Happy Birthday 私
2007年09月05日(水)
今日は私の誕生日。
大台を一歩前進しました
誕生日と言えば思い出すのが、たぶん10年前くらいになるかな。
千葉に住みながら東京で働いていたとき。
いつも決まってささやかながらプレゼントを贈ってくれたり、電話をくれていた母から、なんの連絡もない誕生日があった。
少し気になりつつも自ら電話をするのがためらわれ、「忙しいんだろう」と特に気にも留めなかった。
翌日になってもなんの連絡もないので、仕事が終わり帰宅したあと実家に電話をする。
いつものように
「あら〜。元気ね^^?」 と電話口の母。
「うん。元気よ。そっちは変わりない?」
「うん。みんな元気よ^^」
「昨日は電話できなくてごめーん」 と言うかと思いきや、一向にその言葉が出てこず、
自分で
「お母さん。昨日、誕生日だったよ。」 と言った。
とたん、電話口の母は
「あーーー・・・・・」 と言って泣き出してしまった。
「忘れとったー! 娘の誕生日やっとに・・・ ごめんね! ごめんねー・・・」
つい忘れてしまっていたことが悔しくて悔しくて仕方がないというように、搾り出すような声で、母は何度も何度も詫びの言葉を口にした。
私はここで、母の子供に対する愛情の深さを知った気がする。
愛情が深ければ誕生日を忘れないだろう ではなく
忘れていたことをこれほど悔やみ、自分を責めている母。
いつも何気なく接している一方で、果てしない愛情と慈しみがあるからこそ、この母はこれほどまでに悔やんでいるのだろう。
そう思うと、なんとありがたいことか。
離れて暮らしていても、遠い空の下で常に娘の暮らしを心配し、体調を気遣い、思いを馳せてくれていることだろうことは容易に察しがつく。
その心配が時にはわずらわしくも感じられ、反抗的な態度を取ったことがあることを、この時ばかりは私も悔やんだ。
電話口で泣きながら「Happy Birthday to you・・・」と歌ってくれた母。
全ての想いが凝縮されたそのプレゼントに
私は、ただただ ありがとう と 言った。
あれから約10年。
大して成長もしてない娘だが、今日、無事にひとつ年を重ねることができるのも
周りのみんな、そして 母のおかげである。
母の想いを背に受けて
Happy Birthday 私
大台を一歩前進しました

誕生日と言えば思い出すのが、たぶん10年前くらいになるかな。
千葉に住みながら東京で働いていたとき。
いつも決まってささやかながらプレゼントを贈ってくれたり、電話をくれていた母から、なんの連絡もない誕生日があった。
少し気になりつつも自ら電話をするのがためらわれ、「忙しいんだろう」と特に気にも留めなかった。
翌日になってもなんの連絡もないので、仕事が終わり帰宅したあと実家に電話をする。
いつものように
「あら〜。元気ね^^?」 と電話口の母。
「うん。元気よ。そっちは変わりない?」
「うん。みんな元気よ^^」
「昨日は電話できなくてごめーん」 と言うかと思いきや、一向にその言葉が出てこず、
自分で
「お母さん。昨日、誕生日だったよ。」 と言った。
とたん、電話口の母は
「あーーー・・・・・」 と言って泣き出してしまった。
「忘れとったー! 娘の誕生日やっとに・・・ ごめんね! ごめんねー・・・」
つい忘れてしまっていたことが悔しくて悔しくて仕方がないというように、搾り出すような声で、母は何度も何度も詫びの言葉を口にした。
私はここで、母の子供に対する愛情の深さを知った気がする。
愛情が深ければ誕生日を忘れないだろう ではなく
忘れていたことをこれほど悔やみ、自分を責めている母。
いつも何気なく接している一方で、果てしない愛情と慈しみがあるからこそ、この母はこれほどまでに悔やんでいるのだろう。
そう思うと、なんとありがたいことか。
離れて暮らしていても、遠い空の下で常に娘の暮らしを心配し、体調を気遣い、思いを馳せてくれていることだろうことは容易に察しがつく。
その心配が時にはわずらわしくも感じられ、反抗的な態度を取ったことがあることを、この時ばかりは私も悔やんだ。
電話口で泣きながら「Happy Birthday to you・・・」と歌ってくれた母。
全ての想いが凝縮されたそのプレゼントに
私は、ただただ ありがとう と 言った。
あれから約10年。
大して成長もしてない娘だが、今日、無事にひとつ年を重ねることができるのも
周りのみんな、そして 母のおかげである。
母の想いを背に受けて
Happy Birthday 私





Happy BirthDay to you!





ありがとうございます。
私は親になった経験がないので、母の想いはこうであろうという憶測なのですが、子として受け止めた感想をそのまま言葉にしました。
本当に最近の世の中は不幸な出来事が多く、他人事とはいえ残念です。
それぞれの想いがあり交錯した結果でしょうが、だからこそ、たくさんの愛情を注いでもらい成長できたことを幸せに思っています。
娘は母の「作品」とも申します。
私の行いで母が誹られることがないよう、もしそんなことがあったとしても、胸を張って自分の意見に自信を持っていられるようでありたいと願っています。