここでその土地登記簿の登記を省略してよいとする理由はない。また、第三者に対する公示ということを考えれば、建物抵当権の対抗要件が地上権についての抵当権の対抗要件になるとは考えられないし、建物抵当権の対抗要件が地上権についての抵当権の対抗要件にもなることを根拠づける実定法上の根拠もない。たとえ建物に設定した抵当権が地上権にまで及ぶとしても、その地上権上の抵当権を主張するには、独自の対抗要件として、土地登記簿に地上権についての抵当権の登記が必要になるはずである)。
 なお、以上の検討はおもに地上権についておこなってきたが、土地賃借権の場合でも同様である。土地賃借権も非常に価値のあるものであり、独立して譲渡できるし、担保に供することもできるのである。
 結局、「従たる権利」という構成が実定法解釈としては完全に誤っていることは明らかであり、かつ、検討したように、妥当性に欠ける結果を導く場合もあると筆者は考える。
 「従たる権利」という構成が否定された以上、実定法解釈としては、土地と建物の所有者が異なるときに建物に抵当権が設定された場合には建物の抵当権が土地利用権に及ぶことはない。
 このように、土地と建物の所有者が異なるときに建物に抵当権が設定された場合には建物の抵当権が土地利用権に及ばないということを前提とすると、そのような場合に、建物の抵当権が実行されたときには、建物保護のために法定地上権が成立することはないのであろうか。「同一の所有者」という文言からいえば、実定法解釈としては、やはり法定地上権は成立しないことになる。実定法解釈としては、地上権者または土地賃借人が土地上に建物を所有しているときに、建物に抵当権が設定され、実行されたとしても、法定地上権は成立しない。
 繰り返しになるが、実定法解釈としては、地上権者または土地賃借人が土地上に建物を所有しているときに、建物に抵当権が設定され、実行された場合には、法定地上権は成立しない。また、「従たる権利」という構成も否定されるので、建物競落人はなんら土地利用権を得られないことになる。すると、誰もその建物を競落しようとはしないであろう。つまり、建物に抵当権を設定したことがほとんど意味のないことになってしまう。この結論について、建物抵当権者が害される、と感じる者もあるかもしれない。しかし、建物はもともと不安定なものなのであり、対抗できる土地利用権がなければ収去しなければならないことを前提としているのである。同様に、建物だけを対象とした抵当権も、弱く、不安定なものなのである。建物所有者が土地利用権に注意しなければならないのと同様に、建物抵当権者も土地利用権に注意しなければないのである。抵当権実行後も建物が存続できるように、土地利用権について土地所有者と契約をしておくといったことができたのであり、また、そうすべきであったのである。したがって、立法政策論的妥当性の観点からも、法定地上権の成立を否定してよいと筆者は判断する。

(二)はじめから土地と建物の所有者が異なる場合:土地に抵当権設定

 はじめから土地と建物の所有者が異なるときに(建物所有者は土地利用権を有している)、土地に抵当権が設定され、実行された場合、法定地上権が成立するのであろうか。
 このような場合における法定地上権の成否を検討するには、次の問題を前提として考えたほうがよいであろう。それは、土地の所有者と建物の所有者とが異なる者であり(建物所有者は土地利用権を有している)、土地に抵当権が設定され、実行された場合に、建物所有者は従前の土地利用権を競落人に対抗できるか否かという問題である。
 土地利用権が地上権であり、抵当権設定前に地上権の登記がなされていれば、問題なく競落人に地上権を対抗することができる。登記なき地上権であった場合や、賃借権であった場合でも、建物が存在していれば、借地借家法第一〇条により土地競落人に土地利用権を対抗することができる場合がある。したがって、建物保護のために法定地上権を認める必要はない。実定法解釈の問題として考えてみても、「同一の所有者」という文言から、やはり法定地上権の成立は否定される。
 結局、この場合にも法定地上権は成立しない。そして、法定地上権の成立を否定しても妥当性を欠く結論にはならないと筆者は判断する。

(三)譲渡によって所有者が異なることになった場合

(1)判例・学説

 抵当権の目的である土地または建物の一方が、その競売にいたるまでの間に譲渡されて、土地と建物が同一所有者に属さないことになった場合でも、法定地上権は成立するのであろうか。この場合を、さらに場合分けすると、<1>土地に抵当権が設定され土地が譲渡された場合、<2>土地に抵当権が設定され建物が譲渡された場合、<3>建物に抵当権が設定され土地が譲渡された場合、<4>建物に抵当権が設定され建物が譲渡された場合、の四つに分けられる。このような場合にはすべて法定地上権が成立するというのが現在の判例のようである。
 土地に抵当権が設定された場合には、その後の譲渡によって土地利用権が設定されても、抵当権者と同順位になる土地競落人に対しては、建物所有者はその土地利用権を対抗できない。また、建物所有者としても法定地上権の成立を期待している。そこで、現判例と同様に、法定地上権は成立するというのが学説においても多数説になっているようである。なお、旧判例は、約定土地利用権が存在するのであるから建物収去を免れさせるための法定地上権は必要ないとしていたようである。また、学説においては、土地抵当権者の保護を考えれば、土地利用権を縮小することは許されても、法定地上権を認めることによって既存の土地利用権を拡大することは許されないという主張もあるようである。
 建物に抵当権が設定され、その後の譲渡によって土地利用権が設定された場合にも、やはり法定地上権が成立するというのが学説上の多数説であり、この場合においても判例を支持しているようである。判例を支持する学説では、建物抵当権者は法定地上権の成立を期待していたのであり、それより弱い約定利用権しか成立しないというのでは抵当権者の期待を裏切ることになるというのが論拠としてあげられているようである。なお、建物に抵当権が設定された場合にも、学説においては、建物抵当権者の保護を考えれば、土地利用権を拡大する法定地上権は許されるが、法定地上権を成立させることによって土地利用権を縮小することは許されないはずだという主張もあるようである。

(2)検討

 抵当権設定後に土地または建物の譲渡があった事例については、判例も学説も漠然としたイメージのみで妥当性の検討をおこなっており、利害関係の検討をじゅうぶんにはしていないように筆者には思われる。そこで、<1>土地に抵当権が設定され土地が譲渡された場合、<2>土地に抵当権が設定され建物が譲渡された場合、<3>建物に抵当権が設定され土地が譲渡された場合、<4>建物に抵当権が設定され建物が譲渡された場合の四つの場合に分けて、利害状況を検討してみることにしよう。ただし、検討の順序は便宜的に、[1]建物に抵当権が設定され建物が譲渡された場合、[2]土地に抵当権が設定され土地が譲渡された場合、[3]土地に抵当権が設定され建物が譲渡された場合、[4]建物に抵当権が設定され土地が譲渡された場合、の順におこなうこととする。

[1]建物に抵当権が設定され建物が譲渡された場合

 まず、建物に抵当権が設定され、その建物抵当権設定後に建物のみの譲渡がなされた場合を考えよう。
 この場合に、法定地上権が成立すると仮定し、両当事者の利害を検討してみよう。土地所有者たる抵当権設定者は、抵当権設定時には法定地上権の成立を予期できるのであり、抵当権を設定したのも建物を譲渡したのも土地所有者たる抵当権設定者である。したがって、法定地上権が成立するとしても土地所有者たる抵当権設定者が不当に害されるとはいえないであろう。建物競落人についてはどうであろうか。建物譲渡によって設定された約定土地利用権が法定地上権よりも建物所有者にとって有利である場合であっても、建物競落人はその有利な土地利用権を当然に土地所有者に主張できるわけではない。したがって、法定地上権が成立するとしても、有利な土地利用権が法定地上権によって縮小するわけではない。ゆえに、法定地上権が成立するとしても、建物競落人を不当に害することにはならない。
 他方、この場合に、法定地上権が成立しないとすると、土地所有者たる抵当権設定者は、建物に抵当権を設定した後に建物を譲渡すれば、法定地上権の成立を免れるという利益を得られることになる。もともと建物のみを対象とする抵当権は弱いものであると考えればこの結果が一概に不当であるとは筆者は考えないが、このように抵当権設定者の行為によって法定地上権の成立を否定できるとすると、建物のみを抵当権の対象とすることはほとんど無意味になってしまうであろう。

[2]土地に抵当権が設定され土地が譲渡された場合

 土地に抵当権が設定され、その後に土地が譲渡された場合はどうであろうか。建物所有者はずっと抵当権設定者のままであるが、土地の所有者は、抵当権設定者から土地買受人、そして、土地競落人へと移転していくことになる。建物所有者たる抵当権設定者は土地譲受人に対してなんらかの土地利用権を有していたと考えられるが、土地競落人にはこの土地利用権を当然に主張することはできない。法定地上権の成立を認めることによって有利になるのは建物所有者たる抵当権者であり、不利になるのは競落人である。
 この場合には、法定地上権の成否にかかわらず、建物所有者あるいは土地競落人を不当に害するということにはならないであろう。
 まず、土地競落人については、抵当権設定時には土地と建物の所有者が同一であったということは登記によって公示されているので、このような場合には法定地上権が成立するということが広く知られるようになっていれば、法定地上権を成立させても土地競落人を不当に害することにはならない。たんなる土地譲受人とは異なり、抵当権実行によって土地を競落しようとする者は法定地上権に注意するはずであるので、建物登記簿を閲覧することは過分な負担にはならない。
 他方、建物所有者たる抵当権設定者についてであるが、法定地上権が成立するにしても成立を否定するとしても、抵当権設定者がそれを承知のうえで土地を譲渡したのであれば、抵当権設定者を不当に害するとはいえないであろう。

[3]土地に抵当権が設定され建物が譲渡された場合

 土地に抵当権が設定され建物が譲渡された場合にはどうであろうか。法定地上権が成立するとすると、土地競落人に不利になる。法定地上権が成立しないとすると、建物譲受人にとって不利になる。建物譲受人は土地競売前には、抵当権設定者たる競売前の土地所有者に対し、土地利用権を有していたと考えられるが、この土地利用権を土地競落人に当然に主張することはできない。ゆえに、法定地上権が成立しないとすると、建物譲受人は建物を収去しなければならなくなる。
 このように、土地に抵当権が設定され建物が譲渡された場合も、法定地上権の成否にかかわらず、関係者を不当に害することにはならないであろう。
 法定地上権が成立するとすると、土地競落人にとって不利になるが、土地競売参加者は、登記簿を見れば、抵当権設定時に土地と建物が同一人の所有に属していたことがわかるのであるから、法定地上権が成立するとしても不当に害されるとはいえない。法定地上権という制度が民法にある以上、土地競売参加者は、法定地上権の成否を確認するため、土地登記簿だけでなく建物登記簿をも閲覧することが民法上要求されているのである。
 他方、建物譲受人も、土地の登記簿を見れば土地に抵当権がすでに設定されており、それが建物譲受人の土地利用権に優先することはわかるのであるから、法定地上権の成立を否定するとしても、建物譲受人を不当に害することにはならない。建物譲受人は、建物存続のために土地利用権には注意しなければならないので、土地の登記簿を閲覧することは過分な負担とはいえないのである。

[4]建物に抵当権が設定され土地が譲渡された場合

 最後に、建物に抵当権が設定された後、土地の譲渡がなされた場合である。
 現判例・多数学説のように、建物に抵当権が設定され、土地の譲渡があった場合にも法定地上権が成立する(そして、土地譲受人に対抗できる)と考えると、土地を譲り受けようとする者は、法定地上権について情報を得るために、土地の登記を調べるだけでは足りず、法定地上権の成否を確認するために建物の登記まで調べてみなければならない。これは民法の条文で要求されているよりも多くの調査を要求することになる。つまり、たんなる土地譲受人については、建物登記簿を調査するということは、民法上要求されていない過分な負担なのである(もちろん、土地を譲り受けようとする者は、その土地上の建物にも注意するであろう。借地借家法一〇条による借地権の対抗がありえるからである。しかし、建物について調査し、土地所有者と建物所有者が同一人であり、したがって借地権が設定されていないことがわかれば、土地譲受人は更地と同価値の土地が手に入ると安心するかもしれない。法定地上権の成立を認めると、土地譲受人の期待を裏切ることになりえるのである)。したがって、民法にあらわれた立法政策論的価値判断基準に照らしあわせて考えれば、また、筆者の立法政策論的価値判断によっても、建物に抵当権が設定され土地が譲渡された場合には、法定地上権の成立は否定すべきである。
 法定地上権の成立を否定すると、建物抵当権者が不当に害されると考える者もあるかもしれない。しかし、建物のみに設定された抵当権というのはもともと弱いものなのである。建物が滅失損壊してしまえば無意味になってしまうものなのである。ゆえに、建物抵当権者が不当に害されることにはならない、というのが筆者の判断である。
 以上[1]〜[4]の検討をまとめると、筆者の立法政策論的価値判断は次のとおりである。建物に抵当権が設定され、その後に土地の譲渡がなされた場合には、法定地上権の成立を否定すべきである。それ以外の場合には、法定地上権の成否はどちらでもかまわない。ただし、建物に抵当権が設定され、その建物抵当権設定後に建物のみの譲渡がなされた場合には、法定地上権の成立を認めたほうがよさそうである。
 しかし、実定法解釈としては、[1]〜[4]のいずれの場合も法定地上権は成立する。土地建物の譲渡がなされた場合に法定地上権の成立を否定する法文上の根拠はないからである。
 すると、筆者の法政策的判断によれば、建物に抵当権が設定された後に土地の譲渡がなされた場合については、実定法解釈の結論は不当なものになりそうである。実定法解釈の結論はその妥当性によって左右されないのは当然であるが、このような場合について、もう一歩踏み込んだ実定法解釈を考えてみよう。民法第三八八条には、「抵当権設定者は競売の場合に付き地上権を設定したるものとみなす」とある。条文をみるかぎり、法定地上権を設定するのは抵当権設定者であり、競売時の土地所有者が法定地上権を設定するわけではない。そうだとすれば、抵当権設定後に土地の譲渡があった場合、土地譲受人は抵当権設定者ではないのであるから、土地譲受人は法定地上権設定者ではないことになる。また、当然ながら、土地譲受人は法定地上権の取得者でもないのであるから、法定地上権の設定については当事者ではない。つまり、土地譲受人は第三者である。したがって、民法第一七七条により、第三者たる土地譲受人に対し、法定地上権取得者(たる建物競落人)がその法定地上権を対抗するには、法定地上権の登記(または仮登記)を土地譲渡の登記の前におこなっていなければならない。現在はこのような登記(または仮登記)はおこなわれていないので、土地譲受人には法定地上権を対抗することはできず、事実上、法定地上権は成立していないものとして扱われる。つまり、建物に抵当権が設定された後、土地の譲渡がなされた場合には、建物競落人は土地譲受人に対して法定地上権の成立を対抗できないのである。このように対抗の問題をもあわせて考えれば、法定地上権が成立するという実定法解釈の結論は、建物抵当権設定後の土地譲渡の場合でも妥当なものになると筆者は考える。しかし、法定地上権の登記については現行法上に全く規定がないので、この問題について整理してなんらかの規定をおいたほうがよいと筆者は提案する。

(四)登記名義が異なる場合

 抵当権設定時に実体的には同一の所有者に土地と建物が属していたが、登記簿上は別の所有者であった場合、法定地上権は成立するのであろうか。土地に抵当権が設定され、その抵当権の実行によって土地を競落した者に対し、建物所有者が法定地上権を主張できるかどうか、という事例にそくして考えてみよう。
 判例では、登記簿上の所有者が異なっていても、土地所有者と建物所有者との間に利用権を約定している可能性があるので、当該土地建物について取引に入るものは調査するのが通常であり、調査をすれば実体上同一の所有者であることがわかるはずなので、法定地上権を認めてもかまわない(競落人を不当に害することはない)と判断されているようである。
 しかし、「調査するのが通常であるから調査を怠った者が不利益を受けてもかまわない」というのは、前述したとおり、実定法解釈ではないし、立法政策論的妥当性の問題としても検討不足である。実定法解釈としては、民法第一七七条が不動産登記を対抗要件としている以上は、不動産物権変動について対立が生じた場合、対抗要件の有無で問題を解決しなければならないはずである。不動産物権変動は登記なくして対抗できないのであるから、登記なくして第三者たる土地競落人に物権変動があったことを対抗することはできず、すなわち、土地と建物が同一の所有者になっていたことを主張することはできず、したがって、法定地上権の成立を主張できないのである。つまり、対抗要件として登記を要求するということは、調査を怠った者よりも登記を怠った者のほうが不利益を受けるということになるはずなのである。また、立法政策論的妥当性の問題として、この実定法解釈の結論が筆者にとって納得できるものであることもすでに述べたとおりである。
 不動産物権変動を当事者以外の者(第三者)に対抗するには常に登記が必要なのである。ここであげたような事例で登記を不要とする実定法上の根拠はまったくない。むしろ、競売という手続は、既存の物権変動にまったく関与していない第三者が登場するのであるから、登記という客観的な公示手段を通常にも増して重視すべきであるというのが筆者の判断である。
 実体上土地と建物が同一人に帰属していたとしても、登記名義が異なっていた場合には、法定地上権の成立を第三者たる競落人には対抗できない。これは、民法第一七七条が対抗要件として登記を要求する以上、実定法解釈として必然の結論であり、また、第三者保護という観点から考えれば妥当な結論であると筆者は判断する。
 なお、実体上は土地と建物が別人の所有であるが、登記簿上は同一人の所有になっているという場合にも問題が生じるが、基本的には、前述の事例と同様に解すればよい。例えば、実体上は土地と建物が別人の所有であるが、登記簿上は土地と建物が同一名義であるままに、建物に抵当権が設定され、実行され、競落された場合、登記を怠った当事者である土地所有者は、第三者たる建物競落人に対し、物権変動があったことを対抗できず、したがって、土地と建物が別人の所有になっていたこと、すなわち、法定地上権は成立しないということを、主張することはできないのである。

四、一方のみの抵当権の設定

 土地または建物の両方に抵当権が設定され、別々に競売された場合にも法定地上権は成立するというのが、現在では通説的見解になっているようである。ただし、第三八八条の「土地または建物『のみ』を抵当となしたる場合」という文言との整合性が一応問題とされている。この「のみ」という文言については、起草者が、土地と建物の双方に抵当権が設定された場合は、競落人が同一人になると考えていたために、このような表現になったと説明されている。つまり、土地と建物に同時に抵当権が設定されれば、同時に同一人に競落されると考えていたのである。以下では、このような、土地と建物に同時に設定され、同時に同一人に競落される抵当権のことを「包括抵当権」ということにする。この「のみ」の解釈としては、通説的見解のとおり、第三八八条の「土地または建物のみを抵当となしたる場合」というのは包括抵当権以外の抵当権を指す、と考えればよいであろう。土地と建物に別々に抵当権が設定されたのであれば、土地「のみ」を対象とした抵当権と、建物「のみ」を対象とした抵当権との二つが設定されたとみればよいのであり、法定地上権が成立すると解しても文言との矛盾はない。「のみ」という文言の解釈としては、通説的見解の理解で問題ないといえる。
 ただし、このような解釈問題が生じた理由を看過してはならない。「のみ」という文言が問題となるのは、現行の実務が包括抵当権を認めていないからである。通説的見解の理解によれば、包括抵当権の存在は三八八条に予定されているのである。したがって、実際に包括抵当権の登記を認め、活用すべきである。
 土地と建物という二つの権利について一個の抵当権を認めることに抵抗を感じるものがあるかもしれない。しかし、わが国では一個の物の一部に物権を認めても、数個の物に一括して物権を認めても、まったくかまわないのである。この点について、以下でやや詳しく述べることにする。
 例えば、公示が物権変動の効力要件であるとすれば、公示の単位が物権の単位とならざるをえない。土地は一筆ごとに登記が用意されるので、一筆の土地の一部のみを譲渡することはできない。建物も、一軒ごとに登記が用意されるので、一軒の建物の一部を譲渡することはできない。動産物権譲渡についても、占有の移転が効力要件であるとすれば、複数の動産の所有権を移転するには、それぞれの動産の占有を移転しなければならない。一個の動産の一部のみの所有権を移転するには、その動産を分割するしかない。したがって、一個の物には一個の権利があると理解されることになる。一公示単位につき一個の物権が観念されるのである。
 しかし、わが国の現行民法においては公示は対抗要件にすぎない。したがって、一個の物の一部分に物権があると考えても、複数の物を包括して一個の物権の対象としても、なんら不都合は生じない。もちろん、そのような物権の変動は一般には公示できないので、第三者には対抗できないことになる。しかし、当事者間ではまったく問題なく一個の物の一部に物権を設定することができるし、複数の物を包括した物権を観念することができる。これを否定しなければならない理由はない。また、なんらかの技術によって複数の物を包括した物権の変動や一個の物の一部分の物権の変動を公示することができれば、その物権変動は第三者に対抗できるとして問題はない。これを否定しなければならない理由もない。民法第三八八条は包括抵当権を前提としているのであるから、積極的に包括抵当権を利用できる環境を整備すべきであり、包括抵当権の登記も認めるべきであろう。
 わが国においても、「原則として、一個の物の一部分に物権は成立せず、複数の物を包括して一個の物権の対象となることはない」と考える者があるかもしれない。しかし、理論上も、実際上も、そしてなにより実定法の規定上も、そのような意味での「一物一権主義」をわが国において採用する理由はないのである。「一物一権主義」という実定法にない抽象概念は、不必要に物権変動理論を拘束し、錯綜させてきただけのものであり、わが国の実定法学から駆逐されるべき概念であると筆者は考える。

五、地上権者が建物を所有していた場合における法定地上権

(一)地上権者が建物を建築し、地上権に抵当権が設定された場合

 地上権者がその土地上に建物を建築し、その後に地上権に抵当権を設定し、その抵当権が実行されたという場合について、法定地上権の成否を考えてみよう。民法第三六九条第二項によって、地上権を目的とした抵当権にも、第二編第一〇章の規定(所有権を目的とした抵当権の規定)が準用される。したがって、法定地上権にかんする第三八八条も地上権に準用されることになる。このような場合、既存の地上権と法定地上権はどのような関係になるのであろうか。以下で検討しよう。地上権者が建物を建築し、その後に地上権に抵当権を設定し、その抵当権が実行された場合、第三八八条が地上権にも準用されるとするならば、法定地上権が成立することになる。しかし、すでに地上権は設定されているのであり、既存の地上権と、法定地上権との関係が問題になる。法定地上権の成立によって既存の地上権が消滅したり、建物所有者に移転するとすれば、消滅することがわかっている(既存)地上権を競落する者はいないので、(既存)地上権に抵当権を設定したことが無意味になる。結局、(既存)地上権のみに抵当権が設定され、(既存)地上権が競売された場合には、既存の地上権のうちで建物所有に必要な部分のみが建物所有のための法定地上権になると解することになるであろう(既存の地上権が建物所有に必要十分なものでしかなかったら、すべての既存地上権が法定地上権になることになり、地上権を抵当権の対象とすることはやはり無意味になる)。
 しかし、このような法定地上権の登記は非常に困難である。既存の地上権の存続期間が三〇年間で、建物の存続期間が残り一〇年間であるとすると、法定地上権は建物の成立に必要な一〇年間のみ成立する。この一〇年間限定の法定地上権登記の方法としては、次の二つが考えられる。第一は、旧(競売前の)地上権者から(既存)地上権競落人への競売による地上権移転登記をおこない、(既存)地上権競落人から法定地上権者への地上権移転登記をおこない、かつ、一〇年後に当該地上権を再び競落人に移転するという仮登記をおこなうというものである。第二は、旧(競売前の)地上権者から(既存)地上権競落人への競売による地上権移転登記をせず、旧(競売前の)地上権者から法定地上権者へ直接に地上権移転登記をおこない(法定地上権者が旧地上権者と同一であれば、この地上権移転登記は不要であるし、そのような場合が通常であろう)、かつ、一〇年後に当該地上権を競落人に移転するという仮登記をおこなうというものである。第一の方法が余分な登記をしているのか、第二の方法が中間省略登記をしているのかは現在のところ筆者には判断できないが、登記の現実の効果は同じであり、第二の方法のほうが簡便であるので、実務的には第二の方法で登記をすることになると思われる。しかし、この法定地上権がさらに抵当権の目的となり、その抵当権が実行された場合はどうなるのであろうか。また、ここでは存続期間を例にしたが、建物の存続には一筆の土地の一部分しか必要ないこともあるし、空中や地下については建物の存続には必要ない場合もある。空間的にも法定地上権の範囲は問題になるのである(これは土地所有権に抵当権を設定して法定地上権が成立した場合にも生じる問題であるが、地上権に抵当権を設定して法定地上権を成立させる場合には、二重に地上権が成立することになるために、いっそう複雑になるのである)。筆者は、地上権と法定地上権の関係については現行民法に不備があると考える。立法の手当が必要であろう。

(二)地上権者が建物を建築し、建物に抵当権が設定された場合

 (一)で検討した事例とは逆に、地上権者が建築した建物に抵当権が設定され、実行された場合を考えてみよう。この場合には、「従たる権利」として地上権にまで抵当権の効力が及ぶというのが通説的見解であった。この「従たる権利」という考え方に問題があるのは指摘したとおりであるが、たとえ通説の立場によったとしても、地上権の存続期間が建物の存続期間を大きく上回っている場合には、地上権に当然に建物抵当権の効力が及ぶとは考えられないであろう。これは、すでに検討した問題である。つまり、地上権者が建物を建築し、地上権に抵当権が設定された場合と、地上権者が建物を建築し、建物に抵当権が設定された場合とは、表裏一体の関係になっているのである。まとめていえば、地上権者が建物を所有しており、地上権または建物の一方のみに抵当権が設定され、その抵当権の実行によって地上権と建物が異なる所有者に帰属することになったのであり、これは、法定地上権の条文に示された土地所有権と建物所有権との関係を、土地利用権と建物所有権との関係に読みかえたものである。
 (一)で述べたように、地上権者が建物を建築し、地上権に抵当権が設定された場合には、処理は複雑にはなるが、第三六九条第二項によって法定地上権の条文を準用し、一応民法の条文にしたがった解決をすることができる。しかし、地上権者が建物を建築し、建物に抵当権が設定された場合には、法定地上権の条文を準用する実定法上の根拠はない。このような民法の構造が一般に理解されているか否かは筆者には断言できないが、この構造が理解されていないために「従たる権利」という苦しい説明がされているのが現状ではないかと筆者は懸念している。「従たる権利」という概念を用いて無理な解釈を当然のようにおこなっていると、地上権に抵当権が設定された場合と、地上権者の建物に抵当権が設定された場合とが表裏一体の関係にあることを看過することになる。実定法上の根拠はないが、地上権者の建物に抵当権が設定された場合にも、法定地上権の規定の準用があるとしてしまうほうが、「従たる権利」という構成をするよりは、適切な解決が実現できるし、問題の本質を理解した議論であるといえるであろう。
 しかし、実定法解釈としては、実定法に根拠のない準用ができないことは当然であるし、競落人、譲受人といった第三者保護のためには客観的な文理解釈をおこなう必要もある。すでに述べたように、地上権者が建築した建物に抵当権が設定され、実行された場合には、実定法解釈としては「従たる権利」という構成も法定地上権の成立も否定せざるをえない。必要であれば、立法による解決を目指すべきだというのが筆者の提案である。

六、解決への提案

 ここまでの記述では、現在の通説的見解への批判、正しい実定法解釈の提示、そして立法への示唆とをあわせて論じてきた。ここで整理してみよう。
 まず、実定法解釈は、当然ながら実定法の条文によらなければならない。筆者は、実定法解釈として正しいか否かということと、その結論が妥当であるか否かということは無関係であると考えているが、本稿で提示した実定法解釈の結論が多くの場合に妥当な解決になると筆者が判断していることは、これまでの検討で示すことができたと考える。
 立法によって解決すべきと筆者が考えることは、第一に、土地に抵当権が設定され、その後建物が滅失した場合に、法定地上権の成立を否定することである。すでに述べたように、民法三八八条に「その建物の存立に必要な範囲で」という文言を挿入することを筆者は提言する。
 立法によって解決すべきと筆者が考える第二の点は、土地利用権と法定地上権との関係を整理することである。そのためには、法定地上権をやめ、法定賃借権にするというのが一つの解決方法である。そして、法定賃借権の規定は土地利用権一般に適用されるとする。土地利用権者(土地所有権者を含む)が建物を建築し、土地利用権(土地所有権を含む)または建物の一方のみに担保権が設定され、実行された場合には、建物所有者はその建物の存続に必要な範囲で法定賃借権を取得する。このように法定賃借権とすることにより、建物の存立の基礎が所有権であっても、地上権であっても、土地賃借権であっても、一貫した解決が実現できることになる。 立法によって解決すべきと筆者が考える問題がもう一点ある。包括抵当権を認め、包括抵当権の登記手続を整備することである。これは、登記実務によって解決が可能であり、必ずしも立法を必要としないのであるが(民法第三八八条によってすでに包括抵当権については立法がなされているといえる)、新たに立法によって包括抵当権を認めることを宣言するほうがよいであろう。
文化って?
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欧州連合(EU)の国土・地域戦略 [2007年03月13日(火) ]
欧州連合(EU)の国土・地域戦略 欧州は変革期にある。本来共同体権限ではない空間計画領域におけるEUの影響力もここ20年ほどの間に拡大してきている。これは概ね、@共同体権限としての位置づけ、A地域政策、BEUの空間政策方針、という3つの段階において進展してきたと考えられよう。 本稿では、EUの国土・地域戦略の展開と今後の展望について概説する。共同体権限としての空間計画 基本的に、空間計画。特に土地利用計画や社会基盤整備は加盟国の権限であって、EUは加盟国の法定計画に対して直接的に介入することはできず、あくまで補完性原理に基づいて間接的に関与するのみである。 欧州経済共同体[EEC]を設立した1957年ローマ条約では、計画に関しては全く触れておらず、欧州委員会も閣僚理事会も計画に関する権限は全く有していなかった。但し、EUはその方針を示すのみであり、実施は加盟国の役割である。2, EUの地域政策−地域格差是正と地域連携 EUの地域政策は、「経済的・社会的結束(cohesion)」を達成するために、EU域内の社会的・経済的厚生水準の地域間不均衡を是正することを第一義的な目的としている。ニース条約(2000年)第158条では、「共同体は様々な地域の開発レベル間の不均衡徒、島部や農村部を含めた条件不利地域の後進性を是正すべきである。このような可能性は、後述するINTERREGプログラムのような地域連帯の促進という形で具体化されている。 第一に注目すべきは、構造基金は原則として加盟国単位ではなく地域単位に適用されることである。例えばObjectivel(低開発地域の開発及び構造的調整)であれば、一人当たりGDPがEU平均の75%未満であるNUTSU地域が機械的に選定され決定される。 第二に地域連携である。VBは大西洋や北海沿岸地域、欧州北西地域など複数の国にまたがる11の地域が指定されている。INTERREGプログラムには国はあまり関与せず、各国の関係地方政府によって計画が作られる。 地域格差是正を目的とした地域政策は、衰退地域・低開発地域を対象として、相対的に低い厚生水準を引き上げることによってその目的の達成を図るものである。これについてEUは、受益国のみならず拠出国も、地域政策の実現によって経済的・技術的移転や投資機会の増大など、全体としての利益を享受するのだと説明するが、裕福な国は不満を抱いている。3.ESDP−EUの空間方針 地域政策の比重が増し、地域レベルへの影響も大きくなるにしたがって、1990年代に入りEUとしての欧州の空間開発・空間計画に関する方針を提示するようになった。その背景としては、@マーストリヒト条約を契機としたEU化の加速とより積極的な地域政策への動き、A:経済のグローバル化と地域統合の深化による地域間競争の激化、B環境意識の高まりが指摘される。 1980年代末から、加盟国主導でEUの空間計画に関する取り組みが始まった。 一方で、欧州委員会でも欧州の空間開発に関する多くの研究を行い、1991年に “Europe2000” 、1994年に “europe2000+” という報告書を発表し、欧州レベルの空間計画の必要性を示したが、欧州委にはこれらの報告書で示した政策を実現するために加盟国の政策に介入する権限はない。 EUにおける多様性(国や地域の、言語、文化など)は欧州を豊かにする要素である反面、社会的・経済的な地域間不均衡の要因ともなっている。このような認識から、EUの空間政策はESDPの副題ともなっている「EU域内の均衡ある持続的な発展」を目的とし、ESDPはこの目的を達成するための「共同体分野別政策と、加盟国、地域、都市の協調に向けた枠組み」を提供するものである。 EUの空間計画の根底にあるのは、リージョンには多様なスケールがあって、その相互のバランスを欧州全体でとっていくという考え方である。 まず、ESDPの実現は加盟国に委ねられている。その対応は加盟国によって異なっているものの、ESDPは非公式とは言え加盟各国によって合意されたものであり、英仏のように、加盟国内の空間計画体系において概念的には最上位の枠組みとして位置づけている国がある。また、各国における空間政策においても、都市を国内でなく欧州の中で捉えるなどの考え方が見られる。これにはTENsや環境政策があるが、地域政策について見ると、まずESDPの考え方は、構造基金と結束基金による地域政策ガイドラインに反映されている。 また、ESDPで掲げられている国境地域の開発及び地域間連携の促進については、絶対額は小さいものの、前述したINTERREGプログラムや加盟交渉国への援助を通じて実現が図られている。4.EUの国土・地域戦略の展望 EUはまだ統合過程の中にある。EUの国土・地域戦略は今後どの方向へ進むのだろうか。 欧州では、国の権限がEUへと移行し、また地方分権化によってEU・国・地域の関係が変わってきている。社会的・経済的結束の深化により、いわゆる国土計画をEUレベルで考えるようになり、また地域政策を通じて、EUと地域の双方が国土計画に戦略的にアプローチするという大きな流れの中で、国の役割が相対的に低下し、地域の重要性が高まってきた。地域間格差が一層深刻になる。 EUの空間計画権限をもつと強化すべきではないかという意見がある。しかしこれに対して加盟国は消極的である。ヴォワネ国土整備担当大臣(当時)は2000年に開催された会議において、共同体地域を対象とした開発計画、欧州空間開発政策の必要性を提起したが、賛同を得られなかったという。

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所有をめぐる歴史的もつれあい [2007年03月09日(金) ]
―アジア・太平洋地域における土地所有を中心に(引用かつ要約ですがまたまた引用文献紛失、以前まとめたレポートです)―




1.近代的「所有」の概念
所有をめぐる様々な事象について考える場合、近代的な所有の概念をしっかりと把握し
ておく必要がある。ジョン・ロックが『市民政府論』のなかで論じた所有の概念は以下の
@とAの合成である。@自己の身体やその働き(労働)を自己の本源的な所有物とみなす
「自己所有」の観念。A自己が労働を投下した対象が自己の所有物になるという「労働所
有説」。ロックの所有論は所有という現象を自己と身体との関係の拡張として思いえがく。
同様な見解はカント、ヘーゲル、マルクスによってものべられている。だが、所有を基礎
づけるはずの自己所有は普遍的でも、自明の理でもない。例えば、アジア・太平洋地域で
は母方オジが自分の身体に自分よりも根源的な権利をもつという観念が広くみられる。す
ると、むしろ所有こそが身体や労働に対する認識を基礎づけているといえるのではないか。
所有の概念は資本主義の基底にある商品交換と不可分である。このことはロックが労働
の投下から所有の発生を導き出すために導入する価値の概念にあらわれている。ロックは
労働がうみだす価値を特権化し、それを貨幣によって量化し、比較可能なものと考えた。
それゆえ、労働がうみだす価値とは商品交換における価値であり、所有とは商品交換に参
与する者が自分の商品に対して関係する行為である。この関係行為は商品交換を成り立た
せている規則の一部(交換の主体を定義する規則)であり、それ以外の原理によって基礎
づけられる必要がない。
贈与交換の場合、特定のモノを誰と誰が交換できるかを定める規則は複雑で多様である。
例えば、「バレンタインデーのチョコレートを女性は男性に贈る」、「水牛を姉妹の息子は
母方オジに贈る」、「お年玉を親は子どもに与える」などのように。これに対し、商品交換
の場合には、あらゆるものを誰が誰とでも交換をおこなうことができ、交換主体は商品を
所有する個人として定義されている。
2.アジア・太平洋地域における土地制度の諸特徴
所有の概念にもとづく土地に対する人間の関係行為を「土地所有」とよび、所有の概念
ではとらえることのできない土地に対する人間の関係行為を「土地制度」とよぶ。
a)土地制度の重層性:首長たちは先住者と外来者の代表として関係しあうとともに、こ
の関係にふさわしい相補的な権利を地域社会の領地に対してもつ。
b)土地制度の全体性:宗教的、法的、道徳的、政治的、経済的であると同時に、そのい
ずれにも還元しえない社会事象としての土地制度。土地にすまい、人間よりも土地に
本源的な権利をもつ霊的存在。
c)土地制度の儀礼性:首長の土地に対する権利は土地にすまう霊的存在にかかわる儀礼
の遂行と密接な関係をもつ。
3.アジア・太平洋地域における土地政策
アジア・太平洋の大半の地域では欧米諸国や日本による植民地支配や統治がおこなわれ、
その一環として何らかの土地政策が実施されていた。戦後、近代国家の建設を開始したア
ジア・太平洋諸国では開発政策が強力に推進され、土地政策は開発政策の一環としておこ
なわれてきた。
これらの土地政策は19 世紀初頭から今日にいたる200 年近い時間の幅をもち、その実
施主体は多くの国にまたがっている。だが、その大半は土地制度を経済開発の阻害要因と
みなし、その廃絶と土地所有制度の確立をめざすという点で共通性をもっている。
所有は資本主義経済の基底にある商品交換と一体のものであり、世界システムは経済開
発をともなう19 世紀以降の植民地支配をとおして世界をおおいつくした。また、開発政
策の一環としておこなわれてきた土地政策は土地を商品化し、土地制度内の多様な社会関
係を市場関係に転換する政策といえる。それゆえ、土地政策が相互に類似するのは当然で
ある。アジア・太平洋地域における土地政策の大半は、植民地政策の一環としておこなわ
れたものであれ、開発政策との関連で実施されてきたものであれ、土地に対する人間の関
係行為を商品交換の原理にもとづいて編成することを目的とするものであった。
4.土地所有をめぐる「歴史的もつれあい」
土地制度の基底には土地にすまう霊的存在への信仰(信念)やこの存在と交流をおこな
うための儀礼があり、儀礼は規則にしたがう行為といえる。また、土地政策は経済開発を
のぞましい社会的目標とみなす信念や、土地と直接的・間接的に関連する何らかの法規(規
則)にもとづいて実施されてきた。こうした法規は、たとえ条文のなかに明確な言及がな
い場合でも、商品交換の規則の一部をなす所有の概念にもとづく。
一般的にいって規則や信念は多様に解釈される可能性をもっており、いかなる行為のし
かたも規則や信念と一致させることができる。それゆえ、規則や信念は行為のしかたを決
定できない。だが、解釈ではない規則の把握がある。規則や信念の強制力は教育や訓練を
介して規則や信念の承認をせまる社会関係と表裏一体のもの。そこに身をおいていること
が規則や信念に強制力を付与する。しかし、社会生活のどのような局面にもリーダー的存
在が複数いる。それゆえ、社会生活は多中心的な政治の渦巻きからなり、そのぞれぞれに
おいて規則や信念が多様に解釈され、その承認せまる教育や訓練がおこなわれる。多様な
解釈の発生をチェックする場や機関はたとえあったとしても、うまく機能するとはかぎら
ない。また、矛盾する規則や信念が共存し、それらが同時並行的に強制力を発揮している
場合には、事態はさらに錯綜したものとなる。
「歴史的もつれあい」はこうした状況に着目する概念。それは「中核」諸国起源の規則
や信念と「辺境」の地域社会の規則や信念が多様な解釈を介してせめぎあい、からみあう
過程や状況を意味する。
規則や信念の解釈可能性に由来する上記のことは土地政策や土地制度の基底にある規則
や信念についても妥当するはず。これらの規則や信念が地域社会においてさまざまに解釈
されることを土地政策の実施主体が完全に統制することは例外的にしか成功しえない。そ
のために、土地をめぐる「歴史的もつれあい」には、土地政策が所期の目的とはおよそ異
なる土地制度をうみだしたり、土地政策によって土地所有制度が確立される一方で、土地
制度が再興されたり、土地所有制度のなかに土地制度が(あるいは土地制度のなかに土地
所有制度が)だまし絵のようにはめこまれているといった、ありとあらゆる逆説的とみえ
る事象が可能性としてふくまれていることになる。
このようにのべることが部分的な現象と全般的な傾向を混同しているように感じられる
とすれば、それは「辺境」の地域社会が「中核」諸国起源の規則や信念によって染めあげ
られてきたという歴史観を自明の事実とみなしているからである。多くの人類学者、社会
学者、歴史学者はこの歴史観を自明視してきたが、実際には「歴史的もつれあい」に関す
る詳細な記述とまともにつきあわされたことはない。
従来、世界システムに包摂されたあとの「辺境」の地域社会の歴史は近代化や文化変容
の概念でとらえられてきた。近代化は地域社会の「伝統文化」が「中核」諸国起源の規則
や信念によっておきかえられる過程に言及する概念。文化変容は前者が後者をとりこむ過
程に言及する概念。したがって、この二つの概念は上記の歴史観を基本的に承認したうえ
で、地域社会の歴史を一方は「中核」諸国起源の規則や信念に還元し、他方は地域社会の
「伝統文化」に帰属させて理解する。そうであるならば、「歴史的もつれあい」が適切に
記述されてこなかったのは当然であるし、「辺境」の地域社会が「中核」諸国起源の規則
や信念によって染めあげられてきたという歴史観が長いあいだ信憑性を保ってきたとも不
思議ではなくなる。
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建築基準法の集団規定の総点検の方向について [2007年03月04日(日) ]
  平成12年12月 5日 建築審議会 建築行政部会 市街地環境分科会
(情報公開されている審議会の引用です。)果たしてこの審議会の答申が指摘した、問題点の解消、求めていたビジョンに近づいているのか、どの立場にある人々のための答申なのか考えながら読みなおしていただけると幸いです。


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 建築審議会では、建設大臣から平成7年11月8日付け建設省住指発第365号及び建設省営管発第612号をもって建築審議会に諮問のあった「二十一世紀を展望し、経済社会の変化に対応した新たな建築行政の在り方について」に関し、調査審議を行い、平成9年3月24日に「二十一世紀を展望し、経済社会の変化に対応した新たな建築行政の在り方に関する答申」をとりまとめた。
 同答申に基づき、平成10年に建築確認・検査の民間開放、建築基準の性能規定化等の総則・単体規定の大幅な見直し等を内容とする建築基準法の一部改正などが行われた。
 また、上記答申の際に、建築基準法の集団規定については引き続き検討を進めることとされており、都市計画中央審議会の審議状況を踏まえ、平成11年9月に市街地環境分科会を再開し、集団規定の各種形態規制等について総点検を進めるため、本分科会に基準・制度小委員会を設置した。
 本分科会において、当面、都市計画中央審議会における都市計画制度の見直し等に関連した集団規定の在り方について調査審議を行うこととし、平成12年2月8日「建築基準法における都市計画制度の見直し等に関連した課題への対応について」の報告を行った。
 都市計画中央審議会答申及び上記報告に基づき、平成12年5月に都市計画のマスタープランの充実、線引き・開発許可制度の見直し、用途地域の指定のない区域における形態規制等の見直し、特例容積率適用区域の創設、建ぺい率制限の緩和措置の創設、準都市計画区域の創設等都市計画制度の大幅な見直し等を内容とする都市計画法及び建築基準法の一部改正が行われた。
 さらに、平成12年6月から、集団規定の総点検について、集中的に調査審議を行ってきた。
 平成13年1月には、建築審議会は、「中央省庁等改革の推進に関する方針」(平成11年4月27日、中央省庁等改革推進本部決定)に基づき廃止され、その機能は新たに設置される社会資本整備審議会建築分科会に引き継ぐこととされている。このため、本報告は、建築審議会建築行政部会市街地環境分科会として、集団規定の総点検の方向について調査審議を行った結果を、中間的にとりまとめたものである。

 本件に関し、調査審議に参加した委員は、次のとおりである。
 委 員   小林重敬(市街地環境分科会長、基準・制度小委員会主査)
  秋本敏文  有吉孝一  上山良子  奥井 功  落合 良
  片山正夫  楠田枝里子 隈 研吾  西谷 剛  八田達夫
  馬場錬成  藤本昌也  松本恒雄  村尾成文  森 稔
  渡邉 尚
 専門委員 大方潤一郎 大橋洋一  木内正二  黒川 洸  鈴木崇英
  立成良三  服部岑生  福井秀夫  柳沢 厚
 オブザーバー 上村克郎(建築行政部会長)
  宮澤美智雄(建築行政部会長代理)

1.集団規定の総点検の背景
 建築基準法の集団規定については、大正8年の市街地建築物法、昭和25年の建築基準法の制定を基礎とし、用途地域制の充実、容積率制限制の導入、形態規制の合理化、日影制限の導入、地区計画の創設等経済社会の状況、技術の進歩等を踏まえつつ、各時代における社会的要請に応えて不断の見直しが行われてきた。
 集団規定は、建築物の集団的な構成に係る最低の基準を定め、その範囲内で個々の建築活動を許容することを基本としており、それは、戦後の成長型経済社会の下での変化の激しい市街地において有効に機能してきた。
 しかしながら、経済社会の状況は、戦後の経済成長や産業発展を重視した成長型経済社会から、生産に加え、生活、環境、文化等多様な価値観が多元的に存在する成熟型経済社会への移行が本格化している。
 さらに、少子・高齢化が進展する中で、今後、人口及び世帯数が減少へ転じるものと見込まれ、都市地域への人口集中・市街地の外延化への対応から、都心居住の推進や国際化・情報化に対応した高度な業務機能の集積を図るなどの都市構造の再編に重点が置かれることとなる。その際特に、地球環境問題への対応や持続可能な社会の形成にも配慮しつつ、国際的都市間競争から生き残ることができる、豊かで個性的な市街地の形成が必要となってくるものと見込まれる。
 また、身近な生活環境や景観への住民の関心が高まっており、自己表現や経済合理性を追求しつつ行われる個々の建築活動の結果として形成される街並みを、地域の共有資産として住民が共感できるレベルへと、高めていくことが求められている。
 こうした経済社会の変化に対応して、現在の集団規定が、二十一世紀という時代にふさわしい市街地を形成するためにはいかにあるべきかという視点から、総点検を行うものである。

2.集団規定の枠組み
 建築基準法の集団規定は、市街地において建築物が集団で存していることに着目して、建築物相互間の安全、衛生等を確保するとともに、都市機能の集積を図るなど合理的な土地利用を実現するために定められている。
 集団規定の枠組みは、都市計画で用途地域を定め、その用途地域に応じ、建築物を制限することを基本としている。具体的には、12種類の用途地域に応じて、用途の制限や斜線制限を定めているほか、容積率及び建ぺい率については、用途地域の種類ごとの数値メニューの中から、都市計画で選択して定めることとしている。また、日影制限は、対象区域及び用途地域の種類ごとの制限内容を建築基準法に基づく条例で定めることとしている。
 用途地域によるこれらの一般的な建築制限を補完するため、地区等の特性に応じ、特別用途地区、高層住居誘導地区、高度地区、高度利用地区、特定街区、美観地区等があり、都市計画や建築基準法に基づく条例により用途、容積率、高さ等の制限の強化や緩和を定めることができる。
 次に、よりきめ細かな規制誘導を行うための制度として地区計画等があり、都市計画において地区施設の配置や建築物の特別な制限等を定めることにより、建築行為に係る届出・勧告制度や開発許可の基準となっている。また、建築基準法において、条例による建築物の制限、許可・認定等による一般制限の緩和、道路位置指定の特例、予定道路の指定等を措置している。
 さらに、総合設計制度、連担建築物設計制度のほか、用途制限、容積率制限、日影制限等に係るただし書き許可等の個別建築物ごとの特例措置が設けられている。
 このほか、住宅地の良好な環境や商店街の利便等をより高度に維持増進するため、地域住民の全員の合意により、一般的な建築制限を超えた基準を民事上の協定として定めることができる、建築協定制度が設けられている。

3.現行の集団規定をめぐる課題
 (1) 市街地環境の課題
 〔狭小な敷地・狭隘な道路〕
 住宅地等においては、敷地規模がまちまちで狭小なものが相当数あり、生活道路については狭隘な、いわゆる二項道路(建築基準法第42条第2項による道路)が多く、市街地の基礎的な安全性・防火性や通風等の市街地環境が十分に確保されていない。
 特に、大都市を中心に防災上危険な密集市街地が広く存在しており、その改善が急務である。
 また、良好な住宅地等でも、相続等により敷地分割・ミニ開発が進展してきている。
 〔新たな市街地の出現〕
 都心居住、SOHOなどの新たな居住・就業形態、新たな複合市街地など、容積率・建ぺい率メニューをはじめとする現行の集団規定で想定する市街地空間像を超えた市街地も出現している。
〔大規模低未利用地等の発生〕
 産業構造転換の進展により、臨海部等において大規模な低未利用地が発生し、都市構造の再編や良好な市街地の形成のために有効に活用することが期待されている。
 また、バブル経済の崩壊後、都心部等において、虫食い状の低未利用地が多く発生している。
 〔市街地環境に対する住民ニーズの高度化〕
 景観・眺望、日照、騒音、圧迫感、プライバシーなどの市街地環境に対するニーズがより高度化してきている。
 また、中高層マンションの建設やミニ開発などにより、屋敷林などの既成市街地内の貴重な緑が喪失されつつある。
 〔依然多い近隣紛争・違反建築物〕
 低層住宅地における中高層マンションや工業地におけるマンションの立地等による近隣紛争や、建ぺい率や容積率などに違反する建築物が、依然多い状況となっている。
 〔更新期を迎える既存不適格建築物〕
 今後、更新期を迎える建築ストックには、これまでの容積率制限の全面導入などの制度改正による既存不適格建築物も多いものと見込まれ、建替えに当たり従前延べ面積が確保できないなど、ストック更新の隘路の一つになっている。
 (2) 各制限の課題
 〔各制限の適用の基礎となる敷地・道路〕
 現行の集団規定の各規制は、各敷地を単位として適用されている。また、道路は、一般交通の用に供する空間、街区の整序、沿道建築物の日照、採光、通風等の確保、災害時の避難や消防活動の場としての機能を有し、これを基礎として、接道規定、道路内建築制限、前面道路幅員による容積率制限、道路斜線制限のほか、日影制限等の緩和措置が設けられている。
 敷地の一部が二重使用されることなどにより、容積率・建ぺい率等の違反が発生しているが、このようなケースをチェックする仕組みが十分でない。
 市街地に広範に存している二項道路については、一括指定を行っている場合が多く、集団規定が「適用されるに至った際現に建築物が立ち並んで」いたかどうかの判定資料が消失していることなどにより、建築主等が、即地的に二項道路の指定がなされているかどうか分からず、トラブルも多い。
 また、独自の助成措置等により二項道路の整備促進を行っている地方公共団体もあるものの、一般的には、既存建築物の建替後に、道路内建築制限に違反して塀などが築造されるなどにより、まだまだその整備が進んでいないのが実態である。特に、幅員4m以上の道路との入口部分の敷地では、さらにその整備が進んでいない。
 位置指定道路(建築基準法第42条第1項第5号の道路)は築造する者からの申請に基づくものであり、二項道路は土地利用の状況によるものを要件としている。このため、これらの道路は、行き止まり道路となるなど計画的な整備がなされず、それらが面的に広がっている場合には、市街地の安全上の課題もある。
 〔用途制限等〕
 共同住宅の住戸が事務所等の用途に転用されるケースも多く、さらに、今後、建築物を長期に利用していくことが重要となり、建築物の躯体を存置したまま、建築物内部の用途を変更することが多くなると見込まれる。これらの用途変更に対して防火・構造等の制限の適用も含め、適切な対応がなされていないのではないか、との指摘がなされている。
 さらに、大規模な工場跡地等の低未利用地の土地利用転換に当たり、暫定的な用途の建築物を許容することなどにより、中長期・段階的な土地利用転換を誘導していくべきとの指摘や、新たな居住・就業形態への対応や複合市街地への積極的誘導を図っていくべき、との指摘もなされている。
 また、住居系用途地域において自動車車庫の規模が規制されているが、共同住宅が大規模な場合は、その規制が厳しすぎるとの指摘もなされている。
 〔容積率制限〕
 容積率制限は、建築の自由度の向上を図りつつ、用途地域制による市街地環境の確保、都市計画の決定を通じた地域レベルの交通、下水道等との負荷バランスの確保に一定の役割を果たしてきた。
 近年の居住水準や就業環境の向上により、住宅や事務所等の一人当たり床面積が拡大するなど、建築物の延べ面積と公共施設に与える負荷との関係が大きく変化しているのではないか、建築物の用途により交通、下水道等への負荷が大きく異なっているのではないか、また、共同住宅の廊下・階段等に係る容積率不算入措置について、他の用途とのバランスを崩しているのではないか、との指摘もある。
 さらに、良好な戸建て住宅地などにおいては、容積率は、交通、下水道等との負荷バランスの確保よりも、むしろ市街地環境の確保に重きがあることから、建築物の高さ・壁面の位置の制限等によりきめ細かくコントロールすることで、より実効性のある規制とすべき、との指摘もなされている。
 〔建ぺい率制限〕
 建ぺい率制限は、敷地内の空地の確保により、採光・通風等の市街地環境の確保、災害時の避難経路の確保及び市街地における延焼防止を目的としている。
 しかし、人工地盤などの立体的利用については、現行の建ぺい率制限が実態にそぐわないとの指摘もある。
 〔敷地面積の最低限度〕
 敷地面積の最低限度の制限については、敷地内にまとまった空地を確保することにより、建ぺい率制限、日影制限等による採光、通風、日照等の市街地環境の確保の効果を十分なものとするとともに、ミニ開発の進行による劣悪な市街地の形成を防止するものである。
 敷地面積の最低限度の制限については、第一種低層住居専用地域・第二種低層住居専用地域において選択的に定めることができ、地区計画、建築協定においても定めることができる。しかし、一般的にはあまり活用されていないのが実態である。
 〔斜線制限等の高さ制限〕
 斜線制限等は、前面道路幅員に応じた高さの制限を行うとともに、隣地との間に一定の空間を確保するなどにより、建築物の採光、通風、日照等を確保することを目的としている。
 高度利用を図るべき市街地などで、敷地が狭い場合などには、斜線制限等により外壁が斜めになった異質な建築物も出現している。
 また、看板等については、建築基準法が適用されず、それらの設置により、斜線制限等が効果のないものになっているとの指摘もある。
 〔地区計画等、建築協定など〕
 地区計画等、建築協定などについては、地域の良好な市街地環境の確保のために有効な制度であり、地域により様々な形で活用がされている例がある。
 地区計画等については、地区の特性に応じて制度メニューが設けられており、制度が複雑で分かりにくいなどの指摘がなされている。
 また、建築協定については、契約による自主規制であるという性格により、合意が取れない一部の区域が協定区域から抜けてしまう、協定違反があった場合の民事上の措置に限界がある、との指摘がある。
 さらに、景観に対する住民意識の高まりから、地方公共団体独自の景観条例などが多数制定されているが、建築基準法に規定する美観地区については、ほとんど活用されていないのが実態となっている。
 (3) 現行制度の枠組みに係る課題
 用途地域に基づく一般的な建築制限は、全国の都市で適用できる汎用性のある限られた類型を想定し、基本的に守るべき建築物の基準を規定したものであり、そのことにより、一定の幅の中での建築活動が可能であったため、雑然とした市街地の形成を助長してきた側面は否定できない。
 これらの一般的な建築制限は、原則として一敷地・一建築物ごとに適用されており、また、敷地の規模・形状に制約がないことから、個々の敷地において実際にどのような規模、高さ、用途等の建築物が建築されるか、さらにそれらの建築物が集積して実現される市街地がどのようなものか分かりにくい。
 こうした問題に対応し、より良好な環境の確保、美しい景観の形成、歴史的な街並みの保存等を誘導するため、各地区等の特性に応じて、一般的な建築制限を補完する特別用途地区、地区計画、特例許可、建築協定等の制度が設けられている。しかしながら、目指すべき具体的な市街地空間像、即ち、どういう建築物が立ち並んだ市街地とするのか、又はどの程度の居住環境を有した市街地とするのか、についての合意が、地方公共団体や住民の間で必ずしも醸成されていないこと、地方公共団体の運用が消極的であった側面も否めないことなどから、必ずしもこれらの制度が十分に活用されてきたとは言い難い。
 一方、地方公共団体においては、現行の集団規定の枠組みを超えて、中高層建築物等に係る紛争処理や狭隘道路の整備、歴史的街並み保全、景観形成、バリアフリー、緑化等を推進するため、独自の条例や要綱などによる建築物等に対する種々の規制・誘導策を実施している。さらに、住民のまちづくり活動やいわば向こう三軒両隣でのまとまった建築活動に対し支援措置を講ずるなど、様々な取組みを行っている。
 また、住民のまちづくりに対する意識の高まりもみられ、その活動も活発化している。

4.集団規定の総点検の基本的考え方
 今後の集団規定の総点検に当たっては、目的の明確化や内容の簡明化に留意しつつ、集団規定の各制限が、その目的を適切に達成できる内容となっているか、さらに、それらの制限が総体として、地域における良好な市街地環境の確保に必要十分なものとなっているかを明らかにすることを基本的視点とし、以下の方向で検討を進めるべきである。
 (1) 経済社会の変化への的確な対応
 今後の経済社会の変化を踏まえつつ、地域の自然的・社会的条件に即した規制を適用することができるよう、容積率メニューをはじめとする各制限の選択の幅を拡大する方向で検討するとともに、新たな居住・就業形態や複合市街地などへの対応の在り方を検討すべきである。
 また、二十一世紀の国際化、情報化にふさわしい市街地の形成を図るため、既成市街地の再整備のための制度の充実を検討すべきである。この際、新たな技術を活用した街区を超える大規模な再開発、大規模低未利用地の土地利用転換に伴う暫定的な土地利用、今後増加する老朽マンション等の建替えに係る既存不適格問題等への対応の在り方を検討すべきである。
 (2) 地域社会の良好な市街地形成ニーズの実現
 より高度な市街地環境を確保する、地区計画等、建築協定をはじめとする各種制度については、美しい街並み、良好な居住環境など地方公共団体や住民の高度なニーズに適切に対応する必要がある。このため、地方公共団体や住民のまちづくりへの様々な取り組みも踏まえ、地域ごとのきめ細かなルールづくりを行うことができるよう、また、より使いやすいものとなるよう検討すべきである。
 さらに、良好な建築物の誘導など、地域における多様な課題に、建築行政としても積極的に対応できるよう地方公共団体における許可・認定制度等の活用促進策について検討すべきである。
 (3) 規制の適用単位の拡大
 建築基準法は個々の建築活動に対する規制である以上、一敷地・一建築物ごとに適用されることが基本であり、そのことにより、現行の集団規定の一般的な建築規制も、個々の建築物の環境水準を一定以上確保するとともに、それらが集積した場合に、市街地の基礎的環境水準が確保されることとなっている。しかし、これまで形成されてきた多様な市街地について、地区の特性に応じてより効果的に基礎的環境水準を実現するため、街区、通り沿いなどの一定のまとまりのある単位での規制の在り方を検討すべきである。
 (4) 規制の実効性の確保
 我が国の市街地には狭小な敷地や狭隘な道路が多いことを踏まえ、集団規定の適用の基礎となる敷地や道路の在り方について、さらに検討を行うべきである。
 敷地については、特に、細分化の防止策や敷地の統合・共同化・協調化のためのインセンティブの在り方について検討するとともに、GIS等の活用による敷地情報等の管理手法の充実等敷地の二重使用の防止策についても、併せて検討すべきである。
 道路のうち、特に、二項道路については、過去に一括指定が行われ、即地的にその指定がなされているかどうか分からないことが多い実態に鑑み、その指定及び中心線の位置について、今後、順次判定していくための執行体制の充実を図ることが重要である。また、二項道路の制度は救済規定であり、このことにも配慮する必要があるものの、建築基準法施行後50年経過してもなおその整備が遅々として進んでいない現状を十分認識し、市町村によるその整備を促すために、各種事業制度の充実等も含めて検討すべきである。
 また、建築確認・検査の民間開放を契機として、建築行政における執行体制の充実が図られているところであり、今後とも違反是正等を強力に進めるとともに、他の行政分野との連携について検討すべきである。
 (5) 多様な主体の連携
 平成12年の地方分権一括法の施行等により、地方分権が進められ、都市計画や建築行政についても自治事務とされ、地方公共団体はまちづくりについて大きな役割を担うこととなった。このような動きをさらに促進し、地方公共団体が積極的にその役割を果たしていくことが重要である。
 また、住民主体によるまちづくりに対する取り組みが活発になってきているが、関連する様々な主体が情報を共有することなどにより、このような機運を幅広く定着させるとともに、地域の目指すべき市街地空間像の形成や地域のまちづくりのルールにまで高めていくことが必要であり、その際、専門家の活用を図ることも重要である。
 さらに、市街地は建築物の集積により具現化されるものであることから、良好な市街地の形成のためには、個々の建築物の計画に携わる建築士の役割は大きい。
 このような地方公共団体、住民、建築士などの専門家のほか、NPO、企業などの多様な主体の、それぞれの活動が相まって、幅広い知恵がまちづくりに結実し、良好な市街地が形成されるよう、それぞれの果たすべき役割及びその分担について検討するとともに、これを踏まえた集団規定の在り方について検討すべきである。

5.おわりに
 これまで調査審議してきた、現行の集団規定をめぐる課題、総点検の基本的考え方等を踏まえ、引き続き、集団規定の総点検の調査審議が実施されることを期待するものである。
東京六本木ミッドタウン
Legoで街づくり
葛飾区の不動産
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戦後の土地所有と土地規範(引用・要約) [2007年03月04日(日) ]
(すいません。資料紛失のため著者等情報がありません)

1 戦後の土地所有・利用構造−概観
国土と国民資産の構成
 わが国の土地の所有・利用構造を包括的に明らかにすることは、戦後についても依然として困難である。国土の所有構造を詳細に検討できる統計資料は、現在もなお作成されていないからである。それゆえ、各省庁がそれぞれの関心に応じて作成した統計データを、さまざまな仮定のもとに加工・統合することで実態に接近するしかない。表1は、そうした試みの1つである。1980(昭和55)年現在の国土(3777万ヘクタール)の地目別構成は、シェアの大きい順に、森林・原野(68%)、農用地(15%)、宅地(4%)、その他(14%)となっている。その他を除いた国土の所有主体別構成は、私有地65%(個人有地57%、法人有地8%)、国公有地35%である。ただし「その他」には、道路や水面・河川など公共的性格の強いものが220〜230万ヘクタールほど含まれている。これを勘案すると、国公有地面積は40%弱に達する。同時期の諸外国の国公有地比率は、アメリカ41%(1974年)、イギリス18%(75年)、西ドイツ32%(73年)となっており、日本の国公有地比率は相対的に高い水準にある。ただし日本の場合、国公有地の大半が森林に集中しているのが特徴的である(森林の国公有地比率は43%)。私有地の個人・法人別分布では、農用地で個人有の比率が圧倒的に高いのに対して、宅地(とくに非住宅用地)で法人所有の割合が相対的に高くでている。
 1974(昭和49)年に国土庁が設置されて以降、土地の所有・利用構造に接近するための資料はしだいに整備されてきた。以下、主として国土庁(現国土交通省)が作成・刊行してきたデータを利用して、戦後、とりわけ現段階における土地の所有・利用構造を概観しておくことにしよう。
 図1によれば、国民資産に占める土地の比率は25〜30%水準で推移していた。土地資産比率は1980年代後半の「バブル経済」期に急上昇し、1990(平成2)年に33%とピークを記録したあとは一転して低落傾向に陥った。しかしながら諸外国との比較では、日本の土地資産比率は依然として突出した高さにある。アメリカ・イギリスの土地資産比率は10%以下であるのに対して、日本ではその3倍前後の水準を維持しているからである。1996(平成8)年末現在の日本の土地資産額は1740兆円に達するが、これはアメリカ(1994年末)の約4倍、イギリスの約11倍に匹敵する。1平方メートル当り土地価格で比較すると、日本が4605円なのに対し、アメリカは46円、イギリスは622円と格差は一層拡大する。1平方メートル当り国内総生産(GDP)は、日本はアメリカの10倍強、イギリスの2倍前後にとどまっていたから、土地資産額における格差は日本における土地生産性の高さだけで説明できないことを示している。この背後には、各国の土地所有構造や土地政策の違いが隠されているのである。

土地利用転換
 土地の資産価値が膨張した高度成長の時代は、土地利用面では宅地・道路のような都市的土地利用の拡大した時代だった(表2参照)。1965(昭和40)年から1999(平成11)年にかけて、宅地は2.1倍、道路は1.5倍にふえた。一方、農地・原野は大きく減少した(減少率はそれぞれ23%、60%)。この間の農用地の減少面積は148万ヘクタールにおよんだが、これは宅地・道路の増加面積(計136万ヘクタール)にほぼ見合っている。森林面積は、都市的利用への転換による減少を農用地・原野の林地化がほぼ相殺したため、総面積はほぼコンスタントに推移した。
 表3によると、1975(昭和50)年以降四半世紀のあいだに、都市的土地利用は89万ヘクタールの拡大をみたことがわかる。年率にして3万6000ヘクタールの拡大テンポとなる。内訳は、住宅地と公共用地とがともに29%を占め、以下、工業用地17%、レジャー施設用地12%、その他の都市的土地利用13%となっている。都市的土地利用への転換源としては、農地が67%と過半を占め、ついで林地の28%、埋立地5%となっている。住宅地やその他の都市的土地利用が主として農地に供給源を求めているのに対し(80%強)、レジャー施設用地は主として林地からの転換によっている。日本の大都市は河川最下流部に発達した平野部に立地したが、こうした平野部は農業適地でもあったから、都市的土地利用と農業的土地利用が競合関係に陥りやすい傾向を本来もっていた。とりわけ都市部へのアクセスが重視される宅地については、もっとも農業的土地利用と競合しやすかった。これに対し、大面積と1ヶ所へのまとまりを必要とするレジャー施設用地は、地価の安い林地に需要が向けられたわけである。レジャー活動の中味によっては、林地への立地を必須とするケースも少なくなかった。
 住宅地に匹敵するシェアを占めた公共用地の供給源は、農地63%、林地34%、埋立地3%と林地の比重がやや高くなっているが、工業用地については農地68%、林地22%、埋立地9%と埋立地の比率が高くでている。工業用地に占める埋立地の比率は、表3がカバーできていない高度成長期にはさらに大きかった。新規に造成された工業用地に占める埋立地の割合は、1966(昭和41)年25%、69年18%、71年12%ときわめて高い比率を占めた。土地所有者など既存の利害関係者の存在しない埋立地は、土地調達のもっとも容易な方法として活用されたのである。

私有地の所有構造
 1993(平成5)年以降5年ごとに国土庁(現国土交通省)が実施している「土地基本調査」は、私有地の所有構造について有益な手がかりをあたえてくれる。表4によると、1998(平成10)年時点の土地所有者数は、法人63万、世帯2385万におよぶ。法人で土地を所有しているのは全体の3分の1でしかない。多くの法人は事業用の土地や建物を借入で調達しているわけである。これに対し世帯では、その過半が持家に居住している(現住居敷地所有率54%)。
 所有面積のシェアは、法人19%、世帯81%と圧倒的に世帯の比率が高い。宅地所有については法人・世帯間にそれほどの差がないのに対して、面積シェアの大きな農地・山林の所有が世帯に集中していることがその理由である。しかし宅地に限定すれば、法人・世帯でほぼ等分している(以上、面積については1993年の数値)。
 上記のように「土地基本調査」の情報は有益であるが、抽出標本からの推計値であるという制約をもっている。また現在利用可能なデータが1993・96(平成5・8)の両年に限られるため、長期の変化を追うことができない。こうした制約をある程度カバーしてくれるのが、自治省税務局が毎年刊行する『固定資産の価格等の概要調書』である。
 表5は、同『調書』をもとに、2000(平成12)年1月1日現在の地目別土地所有状況を示したものである。これによれば、課税対象土地面積は1627万ヘクタールで、国土全体の43%、私有地全体の76%を占めている(表1との対比)。
 地目別では、農地541万ヘクタール(構成比33.2%)、宅地155万ヘクタール(9.5%)、山林・原野874万ヘクタール(53.7%)、雑種地など57万ヘクタール(3.5%)となっている。国土全体の地目構成と比較すれば、山林の比率が相対的に低下する一方で、農地・宅地のシェアが高まっていることがわかる。山林における国有地比率の高さを反映したものである。
 表5の地目構成を、評価額で算出してみると、地積の構成比とは様相を異にする。農地5.0%、宅地88.2%、山林・原野0.3%、雑種地6.3%となり、農林地の地位が大幅に低下してしまう。経済価値、とりわけ税務上の評価額で比較すれば、宅地が突出した構成比をとることになるわけである。
 法定免税点以上の「土地所有者(T)」の合計は6285万(個人97%、法人3%)と厖大な数になる。表注に記したように、同一の所有者でも所有する土地の地目や所在する市町村が異なると重複カウントされている点に注意が必要だが、この点を勘案しても土地所有者の数は厖大である。個人所有の比率は、地積で85.5%、決定価格では72.9%と、所有者数のシェアよりも小さくなっている。所有規模ならびに土地価格の双方で、法人が個人を大きく上回るためである。
 『調書』が把握する土地所有者の時系列的変化を追ったのが表6である。土地所有者の実数により近い「土地所有者(U)」(地目間重複カウント調査済み)は、1961(昭和36)年に1649万人であったが、70(昭和45)年に2000万人を、80年代半ばには3000万人を超え、2000年には3708万人へと2.2倍に増加している。この間、田畑や山林・原野の所有者が漸減したのに対し、宅地ならびに雑種地(ゴルフ場・遊園地・鉄軌道用地など)のそれは激増した。「土地所有者(U)」の6割強と最大のシェアを占めるにいたった宅地所有者の増加はとりわけ顕著で、1961年から2000年までのあいだに3倍増を果たしている。1975(昭和50)年を境とする統計の不連続には注意が必要だが、一般都市住民の宅地所有に相当する「住宅用地」の所有者数は、同じ期間に7倍弱へと激増している。国民の多くが、この間に零細地片を宅地として所有するようになったわけである。
 平成11年度版『調書』は、「納税義務者」の課税標準額別の分布を教えてくれる。それをもとに作成したのが表7である。「納税義務者」の半分近くが課税標準額100万円以下の零細所有者である。これに100〜500万円未満層を加えると、全体の85%を含むことになる。地積の分布はそれほどの不平等を示さない(ジニ係数=0.30)。「土地所有者」がもっとも分厚く集中する100〜500万円未満層に、総地積の44%が帰属しているのである。これに対し、土地の経済価値を反映した決定価格の階層分布は著しく上位にかたよっている。「土地所有者」のわずか0.9%でしかない課税標準額1億円以上層で、決定価格の33%を占めている。「決定価格」のジニ係数は0.74と、不平等度の高い分布を示すのである。複数市町村に土地を所有する者を『調書』が合算できていないことを勘案すると、経済価値で評価した土地所有の不平等度は、表7が示す以上に高いとみなければならない。

地価の動向
 国民の土地所有観に大きな影響をおよぼし、土地の資産保有意識を蔓延させた直接の契機が地価の高騰であった。そこで、戦後の地価動向を概観しておこう。
 図2は、市街地価格指数と関連経済指標の長期動向を示したものである。
 1955(昭和30)年から2000(平成12)年にかけて、市街地価格(全用途平均)は46倍に上昇した(住宅地が最も上昇率が高く66倍、ついで工業地47倍、商業地31倍。市街地価格のピークはバブル経済渦中の1991<平成3>年で68倍)。6大都市の上昇率はさらに顕著で、上記期間に全用途平均の市街地価格指数は60倍(最も値上がり率の高かった住宅地では94倍)に達した(ピークの1991年には172倍)。これに対し、同期間における関連経済指標の上昇倍率は、名目国内総支出59倍、国内卸売物価指数2.1倍、消費者物価指数6.1倍であった。都市化の影響をもっとも顕著に反映する市街地価格が、一般物価に比較していかに高騰したかが理解できるだろう。しかしながら「バブル期」の破綻とともに市街地価格は急落し、ピーク時(1991年)価格の3分の2(全国)、6大都市では3分の1の水準にまで落ち込んだ。この結果、市街地価格水準は国民経済成長とほぼ見合う水準にまで低下した。しかしながら戦後の地価動向をみるならば、1991年以降の動きは例外的な現象であり、長期間にわたって地価は、諸物価はおろか国民総生産(GNP)の成長率をもはるかに上回るテンポで上昇し続けたのである。
 図2を仔細に観察すると、市街地価格が戦後3期にわたって急騰したことがわかる。
 第1期は1950年代後半から60年代初頭にかけての時期である。第2次世界大戦後しばらくのあいだ、地価は一般物価を下回る水準にあった。しかし経済復興が本格的に開始される1950年代にはいると地価の急騰が始まり、図2が示す50年代後半から60年代初頭にかけて、物価指数はもちろんGNP成長率をも大きく上回る上昇率を示した。この時期の地価高騰は工業地が先導し、住宅地・商業地がそれに続いた。高度経済成長にともなう旺盛な設備投資が工業用地需要を呼び起こしたこと、また人口の都市集中にともなう住宅用地需要の増大に、宅地供給の不足と投機的な需要も加わったことがこの背景にあった。
 第2の地価高騰期は1970年代前半である。住宅地がこの時期の地価高騰をリードしたが、工業地・商業地も高い上昇率を示した。企業の事業用地需要ならびに都市部への人口集中にともなう住宅用地需要が引き続き増大したのに加えて、「ニクソンショック」後の財政拡大・金融緩和などによる過剰流動性の増大と列島改造ブームを背景とする投機的な需要が激しい地価高騰を生み出したのである。
 地価高騰の第3期は、1980年代半ばから90年代初頭にかけての「バブル経済」期である。この時期の特徴は、6大都市の商業地価格が地価上昇をリードし、それが工業地・住宅地へと波及していった点にある。都市部の事務所ビル需要の急激な増大が商業地価格の上昇を招き、これに金融緩和による過剰流動性と住宅地の買換え需要の増大、さらに投機的需要の増大が重なって、爆発的な地価上昇をもたらした。都心部に発生したこの地価高騰は、その後タイムラグをともないながら周辺地域および他の主要都市に波及していき、「バブル経済」の跳梁をもたらすこととなった。
 都市的土地利用の重要なファンドであり続けた農地の価格変動は図3のようであった。農地価格の動向は市街地価格のそれとはかなり異なった軌跡をたどっている。農地価格がもっとも高騰したのは終戦から1950年代前半にかけてであった。1940年代後半の未曾有の農地価格高騰は、厳しい食糧難とインフレーションがもたらした。食糧事情が一息ついた1950年代前半期の農地価格高騰は、食糧生産の順調な回復(1955年の米大豊作)と農産物価格の好転による農業収益条件の改善がもたらしたものであった。その後農地価格は、1950年代後半から60年代前半期にかけては、落ち着いた動きを示した。オイルショックによる物価高騰に列島改造ブームが加わった1970年代初頭には年率20〜30%の農地価格上昇をみたものの、それ以後は安定した推移をたどっている。円高のもとで農産物輸入が激増する1980年代半ば以降、農地価格はまったく沈静化し、90年代にはいるとマイナス基調に転じているのである。
 しかしながら注意すべきは、図3が示す農地価格は農業的利用(「自作地として耕作する場合」)を前提とした価格に限定されていることである。都市的利用がおよぼす農地価格への影響はあらかじめ遮断するように設計されているのである。周知のように転用価格を考慮に入れた農地価格は、農業的利用を前提とした価格の動向とは違った軌跡をたどるし、その水準も大きく異なる。たとえば、自作地として耕作する場合の農地価格は、2000年では10アール当り田107万円、畑61万円であった。しかし、転用価格が反映されているとして同調査が排除したケースの平均価格は、3大都市圏を除いても田941万円、畑721万円であった。両者のあいだには10倍前後の開きがあるのであって、市街地価格高騰の影響は、転用価格をとおして農地価格にも広範に浸透しているのである。
 以上のように、戦後日本の土地価格は経済の基礎条件をはるかに上回るテンポで上昇し続けてきた。1990年代初頭に「バブル経済」が破綻するまでは、地価が下落することはありえないという「土地神話」が多くの人々をとらえていた。またこの過程で、土地所有を富蓄積のもっとも簡便かつ確実な方法とみなす観念(「土地本位制」的観念)が、経済社会の隅々まで浸透していったのである。

2 農地所有の構造と所有意識
農地改革と土地規範
 農地改革は、191.7万ヘクタール(改革直前の小作地総面積の82%)もの農地を、国の直接介入のもとで小作農民に開放した。戦前期の農地所有は、頂点に小数の巨大地主を、底辺部には膨大な数の零細土地所有者を配するという、すそ野の広い山のような形を示していた。しかしながら農地所有の不平等度は、けっして小さくなかった。農地改革は、在村地主の保有限度(都府県平均1町歩、北海道4町歩)を除くすべての小作地を強制譲渡の対象としたから、農地の所有構造は一挙に平等化した。さらに農地改革法では、都府県平均3町歩(北海道12町歩)を超える自作地についても、その耕作が適切でないものは買収の対象とした。この結果、農地所有の上限は原則として3町歩(都府県)で画された。きわめて平等化された農地所有構造をとるにいたったのである。
 農地改革の成果を受けて1952(昭和27)年に制定された農地法は、第1条で以下のように述べている。すなわち、「この法律は、農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農地の取得を促進し、その権利を保護しその土地の利用関係を調整し、もって耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図ることを目的とする」。ここでは、「耕作者の地位の安定と農業生産力の増進」という課題を解決するにあたって、農地を「耕作者みずから」に「所有」させることがもっとも望ましいという政策理念が表明されている。所有権の付与をとおして耕作権を保障しようという政策理念である。自作農を望ましい姿として想定する「耕作者主義」だと言い換えてもよい。しかしながら問題とすべきは、所有権が耕作権を保障するという農地改革のこの想定が、どのような状況のもとでも普遍的に成り立つかどうかという点である。
 農地改革を現時点で再評価する場合、もっとも注目すべきは、農地の所有・利用には社会的責務がともなっていることを明確にした点にある。農地所有・利用にかかわる公共性を強調する農地改革のこの理念は、農地改革違憲訴訟をとおしてしだいに明確となっていった。
 農地改革への地主の抵抗は、土地取上げと農地買収に対する異議申立て・訴願という手段で展開されたが、農地改革自体の正当性を問題にする違憲訴訟もあわせて提起された(第1審だけで1950<昭和25>年までに119件提訴)。農地改革違憲論の主張は、(1)自作農創設のために国が農地を強制的に買収してこれを小作人に売り渡すことが憲法29条3項の「公共のために用ひる」ものでなく、(2)買収価格もまた同項の「正当な補償」に値しないというものであった。これに対する判断は、(1)の問題については、下級審を含めて全判決が明示または黙示の形で合憲とした。また(2)の正当補償の問題については、下級審の判決は、完全補償説・相当補償説・中間説の3つに分かれたが、違憲とした判決はなかった(最高裁では完全補償説が多数見解)。
 最高裁が農地改革違憲訴訟に明確な判断をくだしたのが1953(昭和28)年12月23日であった。本上告審の直接の争点は農地買収対価の妥当性をめぐるものだったので、農地改革それ自体の合憲性については明確な言及がない。しかし買収対価の妥当性についての判断は、当然農地改革の公共的性格に深く関係していたから、判決文のなかにもこの点にかかわる記述をみることはできる。たとえば、憲法29条2項を踏まえた以下のような判断は、農地改革の公共的性格を容認したものだといえるだろう。「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように法律で定められるのを本質とするから、公共の福祉を増進し又は維持するため必要ある場合は、財産権の使用収益又は処分の権利にある制限を受けることがあり、また財産権の価格についても特定の制限を受けることがあって、その自由な取引による価格の成立を認められないこともある」。さらに判決文は、戦時下において農地所有権への公共的規制が格段に強化された事実を的確に指摘している。すなわち、「…農地は自創法成立までに、すでに自由処分を制限され、耕作以外の目的に変更することを制限され、小作料は金納であって一定の額に据え置かれ、農地の価格そのものも特定の基準に統制されていたのであるから、地主の農地所有権の内容は使用収益又は処分の権利を著しく制限され、ついに法律によってその価格を統制されるに及んでほとんど市場価格を生ずる余地なきに至った…かかる農地所有権の性質の変化は、自作農創設を目的とする一貫した国策に伴う法律上の措置であって、いいかえれば憲法29条2項にいう公共の福祉に適合するように法律によって定められた農地所有権の内容であると見なければならない」。
 上記判決の本文には、農地改革のいかなる側面が公共の福祉に合致するかという点について明確な指摘はないが、本判決に先立つ大法廷判決(1953年11月25日)では、「自創法による農地改革は、本法1条にこの法律の目的として掲げられたところによって明らかなごとく、耕作者の地位を安定し、その労働の成果を構成に享受させるため自作農を急速且つ広汎に創設し、又、土地の農業上の利用を増進し以て農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図るという公共の福祉の為の必要に基づいたもの」と明言されており、本判決もこの認識を踏襲したものと考えられる。
 以上のように、農地改革を合憲だとした最高裁判決は、農地改革が前提とすべき農地所有規範をはっきりと示した。すなわちそれは、農村の民主化あるいは農業生産力の発展という高度の公共性をもつ目的のために、国が私有財産を正当な補償をもって買収することは、特定階層・特定集団の利害に基づくものではなく、全国民的な利害=「公共性」に基づいており合憲であるという判断であり、農地改革が創出した土地所有は、「その利用を公的に規制された、農業経営=農業的土地利用の法的基礎としての所有権として把握されていた」という理解である。前章までの考察で明らかなように、農村の伝統的土地規範においても、農地は単なる私的所有の対象ではなかった。農地は、イエの所有対象であり、またムラの管理下に置かれるべき特殊な財産であった。農地を自由な私的所有の対象とは考えない点で、農地改革もこうした伝統的規範意識と共通する側面を有していた。しかし、イエ・ムラの土地慣行や土地規範が踏まえていた公共性はムラという面識集団内部に限定されており、普遍的な公共性によって基礎づけられてはいなかった。これに対し農地改革法は、農地所有の公共性について、より普遍的な理念を導入したのである。

農地改革後の農地法制−農地所有への公共的規制の解除
 農地改革終了から農地法制定にかけてのプロセスは、農地改革法の基本的枠組みは継承されつつも、農地所有への公的コントロールを可能とする重要な手段がしだいに解除されていくプロセスとしてとらえることができる。むろん当時においては、そうした政策選択がもたらす帰結を見通すことは困難だったが、結果的に農地法の「自作農主義」は、公共的コントロールを解除された社会的拘束なき「自作農主義」に変質した。高度成長・バブル期にこの帰結が明瞭となる。検討すべきトピックスは、創設自作地に対する国の先買権規定の消滅、農地価格統制の撤廃、農地所有・利用への公的コントロール導入の挫折、の3点である。
 創設自作地に対する国の先買権規定の消滅  創設自作地に対する国の先買権規定は、農地改革の公共性をもっとも直裁に表現する規定であった。この規定は、連合国軍最高司令官総司令部天然資源局(GHQ・NRS)がきわめて重視した。農地を政府から買い受けたものが自作農をやめる場合の措置についてGHQはきわめて厳格であり、1946(昭和21)年4月にNRSが作成した覚書でも、6月28日にNRSスケンク局長が農相和田博雄に示した覚書案でも、政府が売り渡した農地は代金償還の有無を問わず30年間は譲渡禁止で、やむを得ない理由で政府が承認する場合でも政府が買い戻すべきことになっていた。結局、農林省は、創設自作農が自作をやめる場合は政府が買い戻すという無期限の先買権行使で対処することとした。しかし1950(昭和25)年7月、土地台帳法の賃貸価格が廃止され、農地の統制価格は基礎を失い先買権規定の運用が不可能となった。農林省は先買権規定の復活を断念し、政府が売り渡した農地が売却される場合は、売渡し後10年間について価格差の一部を政府に支払うことを命じる条項をポツダム政令にもりこむことで対処した。この規定は農地法に引き継がれたが、1950年代半ばには期限の10年間は経過終了し先買権規定は消滅することとなった。先買権規定が消滅した経緯については今なお不明な点が多いが、この時期農政官僚であった佐竹五六は、「こうした規制をいつまでも続けることは一般農地との均衡を失するという理由で継承され」なかったと述べている。
 農地価格統制の撤廃  農地改革後の農地価格統制については、日本側が積極的だったのに対しGHQは消極的だった。農地価格統制を続行する意向であった農林省に対し、NRSはその廃止を主張したのである。小作地所有規制と小作料統制さえ守られるならば地価統制は不要だというのがその理由であったが、私有財産権に直接タッチする価格統制に対してGHQは一貫して神経質だった。
 農地価格統制の継続問題が浮上するきっかけとなったのも土地台帳法の改正であった。同法の改正で、価格統制の基準であった賃貸価格制度が廃止されてしまったからである。政府は急遽ポツダム政令(「自作農の創設に関する政令」)を公布し、買収漏れ農地は従来価格で、改革後の所有制限該当農地は強制譲渡方式で移転させることとし、その対価を政府指定価格(7倍に引上げ)に設定した。
 農地価格統制問題は農地法制定過程でも改めて問題となった。地価統制の可否を問う質問に対して農林省の政府委員は、農地法3条3項の「第1項(農地および採草放牧地の権利移動−引用者)の許可は条件を付けてすることができる」という条項は、農地価格の高騰を抑制できる措置になりうるという解釈を示した。ところが、農地法制定後の農林次官通達(1952<昭和27>年12月)で、農地法3条3項を地価抑制に使うことはできないと解釈が変更され、以後、農業委員会としては手がつけられなくなった。この間の経緯は依然として詳らかでないが、前述の佐竹五六は、農地価格統制が失効した理由を、「農地価格が広範にかつ著しく高騰している状況の下において、政策の論理に忠実に統制することの行政的妥当性に対する反省が働いたとみてよい」と推測している。
 農地の公的管理構想の挫折  農地改革の実施が山場を超えた1948(昭和23)年の半ばごろから、農林省内部では改革後の農地政策に関する検討作業が開始されている。このうち初期のもっとも包括的なものが大和田啓氣私案であった。この私案は、農地改革後の課題を「農地改革の成果の上にたって農業経営を確立すること」、すなわち「零細経営の克服による生産力の増強」に求めているが、とりわけ注目されるのが、農地の効率的利用をはかるために、農地の国家的管理(ただし管理の主体は市町村農地委員会)を提起した点である。国家管理の具体的内容は、(1)市町村農地委員会に農地賃貸借の譲渡・設定を行う権能をあたえ、農地の有効利用促進の立場から耕作権を配分調整せしめる、(2)農地の交換分合を促進する、(3)農協による農地管理の途をひらく、(4)農地に関する所有権その他権利の設定・移転はすべて市町村農地委員会の承認制のもとにおく、(5)小作料の統制は継続する、などの諸点である。主として生産力視点に立脚し、農地の諸権利を強力に管理することをとおして農地改革過程で増大した飯米農家を漸次整理し、その農地を共同経営ないし中堅農地のもとに移動させ構造改革を促進するという構想である。また同時にこの大和田私案は、農地所有・利用の公共的正確を重視する農地改革理念を継承する構想でもあった。しかしながら大和田構想は、この段階では政府および占領当局の理解をえられぬまま忘れられていった。
 一定の地域的広がりを単位として農地の公的管理を実施するという大和田私案の発想は、その後も折をみて復活した。とくに農地構造改革に本格的に取り組もうとした農業基本法の議論の過程で、農地改革が設定した自作農的土地所有の扱いやその公的管理のあり方などが議論の対象になった。たとえば、1959(昭和34)年12月24日の第4回構造問題小委員会で事務局長小倉武一から「農地価格等を合理的水準に安定させ、且つ構造政策に寄与するため農地等の売買は政府機関において一元的に処理することにする」という試案が示され、それをめぐって議論がなされている。注目されるのは委員大内力の発言で、以下のような、一定の地域を単位とする農地管理システムが提起されている。「…土地制度の問題ですが、これはさっき小倉さんが言われたような国がやる1つの管理方式というのは、これは制度としてむろん考えていいことだと思いますが、私はやはりそれだけでは足りないんじゃないかといった感じがするのです。もっとそれを補完する意味で、どっちがどっちを補完するのか知りませんが、ある程度農地について、末端で一村単位で考えたらいいのか、部落単位で考えたらいいのかわかりませんが、1つの計画を持って、ある程度農家の間で共同で管理できるというような形を考えるべきじゃないか。」
 こうした議論を受けて最終答申(4節)にも、農地制度の改正点の1つとして「農地の公的管理の方式」の確立が掲げられることとなった。そこでは、農地制度の改正点として権利移動統制、小作地所有制限、小作料と農地価格などに関する事項が列挙されたのち、「これらのために、農地の必要限度の直接管理をする必要があろう。そのあり方や機構については検討を要するが、小作地保有制限、農地移動に関連して市町村段階における農地の公的管理の方式を確立する必要がある」と述べられている。さらに注目すべきは「市町村段階における生産技術の向上、経営構造の改善に関する計画とその実施との関連において、農地を共同的に管理する方法もこの公的管理の方式に含めて考えるべきであろう」と指摘している点である。『解説版』では上記の「市町村段階の公的管理の方式」について、「市町村に農地官のような管理行政の担当官を配置して直接管理をおこなう考え方、現行制度の農業委員会を活用する考え方」、「農業協同組合や土地改良区などの団体にこれに関する機能を賦与する考え方」などなどの考え方があるとし、管理の内容や範囲に応じて以上の数種の方式を複合することも考えられるとしている。さらに農地の共同的管理の例として、「田畑輪換農法を地域的に実施する計画と農民の農地に関する権利の調整のための共同管理、生産の協業化とこれに対応した農地の共同管理等」をあげている。
 農業基本法における上記の問題意識は、1960年代半ばの農地管理事業団構想に継承されていく。この構想は、農地の売買・賃借による移動を公的機関の介入により方向づけ、自立経営を目標とする経営規模拡大の方向に誘導するとともに、農地価格についても適正化をはかろうとしたものであった。しかし同法案は、1965・66(昭和40・41)年の2度にわたって国会に提出されたものの、与党の自民党からも抵抗を受けて廃案となった。離農対策を欠き基盤整備との結合関係も弱かったので構造政策としての総合性を具備しなかったこと、公的介入による選別政策が小農切捨てにつながると危惧されたこと、地価騰貴による事業量拡大に対する財政当局の疑問などが廃案の原因として指摘されている。しかし同時に、この当時農地価格が高騰しており、管理事業団が構想するような農地移動統制を展開しうる条件が失われていたことも重視すべきであろう。

地価高騰と農民の土地規範
 戦後農民の「土地規範」にもっとも大きな影響をおよぼしたのが地価の高騰であった。既述のように、戦後復興をほぼ終えた1950年代初頭以降地価は上昇を開始し、以後、一般物価の上昇率をはるかに上回るスピードで上昇した。農林地価格の上昇もまた著しかった。とりわけ、転用需要が見込まれる都市近郊農地やレジャー用地の候補となった農林地の価格は急上昇をみた。こうした地価高騰が農地の資産的所有意識を強めていったのは周知のところであるが、農家経済、とりわけその資金循環構造は、地価高騰の影響を直接受けることとなった。『農家の社会勘定』で把握された土地(転用)売却代金は1960(昭和35)年から傾向的に増加し、70年代初頭の狂乱物価期には3兆円を突破した(農業総生産額の80%強)。その後やや鎮静化するが、1980年代後半から90年代初頭の「バブル経済」期に再度急増し、近年では農業総生産額の80%弱の水準に張りついている。
 農地法制的過程で農地価格に対する公的コントロールが放棄されていったことはすでにみたが、農業基本法の議論の過程でも地価対策は本格的な議論の対象にならなかった。農業気品法が目標に掲げた自立経営農家の育成には農地の権利移動が不可欠であり、また当時の農地移動は自作地売買が主流だったから、農地価格問題は当然議論されてしかるべきだった。農基法の制定過程で地価問題がほとんど議論されなかったのは、今なお戦後農政史の大きな謎である。農業基本問題調査会の座長を務めた東畑精一は、「基本問題調査会をやった1年間に、地価の問題は一度も論じたことはない」と述べ、また「農林省は、地価が上がるのをむしろ喜んでいたふしがあった。農業の繁栄の証拠として。小倉は問題事項として地価問題も出すことにしていたが、農林省のなかでそれはやめておけということになって取りやめたらしい」と、地価問題が正規の議題にのぼらなかった理由を推測している。また大和田啓氣も、農地価格問題に関しては「農林省内にもいろんな意見があり、省として地価を下げるべきだというふうにはいえなかった。正面から地価高を歓迎することはなかったが、しがし上げちゃいかんというエネルギーもなかった。地価高は事実としてやむをえないとしても、地価高に応じた農地法などのいじり方が手遅れになったということは間違いない」と述懐している。一方、梶井功はこれとはややニュアンスの異なる理解を示している。事務局が用意した問題事項・検討事項のなかには地価問題が相当な項目ではいっていたのだが、それが基本問題調査会のなかで議論されることのないまま終ってしまった。この点は事務局長小倉武一もよく認識しており、農基法答申の説明の際に、地価問題が気がかりであり農林省としてこれへの対処を考えておく必要があると述べていた、というのである。事務当局が地価問題をまったく意識していなかったとは考えられないが、いったん解除した地価統制をもう一度復活させることの行政上の困難を強く意識したのであろう。
 農業基本法が地価問題への言及を避け、また農地管理事業団構想が最終的に挫折をみて以降は、農地価格を直接コントロールする制度を設計するチャンスは失われた。唯一残された可能性は、農地法の転用規制によって転用価格の農地価格への波及を遮断することだったが、転用圧力にさらされている都市近郊農地の価格動向からみると、それが有効に機能しているとはいえない。国土全体をカバーした土地利用規制システムが存在しない状況のもとでは、耕地一筆単位の移動統制を前提とする農地に、優良農地を保全し合理的な土地利用秩序を実現する機能を担わせるのはとうてい無理なことであった。逆に農基法以後の農政は、農地法の転用規制を緩和し農地価格の上昇を期待する農民感情にアピールする方向での政策選択を重ねていった。農業を取りまく外部環境の変化を理由として、農地転用許可基準がつぎつぎに緩和されていったのがその典型例である。農地法第4条・第5条の農地転用許可基準は法律や政令・省令の形ではなく次官通達や局長通達で指示されたが、こうした仕組みが転用許可基準の緩和をより容易にさせた。都市計画法・農振法によるゾーニングとその変更が、政権政党による集票手段として「活用」された実態についてもよく知られている。小土地所有者たる農民、とりわけ市街化調整区域農民の心理をたくみに揺さぶりつつ集票する仕組みである。
 地価高騰による農地の資産所有化は、農地所有権の内実をしだいに空洞化していった。農地の資産的価値がまず第一に重視され、それを損なう恐れがある場合には、耕作放棄や荒しづくりすら選択されるケースも珍しくなくなった。所有が耕作を保障するという農地改革の政策理念が、必ずしも妥当しないという事態が発生したのである。1985(昭和60)年から95(平成7)年にかけての10年間に、都市的地域の耕地面積は4割強も減少した。耕作放棄地率も高い(1995年4.2%)。このように、都市的土地利用への転換が期待できる都市近郊農村では、商品所有権の肥大化というルートで農地所有権の空洞化が進行した。
 過疎地・限界地においても、異なるルートで農地所有の空洞化は進行した。高齢化・過疎化の進行で農業生産の担い手が弱体化し、耕作放棄地が拡大していったのである。農業センサスによれば、1985年に5.3万ヘクタールであった中山間地域の耕作放棄地は、10年後の95年には8.7万ヘクタールへと6割以上も増大した(耕作放棄地率は2.8%から5.2%へ上昇)。また、この間の経営耕地の減少は26万ヘクタールにおよんでいる。耕地面積の減少には耕作放棄を原因とするものが少なからず含まれるので、これを加えると耕作放棄のインパクトは一層強まることになる。1990年代半ば以降、農地の潰廃理由において耕作放棄が都市的用途への転用を上回るにいたった。条件不利地域では、農地の経済的内実それ自体が急速に失われつつあることを示唆している。

3 宅地所有の構造と所有意識−大都市部を中心に
都市の宅地所有
 都市の宅地所有について、いくつかの事実を追加しておこう。
 第1は所有主体の問題である。既述のように土地所有者数では、個人所有が圧倒的であった(2000<平成12>年の土地所有者は、個人96%、法人4%)。しかしながら、所有面積では個人85%、法人15%とその格差は縮小する。とりわけ宅地に限定すると、法人所有は32%と無視できない比率を占めている。都市3区(千代田・中央・港)では、法人所有比率は7割を超えている。自治省編『固定資産の価格等の概要調書』によれば、1961(昭和36)年から2000年にかけて、法人所有地面積は4.7倍に拡大をみたのである(個人所有地面積は1.5倍)。
 法人所有地には、土地投機によるものが少なからず含まれていた。「バブル経済」崩壊直後の1993(平成5)年3月末現在、資本金1億円以上企業が所有する土地面積は、事業用土地93万ヘクタール、販売用土地9万ヘクタールであったが、事業用土地の9%、販売用土地の52%が未利用となっていた(未利用地面積は12万9000ヘクタール)。こうした企業の土地取得は、過剰資金をかかえた金融機関による旺盛な融資活動によって支えられていた。1992(平成4)年9月末現在の不動産業向け貸付残高は、銀行52兆4000億円(貸付総残高の10.5%)、ノンバンク上位300社24兆円(同37.1%)という巨額の規模に達していた。その結果、厖大な不良債権が発生し、金融機関の経営に多大の負担をあたえつづけていることはよく知られている。
 第2は、戦後日本の住宅政策が持家重視で一貫していたことである。表8によれば、ヨーロッパ各国と比較した日本の特徴は、(1)持家比率が高い(賃貸住宅が過半を占めるドイツと対照的)、(2)賃貸内部では公的主体が供給する社会賃貸の比率が極端に低い(サッチャー政権下で賃貸住宅の売却=持家化を積極的に進めてきたイギリスでも、賃貸の主流は依然として社会賃貸であるのと対照的)、といった点にある。戦前の東京では民間借家が住宅供給の7割程度を占めていたが、戦後にはこれが逆転したわけである。戦後持家率が急速に高まったのには、政府の住宅政策が持家供給を一貫して重視してきたことが関係している。政府は本格的な公営住宅建設に一貫して消極的であったし、ヨーロッパ各国が採用している家賃補助や家賃控除といった政策も導入されなかった。他方、持家促進のためには種々の助成措置が実施された。まず1950年代後半以降、住宅金融公庫による低利貸付が拡充されていった。税制面では、固定資産税の評価額が低く抑えられ、200平方メートル以下の小規模宅地にはさらに軽減措置がとられた。所得税にも住宅取得控除が設けられたし、土地譲渡益課税についても買替え特例措置によって課税回避の途が設けられていた。
 こうした持家重視政策の下で宅地所有数は急増していったが、その過程で宅地所有規模、とりわけ大都市部のそれはますます零細化していった。東京都を例にとろう。1999(平成11)年における個人の平均宅地所有面積は、区部で221平方メートル、市部で282平方メートルにまで縮小した(1980<昭和55>年に比し、それぞれ19%、13%減)。またこの過程で、100平方メートル以下の小規模個人宅地所有者の割合が高まり、1999年には区部45%、市部23%となっている。
 第3には土地の所有・非所有に規定された資産格差問題である。上記のように、大都市居住者の多くにとっては、零細な宅地片すら所有することは困難であった。都市勤労者にとってはマンション所有が現実的な選択肢であったが、「バブル経済」期には、それすら断念せざるをえない状況に追いこまれた。年収に対するマンション価格の倍率は、1986(昭和61)年の4.5倍から90(平成2)年の8.5倍へと急騰をみせたからである。国土庁『土地基本調査』が把握する世帯の宅地(現住居敷地)所有率は、全国平均54.4%であるが、これには年収水準に照応した格差が存在している。年収2000万円以上層では8割以上が宅地所有者であるのに対して、400万円以下層では50%以下に低下する。低所得層で宅地を所有している世帯では、購入よりも相続・贈与の比率が相対的に高くでることになる。年収500万円以下層で宅地を所有している世帯は、その3割以上が相続・贈与によっているのである。このように個人の宅地所有には、当該世帯の所得水準のみならず親世帯の資産格差が反映している。

土地所有権の日本的特質
 日本の土地所有権の特異性は、その商品性が最大限に保障された点に求められる。農地については、農地法の所有・転用規制がかろうじて商品性の自由な発言を抑制していたが、その他の地目については一般商品と同等の商品性が保障された。とりわけ商品性の高い都市の宅地所有にはこうした特性が顕著にあらわれた。地価高騰で発生したキャピタル・ゲイン(資本利得)を土地所有者が取得することは、たとえそれが当該所有者の労働や資本投下による成果でなくても当然視された。土地譲渡益課税は、短期保有時の譲渡には高率課税されたが長期保有土地は優遇された。また、買替え特例による土地譲渡益税の支払繰延べ措置が認められてきたため、土地売却がより大きな土地資産取得の契機となるケースも珍しくなかった。
 とりわけ重大なのは、企業の土地資産所有が優遇され続けた点である。企業所有の土地資産は取得原価(簿価)で評価されたため、地価上昇によって巨額の含み資産が形成されても課税対象として把握されることはなかった。この含み資産は、企業の財務力や資金調達力の強化におおいに役立ったが、土地の評価額を変えないかぎり固定資産税で補足されることがなかった。また企業は相続税の対象にもならないので、土地資産を売却してキャピタル・ゲインを実現しないかぎり課税されることはなかった。こうした税制上の利点が、法人の土地所有志向を高めたのである。
 商品性貫徹のいま1つの側面は、土地所有者の権限が極めて強固に保護されているという点である。よく指摘されるように、西欧諸国と比較して日本では、土地利用に対する公共的規制がゆるく、土地所有者にはきわめて高い自由度が許されている。土地所有権は当然に建築権を含むものと理解され、土地所有者は法律上の規制のないかぎりそれを自由に行使できた(原則としての「建築の自由」)。また、土地利用にかかわる公的規制も、後述のようにそれほど強いものではないし、多くの抜け道が用意されている。
 以上のように日本の土地所有権には、その商品性の発現を制約する要素がきわめて弱い。この結果、地価形成には市場の論理が貫徹するとともに、しばしば土地は投機的取引の対象とされてきた。

土地所有意識の特徴とその変化
 他の資産と比較して土地が優遇されるという制度的条件のもとで、土地所有を志向する国民の土地観が形成されていった。表9をみると、地価急騰の余韻がまだ残っていた1993、94(平成5、6)年では、土地を預貯金や株式に比べて有利な資産とみなす意見が全体の6割以上を占めていた。ただし、土地資産を有利とみなす国民のこうした意識も、「バブル経済」の破綻とともに大きく変化した。土地を特別に有利とみなす意見は全体の3分の1にまで低下し、「そうは思わない」という意見と順位が逆転している。こうした傾向は、「バブル経済」下の地価変動が著しかった大都市圏でより顕著である。土地所有の経済的意味により敏感な企業の場合、土地に対する意識変化はより明瞭である。1993年には3分の2の企業が「土地所有の方が借地・賃借よりも有利」だと回答していたものが、2000(平成12)年にはこうした回答は39%へと激減し、かわって「今度は借地・賃借が有利」と考える企業が全体の46%へと伸びている。「バブル経済」の破綻は、国民・企業の双方に大きな教訓をあたえたかのようである。
 たしかにバブル経済の破綻によって、キャピタル・ゲインの持続的拡大に期待するという意味での「土地神話」は崩壊した。しかしながら、国民の持家志向が依然として高いことも事実である。公的部門による賃貸住宅供給が一般して低調であり、かつ家賃補助や家賃控除制度を欠く条件のもとでは、長期にわたって安心して居住できる住宅を求めようとすれば、持家志向に傾くのは当然なのである。土地の資産保有をそれほど有利とみなさなくなった2000年においても、回答者の79%が「土地・建物ともに所有したい」と答えている。また、望ましい住宅形態として一戸建てを想定する意向も依然として強い(2000年78%)。家賃・居住環境の双方で魅力的な賃貸物件がまだまだ少ないこと(とりわけ賃貸住宅の公的供給がなお手薄であること)、高齢化とともに賃貸物件の借入れが困難になることなどが、住宅所有への志向をなお強く維持させる要因である。加えて、「バブル経済」後の地価低落が大都市住民にも住宅取得への可能性を開いたことも、持家志向を高水準で支えている要因であろう。生活の基礎的な条件である良好な住宅を所有したいという要求自体は、しごく当然のものなのである。

4 土地所有・利用への公共的コントロール
土地基本法の理念
 「バブル経済」下の地価騰貴を受けて制定された土地基本法は、第2条で土地に対する公共的規制の根拠として以下の4点をあげている。すなわち、(1)土地が国民のための限られた貴重な資源であること、(2)国民の諸活動にとって不可欠の基盤であること、(3)その利用が他の土地の利用と密接な関係を有すること、(4)社会経済的条件(人口、産業動向、土地利用動向、社会資本整備状況)によって土地の価値が変動すること、である。こうした理解に立って同法は、(1)計画に従った土地の適正利用、(2)投機的取引の抑制、(3)地価上昇利益に応じた適切な負担、を今後の課題としてあげている。いずれも適切な指摘であるが、問題はそれをどのような制度設計のもとで実現していくかにある。土地の商品性を一貫して重視してきた戦後の土地政策を、抜本的に転換しうるかどうかが問われているのである。
 「バブル経済」の破綻直後、土地法制の分野でもさまざまな制度改正が行われてきている。とりわけ重要なのは、規制緩和と地方分権化を掲げた一連の制度改革である。

農地転用規制の緩和
 土地の商品性を規制する唯一ともいえる法律が農地法であった。西欧諸国のような「建築不自由の原則」を欠く日本では、農地法の転用統制がかろうじてその代替機能を果たしてきた。むろん、国土利用全体を秩序づける有効な計画・規制立法を欠く状況のもとでは、農地法の効力にもおのずから限界があった。戦後の農地行政、とりわけ転用行政には一貫性が弱く、各時期の政策的要請によって大きく動かされてきたからである。農地法4、5条の転用許可基準が法律・政令・省令などで明示されず、すべて次官・局長通達に委ねられたことも政策の一貫性を弱める要因となった。農地転用許可基準(1959年、次官通達)の緩和は、こうした通達によって実質的に進行した。都市計画法の実施にともなう「農地転用基準」(1969<昭和44>年、次官通達)は、市街化区域内の農地転用を許可制から届出制に変更した。市街化区域外の農地については、都市計画法に対抗して制定された「農業振興地域の整備に関する法律」が、原則として転用を認めない農用地区域を設定した。しかしこれについても緩和措置が続いた。米過剰下の1970(昭和45)年初頭には、転用対策として水田転用の許可基準が暫定的に緩和された。1971(昭和46)年には「農村地域工業導入促進法」が制定され、工業導入地区内の農地転用については円滑な許可処分を行う方針がとられた(72<同47>年、次官通達)。同法関連の転用許可基準は1989(平成元)年にさらに緩和され、転用を認めない第1種農地についても、農家の就業機会の確保や都市農村交流に資する施設については認めることとされた。1983(昭和58)年「高度技術工業集積地域開発促進法」(「テクノポリス法」)、87(同62)年「総合保養地域整備法」(「リゾート法」)、88(同63)年「地域産業の高度化に寄与する特定事業の集積の促進に関する法律」(「頭脳産業集結法」)、88年「多極分散型国土形成促進法」(「多極分散法」)、92(平成4)年「地方拠点都市地域の整備及び産業業務施設の再配置の促進に関する法律」(「地方拠点法」)など一連の「地域活性化立法」には、それぞれ農地転用許可処分についての配慮規定が設けられた。
 以上のような転用基準の緩和措置もあって、農地転用(この場合は都市的利用への転用)には依然として歯止めがかかっていない。さらに1990年代以降、外からは農産物輸入の増大、内からは高齢化による担い手の弱体化によって、農業生産をめぐる状況はいちだんと厳しさを加えている。こうした状況のもとで農村内部には、農外就業機会の拡大に活路を求めようとする動きが強まっている。地方分権委員会の勧告を踏まえた1998(平成10)年の農地法改正では、4ヘクタール以下の農地転用許可事務を都道府県の自治事務とした。また都市計画法の2000(平成12)年改正は、市街化区域と市街化調整区域の区域区分を大都市部を除いて自由化し、その判断を都道府県に委ねた。転用期待が農村内部に高まっているなかでのこうした権限委譲や規制緩和がどういう帰結をもたらすか、今後注視すべき点である。
規制緩和・「民間活力」導入
 都市を念頭においた土地政策はさらに錯綜しているが、基本線は規制緩和による「民間活力」の導入である。「バブル経済」崩壊後の地価下落をうけて、地価抑制から土地の有効利用へと目標が転換された。大都市地域における密集市街地の再整備、都心居住促進、低・未利用地の利用促進などがその内容である。土地の有効利用のためには市場メカニズムの活用が強調され、借地借家制度の見直し(定期借地権立法)、都市計画・建築規制の緩和などがはかられた。
 都市計画法と建築基準法の1997(平成9)年改正によって、容積率の引上げ、斜線制限緩和、日陰規制の適用除外を認める「高層住宅誘導地区」制度が創設された。この制度によって、もともと過大であった日本の容積率はさらに引き上げられることになった。民間不動産業の活性化にはなっても、日照問題など住民の生活環境の悪化をもたらしかねないと危惧されている。
 土地の有効利用の観点から、土地取引の活性化をうながす一連の措置がとられた。地価高騰期に導入された監視区域指定は解除された。土地税制では、地価税の停止、個人・法人の土地譲渡益課税の軽減、事業用資産の買換え特例制度の拡充などが行われた。いずれも土地資産を改めて優遇する措置である。不良債権の解消をもかねて不動産の流動化をはかるため、その小口化・証券化が構想されている。不動産の小口化と証券化は、土地の商品性をさらに先鋭化するものである。この点では、わが国の土地政策を貫く特質(土地の商品性の保障)がより鮮明となっている。1990年代に進行した一連の規制緩和措置は、「インフラ面や環境面その他で相対的には限界のある都市空間の利用可能容量を…開発投資力のある者にいわば先占的に取得・独占させながら、市場原理を通じるその私有化と商品化を進めていこうとする」ものであり、土地のみならず都市空間そのものまでをも私的財産権の対象とすることを意味している。
自律的土地利用秩序の形成
 以上のように近年の土地政策の展開は、土地の所有・利用への公共的規制の必要をうたいあげた土地基本法に逆行する内容を含んでいる。しかしこうした動きに抗して、地域レベルで自律的な土地利用秩序をつくりあげようとする動きがでてきていることにも注目すべきである。日本の土地利用計画・既成の仕組みはきわめて複雑にできている。関連法は、都市計画法(都市的地域)、農業振興地域の整備に関する法律(農村地域)、森林法(山林)、自然公園法(自然公園)、自然環境保全法(自然環境保全地域)の5つの法律が個別計画・規制を行い、この上位に国土利用計画法による国土利用計画と土地利用基本計画(県レベル)が位置する構造をとっている。5つの個別法の対象区域は一部重複するが、どの個別計画の区域ともならない地域も存在している。地域を単位とした総合的な土地利用計画の策定が不可欠となるわけである。
 1980(昭和55)年以降、地域の土地・環境資源を計画的に管理・利用するための「まちづくり条例」を、多くの市町村が策定するようになった。その先駆けは神戸市の「神戸市地区計画およびまちづくり協定等に関する条例」(1981<昭和56>年)である。同条例は、「住民の参加による住みよいまちづくりを推進する」ことを目的として地区住民が「まちづくり協議会」を組織した場合、市長がこれを認定し、協議会の「まちづくり提案」を市の施策上配慮することを定めている。同様の条例はその後、東京都世田谷区(1982<昭和57>年)、神奈川県真鶴市(93<平成5>年)、神奈川県鎌倉市(96<同8>年)、熊本県小国町(96年)、長野県穂高町(99<同11>年)、富山県滑川市(2000<同12>年)、長崎県小長井町(2000年)と各地に波及していった。当然のことながら、こうした「まちづくり条例」には、地域の土地・環境資源の計画的利用に関しても多くの言及がなされている。土地所有者の8割以上の同意のもとに市・地元住民代表・土地所有者の3者で「まちづくり計画協定」を締結し、協定対象区域(特別計画協定区域)内では計画以外の土地利用を認めず、区域内の土地を売買や開発する場合はすべて届出制とした掛川市「生涯学習まちづくり土地条例」(1991<平成3>年)、一定規模以上の大規模な建築・開発行為について事業者に町および近隣関係者との事前協議を義務づけた真鶴市「まちづくり条例」(前掲)などはよく知られている。佐藤岩夫はこうした「まちづくり条例」の意義を、(1)自治体独自のルールが、規制力の弱い国家法を超えて、地域の土地利用秩序を実効的に制御する役割を果たしてきたこと、(2)国家法レベルで不十分だった住民参加を拡充・強化してきたこと、の2点で評価している。
 日本の都市は、土地の所有・利用をめぐる秩序を自律的に形成していく点で弱さをかかえていた。零細な土地所有が錯綜していること、人口の流動性が高く地域社会の形成がむずかしかったことなどがその理由である。多くの「まちづくり条例」の制定が、まずは行政の強いリーダーシップのもとにスタートしたのもその意味で理解できよう。これに対し農村部では、土地利用の管理主体として集落がなお重要な機能を果たしている。集落をベースに組織された地域営農集団が、作付け栽培協定や機械・施設の共同利用・共同作業のみならず、農地利用権の調整(集団的合意による農地の流動化)にまで関与していることはよく知られている。戦後の農政も、こうした集落の土地管理機能には繰り返し関心を寄せてきた。ふるくは農協法日本政府案における農事実行組合に農地管理事業を行わせるという構想があり、農業基本法の議論の際には市町村レベルで農地の共同的管理を行わせようとする発想もみられた。集落営農に対する近年の注目も、集落がなお保持している土地管理機能へ着目したものである。
 超零細な土地所有者が国民のマジョリティを形成する社会において、土地の所有・利用にかかわる自立的秩序を以下につくりあげていくか。こうしたたいへんむずかしい課題がわれわれに投げかけられている。土地所有・利用が有する公共性に着目した国家法による外部からの規制はもちろん重要である。しかしながら歴史的にみると、日本ではしばしば国(「官」)が公共性を独占してきたのも事実である(「官」と「公」との等置)。こうした日本的「官」の行動様式のもとで、公共政策に対する国民の不信は増大していった。昨今の市場経済化の流れが、こうした傾向をさらに強化した。自助努力の最後のよりどころとして零細土地所有に依存するという構造がより強まっているのである。
 しかしながら「まちづくり条例」制定のように、地域の人びとが共同で問題を解決しつつ公共領域を再建する実践が各地にでてきている。個の尊重を前提とした社会的ネットワークの形成をよりどころとして、個性的な地域づくりに取り組もうとする取り組みがそれである。このような地域をベースにした公共領域の再構築をとおして、商品性の突出した日本型土地所有に対する自律的規制を根づかせていくことが求められている。
いつの時代も愛される「街づくり」。 私たちの夢は、地域にとって財産になる事。

東京へ利益誘導付け替えただけ
Posted at 01:30 | 建築・都市 | この記事のURL
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