―アジア・太平洋地域における土地所有を中心に(引用かつ要約ですがまたまた引用文献紛失、以前まとめたレポートです)―
1.近代的「所有」の概念
所有をめぐる様々な事象について考える場合、近代的な所有の概念をしっかりと把握し
ておく必要がある。ジョン・ロックが『市民政府論』のなかで論じた所有の概念は以下の
@とAの合成である。@自己の身体やその働き(労働)を自己の本源的な所有物とみなす
「自己所有」の観念。A自己が労働を投下した対象が自己の所有物になるという「労働所
有説」。ロックの所有論は所有という現象を自己と身体との関係の拡張として思いえがく。
同様な見解はカント、ヘーゲル、マルクスによってものべられている。だが、所有を基礎
づけるはずの自己所有は普遍的でも、自明の理でもない。例えば、アジア・太平洋地域で
は母方オジが自分の身体に自分よりも根源的な権利をもつという観念が広くみられる。す
ると、むしろ所有こそが身体や労働に対する認識を基礎づけているといえるのではないか。
所有の概念は資本主義の基底にある商品交換と不可分である。このことはロックが労働
の投下から所有の発生を導き出すために導入する価値の概念にあらわれている。ロックは
労働がうみだす価値を特権化し、それを貨幣によって量化し、比較可能なものと考えた。
それゆえ、労働がうみだす価値とは商品交換における価値であり、所有とは商品交換に参
与する者が自分の商品に対して関係する行為である。この関係行為は商品交換を成り立た
せている規則の一部(交換の主体を定義する規則)であり、それ以外の原理によって基礎
づけられる必要がない。
贈与交換の場合、特定のモノを誰と誰が交換できるかを定める規則は複雑で多様である。
例えば、「バレンタインデーのチョコレートを女性は男性に贈る」、「水牛を姉妹の息子は
母方オジに贈る」、「お年玉を親は子どもに与える」などのように。これに対し、商品交換
の場合には、あらゆるものを誰が誰とでも交換をおこなうことができ、交換主体は商品を
所有する個人として定義されている。
2.アジア・太平洋地域における土地制度の諸特徴
所有の概念にもとづく土地に対する人間の関係行為を「土地所有」とよび、所有の概念
ではとらえることのできない土地に対する人間の関係行為を「土地制度」とよぶ。
a)土地制度の重層性:首長たちは先住者と外来者の代表として関係しあうとともに、こ
の関係にふさわしい相補的な権利を地域社会の領地に対してもつ。
b)土地制度の全体性:宗教的、法的、道徳的、政治的、経済的であると同時に、そのい
ずれにも還元しえない社会事象としての土地制度。土地にすまい、人間よりも土地に
本源的な権利をもつ霊的存在。
c)土地制度の儀礼性:首長の土地に対する権利は土地にすまう霊的存在にかかわる儀礼
の遂行と密接な関係をもつ。
3.アジア・太平洋地域における土地政策
アジア・太平洋の大半の地域では欧米諸国や日本による植民地支配や統治がおこなわれ、
その一環として何らかの土地政策が実施されていた。戦後、近代国家の建設を開始したア
ジア・太平洋諸国では開発政策が強力に推進され、土地政策は開発政策の一環としておこ
なわれてきた。
これらの土地政策は19 世紀初頭から今日にいたる200 年近い時間の幅をもち、その実
施主体は多くの国にまたがっている。だが、その大半は土地制度を経済開発の阻害要因と
みなし、その廃絶と土地所有制度の確立をめざすという点で共通性をもっている。
所有は資本主義経済の基底にある商品交換と一体のものであり、世界システムは経済開
発をともなう19 世紀以降の植民地支配をとおして世界をおおいつくした。また、開発政
策の一環としておこなわれてきた土地政策は土地を商品化し、土地制度内の多様な社会関
係を市場関係に転換する政策といえる。それゆえ、土地政策が相互に類似するのは当然で
ある。アジア・太平洋地域における土地政策の大半は、植民地政策の一環としておこなわ
れたものであれ、開発政策との関連で実施されてきたものであれ、土地に対する人間の関
係行為を商品交換の原理にもとづいて編成することを目的とするものであった。
4.土地所有をめぐる「歴史的もつれあい」
土地制度の基底には土地にすまう霊的存在への信仰(信念)やこの存在と交流をおこな
うための儀礼があり、儀礼は規則にしたがう行為といえる。また、土地政策は経済開発を
のぞましい社会的目標とみなす信念や、土地と直接的・間接的に関連する何らかの法規(規
則)にもとづいて実施されてきた。こうした法規は、たとえ条文のなかに明確な言及がな
い場合でも、商品交換の規則の一部をなす所有の概念にもとづく。
一般的にいって規則や信念は多様に解釈される可能性をもっており、いかなる行為のし
かたも規則や信念と一致させることができる。それゆえ、規則や信念は行為のしかたを決
定できない。だが、解釈ではない規則の把握がある。規則や信念の強制力は教育や訓練を
介して規則や信念の承認をせまる社会関係と表裏一体のもの。そこに身をおいていること
が規則や信念に強制力を付与する。しかし、社会生活のどのような局面にもリーダー的存
在が複数いる。それゆえ、社会生活は多中心的な政治の渦巻きからなり、そのぞれぞれに
おいて規則や信念が多様に解釈され、その承認せまる教育や訓練がおこなわれる。多様な
解釈の発生をチェックする場や機関はたとえあったとしても、うまく機能するとはかぎら
ない。また、矛盾する規則や信念が共存し、それらが同時並行的に強制力を発揮している
場合には、事態はさらに錯綜したものとなる。
「歴史的もつれあい」はこうした状況に着目する概念。それは「中核」諸国起源の規則
や信念と「辺境」の地域社会の規則や信念が多様な解釈を介してせめぎあい、からみあう
過程や状況を意味する。
規則や信念の解釈可能性に由来する上記のことは土地政策や土地制度の基底にある規則
や信念についても妥当するはず。これらの規則や信念が地域社会においてさまざまに解釈
されることを土地政策の実施主体が完全に統制することは例外的にしか成功しえない。そ
のために、土地をめぐる「歴史的もつれあい」には、土地政策が所期の目的とはおよそ異
なる土地制度をうみだしたり、土地政策によって土地所有制度が確立される一方で、土地
制度が再興されたり、土地所有制度のなかに土地制度が(あるいは土地制度のなかに土地
所有制度が)だまし絵のようにはめこまれているといった、ありとあらゆる逆説的とみえ
る事象が可能性としてふくまれていることになる。
このようにのべることが部分的な現象と全般的な傾向を混同しているように感じられる
とすれば、それは「辺境」の地域社会が「中核」諸国起源の規則や信念によって染めあげ
られてきたという歴史観を自明の事実とみなしているからである。多くの人類学者、社会
学者、歴史学者はこの歴史観を自明視してきたが、実際には「歴史的もつれあい」に関す
る詳細な記述とまともにつきあわされたことはない。
従来、世界システムに包摂されたあとの「辺境」の地域社会の歴史は近代化や文化変容
の概念でとらえられてきた。近代化は地域社会の「伝統文化」が「中核」諸国起源の規則
や信念によっておきかえられる過程に言及する概念。文化変容は前者が後者をとりこむ過
程に言及する概念。したがって、この二つの概念は上記の歴史観を基本的に承認したうえ
で、地域社会の歴史を一方は「中核」諸国起源の規則や信念に還元し、他方は地域社会の
「伝統文化」に帰属させて理解する。そうであるならば、「歴史的もつれあい」が適切に
記述されてこなかったのは当然であるし、「辺境」の地域社会が「中核」諸国起源の規則
や信念によって染めあげられてきたという歴史観が長いあいだ信憑性を保ってきたとも不
思議ではなくなる。
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