隣国やはり深夜に着き夕飯兼の夜食スープ食べながら、笙野頼子「母の発達」面白かったよーとちょっと読んだげたら、もっと聞きたいとリクエストが来て、摘み読みするもりが結局二晩がかりで全編突破ああ疲れた。他人が書いた文をこんなに長く読みあげたのは初めて。おまけに機関銃のように言葉が連射されるぶっとんだ文章、うちの詩人の詩の朗読練習より疲れる。読み上げインタビューのアンケート仕事一週間分くらいの疲れかな。おかげで、第三部大回転音頭の母達の召喚により喉から血を吐き倒れたヤツを身をもって想像できた。わたし的には的にはなんて自分でよく考えたのではない曖昧で尊大な言いまわし、あんまり使わない方がいいのかも知れないけどなんて、とてもない言葉の奔流に触れたことで、逆に言葉を考えるようにでもまぁ"わたし的には"「母の発達」は、テーマ的に自分にタイムリーなとこもあり、オマトペや地方の会話体や卑俗言語をどんどん取り込んだ語感の豊かさにおいて、神道史の素養があるともっと楽しめるかと感じるデスマス調で書かれた現在読みかけの「金毘羅」よりも、インパクト勝る作品だった。隣国は、ふーんふーんと感心しながらも、後に続く言葉がなかなか出てこないようであった。でも、"まるでライブアンダーザスカイののように略何の前触れもなく、どんなポーズもけず略母達は一切周囲の事は構わないという姿勢で、たらたらと歩いて移動していった"という一文では、ぶはっ!と素早く反応し、「この人世田谷まで聴きに行ったですかねー雨ん中の歴史に残る名演奏でも演奏はたらたらどこじゃないよ」と言って笑いこけた。こどもの頃長らく家にチクオンキがなくテレビラジオも親の支配下にあったわたしは、たまに小中学校の音楽鑑賞で聴くドウ゛ォルザークやシューマンにトリップしてしまう少女だったが、同世代が興味を抱く音楽にはかなり遅れを取ってしまい、そのまま未開発に成長、隣国のぶはっは想像出来ても共有する事が出来ない。隣国が「何それ」ときょとんとした「ウシクダラの母」には"ウッシクダッラはぁるばぁるたずねて来ぃたぁらぁ"トルコ民謡でしたっけと歌いながら踊れたが。笙野頼子は結構芸人のとこもあり、例えば、あの『お富さん』の唄を「そこは寵姫の隠れ家の黒い館!壮麗な塀
逆援助で小遣い稼ぎには神の宿る古樹!」なんてサルタンに訳すミンネジンガー吟遊詩人のお母さんなんかも登場させてる。生きていたとはお釈迦様でもの下りが「ああ、遍照金剛あまねく、偉大な釈尊にさえも!不可知な程の邂逅がこの世にあるとは!」と訳されたのには笑った。お経なんか逆に卑近日常語に訳すと、ありがたみは消えるかもだが親しめるモになりそう。読み返しながら改めて、この作品は笙野自身の"創作の神話"でもあるな、と思った。母に依頼された悪母わるかあと読むそうだの神話としての小話を出るに任せてどんどん作り「本当にこんなもんでええんやろか」と自信がないヤツへの、「どんなもんでもな、出来たもんは出来たもんでどうしようもないんや。産む、というのは土台そういう事なんや。子供なくとも母は母とはそういう事やぞ」とか家の一角にできた天地を突き抜け一条の光が走る穴を見せ「見よ、ヤツ、たかがお前の作ったせこい狭い世界じゃ。そやけど世界というのはどんなにみみっちいもんでも侮れんものやろ」という母の言葉は、そのまま作家の自身への励ましや戒めまた自負の言葉のようにも思われる。隣国「母は死にましたと電話かけて歌ったりするとこまでは、ああそうゆう心境もあり得るだろな、と思ってたんだけど、だんだんめちゃくちゃになってどう理解したらいいのかわかんなくなってきちゃった。後半もう何でもありの世界だよなー。でもいて来させるし作品として成り立ってるから凄いよなー」と呆れ顔。ともあれ、本を買い漁ってはツン読にしてしまう彼が、日本現代文学を一冊読むという体験にはなった訳だ。今回の土産はこの笙野おかあさん3部作読了体験なり。きのこ体操会にも遅れながら隣国を伴い参加できた。隣国は出る間際になったら体調が悪くなったとごねた。が出かけたら今度は電車の中でわたしに腹痛が起こった。幸福否定椅子に座っての体操は昼休みなどのちょっとした時間にもやれていいと思う。が隣国は、食べ物屋の話などお喋りをしながらとゆう女の園モードにいて行けない。毎回こんななのどーゆー訳真面目に教えてる先生に悪いとか思わないのでも先生も平気そうじゃん、とか言ってる。この体操はテレビ見ながらだって出来る緩む体操だからいいんだよ、タラタラやってと説明したが、解せない顔。昔、即興アトリエ月空海を彼が中心にやっていた頃、帰りに寄るドーナツ屋でテレビ好きで一番世間のオバチャンしてるちゃんがその夜の稽古話からそれた芸能ネタや女に有りがちな噂話など持ち出し他の人が答えたりすると、いも帰り電車や家で不機嫌になったものだ。後でグズグズ言わないでその場で軸を修正すればいいじゃん、と思うのだがわたしにあたるので困った