http://ameblo.jp/takegawa/

プロフィール

たけ
人気ブログランキング
最新アンケート
リンク集

http://blog.fideli.com/takegawa/index1_0.rdf
掴み直された世界のあとに  2012年01月18日(水)
いまや日々のコミュニケーションはfacebookが中心。メインで使っていたSNSのmixiは草野球のメンバーとのクローズドなやり取りをする場になりました。

facebookは圧倒的にコミュニケーションがしやすい。一方で友達が増えてくるとその友達を介して受け取る情報が増えすぎてしまうというのがネック。

発信する自分の情報についてもどこまでオープンにすべきかを気にしすぎると、書きたいことを書きたい熱で書けないというジレンマもある。これは私が「ソーシャルネットワーク=閉じた別世界」という認識から脱しきれていないからなんだと思う。

私と異なり細かい設定をせずにオープンに情報発信しているひとも多くなっています。「ソーシャルネットワーク=世界の中心」に過ぎないという認識なんでしょうね。この流れがより進むのが趨勢かなと実感しつつあります。

となるとgoogleが”検索”で整理した世界をfacebookが”ソーシャルグラフ”で掴み直しているに過ぎない。ひとを介してやりとりする情報であっても自分で感じる力・考える力が求められるのは変わらない。逆にひとを介するからこそ一つの方向に流されすぎないように注意も必要だと思う(デマが拡散がしやすい状況は既にありますしね)。

つながりのあるひとと、共感し、気持ちよいコミュニケーションを図り、新しい気づきがあるという前提ではfacebookのような空間は居心地も良いのですが、ときとして隣の席との距離が近い混雑したカフェにいて隣のカップルの痴話喧嘩を聞かされているような気持ちになることも確か(例えばですが)。そんなときふっと席を立ちたくなるわけです。

だからその反動で気持ちのよい小さなコミュニティスペースの価値が見直されるときもくるんじゃないかなと思ってます。mixiさんにはぜひその居心地の良い場所を保って欲しいのですが(笑)。

人気のカフェが街全体を飲み込むほど巨大化するような状況のなか、街の片隅に偏屈なおっさんたちが集まる会員制のBarがあっても良いんじゃないかなぁ。

海外ではそのようなサービスも出始めているようですし、ネット先進国では無い話じゃないと思います。収益化をどうするかという問題もありますが、ターゲティングされた特定の濃いコミュニティを造ればチャンスはあるでしょう。そんなサービス、つくりたいな。

と新規ビジネスに思いを馳せる日々です。
興味ある人絡んでください。一緒にやりましょう(笑)。

Posted at 22:41 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
PR: 違法コピーは犯罪です。黙認しない勇気を!  2011年11月01日(火)
「組織内違法コピー」は外部からの判断が難しく、問題解決には内部告発が不可欠です。
Posted at 14:57 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
転職&アルバイトサイトを買いました。  2011年11月01日(火)

ご無沙汰しております。ですがいきなり宣伝させてください(笑)。

先日HPにてリリースをさせて頂きましたが株式会社ノッキングオンにて転職サイトとアルバイト情報サイトを3サイト譲り受けました。

【転職系】
Jobコレ[転職]
Jobペディア


【アルバイト系】
Jobコレ[バイト]

今回のサイトは株式会社RiTAKEさんからお譲り頂いたのですが、もともと当社として人材系メディアの新規企画を練っていたところ、私の前職の後輩の友人の友人のご紹介でお話を頂きました。タイミングも含めこの素晴らしいご縁があったおかげでスムーズに話がまとまりました。良い案件というのは人脈で決まることが多いのを改めて実感した次第です。今回の関係者の皆さんには本当に感謝しています!

いずれのサイトも当面はシステムの安定運用をさせながら、SEOに注力し、広告収入+アフィリエイト収入(転職サイト・アルバイトサイト様への送客)をメインの収益源として稼動させ、各種機能・コンテンツの追加など当社なりのヴィジョンとポリシーをもってユーザビリティを追求してサイトの価値を高めていきたいと考えております。

本日時点でもJobコレ[転職]においてはGoogle検索の表示順位で「転職」で6位、「求人」で8位、となっており、一定の集客力を発揮できるサイトではないかと思いますので、関係者の皆様でご質問・ご相談等ございましたらご遠慮なく私までご一報ください(メールでもお電話でもFacebookでも構いません)。

当社としても新しいチャレンジである転職サイト・アルバイトサイトの運営になりますが、皆様から貴重なご意見を頂戴し、それを活かしながら、求職者と求人企業の橋渡し役として高い付加価値の出せるサイトに育てていきたいと思います。

今後ともノッキングオンをよろしくお願いします。

あ、アフィリエイト「モビル」もモバイル(ガラケー)たけでなくPC・スマートフォンに対応いたしましたので、こちらもお忘れなく!(笑)

Posted at 14:57 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
海外展開について思うこと  2011年09月07日(水)

日経ビジネスの特集記事「出稼ぎのススメ」を読みました。海外へ進出することが日本経済の活性化につながる、という内容。それを受けて少し視点を変えて掘り下げてみたいと思います。

思うに、日本企業が海外進出する主な理由は「(日本では市場の成長が限度が見えてきたので、市場の成長以上に自社を成長させるために)市場を日本以外に広げる」か「(日本の市場が縮小しているので、もしくは市場の成長に自社がついていけないので)市場を日本以外に求める」の二つだと思います。この二つ、修辞的には似ていますが、大きく異なります。

日本において依然成長している市場があるとします。そのなかでNo.1企業が海外進出することと、大きく水をあけられているNo.2以下の企業が海外進出することでは意味合いが違うのではないかと思います。日本での成功体験や確固たる地位をもとに、海外に打って出ようという企業と、日本での勝負付けは済んだが巻き返すべく海外に活路を見出そうとする企業と。

前者は先進国や新興国のなかでもある程度成長性が高いと思われる市場に進出すべきでしょう。後者はそれらのトップ企業がリスクを嫌って進出できていない未開の地に進出すべきでしょう。例えばいまであればアフリカとか?

海外に進出する、ということは海外に投資するということと変わらないと私は思っていて、トップ企業をまくってやろうと思っているのであれば、リスクを取ってでも一番成長率が高いと思われる国・地域へ進出するべきじゃないかなと思います。そこまでリスクを最小限に抑えずとも一定程度の成長率が担保されれば良いのであれば、先進国や新興国のなかでも経済の動向が読みやすく政治的なリスクも少ない国に出るべきでしょう。

なのですが、その二つの視点が一緒に語られて、ぼんやりと「海外に行くべきか行かざるべきか」と議論することは事業の本質を見失わせるのではないのかなと思います。ただ海外に出れば良いわけでもなく、そこには戦略が必要だし、国内に残ろうが海外に進出しようがその先にはその地域で事業を成長させるという本質的な戦いがあるわけです。

あながち非現実とも思っていないのですが、もし1000年、2000年を経て、世界が一つの国になったら? 誰もがひとつの言語を話し、誰もがどこへでも行き来できるようになったら? でも地球以外には住めず、企業にとっての新たに事業を展開しうる地域がなくなったら? 結局のところは本質的に「ユーザーの気持ち」を掴んでいる企業のみが生き残るのだと思います。市場=地域ではなく市場とは「ユーザーの満たされないニーズ」の総体ですから。

当社もまだまだ足場を固め、もがくのに精一杯ですが、今後どの地域、どの分野で勝負をするにしても、本質的な視点は忘れず、ユーザーの声をしっかり聞きながら事業を展開し、それを企業文化として残していきたいと思います。

日経ビジネス 定期購読1年(50冊) [定期購読]/著者不明

¥23,000
Amazon.co.jp

Posted at 18:02 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
とんがる  2011年09月02日(金)

とんがる。

極端に突き抜ける。

こういう要素が事業には必要だと思う。

ノッキングオンの主力事業であるアフィリエイト「モビル」においても同様。

モバイルアフィリエイトから始まった同サービスも総合サービスへのモデルチェンジを図っている最中。PC/スマートフォンへの対応は既に完了し、いまは広告主・メディアの開拓とユーザビリティの改善に急ピッチで取り組んでいる。秋のうちには各種改善の目処をつけたうえで、さらにサービス的にもシステム的にも”とんがる”要素を創りあげていく。楽しみだ。

”とんがる”事業を作るために。どうすれば良いか。どれほど新鮮な新規事業のアイデアであっても、会議を重ねるにつれ徐々に陳腐化していく経験は皆さんお持ちだと思う。合議制の悪弊だ。多人数で議論をすれば、よほど優れたファシリテーターがいない限りは、妥協点を探すのが会議の目的になってしまう。誰しも認められたいし、他人を否定したくないし、全責任を背負いたくないから。

でもそれではいけない。”とんがる”ためには、ひとと違うことを恐れない。根拠の無い自信しかなくたってチャレンジすればいい。死ぬ気でやっても死なないのが事業。あとはただ、本気で事業に取り組むこと、自分の役割にコミットし責任を持つこと、そして、最速でPDCAを廻すだけだと思う。

私は「すぐやる 必ずやる できるまでやる」という永守社長の言葉が好きです。

思いついたら誰に何を言われてもすぐやる、取り組む。やると一度言ったら必ずやる、やり始める。そして一旦やり始めたら何度失敗しても成果がでるまで、できるまでやる、挑戦しつづける。これはまさに”とんがる”事業を作る指針じゃないかと。

ノッキングオンでもようやくその雰囲気が醸成され始めてきた。既存事業のグレードアップとそれに次ぐ新規事業も緒に就いた。

簡単に環境に左右されない、骨太で、とんがった会社にしていく、その第一歩を踏み出せているように思う。

私自身も”とんがる”ことを忘れずに、執念をもってノッキングオンをより成長させていきたい。

情熱・熱意・執念の経営 すぐやる! 必ずやる! 出来るまでやる!/永守 重信

¥1,050
Amazon.co.jp

株式会社ノッキングオン
http://www.knocking.co.jp/

Posted at 13:26 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
チームワーク  2011年08月29日(月)

先日、私が監督をしている草野球チーム【アロハ】の試合後の反省会(飲み会)で「チームワーク」という言葉の解釈で議論がありました。

あるメンバーが他のメンバーに「誰かが打てなくても、他の誰かが打つ」のが「チームワーク」だと言っていたので、それは違うのでは?、と私が横槍を入れました。

それは「チームワーク」じゃなくてむしろ「甘え」や「気負い」や「無関心」じゃないかと。

◆他のメンバーへの「甘え」だと思う理由:先の「誰かが」を「自分が」、に入れ替えると、自分がダメでも誰かがやってくれるでしょ? という解釈になりうる。それは他のメンバーへの甘えでしょう。

◆無駄な「気負い」だと思う理由:後ろの「誰かが」を「自分が」に入れ替えると他人の分まで結果に対する責任を取ろうとし、恐らくすくんでしまうことになる。結果責任はリーダー、マネージャーが取れば良いはず。

◆他のメンバー(即ち組織)への「無関心」だと思う理由:最初の言葉通り、誰かがダメでも誰かが打つでしょ、という考え方を自らもプレーヤーとして参加する組織において言う場合、自分が一切その件に責任がないと言うに等しい。組織に対する責任感が無い。誰が打っても良いし、打たなくても良い、という考え方は無関心以外の何者でもない。

じゃ、チームワークって何? って話になりますが、Wikiにはこう書いてます。


チームワーク(teamwork)とは集団に属しているメンバーが同じ目標を達成するために行う作業、協力、意識、行動など。


つまり草野球に置き換えて言えば、「その試合に勝つ」ために「個々人が」「意識し」「協力し」「行動する」ということだと思います。他のメンバーや自分自身のプレーの「結果」に「期待」をすることがチームワークではないということです。「結果」については、最高の結果を求めて、戦略を練り、戦術を組み立て、最適なオーダーや選手交代(人員配置・転換)、采配を行う監督がすべての責任を取るべきだということじゃないでしょうか。

だから、結果への責任は監督に任せ、チームのプレイヤー全員が、試合に勝つために、いま何をするべきか、意識を共有し、全力でチャレンジすることがすなわちチームワーク。個人が打つ打たないで結果が左右されない組織が強いチーム、というこだと思います。

チームワークを磨き上げられれば、局面に応じた状況判断を全選手ができて、監督からサインが出ずとも的確なプレーを選択できると思う。その理想のチームをつくるために、全員が話し合い、その内容を意識して練習し、挑戦することが大事であり、目標達成への最短の道のりだと思います。

まずはミーティングでこんな質問から議論をはじめても面白いかもしれませんね。

「あなたが打者なら、9回裏無死1塁でバントする? しない? それは何故?(笑)」

9回裏無死1塁でバントはするな(祥伝社新書234)/鳥越規央

¥798
Amazon.co.jp

Posted at 19:47 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
都知事選にいこう。  2011年04月06日(水)

4/10(日)、東京都知事選がある。


私は経営感覚を政治の現場に活かして欲しいので渡邊さんに投票しようと思っています。書籍も読んでビジョンに共感もできましたし。


しかし驚くのは、今日までにメディアで伝えられる現知事の優勢ぶり。


正直なところ例の天罰発言(のちに謝罪)や福島での原発推進発言花見自粛発言(何故か元の発言時の記事が消えている)があったうえでなので違和感ありまくりなのだが、、、この報道と実感のギャップは何? 


もちろん、誰に票を入れるか、何を理由に選ぶのかは個人の自由だし、人物云々よりも本質的にはどういった将来ビジョンを持って東京都を運営していくつもりなのかを見極めて選ぶべき(現職も含め、候補者の過去の実績にも私はこだわり過ぎるのは良くないと思う)なんだと思いますけれど。

【公開討論会(Ustream)】
http://www.ustream.tv/recorded/13509560

とにもかくにも一番良くないのは無関心と投票に行かないこと。向こう4年の東京都の運営を誰に任せるのか。私たち自身が未来に責任を持ちましょう。


日曜日、必ず投票所に行きましょうね。

Posted at 20:31 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
「就職おめでとう」のかわりに。  2011年04月04日(月)

細々とやっている私のブログに書いた程度で、どこまで伝わるかはわかりませんが、私の10年程度の社会人生活を経たいま感じている「社会人として大切なこと」について書きたいと思います。これから就職活動をはじめるひと、就職活動中で苦しんでいるひとにも何か気づきがあれば嬉しいです。


私自身、エリートビジネスマンでも起業家でもない、天才でもカリスマでもない、特殊技能もなければ資格もない、精神的にめちゃくちゃタフでもないし、毎晩徹夜ができるほど身体も強くない、あるとすれば私を支えてくれる家族や仲間が少しいるくらい。どこにでもいる普通の人間です。それでも、とりあえず10年以上楽しく社会人をやっている事実を知ってもらえればと思います。


世の中的にはこれから、雑誌の特集などで新社会人向けのコンテンツがどんどん発信されていくと思います。そのなかでは「成功者」っぽく演出された先輩たちが「こんなことで悩んでる?」「私みたいになりたい?」「私が言うとおりにやればうまくいくよ」ってメッセージを発してくると思います。本当にあこがれるひとがいて、そのひとの言うことなら何でも聞きたい、自分らしくなくても良い、という気持ちがあるならいいですが、何となく気分で流されるのはやめておいたほうがいいです。あなたは「誰か」にはなれませんし、あなたの人生のオーナーはあなたですから。責任の取れない行動は取らないことです。


もっといえば「営業成功の法則!」的なノウハウ本を読んで成功するくらいなら、ビジネスの世界はちょろいもんです。ですが、そんなわけもないわけで。であれば、自分の価値観を壊してくれるような芸術作品に触れてみたり、異なる分野のひとたちと交流したほうが刺激的だし肥やしになります。収入という縛りがある分、大学などよりも会社は均質化しやすい組織ですから、周囲に流されないためにも違う価値観に触れ続けることが大事です。


方程式(ノウハウ)を覚えれば、答えに近づくように思うかもしれないし、答えを出せばそれで終わりと思うかもしれない。でもそれは違います。本当に社会人にとって大切なことは「新しい方程式を作る」こと、「作り続ける」ことなんです。


だから「人と違うことを恐れないこと」が大事です。


ビジネスの世界に成功の法則もなければ、いつまでも正しい解もない。だからいくらビジネス書をたくさん読んでも、高度な研修を受けても、そこから先を自分で考えて練り上げないと、変化する環境の中で仕事にならない。受け売りは思考停止、組織の均質化を招きます。あなただけでなく、周りの人間にも悪影響を与えます。自分で感じて、考えて、行動して、失敗して、そこから学んで、ちょっとだけ勇気を出してもう一歩進むことが大切なんです。それを自明的に繰り返すことで、仕事の精度や効率が高まり、自分の収入や人脈に跳ね返ってくると思います。


その過程では、あなたの周りに「常識」をかざして茶々を入れたり、修正をさせようとしたり、無視するひとも出てくると思います。が、自分で根拠があって考えていること、他人の受け売りじゃないことなら、人に反対されても貫き通すべきだと思います。


社会人になると、最初はなんだか「自由」を手放して寂しい気がするかもしれない。会社の一員になって型にはめられ我慢を強いられることを恐れているかもしれない。でも、会社に入ったからといって、あなたという人間の価値が上がったり下がったりするわけじゃないんです(そう勘違いしているひとも多いですけどね)。だから無理に周りに合わせる必要もなければ、会社を過剰に礼賛する必要もないんです。同期とも絶対に仲良くなきゃいけないわけでもないんです。それよりも、会社はあなたの個性の発露を欲しています。だから「自分で考える」ことをとにかく放棄せず、とことんもがき続けてみてください。


自分の人間性を曲げてまで全員に受け入れられる必要はない。わかる人にだけわかれば良いってぐらいの潔さがあって良い。


ちゃんと、見てるひとは、見てますから。

Posted at 20:09 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
九日目の虹  2011年03月31日(木)

今朝、友人のfacebookで知った秦基博「虹が消えた日」のPVを初めて観て、泣いた。




この間は、角田光代「八日目の蝉」を読んで、泣いた。

八日目の蝉 (中公文庫)/角田 光代

¥620
Amazon.co.jp

正直、私の涙腺が緩いことは確かですが(笑)。

夢破れたり、愛するひとと離れたり、と止むに已まれない断絶を目の前にしても、希望を持って生きていける、生きていかざるを得ないというのがこの二つに共通するテーマ。それだけ聞くとありがちな気もするかもしれませんが、恐らく私が読んできたものや、世の中に対して感じていたことを言い当てられたようなのもあったんだろうと思います。

そこで、気持ちの整理をしていく過程で、一つの小説を思い出しました。

この世のすべてはありがちなドラマであって、ヒロイックな人間なんていないんだ、って宣言しているかのような小説、中上健次の「軽蔑」。

軽蔑 (角川文庫)/中上 健次

¥780
Amazon.co.jp

これは彼の最晩年の作(バブル崩壊直後の1992年、死の1ヶ月前に刊行)です。「八日目の蝉」同様、映画化されるので書店でも珍しく平積みされ始めてるけど、どうやら恋愛モノで有名な監督がつくるようで、映画はまったく別物になってそうなので、私は小説について書きます。


中上健次の小説のなかでも、最も平板でつまらない作品と言われている「軽蔑」ですが(文章は上手いですよ間違いなく)、ありがちな設定、ありがちなストーリー、がその所以。ただ、意識的に書いているなと思うのは彼の死で未完となった「異族」も同様だからです。そちらは血縁も何も無い若者たちが誰が主人公であっても良いような世界観を書いている作品。


あえて大量消費型のどこにでもあるようなストーリーを書いて、紋切り型の人物を登場させ行動させることで、それらを磨耗させ、消滅させようとしたのではないか。全てが無個性な、というか個性を持ち得ないような人物として描かれる。誰もが溶け合って、誰が誰でも良い、均質化した世界の先にどのようなストーリーを描こうとしていたのか。行き場を失った人間をどう再生させるつもりだったのか。


角田光代の「八日目の蝉」では中上健次がこだわった「血≒家族」や「土地」とひとの紐帯を失わせ、そのなかでひとは一体どう希望を持って生きられるのかを、「女性」というフィルターを通して鮮明に描いている。誰もが送る幸せな生活を望みながら、女性というアイデンティティさえ奪われ、何者でもないと思う人間が、立ち上がる。希望を持つ。女性だけでなく、多くの人間が溶け合いアイデンティティを喪失した中上後の世界を引受けて、混濁と断絶のなかから再び人間を引き上げ、立ち上がらせようと試みているような作品です。


私は日本人が我欲の塊りだなんて思わないし、むしろバブル景気とその崩壊で横溢し、迷いでてしまった”我”、ありふれてしまい消え去ろうとする”我”を、取り戻す長い過程につい最近まであったんじゃないかと思う。経済の低迷と平等主義に基いたゆとり教育もそれをさらに助長したように思う。


「3/11を境に世界は変わった」というひとがいる。経済的な意味であれば確かにそうかもしれない。ただ、人間のアイデンティティという意味では「変わる」というより見失っていたものが「湧き上がってくる」とか「気づかされる」という言い回しがしっくりくる。有事においては人間性があらわになるというのは真実。私も、幻滅、失望、焦燥、様々な気持ちが行き来するなかで、否が応でも引受けなきゃならない”自分”が湧き上がってきました。それを真摯に受け止め、必要であれば過去の自分の生き方を否定してでも、本当に大切なものを未来にわたって守っていかなかきゃならないと思えるようにもなった。


物資やエネルギーの不足、被爆への恐怖、いずれも一旦は引受けざるを得ない環境の変化だと思う。そのなかで何者であろうとしているのか、どこへ向っていくつもりなのかを私たちは問われている。夢を断ち切られても、大切な家族を失っても、土地を離れざるを得なくても、普段どおりの生活ができなくなっても、ただ希望を持って生きていくしかない。多くのかけがえのないものを失い、大切なひとつの自分自身、アイデンティティを取り戻した。安っぽい言い方だと思うけど、それを拠り所として、もう一度、私たちは生きていくしかない。


 「消えてしまった虹のその先へ

  いつか掛かる橋をもう一度信じて 歩き続ける」


いま、そのスタート地点に、私たちは、いる。

Posted at 21:39 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
Pathの哲学と可能性  2011年02月15日(火)
昨年夏にiPhoneを購入してから写真を撮り、共有することが増えた。

もちろん娘という絶好の被写体がいるというのもあるけれど、手軽に撮れて、加工も出来るアプリもたくさんあって、簡単に共有できるアプリやWebサービスがあって、という環境の変化に拠る部分も大きい。

そのなかで今回は、私がよく使っている二つの写真共有サービス、instagr.amとPathの2つについて触れ、特に後者のPathについてはその独自性について考察してみた。

【instagr.am】
トイカメラ+SNS。少し上品で写真専門のTumblrという趣き。お洒落なフィルターが用意されていて、ちょっとした写真がかっこよくなります。写真をすべて正方形に切り取ることでフィードを見やすく、スタイリッシュに見せることを可能としています。「フォロー」や「いいね!」という機能もついてます。
Instagram /Burbn, Inc.

無料
iTunes
※モバイル非対応

【Path】
上限50人のプライベートネットワークでの写真共有サービス。写真ごとに誰と共有するかを設定でき、それが自動的に時系列で並ぶ。共に過ごしたひととの人生の思い出を時系列で眺めていくようなサービス。Web版もあります。

http://www.path.com/
↑ページ下部に用意されている動画も彼らのサービスの特徴がよくわかるのでぜひご覧下さい。

Path? /Path, Inc.

無料
iTunes
※モバイル非対応


個人的に触れている時間はinstagr.amが圧倒的に多い。でも、将来無くなって欲しくないサービスはどちらか、と言えば私はPathを選ぶ。

instagr.amは歩行者天国に人を集めて写真の展示会をしているようなものだ。いまも、歩行者天国には多くのひとが集まり続け、交流も活発になってきている。これは手軽に承認欲求や所属欲求や愛情欲求を満たすサービスにみえる。

一方でPathはもう少し欲求を掘り下げていくサービスのようにみえる。承認欲求よりも、所属欲求や愛情欲求にフォーカスし、それらをより高い次元で満たそうとするサービスではないだろうか。

Pathというネーミングも秀逸だ。pathの意味は小道、細い道、わき道。つまり、

「人生の小道(path)」=「特定の人物とのプライベートな瞬間・体験」

であり、それを写真でヒストリカルに共有しよう、という意味合いが込められているのだろう。不特定多数の人物とソーシャルと言う名のもとにオープンに体験を共有するウォールやタイムラインが大通りだとして、それに対するわき道・小道というイメージだろうか。

例えば卒業アルバムでいえば全体写真はその共同体(生徒)全員にとって意味のある写真かもしれないが、そこに居たという存在証明、所属欲求を改めて満たすようなものでしかない(その逆の心理から見たくもないと思う人もいるだろうが)。しかし親友や恋人との2ショットなどは卒業アルバムに載っていないけれど、自分自身のアルバムの大切な一枚となる。そして、それは当事者同士だけが集まったときにしか見られることはない。

Picasaのようなオンラインアルバムサービスは、まだ痒いところに手が届いていない。簡単にアップロードでき、撮影の時系列順に並び、写真一枚ごとに共有する人物を設定できたらいいなと思ってはいたものの、満たされてはいなかった(もちろんタグ付けはできるが)。小さなことだがPathはそこをスムーズに解決してくれるサービスだと思う。

否が応にも先へ先へ流れていくのが人生。本道を時の流れに沿って前進していく。しかし小道に逸れることもある。その小道でしか得られない固有の瞬間があり、それを共有した身近な家族や友人と分かち合い、結びつきを深化させていく。それぞれの人生の小道を結びつける。

Pathで一度アップロードした写真を削除しようとすると「Delete Moment」と表示される。ここに彼らの哲学がみてとれる。そこにアップされているのは「写真」ではなく、一つ一つの「瞬間」、誰かと誰かにとってのみ意味のある、共有すべき「瞬間」である。それはかけがえの無い「瞬間」であると。

あらゆるものがソーシャルに、ネットワークでつながる時代はもうすぐそこに来ている。誰とでもつながれる時代に、誰かとだけはずっとつながっていたい、そういう思いを強くする人は増えるのではないだろうか。かけがえのない「瞬間」を大切なひとと共有するという切り口でそのニーズを満たそうとするPathのサービスには、人間と時代に対する深い洞察が感じられる。

”facebook後の世界”はどのような世界になるだろうか。そこに対する一つの解の方向性がここにあるように私は思う。
Posted at 19:36 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
<< 2012年02月 >>
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29
月別アーカイブ
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
風俗\/^/ (02/12)
風俗\/^/ (02/12)
エッチ-^/\ (02/11)
エッチ-^/\ (02/11)

| 次へ

Copyright(C) 2001-2012 E-CLASSIS Inc. All Rights Reserved.