日々のビジネスや、書籍、セミナー等で啓発を受けた情報から、人として成長し続けるヒントを求め、社会全般の考察を 『個人シンクタンク』 の目線でブレンドした、読み人の心が元気になるエッセイ。

●見聞録231(3-完) ドラッカーいわく企業の目的として有効な定義は、顧客の創造である  2009年12月07日(月)

●2009年12月7日(月)
ユニクロ 比較分析 12月4日

写真:ファーストリテイリング 上場全3746社 対比 ( http://jp.reuters.com/investing/quotes/quote?symbol=9983.T より)


■見聞録231 ユニクロ栄えて国滅ぶ・・それはないでしょう!


●今日の視点

東京商工リサーチによると、今年1月から185社の上場企業が募集に踏み切る退職者数は高水準という。 例えば業績不振に陥っている三越が募集していた早期退職支援制度に、正社員約6700人の22%にあたる約1500人の応募者は来年1月末までに一旦退職し、一部は契約社員として再雇用される、との事。(asahi.com 12月1日より)

来店客が落ち込む百貨店は、困った時のユニクロ頼み状態。 ユニクロは、郊外中心の出店から都心部の大型店への出店へとシフトしているが、百貨店のテナント出店は願ってもない話だろう。 ユニクロの店舗が銀座の中心に有っても全く違和感を感じさせないご時世となった。

日刊ゲンダイによると、銀座松屋がユニクロの次の標的では?と有る。 今やユニクロの時価総額が1兆7000億、当の松屋が4000億とすれば、ひょっとすればひょっとするかも、と思えるほど、ユニクロの勢いでもある。 近い将来に中国、香港で年間100店の出店が可能な体制に持ってゆく、と正にその勢いが止まらない。

このユニクロに、便乗商法というには軽い表現に過ぎるが、ユニクロの服にカンバッチをつける、刺繍をする、レースや思い思いの布を縫い付ける、など人それぞれのやり方でユニクロの服を飾って、自分の個性を表現するという俗称これを「デコクロ」が、はやっているという。  ユニ「クロ」の洋服を「デコ」レーション、つまり飾るということを指すらしい。

テレビでいつだったか取り上げていたのは、「ユザワヤ」だった。 ユザワヤは、銀座5丁目のニューメルサ5階に今年3月、新業態の手芸専門店として、300坪前後の売場に売れ筋商品を凝縮した小型店「マイスター by ユザワヤ 銀座店」がオープン。 

ユザワヤは何でも揃う売場面積1000〜3000坪大型店、というイメージを持つコアな顧客に対し、明確なブランディングを図るために新業態として展開していく。

これまで地方や郊外を中心に展開してきた同店だが、今回、銀座への出店した背景には、よりファッショナブルなイメージで打ち出したいという戦略があったという。 既製品をデコレーションするのは手芸初心者でも簡単にできる。 ちょっとしたデコレーションファッショナブルなイメージで訴求するための「プチデコ」、(ユニクロから見れば「デコクロ」)をコンセプトにし一人勝ちのユニクロの流れに乗ってゆく「ユザワヤ」の取り組み。

 参考サイト

大量の「ユニクロ」のフアッションに、「プチデコ〈世界にひとつだけ〉」をコンセプトに掲げ、パーツや布地を使って洋服やアクセサリーをカスタムし、オンリーワンのファッションを楽しんでもらうことを提案しているユザワヤの取り組みも見事である。 

同店では、「プチデコ〈世界にひとつだけ〉」をコンセプトに掲げ、パーツや布地を使って洋服やアクセサリーをカスタムし、オンリーワンのファッションを楽しんでもらうことを提案している。

銀座という最高のロケーションで、上は、松屋の買収の候補にのぼるほどのパワーと、大量のアイテムを購入者がオンリーワンのフアッションを楽しめる新業態の企業を新たに引き寄せる「ユニクロ」。

その1で取り上げた文藝春秋10月号「ユニクロ栄えて国滅ぶ」と過激なタイトルの記事に、ユニクロが伸びれば日本の経済に悪影響?と一瞬、驚いたものだった。 この出稿者である浜矩子氏の主張には、偏見もあり同調は出来ないが、それにしてもタイトルに「ユニクロ」を引き合いに出すなど、見当違いも甚だしい。 

ユニクロの柳井社長が、常に経営の師と仰ぐドラッカーのいう「需要創造」を旗印に、独自の商圏を切り開くの経営センスと目のつけどころに、敬意を表すべきであろう。 見聞録231の最終は、「ドラッカーいわく企業の目的として有効な定義は、顧客の創造である」を取り上げて締めとしたい。

●今日の引用資料


柳井 正:著『成功は一日で捨て去れ』

●見聞録231(3-完) ドラッカーいわく企業の目的として有効な定義は、顧客の創造である

ドラッカーは、仕事の節目や壁に当たったときに何度も何度も著作を読み返し、そのたびに感銘を受け「よし、頑張ろう!」と発奮させられてきた。 ドラッカーは経営に関する多くの名言を残したが、なかでも経営の本質をついた言葉だと感じるのはこれだ。 「企業の目的として有効な定義は一つしかない。 すなわち、顧客の創造である。」(上田惇生訳『現代の経営』ダイヤモンド社)

この言葉は「企業は、自分たちが何を売りたいかよりも、まずお客様が何を求めているかを考え、お客様にとって付加価値のある商品を提供すべきである」という事を意味している。 洋服屋は質の高い洋服を売り、青果店は安くて新鮮な野菜や果物を売る。 それぞれの事業を通じて、社会今人に貢献するからこそ、企業はその存在を許されているのだ。

「企業は、どんなに良い企業であっても利益を出さなければ存続不能になるので、利益を出すことも大事である。 だが、利益とは社会の公器である企業が、その役割を果たしていくための必要なコストであり条件である」とドラッカーは述べている。 利益を追求するだけで、お客様のほうを向いていない企業はいつしか淘汰され衰退していくものなのだ。

ユニクロは、ベーシックなカジュアルウェアを低価格で販売する企業という印象を持っている方が多いと思うが、安く売るという前に「良い商品をつくって、あらゆる人に買っていただきたい」という思いが強い。 価格を安く設定しているのは、そのための手段と位置づけている。

常にお客様にとって付加価値のある良い商品とは何かを考え、それを提供する事が、顧客の創造につながると考えている。 又、付加価値をつけるというのは具体的にどういう事かというと、今までになかったものを作るという事である。 だからこそ、100のものが1000にも1万にもなる大きなビジネスチャンスが潜んでいるのだ。

ユニクロは、従来の衣料品小売業界で一般的であった委託販売方式を敢らず、自社で商品企画開発、製造、販売を一気通貫で行っている。 商品が売れなければそれだけ在庫を抱えるリスクを同時に背負いこんでいる。 しかし1000円で売れなければ、誰にも遠慮せず500円に下げて売る事ができる。 リスクを持っているという事は、自分でリスクをコントロールできるという事でもある。 全てのリスクが分かっていてそれを自分でコントロールできるというのは、実は大きな利点でもあるのだ。

「顧客の創造」に関して、ドラッカーは「企業の目的は、それぞれの企業の外にある。」(『現代の経営』)とも言っている。 これも小売業のあり方を考える上で非常に重要な名言である。

いま現在お店に来てくれているお客様だけをターゲットに商品を売っていても、それ以上の広がりは望めない。 本来、我々がターゲットにすべきなのは、まだお店に足を運んでくれていないお客様、つまり潜在的な需要をつかまえる事なのである。 この事を、そのように表現しているのだ。

まだ見ぬお客様を引きこみ、ユニクロの商品の良さを分かってもらうた為には、より多くの人々に求められる付加価値の高い商品を開発する必要が出てくる。 フリース、ヒートテックなどの大ヒットもこうした考え方によって生まれたものである。 どちらの商品も、もともと市場にあった商品(フリースは登山・アウトドア用の高価な商品。 ヒートテックはあったか肌着、いわゆるババシャツ)に改良・改善を加え、お客様の潜在的な需要をキャッチし、そこに低価格、豊富なカラー展開、高い機能性といった付加価値をプラスしたものである。(中略)

ドラッカーはこうも語っている。  「あらゆる者が、強みによって報酬を手にする。 弱みによってではない。 従って、常に最初に問うべきは、『われわれの強みは何か』である。」(上田惇生訳『乱気流時代の経営』ダイヤモンド社)

弱いところを何とかしようと努力しても、時間ばかりかかって労力のわりに成果は上がらない。 それなら弱い部分は無視して、自分たちの強い部分を活かした経営をしたほうがよい。 不思議な事に長所を伸ばしていくと、欠点というのはどんどん消えていく。 人間は長所を褒められると、欠点をカバーしようという気持ちが自然に芽生えるが、それは企業にも同じ事が言える。

企業の優れた部分をより強固にしようとすると、欠点はやがて隠れて見えなくなるものだ。 経営で今までも数限りない失敗を経験してきたが、今後も失敗を恐れずに、新しい事にどんどんチャレンジしていくつもりである。 そしてまた、新たな長所を見つけて、それを伸ばしていく事が、更なる成長につながると考えている。

●内容情報(「BOOK」データベースより)
ユニクロは、いかに「最大の危機」に対峙し、世界一を目指す組織を作り上げていったのか?その「安定志向」が会社を滅ぼす─現状を否定し、社内改革への挑戦を続けるユニクロ。経営トップが明かす悪戦苦闘の記録。

●目次(「BOOK」データベースより)
第1章 安定志向という病(玉塚新体制へ託した成長/3年ぶりの社長復帰 ほか)/第2章 「第二創業」の悪戦苦闘(なぜ再度、社長をやろうと思ったか/経営者を育てるのは難しい ほか)/第3章 「成功」は捨て去れ(再強化・再成長のための3つのエンジン/素材を生かした商品開発 ほか)/第4章 世界を相手に戦うために(ロッテと組んだ韓国への出店/成長が見込めるアジア市場 ほか)/第5章 次世代の経営者へ(H&M襲来は大歓迎/子会社3社統合は再生の第一歩 ほか)

●柳井正(ヤナイタダシ)
1949(昭和24)年2月、山口県宇部市生まれ。 早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。 ジャスコを経て1972年、父親の経営する小郡商事に入社。 1984年、カジュアルウェアの小売店「ユニクロ」の第1号店を広島市に出店し、同年社長に就任する。 1991年に社名をファーストリテイリングに変更。 1994年広島証券取引所に上場し1997年東証第2部に上場。 1999年2月には東証第1部に上場を果たした。 2002年11月に一旦は代表取締役会長となるも、2005年9月、再び社長に復帰する。

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Posted at 12:28 | この記事のURL
●見聞録231(2) 柳井社長いわく「ユニクロには 成功の方程式など存在しない」  2009年11月30日(月)


●2009年11月30日(月)


柳井 正 ユニクロ社長


写真:柳井 正 ユニクロ社長 (ニッポンの社長 http://www.nippon-shacho.com/index.html から)


■見聞録231 ユニクロ栄えて国滅ぶ・・それはないでしょう!


●今日の視点

本稿をブログで閲覧頂いている読者は、既にお気づきと思われるが、カラフルな服を着た女性たちの踊りとデジタル時計の表示が5秒ごとに交互に画面に出現する・・・本稿がこのブログパーツを採用して3ヶ月たつ。 このブログパーツはユニクロがインターネットを使った世界規模での販促を目的に2007年6月から無料配信を始められた。

ユニクロがインターネットを使った世界規模で無料配信を始めた「ユニクロック」と呼ばれるブログパーツは、時計の機能と女性ダンサーの動画、そして音楽を組み合わせで、これだけを見ていても愉しい気分になる。

このブログパーツを知ったのが、8月3日六本木のアカデミーホールで催された田中耕一郎氏によるセミナーだった。 数々の革新的なインタラクティブ広告キャンペーンを手掛けるクリエイティブディレクター田中耕一郎氏は、今年6月カンヌ国際広告祭の日本代表審査員として、世界20カ国から参加する審査員をつとめている。 「世界の興味を物理的につなげていく、グローバル・マーケティングコミュニケーションにインターネットほど適したメディアは無い」と氏は言う。 

柳井社長の著書『成功は一日で捨て去れ』によると、カンヌのグーフンプリを獲得した時点で、世界83ヶ国で4万1632個のブログパーツが設置され、世界212ヶ国から1億2090万278のアクセスを記録している、とある。

気鋭のクリエイター田中耕一郎氏を起用し、インターネットを通じて新たな可能性を求める「ユニクロ」。 柳井社長の独自の感性が遺憾なく発揮されているユニクロ、既存のあるべき経営者像を超えた新たな「マルチクリエイティブなリーダー」の先駆けでは無いだろうか。

見聞録231便は 「ユニクロ栄えて国滅ぶ・・それはないでしょう!」と題してユニクロを取り上げている。 2回目は「ユニクロには 成功の方程式など存在しない」を取り上げたい。

さて、この柳井 正:著『成功は一日で捨て去れ』を、読めば読むほどに、柳井正のユニクロ、ユニクロは柳井正そのもの、という実感が強まるばかりである。 少なくとも後10年は柳井社長が陣頭指揮を執らなければならいユニクロ。 

一旦は社長を退いたものの結局は、自ら社長に復帰している柳井社長のライバル店は、国内企業になく今や全て外資系のブランド店となった。 今後は世界中に店舗展開を図り、グローバルカンパニーとしての更なる成長を求めてやまない柳井社長も、既に60歳である。 敢えて難を言えば、この10年間で100%継承できる後継者が見つかるかどうか。 それは成功の方程式など存在しないのだから・・・

●今日の引用資料


柳井 正:著『成功は一日で捨て去れ』

●見聞録231(2) 柳井社長いわく「ユニクロには 成功の方程式など存在しない」

◇ユニクロには 成功の方程式など存在しない◇

周りの人だちから見ると、ぼくの経営のやり方は非常に客観的で論理的な感じがする、とよく言われる。 だが実は、自分ではまったく反対に、感覚的で直感的な言動や意思決定が多いと思っている。 しかしそうはいっても経営の実践では、感覚的・直感的だけに偏っていては失敗するので、物事を論理的に進めたり指示したりする必要があると思い、いちいちいろんな理屈や理由を付け加えている。 だが、それを言いながら「本当にそうかなあ・・・」と思っている別の自分が傍らにいる。

まあ、人間はそんな矛盾を抱えつつ、それらをどこかで調和させながら意思決定し「経営していく」、広い意味から言うと、「生きていく」ものなのだろう。 会社のなかの組織や仕組みも似たようなところがある。

ユニクロは、何もかもが論理的に組み立てられ、筋書きがあって、遠目に見渡せる何か方程式のようなものに基づいて戦略や戦術が進んでいるのではないか。 外部からはそう見えるらしい。 だが全くそんな事はなくて、どこの会社にもあるように、論理的・分析的に言葉では明確に伝えられないもの、経営学者の言う「暗黙知」のようなものは、ぼくと現場の人達が実体験を共有したり議論する事によって、はじめてその真意が伝わる。 そういう事を大切に考えている。 一種、徒弟制度のようなものかもしれない。

仮に成功の方程式のようなものがあって、あらゆる現象を分析してそれを作れたとしても、一瞬の間に周りの状況が変わるので、その方程式もすぐに使い物にならなくなる。 常に現実で起きている事を自分の感性で見て判断し、かつ論理的・分析的に進める。 その2つの総和と統合が必要なのだ。

我社には、成功の方程式なるものは全くないばかりか、現湯主義を徹底的に磨きこむという地道な作業が尊ばれる。 社員一人ひとりがもっとよく深く考えて、すぐに実行していくという経験値の積み重ねのようなものが、現状のプレータスルーにつながっていく。

よく、机上の空論で、いろいろな事を分析したり論理的に考えたりするけれども、それが上滑りすると、結局ブレークスルーはしない。 感情の生き物としての人間である社員が、苦しんで、苦しんで、苦しんで、その挙句に最終的にやっとブレークスルーするものなのだ。 今までのヒット商品も、お客様の反応、売り場の社員や店長の意見、雑誌の編集者の口ごミなどちょっとしたことがきっかけで生まれ、その商品が翌年改良されて販売され、そのまた翌年にもっと改良されて販売されてヒットにつながっている。

現在の多くの小売業は自分で商品を作っていないので、そういう事よりも自分達のアイデアを押し付け「こんな風な商品を作ってきて!」とメーカーさんに指示するだけなので、長続きしないし、自分達にノウハウは貯まらない。 それでは成功は継続しない。

◇論理的思考と肌感覚◇

商売するうえで、お客様を常に観察するということは非常に大事なことだ。 観察するとデータが作れる。 つまり数値化できる。 何か手を打つと、その数値が変わるから、手を打ったことが正しかったかどうか証明できるのだ。 ただし、それだけでもいけない。 実は、実際の商売人はそれを肌で感じないといけないのだ。 数値化する以前に何かを感じ敢れるはず。 数字以上のものを感じるべきなのだ。

例えば、今までずっと売れていた商品の売上が少しでもダウンしたら、半年後には全く売れなくなるのではないかとか、普通の商品であれば徐々に売れるのに新商品が出たとたんに爆発的に売れたら、これはひょっとして何百万点も売れる可能性があるのではないかと、直感的に思うべきだ。

数値だけで論理的に考えると、その後の方策を間違えることがある。 確かに論理的な考えも大事だが、商売人はまず肌で感じないといけない。 論理的に考えると数値だけで予想するようになる。 でもそれをやると見方が偏るために、間違えやすいのだ。

ぼくは毎週、単品表というのを全部見て、この商品はこうだからこういうふうに売るべきだと考える。 と同時に、実際に売り場へ行って、この商品は売れていて、こちらの商品は売れていないなどの現状を肌で感じるようにしている。 論理的な数値管理と現場での肌感覚、その両方が商売には必要で、どちらが欠けてもダメである。

●内容情報(「BOOK」データベースより)
ユニクロは、いかに「最大の危機」に対峙し、世界一を目指す組織を作り上げていったのか?その「安定志向」が会社を滅ぼす─現状を否定し、社内改革への挑戦を続けるユニクロ。経営トップが明かす悪戦苦闘の記録。

●目次(「BOOK」データベースより)
第1章 安定志向という病(玉塚新体制へ託した成長/3年ぶりの社長復帰 ほか)/第2章 「第二創業」の悪戦苦闘(なぜ再度、社長をやろうと思ったか/経営者を育てるのは難しい ほか)/第3章 「成功」は捨て去れ(再強化・再成長のための3つのエンジン/素材を生かした商品開発 ほか)/第4章 世界を相手に戦うために(ロッテと組んだ韓国への出店/成長が見込めるアジア市場 ほか)/第5章 次世代の経営者へ(H&M襲来は大歓迎/子会社3社統合は再生の第一歩 ほか)

●柳井正(ヤナイタダシ)
1949(昭和24)年2月、山口県宇部市生まれ。 早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。 ジャスコを経て1972年、父親の経営する小郡商事に入社。 1984年、カジュアルウェアの小売店「ユニクロ」の第1号店を広島市に出店し、同年社長に就任する。 1991年に社名をファーストリテイリングに変更。 1994年広島証券取引所に上場し1997年東証第2部に上場。 1999年2月には東証第1部に上場を果たした。 2002年11月に一旦は代表取締役会長となるも、2005年9月、再び社長に復帰する。

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Posted at 08:10 | この記事のURL
●見聞録231(1) なぜユニクロのヒートテックは大ヒットしたか   2009年11月23日(月)
 

●世界三大広告賞を総なめしたユニクロ配信ブログパーツ「ユニクロック」採用!

●2009年11月23日(月)


ユニクロ、夜明けの行列 創業60周年

写真:ユニクロ銀座店、創業60周年セールに夜明けの行列( NIKKEI NET 21日より)

■見聞録231 ユニクロ栄えて国滅ぶ・・それはないでしょう!

●今日の視点

店の前に並んだ人々に、朝食としてアンパンと牛乳を配ったというユニクロの60周年記念セール。 銀座店2000人以上、大阪梅田店で650人と報じる記事は、不景気な昨今、ひとり勝ちの様な感じがするこのユニクロだけは鼻息が荒い。

日経21日の記事によれば、通常は1500円で売られている「ヒートテック」を600円にするなど大幅値引き販売をしている、という。 折しも新政権は11月の月例経済報告で「日本経済は緩やかなデフレ状況にある」と宣言した。 今更言う迄もないがデフレとは、物価が継続的に下落基調になる事である。 デフレ感という処では、既に昨年のイオンやコンビニの業績悪化が伝えられたあたりからだろうか。

9月の新聞広告に、文藝春秋10月号「ユニクロ栄えて国滅ぶ」と過激なタイトルの記事に、ユニクロが伸びれば日本の経済に悪影響?と一瞬、驚いたものだった。 よく読めば、物価の下落によって企業の収益が悪化し、賃金や雇用に不安が生じ、そのために需要が伸び悩む。そしてさらなる物価の下落と景気の減退を招くというデフレスパイラルへの警告する記事である。 著者である浜矩子氏が、その代表となる固有名詞として挙げられたのが「ユニクロ」という訳である。

本格的にユニクロに注目したのは、実のところかなり遅くて多摩ニュータウンにユニクロが出店して派手なオープンセールを始めた時期、記憶では1990年代の中頃だった様に思う。 「ユニクロ」のウエアがあふれ、町を歩けば同じフアッションに出会い、ロープライスなだけに気恥ずかしい事になれば、この商法は長く持たないのではないか、という思いだったが、その様な勘ぐりは見事に外れた。

バブルがはじけた以降1990年代から低金利政策から抜け出せず、一時の金融緩和が有ったにしても長いレンジ出見れば、結局デフレ基調は今日まで続いていると見てよい。 それでも現在の様なロープライスをこぞって競う様な事態には陥ってはいなかった。 しかしながら、今年に入って各流通のライバル店の下値を潜るような異常な価格競争は、どう見ても尋常ではない。

この連休の21日、孫と一緒に昭和記念公園にでかける際の弁当を、と吉祥寺の伊勢丹に立ち寄ると500円弁当があふれていたのには驚いた。 ビジネス街に、どこで造られたか不確かなままに、ワゴンで売られている弁当ならならいざ知らず、あの伊勢丹が、中身は1000円と言っても良い様な弁当を500円では、一体どれだけの利益があるのだろうか。 まさか、伊勢丹が弁当で客寄せと、いうのもそぐはない。 

今や多くの企業が「盲目的なロープライス設定症」にはまり込んでいるのでは無いか、いう危惧を覚えるのである。 このロープライス競争は、デフレスパイラルという悪しき循環へなだれ込む。 このような現況の元、高収益のもと一人勝ち街道を突っ走る現在のユニクロの好調の理由は、何なのか。 

デフレの流れに便乗した安値戦略のユニクロ、と一言では言い表せられない。 そこには正にユニークな企業努力があるのではないか、という視点で今回は創業者で今も陣頭指揮を執る柳井正氏の直近の著書 『成功は一日で捨て去れ』から、題して「ユニクロ栄えて国滅ぶ・・それはないでしょう」を、取り上げたい。 まずは「なぜユニクロのヒートテックは大ヒットしたか」から入りたい。

●今日の引用資料


柳井 正:著『成功は一日で捨て去れ』

●見聞録231(1)なぜユニクロのヒートテックは大ヒットしたか 

◇ユニクロ再強化・再成長のための3つのエンジン◇

ユニクロ事業の構造改革、つまりユニクロ事業の再強化、再成長に当たって、3つの成長エンジンが必要であると考えた。 組織開発、立地・業態開発、商品開発の3つである。 店舗のグローバル展開を徐々に始めてわかったことは、我々の強みが何で、弱みが何かということ。 また、世界で1位になるためには、日本で断トツの1位にならなければいけないということ。 そして、世界で評価されることを日本でももっと評価してもらわなければならないということである。

日本で断トツの1位になるということが、仮に世界で評価されるための通過点だとすると、世界に評価される商品をもっと磨かないといけない。 ユニクロを強化するということは、ユニクロ自体が既存のお客様以上に新規のお客様に評価されるということを意味する。

例えば、今までユニクロで買ったことのない顧客層、あるいは買ったことはあるが、1点だけしか買ったことのない人たちに2点とか3点買っていただく。 そのために250坪の標準店を500坪以上の大型店につくり替えていく。(中略)

東京の都心部へ大型店を出店する。 また、全国各地の郊外のショッピングセンターにも大型店を出す。 それにより客層の広がりを求めていく。 老いも若きも、男性も女性も、家族迪れもカップルも、もちろん一人でも、あらゆる客層の方々に人店してもらいたい。

別の側面から、客層の広がりを求めるということを考えると、商品力の強化、とくにウィメンズ商品の強化が重要になる。 我々はもともとメンズショップ出身なので、ウィメンズ商品が弱い。 他のカジュアルウェア小売業は圧倒的にウィメンズの売上高構成比率がメンズより高いのに、我が社は逆の構造となっている。 改革する余地は大いにあると考えている。

◇なぜヒートテックは大ヒットしたか◇

2007、2008年秋冬に大ヒットしたヒートテックも面白い素材だ。 それまでもヒートテックに似た素材は、冬のスポーツ用肌着として、主にスポーツ用品店などで販売されていた。 肌着1着が3〜4000円する割には、ゴアゴアしていて着心地が悪く、どうにもファッション性がない。 熟年男性が冬にゴルフをする際に、防寒対策として身に着けるもの。そんなイメージだった。

このあまり注目されていなかった素材を、もっと薄くするなどして着心地を改善し、発色性をよくしてファッショナブルにする。 保湿性を高めるだけではなく、そこに保瀧機能を加えて肌が乾燥しないようにしたらどうだろう。しかも、それでいてあらゆるお客様が買える価格にする。 そんな開発過程を経て、現在のヒートテックが完成した。

簡単に説明したが、開発には実は相当な年数がかかっている。 1999年くらいから「あったか下着を作ろう。どうせやるなら、今までにない下着を作ろう!」ということで取り組み始め、少しずつ少しずつ完成度が上がっていったのだ。 その結果、4年間で6450万枚の大ヒット商品となった。

常識的な人であれば、既存のこの商品はスポーツ関連用品だと考えて、たとえば全国で5万点とか10万点は売れるだろうと考える。 でもそんな常識にはとらわれない。 この商品の用途そのものを変え、いろんな付加価値をつけたら、ひょっとしたら500万点とか1000万点売れるのではないかと考えるのだ。

ちょっとした考え方の違いが、商品の可能性を大きく広げる。 この商品は大化けする可能性があるのではないかと、初めから熱意を持って取りかからないといけない。 毎日毎日、商品の売れ方を見ていって、そう思える商品に出会ったら、大量に作る体制と広告宣伝をどう重点的にやっていくかを考えて実行するのだ。

ヒートテックは、スポーツ用途の肌着をファッションウェアに変えたものだ。女性のお客様にとっては、かつてのパパシャツの改良品だと考えて頂ければいい。従来のように下着として着ても結構だし、保湿性が高いので、その上にセーターや上着を1枚羽織るだけでもいい。 2枚を重ねて着る方法だってある。 きれいな色、きれいなシルエットで、非常におしゃれな服になった。 実は、これを最初に評価してくれたのは、各ファッション雑誌の編集長さんたちである。 自分で、買って着てみて、「これはすばらしい製品ですね」と仰って頂いた。 この評価は何よりうれしかった。

◇先入観が自らの壁を作る◇

もともと繊維業界は非常に保守的で、業界の常識にとらわれて産業構造そのものを変革しようとせず、どの会社も年功序列で、まったく実力主義とは程遠い。 そのなかで急成長してきた我が社は、完全実力主義で、欧米企業のように感じて中途入社してきてくれた人は多い。 繊維業界でなくてもそういう古さを残した産業は数知れない。

業界全体に古さが色濃く残っているのは、日本だけに限らない。 まずは国内で衣料品業界全体を見回すと、あなたの業界は実用衣料ですね、とか、ファッション業界、スポーツウェア業界などと、しきりに色をつけたがる。同じ衣料品に遠いないのに、である。これはアメリカでもヨーロッパでも同じことが言える。

我々がヒートテックを欧米で売ろうとすると、あんなスポーツ店で売られているようなファッション性のないものを、なぜ売ろうとするのかと現地の人に言われる。 商品の本質、機能性を重視した高い商品価値を理解していない。 イメージだけで判断しがちなのだ。 フリースを売り出した時も同じような反応だった。 「あなたたちは登山とかアウトドアのメーカーーなのですか」と言われた記億がある。

そのような感覚は、業界内の最先端を行っているような人でもありがちだ。 合繊は良くなくて、天然素材が良い、などという思い込みが強くて、フリースを見ずに「そんな商品は売れない」「欲しくない」と拒否する。日本の工業製品の技術力の高さは世界一である。 繊維技術もそうであるにもかかわらず、自分たちで壁を作り、先入観を持ったままなのだ。だから、なかなか活発な商品化が進まず、商品化されても少量生産なのでコストが高いままだったりする。 こうした壁を取り払えば、どんなにか世界が広がるのにと残念に思う。

●内容情報(「BOOK」データベースより)
ユニクロは、いかに「最大の危機」に対峙し、世界一を目指す組織を作り上げていったのか?その「安定志向」が会社を滅ぼす─現状を否定し、社内改革への挑戦を続けるユニクロ。経営トップが明かす悪戦苦闘の記録。

●目次(「BOOK」データベースより)
第1章 安定志向という病(玉塚新体制へ託した成長/3年ぶりの社長復帰 ほか)/第2章 「第二創業」の悪戦苦闘(なぜ再度、社長をやろうと思ったか/経営者を育てるのは難しい ほか)/第3章 「成功」は捨て去れ(再強化・再成長のための3つのエンジン/素材を生かした商品開発 ほか)/第4章 世界を相手に戦うために(ロッテと組んだ韓国への出店/成長が見込めるアジア市場 ほか)/第5章 次世代の経営者へ(H&M襲来は大歓迎/子会社3社統合は再生の第一歩 ほか)

●柳井正(ヤナイタダシ)
1949(昭和24)年2月、山口県宇部市生まれ。 早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。 ジャスコを経て1972年、父親の経営する小郡商事に入社。 1984年、カジュアルウェアの小売店「ユニクロ」の第1号店を広島市に出店し、同年社長に就任する。 1991年に社名をファーストリテイリングに変更。 1994年広島証券取引所に上場し1997年東証第2部に上場。 1999年2月には東証第1部に上場を果たした。 2002年11月に一旦は代表取締役会長となるも、2005年9月、再び社長に復帰する。

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●見聞録230(2−完) 歴史や文化に関するものから新渡戸稲造まで日本にひかれたエジソン  2009年11月10日(火)

●2009年11月10日(火)


燃料電池自動車 トヨタ・FCHV

写真:燃料電池自動車 トヨタ・FCHVエジソン( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%87%83%E6%96%99%E9%9B%BB%E6%B1%A0から)

■見聞録230 エジソン発想法:非常識なアイデアが 大成功を生む


●今日の視点

「参戦を続けるか否か社内でかなり議論した。 コスト削減などあらゆる手を尽くして頑張ってきたし、ファンからも唯一の日本の自動車メーカーチームとして応援をいただいた。 しかし、今の経済状況を考えると撤退という苦渋の決断をせざるをえなかった」(11月5日 産経新聞)

これは、「エンジン含むF1からの完全撤退」を表明したトヨタの豊田社長のコメントである。 あのトヨタが、なかでもF1の推進役を務めた豊田社長の苦渋の決断である。 この真意はどこにあるのだろうか。 コスト削減という短絡的な見方ではないだろう。 

恐縮ながら前編の繰り返しになるが、鳩山首相が掲げる「日本は温室効果ガスを、2020年までに90年比25%減」という宣言は、太陽光発電や風力などの自然エネルギー産業を活気づく。 陰に隠れていた原発産業、CO2に無縁の原子力発電が、放射能の及ぼす危険を是非を問う事なく半ば公然と認知されだした。 

そして自動車業界も俄に慌ただしい。 最大手のトヨタは、プラグインハイブリッドプリウス を年末に投入するとしているし、日産もゴーン氏自ら宣伝役となって陣頭指揮をとる電気自動車「リーフ」の発売と、自動車産業の対応も素早い。

ここにきて、リチウムイオン電池が脚光を浴びてきたが、自動車業界は電池をエネルギー源とする「電気自動車」にシフトするこの流れが実に悩ましいに違いない。 一つは、複雑な燃料エンジンが不要となれば、極論すれば、町工場でも作れる時代になるという事になる。 その局面が現実化すれば、大国中国が自動車産業を席巻する事は必定である。

当面は他社からリチウムイオン電池を求めるにしても、あのトヨタが主力の技術を、他の産業に依存する「ビジネスモデル」など有る筈がない。 トヨタの経営資源の矛先は「燃料電池の開発と実用化」に有るのではないか、というのが本稿の見立てである。

参考サイト

ここで浮上するのが、電力インフラ問題である。 トヨタや日産の様に多くの自動車が夜間に充電する時代は、自動車が夜間電力の有効活用の一つとして各家庭の蓄電装置の役割をも担う事になるのである。

電力の供給先である川下では、太陽光発電や風力発電を促進する施策が実行されると売電比率が供給電力の10%を超える事態を迎えるのはそう遠くでは無い。 買い取り政策次第では、日常的に電力が川下から川上へ逆流する時代を現存の配電システムではもたなくなる。 又、余剰電力を蓄電するシステムも必要となる。 

一方ゾーンで考えれば、1日24時間、落差の激しい電力需要を、最適に制御する機能、更に狭いエリアから広域エリアまでそれぞれに電力を制御・管理する機能を備えた全く新たな配電システム「スマートグリッド時代」を迎えるのである。 

正に上から目線の自民政権から、国民目線の民主政権が標榜する「新しい政治システム」に変貌した様に、電気の流れも一方向から双方向、且つ最適の電力供給を可能ならしめる「新たな配電システム」時代を迎える事になる。  低炭素社会は、産業構造も生活基盤をもチェンジしなければならない。

さて、時の流れを逆流すれば、電球を発明し、送電から発電まで電気の事業化に道を切り開いたのは、言う迄もなくエジソン。 エジソンと言えば、どうしても触れなければならないのは、「天才とは、1%のひらめきと〜」という名言の事。

「自然界のメッセージを受け取る受信機」と例えるほどひらめきを重視していたのが、エジソン自身である。 又、「エジソンほど無駄な努力を嫌がった人はいない」と、浜田和幸氏も記述している。 とすれば「99%の努力が重要である」という「努力」に力点を置く解釈では、エジソンの真意に、沿っていない事になる。

実際は『1%のひらめきがなければ、99%の努力は無駄である」というエジソンの発言だった。 言い換えれば『1%のひらめきさえあれば、99%の努力も苦にはならない』という事である。 

1879年、電球の発明をしているが、竹のフィラメンで成功したという逸話がある。 20人の科学者を世界各地に派遣し6000種以上の植物繊維を取り寄せ試みてもうまくゆかなかった。 ところが手元にあった日本の扇子が目にとまり、0.3ミリの竹ひご状にして炭化させて実験して見事に成功。 「フィラメントには竹が一番」とわかったエジソンは、助手のモーアを日本に派遣し、「やわたの竹」にたどりついた。

その後タングステンのフィラメントが出回るまでの約12年間、八幡や嵯峨野を中心にした真竹が大量にアメリカに輸出され、年間2〜3千万個の電球が、世界の家庭で夢の光として輝いたという。

( 参考サイト

1万回失敗しても挫折せずに努力し続けえられたのは、このヒラメキこそがエジソンを支えたものであったと思われている。 つまりエジソンには、ひらめきによる成功への確信があったのであろう。

今風に言えば、段階的にアイデアを絞り込み続ける論理思考(So what? Why so?)と、ひらめきは、相互に補完しあう関係という「ビジネス論理思考」につながるのである。

というところで、後編となるの回は浜田和幸:著 『怪人エジソン』から「歴史や文化に関するものから新渡戸稲造まで日本にひかれたエジソン」を、取り上げて締めとしたい。

●今日の引用資料

浜田和幸:著 「快人エジソン」

●見聞録230(2−完) 歴史や文化に関するものから新渡戸稲造の『武士道』まで日本にひかれたエジソン

エジソンのもとには、渋沢栄一はじめ、かなりの日本人が訪れている。 彼らとの出会いが積み重なり、エジソンの日本への関心はより深まった事が想像される。 マイナ夫人も夫の日本好みを知るにつけ、徐々に日本贔屓になっていった様である。 

特に、渋沢栄一から奈良時代の灯ろうを模した電気スタンドや、金子子爵から平安神宮の石灯ろうのレプリカを贈られてからは、日本の花瓶や真珠を熱心に集めるようになった。 敷地内には日本の竹や楓を植え、そのそばで日本製の竹の日傘をさして夫とくつろぐのが晩年の習慣となっていた。

エジソン夫妻の日本へ寄せる熱い思いが伝わってくる。 エジソンが日本の和紙を使って、おしゃべり人形の改良に取り組むようになると、マイナ夫人はエジソンの事を「仕事熱心な日本の手品師」とまで呼ぶようになった。

又、夫妻の元を訪れた日本人はみな大歓迎を受け感動し、新しい科学文明の最先端に触れて大いに発奮したのである。 振り返ってみると、エジソンの発明によってアメリカや世界の今世紀の産業基盤はできたといっても過言ではない。 そして現在、われわれはその恩恵なくしては一刻たりとも生活できない時代を暮らしている。

エジソンの残した膨大な蔵書、なかでも彼が晩年、ベッドの脇に置いていた愛読書の中には、日本に関するものがたくさんあった。 日本の歴史や文化に関するものから新渡戸稲造の『武士道』まで、何冊かが常に枕元にあった。 英文の『武士道』では禅や陽明学に触れながら、日本人の精神的拠り所としての「義」や「勇」についての解説が丁寧になされている。 その上、『旧約聖書』や当時欧米で広く読まれていたシェークスピアやマルクスの著作などとの対比を通じて、日本の心を伝えようとの工夫が凝らされている。 この書を通じてエジソンも日本に関する好奇心を大いにかきたてられたに違いない。

エジソンが晩年、追い求めた精神世界とのコミュニケーションには、実は『武士道』の様な日本的価値観の道しるべが必要だったのである。 人類の未来を常に見通す努力をしていたエジソンに、影響を与えていた東洋的思想をわれわれはもう一度見つめ直す必要があろう。便利さや快適さと交換に置き去りにしてしまった、「正義」や「勇気」、「誠」や「礼」、「名誉」や「忠義」といった品性を取り戻すべきではなかろうか。

エジソンが機械文明の発達の先にイメージしていた「あちらの美しい国」とは、新渡戸稲造や渋沢栄一が描いた精神性の高い世界のことでなかったかと思われる。

そこでエジソンの最後のメッセージに、いまいちど静かに耳を傾けてほしい。

「我々はこの世に存在するものの真のパワーを全くといっていいほど理解していない。 我々が知っているつもりのことでも、本当は1%の1000万分の1もわかっていないのである。 これからの機械文明を生きるには、心を進化させる事が必要である。 人間はあらゆる存在からパワーを感じる事ができる様にならねばならない。 そうすれば、宇宙のエネルギーは不変であり、人間の魂はもちろん、全ての存在は結びついている事がわかるようになるだろう。

例えば、わたしの発明はすべて宇宙という「マスター・マインド」からのメッセージを受け止め、練り上げただけなのだ」

金子子爵も渋沢子爵も、「真珠王」御木本も、野口英世も星一も、岡部芳郎も、エジソンのいう「努力と思考」を成功へのキーワードとしていた様である。 更に言えば、日本人としての品性を大切にしつつ、エジソンと心を共鳴させながら、世界を相手に挑戦的な人生の足跡を残したといえる。

●内容情報】(「BOOK」データベースより)
ベンチャー起業家の草分けにして、「大」のつく親日家…。 これまでほとんど語られなかった天才発明家の実像を、精力的な調査で描き出したユニークな人物伝。 「天才とは、1%のひらめきと99%の努力のたまもの」の真意とは? 単行本に大幅加筆。

●目次●(「BOOK」データベースより)
第1章 男の友情とユーモア/第2章 マーケティングの天才/第3章 霊という名の電子集団/第4章 軍官僚と対決した愛国者/第5章 創造的教育の原点は記憶力/第6章 時を超えて生きる未来学者/第7章 二人の妻と六人の子供たち/第8章 武士道に魅せられた親日家

●浜田和幸(はまだ・かずゆき)
1953年鳥取県生まれ。 東京外国語大学中国科卒業後、米ジョージ・ワシントン大学大学院にて政治学博士号を修得。 戦略国際問題研究所主任研究員等を経て帰国。 現在、国際未来科学研究所代表。 日本バイオベンチャー推進協会理事、国連大学ミレニアム・プロジェクト委員、特許庁工業所有権副読本選定普及委員などを歴任 著書に『エジソン発想法』『ヘッジフアンド』『「国力」会議』『ウオーターマネー「水資源大国」日本の逆襲』『石油の支配者』『大恐慌』ほか多数。

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●見聞録230(1) エジソン発想法──筋肉は使うほど発達するように、脳も、滴切に鍛えれば、どん  2009年10月26日(月)

●2009年10月26日(月)



スマートグリッド構想図(2).

写真:太陽光パネルや風車発電機でスマートグリッドシステム( http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/2914ab876075c562ed16e376f319843e から)

■見聞録230 エジソン発想法:非常識なアイデアが 大成功を生む

●今日の視点

「スマートグリッド」という言葉を耳にする機会がめっきり多くなった。 環境問題を考える時、一番に出てくるキーワードである。 オバマ米大統領が発表したグリーン・ニューディール政策の柱の一つである「新エネルギーシステム」として注目され、関連産業への企業参入が相次いでいる。 『 ネット百科事典 kotobank 』 には次の様にある。

「情報通信技術を活用し、電力を効率良く、安定供給できるよう設計した送電網。 気象によって出力が変わる太陽光発電や風力発電で生まれた電力を安全に発電網に流せるようにしたり、家庭の電気機器の設定を電力の供給量に合わせて調整したりすることが期待されている」

広大な地域を持つアメリカは、効率の良い日本に比べて、停電トラブルが一桁上とも言われる様な不安定というの配電事情もある。 原発も含めて安定的な電力インフラを強化しなければならない事情を、「スマートグリッド」を中心とする新規公共事業に期待を込めているのがグリーン・ニューディール政策と言われる所以である。

さて、鳩山首相が掲げる「日本は温室効果ガスを、2020年までに90年比25%減」という宣言は、太陽光パネルや風力などの自然エネルギー産業にとっては、強力な追い風となる。 期待した通りその気になって施策が実行されるとすると、売電比率が供給電力の10%を超え、現在の配電システムでは経常的に川下(家庭)から電気が、逆流する事になり、現在の配電システムでは対応ができなくなる、という事態となる。 

そこで求められるのが、「スマートグリッド」という新しいインフラが必要となる。 太陽光発電の普及に加え、夜間電力の利用を前提にコンセントを備えたトヨタの「プラグインプリウス」、更に日産が意欲的に取り組む「電気自動車」の普及も考えれると、「スマートグリッド」は新しい社会基盤として必要不可欠なインフラとなる。

「スマートグリッド」について掘り下げるのは別の機会に譲るとして、今回本稿が取り上げたいのは、現在の文明社会の基となった電力システムの端緒を築いた「天才は1%のひらめきと99%の努力」という言葉で有名な「発明王エジソン」である。

電機メーカー「ゼネラル・エレクトリック(現在のGE)」の創業者であるこのエジソンが「京都の八幡竹を、炭化フィラメントの材料に使って白熱電灯の実験に成功」している事でも分かる通り、日本とも関わり深い。 実は、八幡竹を使った電球の一つが、飯田橋駅の近くにある「理科大学近代科学資料館」で、常時、目にする事ができる。 余談だがここは明治39年に建築の木造2階建校舎を復元されたもので、科学の発達について丁寧な説明も受けられるのでお勧めのスポットでもある。

さてエジソンは、電灯を開発するやニューョーク市当局から請け負って電力供給会社を設立、そしてニューヨークの5番街にオフィスを構え、電気、電力を売りまくるビジネスマンとして活躍した時期があった。 冒頭の「スマートグリッド」を考える時、川下から川上に至る電気を供給する電力ビジネスまで、手を広げたエジソンに思いが及んだという次第である。 グリーン・ニューディール政策が打ち出されたこの時代に、エジソンならどう考えるのだろうか。

1847年に生まれ84歳でこの世を去る迄の間に、個人としては最高の1093の特許を獲得しているエジソン。  電灯や蓄音機の発明はもちろん、電報、電話、タイプライター、マイクロホン、映画撮影用カメラとフィルム、蓄電池、電気鉄道、ゴム、採掘機械、セメント、X線機械、謄写版、送電システム (ソケット、スイッチ、ヒューズ、メーター等)など彼の頭脳から生まれた発明品の数々は、我々の文明生活の基礎を作ったといっても過言ではない。

経営者としての才覚やベンチャー起業家としての発想法も、実に学ぶところが多い。 そこで今回は、浜田和幸氏の近著:『未来を創るエジソン発想法』から、「エジソン発想法:非常識なアイデアが 大成功を生む」を取り上げたい。  まずは「エジソン発想法 筋肉は、使うほど発達するように、脳も、滴切に鍛えれば、どんどん強くなる」から入りたい。

●引用資料

浜田和幸:著 『未来を創るエジソン発想法』

●見聞録230(1) エジソン発想法──筋肉は使うほど発達するように、脳も、滴切に鍛えれば、どんどん強くなる「

100年前の時点で、エジソンのように「思考力」の大切さについて言及し、「脳を使え」「脳を鍛えろ」などと言った人は、かなり珍しかったであろう。 それほど、エジソンは特異な存在だった。 「考えない」ことによる弊害をどのように打破すればよいのか。エジソンは、脳も鍛えれば鍛えるだけ強くなると主張している。

──私には、考える訓練によっていかに多くのことが達成されるかが分かっている人が、1000人中1人もいないように見える。結局それは、幼い頃から自分で考えるという訓練を受けていないからだ。 誰もが、自分で考える力を天から与えられているのに、それを使っていない。 本当に信頼できる「ものの考え方」というものを、育んでいないのだ。

自分で考えることを習慣づけていない脳は、すぐに錆びつく。 普段から頭を働かせていないと、反応が遅くなる。 目の前にものすごいアイデアやチャンスがあるのに、目は開いているが見えず、耳はあるが聞けていない。 脳に刺激が行かないからだ。 脳は、体の他の部分とまったく同じだ。 筋肉は、使うほど発達するように、脳も、適切に銀えれば、どんどん強くなる。

腕を三角巾で固定し、同じ恰好で曲げたままにしておくと、三角巾を取ったあとでもしびれが残り、感覚が麻犀しているため、腕が動かなくなってしまう。 脳も同じだ。使わずにいると萎縮してしまい、何も生み出せなくなってしまう。(エジソン 1926年に記す)──

日本でも今、「脳の鍛え方」や「地頭力」などをテーマにしたビジネス書が人気となっている。 理由の一つは、著者の発想法や思考法を追体験することで、自分の脳に刺激を与えてもらおうとするからであろう。 しかし、実はここにも、エジソンの指摘と同じ問題が隠れている。

ビジネス書の著者と読み手は、置かれている環境も能力も違う。 著者にとって効果がある方法でも、読み手に効果があるとは限らない。 同じことができると思うところに、自分なりの思考がストップしている危険性がありはしないだろうか。 私たちは、エジソンが述べているように、自分の問題は自分で考えるべく、自分か本来持っている能力や潜在的な力に気づくべきではないだろうか。

もちろん、個人に限らず日本の国家においても自信を取り戻すことが必要である。 不況とか経済危機などと言われるが、日本には優れた技術や文化など目に見えない経験知が蓄積されている。 現代の日本人は、それらを土台に新しいものを創り出すことに対して、臆病になっている。自ら動かず、ビジネス書を読んだだけで、発想力が身につき、仕事ができるようになったと錯覚しているのではないか。

これでは、実際は先に進めない。 必要なのは、自分なりの思考力や、想像力を鍛えることである。 それができれば、新しいものを生み出す突破力や飛躍力も身につく。

●内容情報】(「BOOK」データベースより)
あらゆる進歩・成功は、自分の頭で考えることから湧き出てくる。 不況・逆境の乗り越え方、起業の着眼点、企画・アイデアのコツ、時代を読む方法。

●目次(「BOOK」データベースより)
1混迷の時代をどう乗り越えるか(正体を見抜けば、不況は克服できる/天才ベンチャーだから分かる「ビジネスの黄金鉄則」/逆境をチャンスに変える、発想の力/価値ある情報の見抜き方)/ 2 人生を果敢に切り拓くコツ(「考える力」で付加価値を生む/もっと幸福になる生き方/クリエイティブなOFF時間が、仕事力を倍増させる/人生の節目で、ますます熱くなれ)/ 3 先見力で、未来を創り出せ(創造的人材を生む教育/若者の使命/機械文明の本当の恩恵とは/チャレンジし続け、超科学に踏み出せ)

●浜田和幸(ハマダカズユキ)
1953年鳥取県生まれ。 東京外国語大学中国科卒業後、米ジョージ・ワシントン大学大学院にて政治学博士号を修得。 戦略国際問題研究所主任研究員等を経て帰国。 現在、国際未来科学研究所代表。日本バイオベンチャー推進協会理事、国連大学ミレニアム・プロジェクト委員、特許庁工業所有権副読本選定普及委員などを歴任 著書に『快人エジソン』『ヘッジフアンド』『「国力」会議』『ウオーターマネー「水資源大国」日本の逆襲』『石油の支配者』『大恐慌』ほか多数。

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Posted at 23:33 | この記事のURL
●見聞録229(4) 歪んだ道路公団民営化を正せ   2009年10月12日(月)
●2009年10月12日(月)


高速道路無料化の図(週間朝日10月2日号137P).

写真:高速道路無料化の図(週間朝日10月2日号137P)

●見聞録229 高速道路議論に潜むカラクリ

●今日の視点

小泉元首相が進めた郵政民営化とは一体何だったのか、政権が代わっても、元の国営または公社に戻す議論はない様なので、それなりに郵政民営化の弊害は無いという事なのだろうか。  

180兆円という膨大な郵貯に目をつけたアメリカの意向を、代表する竹中平蔵氏による郵政民営化という怪情報も取り沙汰されているが、その実がわからないままに郵政民営化について国民の多くが賛成した同じ政権時に、道路公団も民営化されているのである。 

郵政民営化の目くらましに比べれば、同じ民営化でも「道路公団の民営化」のカラクリは、非常に分かり易い。 以下、山崎養世氏の著書「道路問題を解く」の引用をベースに触れてみたい。 

道路公団民営化が必要とされた理由には、「借金の金利さえ払えない経営収支を改善することや、高速道路の関連事業を独占するファミリー企業が増殖して甘い汁を吸うことを防ぐ事」にあった。 ところが、民営化後に発足した6社の高速道路株式会社のすべてが、黒字会社となったのである。

そのカラクリは、道路公団が民営化された高速道路株式会社6社の30兆円もの借金、を全て「高速道路機構(独立行政法人 日本高速道路保有・債務返済機構)」に背負わせたのである。 本四公団の3兆円の借金もすべて背負わせたのである。 すなわち高速道路株式会社6社は、借金を免除してもらったのである。 一方「高速道路機構」は、政府保証借などで資金を集めて借金を肩代わりし、損失が出れば国民の負担になるだけである。 

次のカラクリは、高速道路株式会社6社が「高速道路機構」に払う高速道路の貸付料は、実際に入ってきた通行料収入そのものより少し低い額が、貸付料としてあとで決まるのである。 どんなに通行料が落ち込んでも、高速道路株式会社6社の収益は保障されるのである。 その分、「高速道路機構」の収入が低くなって借金を返せなくなれば、新たな借金を政府保証で行い、損が膨らむほど借金が膨らむ、を繰り返す事になるのである。

高速道路株式会社6社は、堂々と連結子会社を増やし、連結子会社や関連会社は合計100社に達している。 40兆円もあった旧道路公団の借金を、高速道路株式会社6社はまったく背負わず、すべて高速道路機構に肩代わりさせたのである。

そして、高速道路株式会社6社の株式は、すべて国が保有しており民営化といいながら、その実態は国土交通省の支配下の特殊法人にすぎないのである。 それにもかかわらず、名目は株式会社であるために、国会の調査も及ばない。

本稿が考えるに、新政権の「段階的に進める高速道路の無料化」という真の狙いは、どこに有るのか。 なぜ声高に無料化を標榜するのか。 無料化による物流コストの逓減による経済効果も、議論の分かれる処であり、渋滞を引き起こす推測も含めて壮大な国民を巻き込む社会実験と言って良い。 その結果、首都高速・阪神高速は現状どおりだろうし、その効果測定次第でに地域・路線によっては必ず無料とはならないだろう。

新政権の真の狙いは、国交省役人の天下り受け入れ先となっている民間会社を装った「高速道路株式会社6社」と独法「高速道路機構」の早期廃止ではないだろうか。 「高速道路株式会社6社」が独占している全国のサービスエリア・パーキングエリア等、1兆4000円を超える資産の有効活用で新たな資金も生まれるという。

又、旧政権が高速道路を将来に亘り造り続けられる事をも意図した独法「高速道路機構」を、返済を終えた時点で廃止する事で、コンクリートから人へという新政権によるポリシーシフトに叶うし、将来に亘り政財官の癒着の温床となる資金の蛇口を閉める事になる。

さて、見聞録229便 後半は高速道路議論に潜むカラクリ高速道路問題の議論のウラに潜む「負の遺産」が有るのではないか? という視点で取り上げているが、最終の今回は、宮川公男氏の「国民にツケを回すニセ民営化を見直せ(WEDGE 10月号)」を引用して締めとしたい。

宮川公男氏の寄稿タイトルは「高速無料化は愚作」と、新政権の「高速無料化」を真っ向から否定されているが、その主張の矛先は「まともな民営化とは言えない」と「道路公団民営化」について糾弾されている事である。 本稿が重ねて指摘したいのは、無料か有料かの議論ではなく、民営化を隠れ蓑に道路を食い物にしている政財官の癒着構造と天下りの元を断ち切る、新政権のポリシーシフトに期待したい、という事である。

●引用資料

月刊誌「WADGE 10月号 宮川公男氏の──高速無料化は愚作 国民にツケを回すニセ民営化を見直せ──から

●見聞録229(4) 歪んだ道路公団民営化を正せ 

◇歪んだ民営化を正せ◇

そもそも今回高速料金が選挙戦の一つの焦点になったのは、小泉改革の一つの目玉だった道路公団民営化の歪みに由来する。 4年前に生まれた道路会社は、まだ全株式が政府所有とはいえ、「民間のノウハウ発揮により、多様で弾力的な料金設定」を行う事を一つの目的とし、経営判断の自主性を尊重されるべき民営会社である。

その会社が提供する主力サービスである高速道路の料金設定を、どうして政府が景気対策や地方活性化策として勝手に行えるのか。 また、なぜ政治家がその料金値下げを選挙公約に掲げる事ができ且つそれが実現してしまうのか。 しかも、効果の十分な検証もない政治家の思いつき的な料金設定による会社の減収を国民の税金で補う。

これでは到底、まともな民営化とは言えない。 「歪んだ民営化」、「偽りの民営化」ではないか。 道路公団民営化には様々な歪み、虚偽、虚構があり、それが政治による介入を許している。 

例えば、「採算性を無視した野放図な建設」、「必要性の乏しい道路建設」(民営化推進委『意見書』)は回避されるであろうという期待の下で行われた民営化なのに、「新会社の採算を超える部分」の建設スキームとして、「国と地方が税金等で建設費を負担し、自ら建設を行う」という「新直轄方式」が、これまでの有料道路方式と別建てで導入された結果、無料の高速道路が出現する事となり、高速道路は全部料金収入で建設するというわが国の有料道路制度の約50年ぶりの大転換が、十分な議論なしに行われてしまった。

これにより強力な道路族の抵抗が消え、民営化が実現したのである。 簡潔にいえば、「採算に合わず必要性の乏しい道路は民営会社はつくらない。 その代わりに国がつくる」という事である。 何の為の民営化だったのかと問いたい。 又、債務返済を最優先する方針から、いわゆる上下分離方式で、道路資産も債務も道路会社ではなく、高速道路保有・債務返済機構という独立行政法人「高速道路機構」に保有させた。 「高速道路機構」は高速道路を、高速道路株式会社6社に貸付け、その貸付料で債務を返済する仕組みとした。

それにより高速道路株式会社6社は、道路資産に対する固定資産税を免れると共に、料金収入からの利潤が生まれないように「高速道路機構」が貸付料を設定する事で、法人税をも免れる事になった。 これらは通常の民営会社であれば社会的義務として当然負担すべきものだ。 

更に、この仕組みは、高速道路株式会社6社の経営努力によって料金収入が上がっても、会社には利益が残らないように「高速道路機構」が、道路貸付料を上げる事で吸い上げてしまう。 高速道路株式会社6社が減収になっても赤字にならないように貸付料を下げてくれるのである。 これでは当然経営向上のためのインセンティブが働かない。

福田・麻生内閣が実施してきた料金値下げ政策は、民営会社を国営会社のように扱っている。 値下げによる道路会社の減収は、高速道路保有・債務返済機構というかくれ蓑を使って、国民に分かりにくいかたちで、税金で穴埋めされている。 この様に税金で支援を受けた高速料金値下げで不公平な競争を強いられているという鉄道会社やフェリー会社などの怒りは当然である。

又、国民負担を最小に留めるという道路公団民営化の約束を踏みにじられる国民も今や憤りの声を上げるべきである。 この様な歪んだ民営化を原点に戻って再検討し、料金制度の見直しとともに、上下分離方式を廃してまともな民営会社に立ち直らせるべきである。 これは、小泉民営化についての根本的な再評価・再検討が必要であることを意味しているのに、今回政権の座につく民主党も全くそれを宣言していない。

●宮川公男(ミヤガワタダオ)

1931年生まれ。 一橋大学教授・麗澤大学教授を経て本年より現職。 著書に『基本統計学』(有斐閣)、『政策科学の基礎』(東洋経済新報社)など多数。  

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●見聞録229(3) 道路に異常なお金を使うニッポン  2009年10月04日(日)
●2009年10月4日(日)


週刊朝日2009年10月2日号
写真:週刊朝日2009年10月2日号 表紙

●見聞録229 高速道路議論に潜むトリック

●今日の視点

308議席という圧倒的な国民の支持を得ての民主党政権。 新政権スタート時からTV・紙面を賑わした「八ッ場ダム工事中止」のニュースは、現地の拒絶反応ぶりを見ると、思わず「ここだけは、ダム工事やむなし」と感じた人も多いのではないだろうか。

しかし「日刊ゲンダイ」の記事によると、ケーブルテレビ J:COMの「インタラクTV投票」の結果(投票数1047)では、八ッ場ダム工事中止 賛成=62% 反対38%という意外な数字、又、八ッ場ダム工事関連企業に、国交省職員176人(2006年時点)が天下っているという。 

累計の天下り数は、1000人を超えている事も充分に推測されるだろう。 あの現地反応だけを見聞して「今更ダム工事中止は、現地住民の意向無視」というのは、情に偏るという事になる。 ことほど左様に、マスコミの過剰な報道による情緒的な判断では、真実が見えなくなると言う事になる。

さて「見聞録229便」は、「高速道路無料化」問題を取り上げている。 世論は、半数以上が「高速道路無料化」に反対と言われているこの問題も、旧政権の誘導によるという疑いも強い。

既に2回に亘って、高速道路は「本来無料」「本来有料」という両論を取り上げた。 どちらもそれなりに納得できる「そもそも論」である。 高速道路料金は高速移動の効用を得る人の自由意思による受益者負担とする宮川公男氏の「本来有料」論の金額程度は、新幹線の「こだま」「ひかり」「のぞみ」の特急料金の違い程度を、当たり前の事としてに受け入れている事からも、本稿では特に拘ってはいない。

新政権の主張する物流コストを引き下げる経済効果等々に対し、先日のJRグループによる脅しとも言える「高速道路無料化」撤回の申し入れに代表される様な交通機関の反対声明等々は、業績に影響を受ける立場として理解はできる。 が不思議なのは、当たり前の事として何の疑問も無しに払ってきた高速料金が「無料」になるのに、世論の70%が「高速道路無料化」に反対をしている事でる。

高度成長に向けて突き進んだ人々は、慣れ親しんだシステムに疑念を感じる事なくひたすら、国政のなすままに「刷り込み」されたという負の生き方も引きずっているのではないだろうか。。 

そこで後半の2回は、高速道路問題の議論のウラに潜む「負の遺産」が有るのではないか? という視点で考えてみたい。 まずは、初回取り上げた山崎養世氏による「週間朝日 10月2日号──「高速道路無料化が日本を変える」から、「道路に異常なお金を使うニッポン」をとりあげたい。  長きに亘る旧政権の公共工事による資金稼ぎ、政財官の癒着構造に鉄槌を下した国民も又、新政権の「コンクリートから人へ」というポリシーがどこまで浸透するかが、タメされているのである。 

●引用資料

「週間朝日 10月2日号

●見聞録229(3) 道路に異常なお金を使うニッポン

◇高速道路の利用者は 高速料金と税金の二重取りされている◇

これまで自民党の道路族や国土交通省に都合のいい情報ばかり流されてきたために、国民にごくごく基本的な事実が伝わっていない。 また明らかな誤解、というより「ウソ」がまかり通ってきた。 それが無料化にこれほど反対が多い理由だろう。 批判の最たるものは、高速道路を使わない一般国民の税金で無料にするのは受益者負担の原則に反する、というものである。 

しかし、この主張はまったくおかしい。 なぜなら、高速道路のユーザーは年間2兆3千億円もの高い通行料金を払わされたうえに、ガソリン税などで年間2兆円(暫定税率を引き下げたとしても1兆4千億円程度)の税金を二重取りされているのである。

しかもその税金は、高速道路には使われず、ほとんど一般道路の建設に流用されている。 受益者負担を言うのなら、すでにこのこと自体が原則に反している。 ガソリン税など2兆円分を高速道路無料化の財源(民主党案では年間1兆3千億円)に使うことにすれば、本来の受益者負担にもなり通行料を二重に取る必要はなくなる。

日本で最初の高速道路である名神、東名の建設が始まった1950年代後半は、道路財源が今の400分の1しかなかったため、世界銀行を通じてアメリカから借金をし、その返済のために通行料金を取った。 借金を返したら無料になるはずだったが、1972年の田中角栄内閣時代に名神、東名などの料金をほかの路線の建設費用に充てる「料金プール制」がつくられ、それが今も続いているのである。

◇未だに日本では高速道路の無料化が実現しないのか◇

なぜ、未だに日本では高速道路の無料化が実現しないのか。 それは、道路公団が民営化されたあとも30兆円を超す借金が残っているからである。 国鉄民営化時はJRが11兆円もの借金を引き受け、また不動産を売却し、ちゃんと借金を処理した。 ところが民営化後に発足した6社の高速道路会社は1円も借金を引き受けず、高速道路機構という90人そこそこの職員しかいない独立行政法人を新たにつくり、そこに借金を付け替えた。 それでいて、膨大な不動産をもらったのである。 しかも政府の計画では、今後さらに20兆円近い借金をして、地方の過疎地域を中心に高速道路をつくることになっている。 全ての返済が終わるのは205O年の予定である。

借金を重ねて赤字道路をつくる。 さらにその間、金利が跳ね上がり、巨額の借金が返せなくなれば、国民の負担になるのである。 こうした実態も国民には知らされていない。 そもそも、民営化といいながら高速道路会社は国と地方自治体が株式の100%を持つ特殊法人であり、役員の半数以上は天下りである。

それでなくても日本の道路に対する投資額は、他の先進国に比べて突出している。 一般、高速道路をあわせ、日本が道路につぎ込む額は年間8兆円近くにのぼる。 これは仏、独、伊、英4カ国の道路支出額の合計に匹敵する。 教育予算はOECD加盟国で最低クラスなのと比べると、いかに日本が異常なほど道路にお金をかけているかがわかる。

更に問題なのは、そうして巨額をつぎ込んだ高速道路の多くが有効に使われていない事である。  なぜか。 世界各国と比べて断トツに料金が高いからである。 現在、乗用車の通行料は平均でI台あたり25円。 100キロで2500円である。 1時間で100キロ走るとすると1時間で2500円かかる高速道路を普通の人が気軽に使えるだろうか?

●山崎養世(ヤマザキヤスヨ)

1958年生まれ。 福岡市出身。 東京大学経済学部卒業。 カリフォルニア大学ロサンゼルス校経営修士号(MBA)取得。 大和証券勤務を経て、米ゴールドマン・サックス本社パートナー、ゴールドマン・サックス投信社長などを歴任。 2002年にゴールドマン・サックス社を退社し「高速道路無料化」の提言を開始する。 同年、シンクタンク山崎養世事務所を設立して、金融、財政、国際経済問題等の調査・研究活動を行う。 「証券化による郵政資金の中小企業等への活用」「田園からの産業革命」なども提言している。

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Posted at 22:20 | この記事のURL
●見聞録229(2)  高速道路は永久有料が理に適う  2009年09月27日(日)
●2009年9月27日(日)

雑誌)WADGE 10月号

写真:雑誌)WADGE 10月号

●見聞録229 高速道路議論に潜むトリック

●今日の視点

9月16日、民主党中心の連立政権が発足してからの10日間。 自民党の提灯持ちとも酷評される田原総一郎が仕切る「サンプロ」は、見事に豹変し自民の総裁選挙にも時間を割いてない、という有様。 各マスコミにすっかり見放された自民党は、今や運(ン)がぬけたのか全くジミの存在となってしまった。 鳩山首相の見事な外交デビュー、そしてダム工事中止宣言に猛烈な反応を示す現地の逆風に臆する事なく立ち向かう気鋭の前原大臣、俄に浮上したJALの再建も捌かなければならならず、難題山積の新大臣に世間の注目が集まるが、ひるむ様子は全く見られない。

政権交代が叫ばれてはきたが、各閣僚の意欲的な初仕事振りを見てあらためて思うのは政権交代の重さである。 意外に重厚感があるやに見える民主政権は、4年はスキャンダルや不測の事変がない限り続くというのが大方の見方の様である。 しかし「しがらみ」や「権益」が芽生えるのは必定だろう。 政治に緊張感をもたらす二大政党は、国民の望むところだけに尚更、自民党の凋落は実に問題なのである。

落日の自民党には今の処、「健全野党」として復活する為の戦略・戦術を担う人材が見あたらない。 次の衆院選挙には間に合わないとしても、4〜6年後には拮抗するだけの党勢を確立できるかどうか。 「みんなの党」を率いる渡辺喜美、総裁選に出馬の河野太郎、泥船から飛び出す勇気ある若手らが収斂すれば、その可能性も見えてくると思われるのだが・・・・。  小泉なにがしのパフォーマンスが目立つ様ではお先真っ暗ではないか。

さて「見聞録229便」は、前原大臣の次の課題「高速道路無料化」問題を取り上げている。 国民の目線にたつ立場を標榜する民主党も、この問題だけは説明不足の感が否めない。 報道によれば今の世論は、半数以上が「高速道路無料化」に反対というだけに、直ちに取り組まないとマニフェストそのものを疑われる真に難儀なテーマである。 。 

本稿の前回は、民主党のマニュフェストの「高速道路無料化」を主導した山崎養世氏の著書『道路問題を解く』から 「無料が高速道路の本来の姿」を取り上げたが、2回目の今回は、月刊誌「WADGE 10月号」の寄稿文から、一部引用し、前回の対論となる「高速道路は永久有料が理に適う」を、取り上げたい。

両論併記という意味で、本来「高速道路は有料か無料か」の原点を考えるよすがにしたい。

●引用資料
月刊誌「WADGE 10月号 宮川公男氏の──高速無料化は愚作 国民にツケを回すニセ民営化を見直せ──から

●見聞録229(2) 高速道路は永久有料が理に適う

去る3月の千葉県知事選挙に立候補した森田健作氏は、3000円だったアクアライン通行料金を800円にすることを選挙公約の一つに掲げて当選し、その公約が8月1日に実現した。 全くの驚きだ。 また8月30日の衆議院総選挙でも、高速道路料金は政権争いのための国民の人気取り政策の対象になった。

民主党はマニフェストに「高速道路の原則無料化」をはっきりと掲げ、対抗する自民党も「高速道路の利便性向上」のための「料金政策」を行うとし、自民党麻生内閣で割引き「1000円ポッキリ」を実施している。 共に十分な思慮を欠いた愚策である。

民主党は、段階的無料化、自民党は、割引き政策という違いはあるが、両党とも高速道路も一般道路と同じ道路として基本的には無料であるべきだという立場に立っていることは同じである。 そしてそもそも高速料金とは何か、また高速道路は無料であるべきかという根本問題について全く考えていない。(中略)

鉄道であれ道路であれ、交通・運輸による人あるいは物の移動によって実現されるものは、場所的移動の効用と時間的移動の効用である。 鉄道も道路も、人や物を出発地から目的地へと異なる場所の間を移動させるために利用される。 そしてそこで重要なのは移動に要する時間である。(中略)

基本的に場所的移動の効用を提供するものが、鉄道の場合の普通列車、道路の場合には一般道路である。 そしてその対価は、鉄道では普通運賃で、それは乗車券の購入によって支払われるが、道路の場合には無料である。 これに対して、場所的移動に追加的に「高速での」移動という効用を提供するものが、鉄道の場合の特急列車、道路の場合の高速道路である。

特急列車は車輛や座席が普通列車より快適であり、高速道路は路面舗装がよく(高機能舗装)、信号がないため走りやすいといった高速性以外のメリットもあるが、それも含め、鉄道の特急料金、道路の高速料金は、基本的には普通列車、一般道路に比べての「高速での」移動の効用に対して支払われる対価である。

ここで重要なのは、特急料金や高速料金は「追加的」料金であるという事である。 それは、普通列車や一般道路よりも高速の移動を選好する人の自由な支払い意思によって支払われるものである。 いいかえると、高速料金は高速移動の効用を得る人の自由意思にもとづく受益者負担である。

◇高速道路料金制度の欠陥◇

このように考えるとき、現在の高速道路料金の設定方式には二つの基本的欠陥がある事がわかる。 その第一は「償還主義・償週後無料開放の原則」である。 これは高速料金を高速移動に対応する追加的料金ではなく、場所間移動と高速移動の両方を含めた全体的効用に対するものとして決めているものであり、これは鉄道の場合の普通運賃と特急料金とを合わせたものを高速料金としているのと同じである。 そのために現行の高速料金が高すぎることになっているのである。

しかもその高い料金を一定の償還期限(現行では2050年8月15日)までの利用者の負担とし、その後の利用者の負担をゼロとしている。 現行の原則の不合理は明らかである。

これに対して私(宮川公男氏)の永久有料論は、高速道路についても場所的移動の効用への対価は無料とし、追加的な時間的効用についてのみ受益者負担とし、その対価を高速料金とするものである。

第二の基本的欠陥は、高速料金は全国どこでも一律にlキロ当たり25円(普通乗用車の場合)と決めている「画一料率制」である。 高速料金は高速走行の効用の対価であるという考え方に立てば、この画一料率制による現行の高速料金がいかに大きな地域間不公平をもたらしているか、という事である。

代替一般道路が非常に空いていて時速60キロで走行できるようなローカル地域では、1分当たりの料金コストは100円と高く、それに対して代替一般道路の混雑がひどく時速10キロのノロノロ運転のような都会地域では、1分当たりの料金コストは僅か4.76円となる。

いいかえるとローカル地域では1分当たりの時間価値が約5円以上の人が高速道路を利用するのに対し、都会地域では1分当たりの時間価値が100円以上の人でないと利用しないということである。 そして高速料金100円当たりの短縮時間は、ローカル地域の1分に対して都会地域では約21分にもなる。

このように画一料率制の下では、高速道路の利用者コストや便益は地域間で大きく異なることになり、都会地域では大渋滞、ローカル地域ではガラガラの高速道路が現れるのも当然である。 これは社会的にも貴重なインフラである高速道路の最善の利用が実現しないという意味で損失である。 そして地域により高速道路のコストや便益は大きく異なり、地域間で極めて不公平になる。

以上のように考えると、高速道路料金をめぐる諸問題は単に有料であることによるものではなく、また無料化によって解決できるものでもない。 問題は高すぎる料金にあり、受益と負担の適切なバランスがとれていない料金設定の仕方にある。それは償還主義のための料金の高水準と、画一料率制によって生まれている高速便益の地域間格差である。

問題の解決には、償還主義を廃して永久有料制とし、かつ画一料率制を改めるという料金制度の抜本的な見直しが不可欠である。

●宮川公男(ミヤガワタダオ)

1931年生まれ。 一橋大学教授・麗澤大学教授を経て本年より現職。 著書に『基本統計学』(有斐閣)、『政策科学の基礎』(東洋経済新報社)など多数。

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Posted at 21:26 | この記事のURL
●見聞録229(1) 無料が高速道路の本来の姿  2009年09月17日(木)
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●2009年9月17日(木)


(本)道路問題を解く 山崎養世:著

●見聞録229 高速道路議論に潜むトリック

●今日の視点

夏休みなどという言い訳にはほど遠い1ヶ月ぶりの出稿である。 奥歯の痛みを長く放置したことによる歯肉炎が炎上、それからくる頸椎炎症による右手のしびれ、そして細菌による咽喉障害が重なりひどい咳こみ、と一挙に三重苦?のこの一ヶ月。 特に右手のしびれはキーボードの操作に支障を来す。 

すべての源は自業自得による天罰から、結局本稿を中断せざるをえないハメとなったという次第である。 とは言いながらビジネスやゴルフ等々本来の日程はこなしているので、出稿に踏み切れなかったのはこれだけではない。

「政権交代」という大袈裟に言えば国の有り様もかわるほどの大ごとがあったのも、一因と言える。 驚がくを覚える開票日の結果から昨日の鳩山政権発足まで、思えば歴史的大転換とも言えるこの一ヶ月に、同じ時間を共有した、というある種の興奮が、見聞録の出稿を逡巡させた一因でもある。

連日連夜の報道と解説が飛び交う事で、世間の関心はいやでも高まる。 新鮮な息吹を感じる昨夜の組閣の報道合戦を見聞しながら、今更に新政権への論評をするほどの立場でもないとは思いつつも、あまり議論がされていない問題がある事に気づいたのである。 それは新政権がマニフェストに掲げている「高速道路無料化」という政権公約である。 前原新大臣の腕のみせどころとなる公約である。

自民対民主、というよりは、国民の約70%がこの「高速道路無料化」に反対、または懐疑的な意向だという事である。 政権交代を望む望まないに関わらず、本来、有料のものが無料になれば、賛同を受ける筈なのに、今のまま有料の方が良いという選択が大半を締める考え、は一体どこからくるのだろうか。

この選択の仕方、考え方に、実は大きな落とし穴が有るように思えるのである。 高速道路の費用は、自動車を利用する人やその組織が払うので、受益者負担という原則に当てはまる。 58歳で車の運転(所有も含めて)を一切拒否した立場の側から言えば、至極納得できる原則である。 

この高速代金を受益者負担の原則を取らず、全ての納税者が負担するのはケシカランという考えが先に立つのが「高速道路無料化」に反対論である。  無料で渋滞を引き起こし配送時間が読めなくなるという運送業界、利用客が減る見込みのフエリー業界やJR等・高速バス等の交通機関の反対の声は大きい。

国民の目線にたつ立場を標榜する民主党も、「高速道路無料化」問題だけは説明不足の感が否めないが、政権発足後直ちに取り組まないとマニフェストそのものを疑われるまことに難儀なテーマである。

本稿の今週のテーマは、「高速道路無料化」問題を取り上げる事とし、まずは山崎養世氏の著書「道路問題を解く」からはいりたい。

●見聞録229 高速道路議論に潜むトリック

●引用資料

山崎養世:著 『道路問題を解く』

●見聞録229(1) 無料が高速道路の本来の姿

◇無料が高速道路の本来の姿◇

日本の高速道路は、もともと無料開放されるはずだった。 最初の本格的な高速道路である名神・東名の建設計画が始まったのは1956年(昭和31年)である。 このとき、道路予算が足りず、世界銀行を通じてアメリカから借金をしたり、郵貯などの国民の貯蓄から借金をして作り。その借金を返すまでは通行料金を取ることになったのである。

あくまで、道路財源が足りない時代の「特別措置」で、路線ごとに借金を返したら、名神や東名などの高速道路は、本来の高速自動車国道として無料になるはずだった。 さらに、日本の道路財源が豊かになれば、欧米諸国と同様に、高速道路も、一般道路と一緒に道路財源の範囲内で作り、最初から無料で提供するはずだったのである。

そして、名神・東名の高速道路の借金は、1990(平成2)年に世界銀行に返されたのに、当初の約束は反故(ほご)にされ、世界一高い日本の高速道路の通行料金は、今も続いているのである。 その訳は、1972年(昭和47)年の田中角栄政権時代に、名神・東名などの路線の料金を他の路線の建設費用に流用する「料金プール制」という制度が作られたからである。

本来の制度の趣旨を守っていれば、名神・東名をはじめ、日本中の高速道路はとっくに無料のはずなのだ。

◇秋田県に日本初の無料の高速道路が大成功◇

借金を返済して高速道路を無料にすれば、今使われていない高速道路が活用される。 更に一般道路との接続が改善されれば、既存の道路システムの輸送力が高まり、新しい道路の建設は少なくてすみ、ムダな道路建設も減るはずである。

高速道路無料化のメリットは、交通と物流のコストが大きく下がり、通勤が便利になり、買い物やレジャーに簡単に出かけられる等の生活環境がはかられる。 個人の住まいも仕事も、企業や法人も、土地が安くて便利なところを選べ地価の高い大都市からコストの安い地方に移る大きな流れが、戦後初めてできるだろう。

新規ビジネスの起業も活発になり、産業構造の転換が容易になり。もちろん、研究開発施設の地方進出も進む。 その結果、日本人の人生の選択肢が広がる事になる。 国民の生活が豊かになれば、新たな経済成長が始まり、経済が活性化すれば、長期的に大きな税収が得られるため、財政改善の大きな裏付けにもなるのである。

実は、秋田県に、道路財源の範囲で作られた惜金に頼らない、日本初の無料の高速道路ができた。 効果はてきめん、岩城ICと仁賀保ICの間が開通後、それまでの信号待ちが多い国道に比べて、所要時間が1時間以上も短縮された。 近隣の工場への通勤や製品の出荷に役立つのはもちろん、消防車や救急車の到着時間も短縮。一日一万台の用者がありますが、信号もない交差点もない高速道路で、渋滞はほとんどない。

ところが、秋田市内に向かう岩城ICからは、いままでどおりの有料の高速道路に変わります。岩城ICから秋田中央ICまでで料金は850円の為ほとんどの車が高速道路を降りて、時間がかかる一般道を走る。 有料の区間の高速道路の利用者は、1日3000台に激減。 有料区間の料金所の前で次々と車が高速道路を降りて、下の国道を通る実態は、高速道路無料化の効果ははっきり示しているではないか。

●山崎養世(ヤマザキヤスヨ)

1958年生まれ。 福岡市出身。 東京大学経済学部卒業。 カリフォルニア大学ロサンゼルス校経営修士号(MBA)取得。 大和証券勤務を経て、米ゴールドマン・サックス本社パートナー、ゴールドマン・サックス投信社長などを歴任。 2002年にゴールドマン・サックス社を退社し「高速道路無料化」の提言を開始する。 同年、シンクタンク山崎養世事務所を設立して、金融、財政、国際経済問題等の調査・研究活動を行う。 「証券化による郵政資金の中小企業等への活用」「田園からの産業革命」なども提言している。 2003年11月の総選挙で、民主党が「高速道路無料化」をマニュフェストに取り上げ、「次の内閣」の国土交通大臣に指名される

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Posted at 12:21 | この記事のURL
●見聞録228(2)「地球環境の保全」の2009年度予算は6780億円、それでも防衛費の7分の1  2009年08月16日(日)

●2009年8月16日(日)

戦闘機と乗用車の燃料消費比較

画像:戦闘機・戦艦と乗用車の燃料消費比較 (『環境と平和』67頁より)

●見聞録228 地球環境保全と平和な社会が両立するのか

●今日の視点

咋日は終戦記念日、その夜NHKは、特集を組んだ。 「核廃絶は可能か? 市民が本音で徹底討論」というテーマで3時間に及んだ。 見られた方も多いと思うが、視聴者の参加によるこの種の議論は初めての試みではないだろうか。 

核をもつべきという人も、核不要論の人とほぼ同数いたのが驚きだが、NHKは参加者をあらかじめ応分の配分になるように集めたとしても不思議ではない。 しかし視聴者に対し、この番組の伯仲する議論が、国民全体の議論と同一視される、という誤った認識を与える危惧を感じざるを得ない。 中でも自衛隊OBと名札をつけた人の強硬な発言も目立つ。

会田雄次氏の著書「日本人の意識構造」の中に、次の様な一文がある。

「私達の、家庭を守るとか、職場を守る、企業を守る、あるいは国を守るといった守備姿勢というものの精神的な構造は、それを図象化すると、背を外部に向け、うつ向き、内側を向いて守るという形になるのではないかということである。

ここから日本人独特な物の考え方が、とりわけ発想の方向が出てくるはずである。 日本人独特のいろいろな競争の姿勢、守る姿勢も、背を向けて、ときどき後ろを振り向いて敵を見るという形であるとすると、日本人の対外姿勢、つまり個人にすれば対社会的姿勢、国にすれば対外交的姿勢、企業にすれば他の企業あるいは外国企業と争ったり連携したりする姿勢、それが全部こういう形になっていることがわかるような気がする。

自然に放牧されている馬の群が熊に襲われたとき、牡(オス)馬は、牝馬と子馬を真ん中に集め、そのまわりに円陣を作って守る。 その場合必ず顔を内側へ向けてお尻を外へ向ける。 そして熊が襲ってくる気配がすれば、後足で蹴とばすのだそうである。 熊は、あごの骨を砕かれたりして馬に食らいつくことができない。

これは、日本人の姿勢とよく似ている。 どうも、敵というものは後ろからやってくる、あるいはまた、自分も後ろから攻めたほうがいいのだという観念が日本人はとりわけ強いのではないかと思う。 逆にいえば、後ろを保護してくれるものが本当の保護者だということにもなる。 夫を指す日本独自の「背の君」という言葉はこの様な観念の支配をみごとに示す一例だといえよう」

さて、昨夜の議論で「核を持つべきだ」という人の殆どは、北朝鮮、中国などの大陸からの脅威(核)が前提という。 多くは「核抑止の為」が前提なのだが、一旦保有すれば歯止めが効かなく恐れは充分にある事は想定内であろう。 日本の技術力をもってすれば、核技術でも先進国となるのは必定で、アメリカの最も恐れるのはそこのある。 「核を持つべきだ」という「理念なき選択」こそ、日本の将来を間違った方向に導く事になるのではないだろうか。 

持つべきか持たざるべきか、という二者選択ではなく、「アメリカの核の傘」という、現在の日米安保を前提として、国の防衛を考えざるを得ない、というのが中庸の選択だろう。 アメリカも又、オバマという指導者を選択し、そのオバマ大統領が、核廃絶を唱えたのは、歴史的大転換である。 先の大戦の結果、戦線で累々と屍となった人々、原爆の被爆者、戦災の犠牲者の方々の生命を無駄にしない為にも、日本の将来を考える時、アメリカ抜きではあり得ない。

唯一の被爆国である日本こそ核廃絶を願い、その先頭にたつべきであり、多くの国で「日本」が政治的評価されるべきは、この一点でしかない。

先の会田雄次氏の説で言えば、日本から見れば、背後の脅威・大陸からの脅威に対する備えとしての日米安保、アメリカから見れば、大陸に対峙する橋頭堡的な意味合いとしての日米安保、と考えるのが日本の安全の為の「最適化」選択であろう。 

さて、見聞録228便は、和田 武氏の著書「環境と平和」から、「地球環境保全と平和な社会が両立するのか」をテーマとしてているが、戦争放棄の日本でありながら、防衛予算が環境予算を遙かに凌いでいる事実も、又懸念すべき事実である。 地球全体の環境保全に及び越なのは、「島国根性」のなせる所以だろうか。

そこで、この問題に焦点を当てた2回目は「地球環境の保全 の2009年度予算は6780億円、それでも防衛費の7分の1でしかない」を取り上げたい。

●引用資料


和田 武:著 環境と平和

●見聞録228(2)「地球環境の保全」の2009年度予算は6780億円、それでも防衛費の7分の1でしかない

日本の軍事費(防衛費)は、世界5位である。 日本の2008年度国家予算では、防衛予算が4兆7426億円、米軍思いやり予算が2083億円、合わせると4兆9509億円。 日本の2006年のGDP、512兆円に締める合計の軍事費は、その約1%である。 この比率が世界平均より低いのは憲法9条があるからにほかならない。 しかし憲法9条をきちんと守れば、軍事費をなくすことができ、それで温暖化対策費を賄えるのである。

ところが2008年の環境省予算は、総額で2240億円と前年度比1.1%増だがそれでも防衛費の20分の1しかない。 環境省予算の中の地球温暖化対策予算に限れば、わずか428億5100万円で防衛費の100分の1以下なのである。 また他省も含めた環境保全経費のうち「地球環境の保全」の2009年度予算は6780億円なっており、環境省予算より達かに多額であるが、それでも防衛予算の7分の1程度である。

防衛費以外にも無駄に使用されている予算として、道路予算は7兆7869億円(うち道路特定財源4兆8626億円)が有るが、自動車中心の交通輸送体系は、CO2の排出量を増加させる要因なので道路を増やし続けるのは温暖化防止に逆行している事になる。 不必要な道路の建設をやめ、その分温暖化対策費を増やしてCO2排出を大幅に削減していく事は、日本が健全で持続可能な社会を構築していくうえでも重要なことなのである。

2006年以来度以来、とりまとめられている2009年度「京都議定書目標達成計画関係予算」の総額は、1兆2198億円。 地球環境保全経費よりも多くなるのは奇妙だが、それでもGDPの0.2%、軍事費の4分の1に過ぎない。 軍事費にいまだに膨大な国民の税全がつぎ込まれ、環境保全的人間安全保障が軽視されているのである。

この「京都議定書目標道成計圓関係予算」の内訳をみると、いくつかの問題がある。

A.京都議定書6%削減約束に直接の効果があるもの 5385億円
B.温室効果ガスの削減に中長期的に効果があるもの 3307億円
C. その他結果として温室効果ガスの削減に貴するもの3048億円
D.基盤的施策など556億円

Aでは、経済産業省が全体の52%の2821億円を占め、そのうちエネルギー転換部門として「原子力」が1181億円と最大である。 農林水産省がA全体の37%の2010億円だが、その大部分が森林整備である。

Bには「高速増殖炉サイクルの推進」に441億円など原子力分野が高比率で入っている。 森林関係の比率も非常に高くなっている一方、新エネルギー(再生可能エネルギー)は1000億円程度にとどまっている。 

Cには、石油ガス等利用設備導人促道対策事業費袖助金34億円のような効果不明のものまで含まれている。 省別でみると環境省はわずか8%で、エネルギー分野すべてを担当している経済産業省が39%、農林水産省が29%、文部科学省が15%、国土交通省が9%でいずれも環境省を上回っている。 ドイツ等の様に、再生エネルギー分野は、環境省が担当するなど、環境重視の視点で政策展開出来るように質的に改善する事が重要である。

◇軍事活動は 膨大なエネルギー消費・CO2排出源

軍事活動は膨大な資源とエネルギーを消費する。 まず自衛隊も保有している戦闘機・戦車・戦艦などの兵器が,どんなに大量の燃料を消費するのか。

F−15ジェット戦闘機は最大推進力で飛行する場合にたった1分で908リットルを消費する。 これは普通の乗用自動車(1Lの燃料で10Km走る車で年間1万Km走行する場合)の年間燃料消費量1000Lとほぼ同じである。 また1時間の通常飛行では、乗用自動車の8年分に相当する8000Lの燃料を消資する。 戦車の場合は1時間の走行で乗用自動車の1年分、戦艦に至っては1時間の航行で21年分も使用する。

陸海空自衛隊には主要航空機は戦闘機を含めて合計1106機、戦車は910台、戦艦は151隻もあるから日常の演習だけでも兵器の燃料消費量は莫大な量になる。

自衛隊全体の燃料利用によって排出されるCO2はどの程度か。 日本におけるガソリン、軽油(ディーゼル油)、ジェット燃料、灯油、重油などの石油製品生産総額中、自衛隊向けの比率が0.8%なので、自衛隊による石油系燃料の消費量の比率もほぼ0.8%程度と推定される。

総石油消費量2.2億トンの約0.8%に当たる約170万トンが自衛隊関連で消費されているとみてよい。 それだけの石油燃料から生じるCO2は530万トンにもななる。 これは燃料使用に伴うCO2排出だがこれ以外に電力、水の消費、兵器生産に伴うCO2排出7000万トンも加わる。

このように兵器生産も含めると軍事活動は、主要な環境破壊要因のひとつであると言える、 ただ日本の場合CO2排出量などで軍事活動が占める比率は世界平均よりも低くなっている最大の理由が憲法9条の存在であることは間違いない。

●和田 武(ワダタケシ)

1941年和歌山市生まれ。 京都大学大学院工学研究科修士課程修了後、住友化学工業 中央研究所、大阪経済法科大学、愛知大学を経て、1996年より立命館大学産業社会学部・教授、2006年より同・特別招聘教授、2008年退職。 現在、日本環境学会会長、自然エネルギー市民の会代表。 工学博士。 専門は、環境保全論・資源エネルギー論 主な単著に『飛躍するドイツの再生可能」エネルギー』(世界思想社)『地球環境論』(創元社)『新・地球環境論』(創元社)『地球環境問題入門』(実教出版)。
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