「ナナロク世代」ってご存知ですか?1976年前後に生まれたネット起業家を指します。彼らと同じく変化の激しい時代を過ごしてきた人々にとってもひとつの世代として呼んでもいいのではないでしょうか。そんなナナロク世代に生きるビジネスパーソンのシゴトとホンネです。

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謎の女性「くう」さんから学ぶ。  2008年05月18日(日)

出来事・日々思うこと。

謎の女性「くう」さんから学ぶ。

昨年何かのきっかけだったか、

忘れたのですが・・、

SNSのmixi(ミクシィ)の中で「くう」さんという

女性と出会いました。

(インターネット上なのですが・・。)

彼女は自らmixiで明かしているのですが、

東京の銀座のどこかのクラブで

働いていたらしく、

現在25歳で、

多くの成功した人から様々なことを学び、

自分なりに実践をして、

成功をおさめ、

今は悠々自適な暮らしをおくっていることが

日記を読むと推測することができます。

確かに銀座というところには

すごい人(普段めったにお目にかかれないような人)

が飲んでいたりしています。

でもたくさんの人に成功を手に入れてあなたに幸せになって欲しい

から書いているとはいうものの、

何故mixiで自分の成功の秘訣を私たちに語っているのか、

まったく謎です。

彼女は自分の成功の秘訣を広く一般の人に

伝えるために日記を書いていたのですが、

ある日使命ができたらしく、

海外へ行くと日記に残し、

突然mixiから姿を消しました・・。

最近mixiを開いたら何と、

「くう」さんの足跡があったので、

たどってみると日記が再開されていたので

また拝見することができました。

本当にくうさんという人は

実在しているかどうかは確かめる術もありません。

でも書いていることは

とても当たり前のことなのですが

周りが気づいていないたくさんのことが

書かれています。

ぜひ参考に一度見てみてください。

。+゚くぅ。+さんのページ

http://mixi.jp/show_friend.pl?id=10129393

(ミクシィ会員の方は見ることができると思います。)

ちなみに「くう」さんの日記の中で投げられていた

質問がありました。

・「残りの人生があと1年だったら、今、なにをする?」

・「もっと成功するために、今、必要なものはなに?」

・「今の人生でワクワクすることはなに?」

・「素敵な人になるために、いまできることはなに?」

・「どうしたらできる?」

・「私のかなえたい夢に必要な人は誰?」

・「元気でいるために、必要な情報はどんな情報?」

・「今の人生で感謝できることはなに?」

・「この問題のいい点、得られる所はどこ?」(問題が起きたときに)

・「尊敬する~さんだったら、どうするだろう?」

以上の質問に自信を持って自分なりに

答えられる人はいらっしゃるでしょうか。

かなり痛いところを突かれる質問ですね。

日々過ごしている中で

今をどのように過ごしていくのか、

今というときをどのように捉えていくべきなのか、

「くう」さんから学んでいるところです。

繰り返しますが、

本当にくうさんは

実在しているかどうかは確かめる術はありません。

(得た情報は自分で判断してみてください。)

でも、彼女の日記から自分が

何らかの影響を受けたことは確かな事実です。

JUN

Posted at 23:28 | Diary〜出来事・日々思うことについて | この記事のURL
日本を切り開いた人たちに思うこと。  2008年05月17日(土)

出来事・日々思うこと。

日本を切り開いた人たちに思うこと。

 

 

 

 

先日テレビ朝日のサンデープロジェクトで

元総理大臣の中曽根さん、

元衆議院議長の土井さん、

共産党委員長の不破さんが

3人揃ってテレビ出演されていた。

自分が小さいころ

政治の世界で活躍した人たちであり、

今の日本の礎を築いたひとたち。

 

 

それぞれの青春時代、

戦争が終わった瞬間の心境、

現代の社会について率直に思うことを

私たちに語りかけていた。

 

 

 

 

昔は目指す思想も全く違う組織の中で、

主張や対立の構図にあった3人。

それぞれの立場は違っていたが

あらためて3人が揃うと貫禄がある。

3人の議論は一方的な対立ではなく、

常に相手があり、

相手の立場をきっちり理解して

ものごとを判断しているという感じがする。

大事にしていること、

それは戦争という自分が経験した最悪の状態へ

日本という国を後戻りはさせないという

決心のようなものなのかもしれない。

 

 

日本という国をよくしていこうと思うキモチは

同じなんだなと思った。

 

 

 

 

 

3人に共通していることは

テレビでも言われていたが

世襲議員ではないということ。

他人との比較したりすることによる

しがらみのようなものがない。

 

 

 

 

そしてもうひとつ決定的なことがあって

それは目標とする人、

自分の人生に影響を与えた人が目の前に

いたということである。

土井さんは市川房枝さん、

不破さんはドイツの経済学者マルクス、

中曽根さんは中国の前国家主席である

胡耀邦(コヨウホウ)という人であった。

 

 

 

 

 

 

 

目指すべき基準が自分の中に意識されていなければ

人は変われない。

集団や組織も全く同じことが言える。

つまり次のレベルに進むことはできない。

目標をどうやって自分の力で立てていくのか、

どうやって社会が模範を示していく仕組みや

柱を作っていくことができるかが、

自分も含めた私たちの課題なのである。

 

 

 

 

 

最後に、、

3人に私たち、今の若者についてどう思っているか

という質問に対し、

自分の予想を覆して

渇ではなく「かわいそうだ」と仰っていた。

すでに3人は私たち若者の環境や状況を

よく読み取られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残念ながら自分はこれまで目標とする

人にまだお会いしていません・・。

これから現れるかもしれませんし、

自らがそうなる立場を作っていくこともあるかもしれません。

皆さんの周りには

どんな方がいらっしゃいますか??

 

 

 

 

そして日々淡々と、過ごしている中で

この御三方が歩まれた苦難に比べれば

自分が日々悩んでいることは

「何て小さなことなのか」ということに気がつきます。

 

そしてあらためて平和であるということに

感謝をしたいと思っている今日この頃です。

JUN

 


 

Posted at 23:32 | Diary〜出来事・日々思うことについて | この記事のURL
持続可能な・・・。  2008年05月15日(木)

日々思うこと。 

持続可能な・・・。

 

 

 

 

 

 

大学生のころ、、

毎週木曜の夜9時ぐらいから

自然科学に関する特別講義があって

ある大学教授が客員講師として夜遅くにわざわざ

神奈川の奥地にある町から電車で2時間かけて

品川区の大崎にある校舎に通って講義をしてくれていた。

生徒も先生も一番眠くなる時間帯、

眠い目をこすりながら聴いた記憶がある。

 

 

 

 

 

 

主に自然科学をテーマに講義するものだったのだが

いかに「持続可能な社会」を作るかがメインで

「環境」という括りを取り払った内容で講義してくれたことが

とても印象に残っている。

ちょうど10年後の世界について起こること、

これからしていかなければならないことを

その教授は私たちにメッセージしていた。 

 

 

 

 

 

 

 

あのときの講義で話されていたことは残念なことに

すでに現実のものになりつつある・・。

 

 

 

 

 

 

確か・・あの時話されていたことは

環境破壊の問題にとどまらず、

年金の問題、

健康保険料の問題、

そして穀物品の高騰の問題にまで触れていた・・。

 

 

 

 

 

 

中国で起きた未曾有の大地震。

カエルは事前に危機を察知して

地震が起きる前に事前に

震源地から一斉に逃げたという。

カエルと全く同じような感じる力は無いにしても、

分かっているのに手をつけてこなかった

自分も含めた私たちオトナの責任。

危機を感じ始めてから対処せざるを得ない、

人間の弱い部分があると思う。

 

 

 

 

 

 

これは会社の経営にも全く同じことが言える。

業績がいいとき、

調子がいいときに限って

ほとんど何も手をつけない。

イケイケドンドンの世界になる可能性が非常に高い。

イケイケドンドンだから、

様々な判断がなされるスピードは速くなるけれど、

その内容はほとんど目の前のことが

中心となってしまう。

 

 

 

 

 

 

いかに持続可能な経営をすることができるかも

企業としての永遠のテーマである。

 

 

 

 

 

いかに成長しているとき、

うまくいっているときに、

「健全な危機感」を持つということが大切になってくる。

健全な危機感とはプレッシャーのようなものではなく、

真摯に今の自分、

そして自分たちの状態を

素直に捉えることができる状態。

イケイケドンドンなんだけど・・、

これって大丈夫なの?

というちょっと冷静な目を持っている人が

ひとりいるか、

またはそのような暗黙の力が組織の中で働いているか

ということである。

 

 

 

 

 

 

どうすれば持続可能な状態を作れるのだろうか?

あの先生が常々言っていたことがひとつあって

「今そこにある限りある資源を見つめ、忠実に生かすことである」

と仰っていた。

 

 

 

 

 

当たり前と言われればそれまでなのだが、

隠したり、増幅させたり、過剰になったりと

その資源が生かされるべき本来の姿から離れ

人間の短絡的な意図によって歪められるとき、

今度は人間に刃となって向かってくる・・。

 

 

 

 

 

 

今世界がおかれている問題がすべて

恐ろしくこれらにつながっている。

 

 

 

 

 

いかに持続可能な状態を

作ることが大切なことだろうか。

 

 

 

 

 

あなたにとって

持続可能な・・・は何ですか?

 

 

 

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JUN

Posted at 01:37 | Diary〜出来事・日々思うことについて | この記事のURL
リクルートという会社について思うこと。  2008年05月13日(火)

出来事・日々思うこと。

リクルートという会社について思うこと。

 

 

 

 

リクルートという会社を離れて1年が過ぎました。

あたらめて1年たって今思ったこと、感じたことを

率直に書いてみたいと思います。

 

 

 

そもそもリクルートという会社を目指したのは、

たまたまではなく、

最初に就いた広告営業で

元リクルートに勤めていた社長へ営業に行ったことが

きっかけだった。

 

 

 

 

 

多くのベンチャー企業・中小企業の社長に電話を

掛けまくってはアポイントをとりまくり、

きちんと教育を受けていない、

名刺を逆に渡してしまうような営業パーソン。

様々な社長とのやりとりの中で

元リクの社長と他の社長とは鮮明な違いがあった。

 

 

 

 

普通の社長は営業に行くと必ず、

営業パーソンの目の前の「商品・サービス」

についての会話が中心となる。

仕様がどうだとか、うちにあっているか、

値段がどうだとかという話が中心。

それに対して元リクの社長は

開口一番に、

「あなたはこの商品についてどう思っているの??。」

とても違和感を覚えると同時に衝撃を受けた。

商談の話題の軸が目の前にいる営業パーソンなのである。

 

 

 

 

 

自分は予想もしない質問をされ、たじたじになった。

何も考えていない当時はリクルートという会社は

何て変な会社なんだろうと思っていた。

当時21か22のころである。

 

 

 

 

 

何故元リクの社長は

「人」を軸に物事を捉えるのか?

実際に自分がその社長が勤めていた

現場である会社で実際に働いて

そこで働く人たちと接してみて

そしてもがいてみて

初めて知ることができた。

 

 

 

すべての答えは

「働く」という行為そのものを行う場所である

「職場」にあるということ。

 

 

 

 

自分たちで目標を決めて

決断してやりきる。

自分らしさを生かして、

自分たちで職場を作りあげる。

 

 

 

 

 

何故これができるのか。

それは言うまでもなく、

職場の中のメンバーそれぞれが

「自信」を持ち、

メンバーを

「信頼」していたからである。

 

 

 

 

 

創業者である江副浩正さんには

残念ながらお会いする機会は

なかったが

現社長とは一言だけ言葉を交わした記憶がある・・。

 

 

 

 

リクルート事件、巨額の有利子負債を抱え、

一流企業としての成長とともに

大きな痛みを同時に背負い、

その過程で起きる様々な修羅場を

現場主導という舵に切ることによって

くぐりぬけて生き残った大企業である。

 

 

 

 

この会社を去った多くの人たち

(どれぐらいいるのだろうか・・)

にとって特別な空間であったことは言うまでも無い。

おそらく離れてみて改めて

多くのことを感じる人が多いのではないかと思う。

 

 

 

 

この1年間でブログやSNSを通じ、

「リクルート」という会社を目指したいという、

熱心な学生の皆さんからの相談を受けることが何度かあった・・。

 

 

 

この会社を通過できたということはたぶん忘れないでしょう。

 

 

 

「自信」がもててメンバーの「信頼」がもてる職場。

これはどんな会社も目指したい理想の職場だと思います。

 

 

 

 

またアウトプットできる機会があれば

別のかたちでしてみたいと思っています。

JUN

Posted at 01:11 | Diary〜出来事・日々思うことについて | この記事のURL
ファイナンシャルリテラシーについて。  2008年05月11日(日)

出来事・日々思うこと。

ファイナンシャルリテラシーについて。

 

 

 

 

今年の3月生まれてはじめて「確定申告」というものを

行った・・。

恥ずかしながら長年働いていて今まで一度も

したことがなかった・・。

 

 

 

 

確定申告」というとサラリーマンの場合は

あまり関係ないように思ってしまう。

それもそのはず、

すべて税金を納めるのも、

会社で自動的にやってくれるし、

せいぜい年末調整ぐらいに書類を提出する

ぐらいだと思う。

自分もそんないちサラリーマンとして過ごしてきた。

別に関係ないやと。

 

 

 

 

 

でもあらためて確定申告の手続きや仕組みについて

調べてみると様々なものが見えてくる。

自分があらためていくら税金を支払っているのか、

を確認することができたし、

何に対してすでに支払った税金が戻る対象に

なるのかが分かった。

 

 

 

 

今までは区などから送られてきた用紙に

書き込むという作業があったり、

非常にわずらわしい計算式を用いて計算して

記入しなければならなかった。

でも今はインターネットで所定のフォームを入力すると、

いくら戻ってくるのか自動で計算してくれる。

https://www.keisan.nta.go.jp/h19/ta_top.htm

 

 

 

 

年金も今まで自分として何がどうなっているのか

仕組みがよく分からなかった。

母親も年金をもらう年頃に近くなり、

よく分からないというので

昨年ぐらいだったろうか社会保険庁に出向き、

いったいどのくらいかけて、

いくらもらえるのか説明してもらったことがあった。

話を聞いたがちんぷんかんぷんだった。

でもどんな仕組みになっているのか、

また今の時点で自分自身がいつからもらえるのか

本当に基本のところの知識を押さえることができた。

でも社会保険庁の人たちの

説明がわかりにくいということもあるのだが、

制度そのものがあまりにも複雑すぎるので

これではお年寄りにいくら丁寧に説明しても

ちんぷんかんぷんなのは当然だと思った。

自分でもやりとりで1時間もかかっているのに、

それは窓口に並ぶはずである。

 

 

 

騒がれているとおり、

支払っていた分が抜け落ちていたことも

出向くことによって判明した・・。

 

 

 

 

ファイナンシャルリテラシーとは

お金についての読み書きの能力。

これは基本的に学校教育(義務教育)では

教えてくれない。

(最近取り入れている学校もあるらしいがごく少数) 

大学でさえも経済の話は実際の生活とかけ離れた

ものが中心なのでとても自分の生活にどのように

役立つことができるのか参考にはならない。

 

 

ここ近年様々なものを見直している。

保険・年金・税金・投資・家計など・・。

 

 

 

 

でもこうしたいろいろなことを通じて

あらためて思ったことは

今まで与えられてきたものや仕組みに

ただ乗っかっているだけでは難しいということ。

自分なりの、その家庭なりの計画が必要に

なってくると思うし、

今まで無視してきたファイナンシャルリテラシー

に関する最低限の仕組みに対する知識は

持っておかないと大変なことになるかもしれない

ということが分かった。

 

 

 

 

 

最後に、、あなたは次の質問に答えることはできるだろうか。

1.次の国の中で税金の負担がもっとも大きい国はどれか?

A 日本 B イタリア C ハンガリー D ニュージーランド

(ちなみに日本人の平均的な年収の家庭/配偶者と子ども2人の税負担は総賃金の約24%を占める。)

2.自分の昨年度の所得に対する所得税と住民税のパーセンテージを答えてください。

3.1976年(昭和51年)に生まれた人の国民年金年の支給開始年齢は?

(ただし、2008年4月現在)

 

 

 

 

これからも少しずつではあるけれど、

勉強していきたいと思っている

今日この頃です。

 

JUN

Posted at 22:55 | Diary〜出来事・日々思うことについて | この記事のURL
進路(キャリア)に迷ったときに・・。  2008年05月10日(土)

出来事・日々思うこと。

進路(キャリア)に迷ったときに・・。

 

 

 

 

 

みなさんは自分の進路(キャリア)

ついて迷ったことはあるだろうか?

どんな学校に入るのか、

どんな大学にいくのか、

もちろんどんな会社に入りたいのか

ということも含まれる。

 

 

 

 

 

「迷いはありません、これって決めています!」と

自信を持って断言できる人は

おそらく少ないのではないかと思う。

 

 

 

 

いずれにしてもあれもこれもと

進路を選択することは

現実的に相当努力しないとできない。

 

 

 

 

 

かならず大きな選択が迫られる場面が必ず出てくる。

また自信を持ってこの進路に進んだものの、

ちょっと違うかな、、と

ちょうど思い始めている人も

もしかしたらいるのかもしれない。

それほど進路を選択することは

誰でも迷い苦しむもの。

 

 

 

 

 

 

自分も進路に迷い続けたひとり。

せっかく入った高校は突然に辞めてしまうし、

勝手に上京はしてしまうし、

当時からしてみれば何て無茶で

非常識なことをしているんだと

よく周りから見られていた。

 

 

 

 

 

自分のこれまでのしてきたことを話すと

ある人からは「すごい頑張ったんですね!」

といわれることもあるし、

またある人からは「とても大変でしたね!」

と同情されることもある。

受け止め方は人様々。

 

 

 

 

 

でも、どんな状況に置かれたとしても、

どんなに周りのせいにしたとしても

今の進路を自分自身が選んでいる(選択している)

という事実がそこにあることには変わりない。

 

 

 

 

 

自分の進路を決定するときに

どんな情報が参考になるだろか。

友人や先輩との何気ない会話、

自分の好きなテレビや雑誌の情報から、

またある人は様々な人とのかかわりの中で

何となーく自分の中で

決まってくるのではないかと思う。

 

 

 

 

 

でもそのようなことだけで決められるものなのだろうか。 

 

 

 

 

 

では、昔(少なくとも自分が生まれる前の人たち)は

自分の進路についてどのように考えていたのだろうか?

自分の親に、あるいはおじいさん、おばあさんに

聞いてみると今とは違った考えを持っている。

 

 

 

 

 

戦前・戦中に自分の進路を決めなければならなかった

時代に生まれた人たちは自分の意志ではなく、

「家族」の中で自分の果たすべき役割が決められていた。

長男・長女は家を守るという、家業を継ぐという進路の選択

が当たり前だった時代もあった。

 

 

 

 

 

やがて戦後に生まれた人たち、

今人口が一番多いといわれている世代(通称、団塊の世代)である

60歳前後ぐらいの人たちの世代になって

自分の生き方について悩みながらも

自分の進路を

自分で決めていくことができるようになった。

 

 

 

 

 

家にしばられることなく、家から離れ、

家業とは関係がない自分の職業を選択して

自分の家(マイホーム)を持つということが主流になっていった。

 

 

 

 

 

時代の進路に対する考え方が変わるように、

その時代を生きる人が

進路を選択する感覚というものも

変わってきている。

 

 

 

 

 

そう考えると今の時代は、昔に比べて

進路の幅もとても広くなったし、

ほぼ自由に選択できる時代と言っていい。

戦前や戦後まもなくのように

長男だからと言って家業を必ずしも継ぐという

こともない。

 

 

 

 

 

自分のやりたいことがあれば

自分の努力次第でつかみとることもできる。

その一方で進路の選択の幅が広がっているあまり、

また周りの人と比べることからくるあせりから

自分がどの道に行くのか迷ったり、

自分探しになっている人もいるかもしれない。

 

 

 

 

現実に就職はしてみたが途中でやめて

別の進路を歩んでみたり、

海外へしばらく身を置いて

自分探しの旅に出る人もいる。

 

 

 

 

 

イメージと現実のギャップに驚いてみたり、

落胆してみたり・・。

今自分のやっていることは

自分が選んでいる進路は、

自分の思い描いている

将来や夢に対して矛盾していることを

もしかしたらしているのかもしれない。

 

 

 

 

 

でも、今実際に選択している道があって

自分がそこにいるとするなら、

今の自分の状態がプラスであれ、マイナスであれ、

確かに自分は何らかの意志や意図を持って

今の進路の選択をしているという事実がそこにある。

 

 

 

 

 

今一度確認したいことは

自分のなかの

「選択の基準」

どんなことを大事にして自分は迷ったときに選択したり、

決断したりするのか?

そして苦しかったとき、辛かったときを乗り越えたとき、

もし乗り越えたことがあったらなら

何がその辛さを乗り越えさせたのか・・。

 

 

 

 

 

忙しい日々、

流されていく日々の中で

ゆっくりこれらのことを整理することによって

もしかしたら忘れ去られていた

「自分らしさ」

というものが見つかるかもしれない。

 

 

 

 

 

進路(キャリア)に迷ったとき・・。

将来の不安や迷いはあるけれど、

誰も持っていない「自分らしさ」

をこの機会に取り戻してみよう。

 

 

 

 

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野坂寺にて( Photographed by Zacti DMX-HD700)

 JUN

Posted at 23:02 | Diary〜出来事・日々思うことについて | この記事のURL
いたわり、思いやりについて考える。  2008年05月07日(水)

出来事・日々思うこと。

いたわり、思いやりについて。

(写真を掲載しています。

モバイルからは見ることができませんのでPCでご覧ください。)

 

 

 

 

日本中で、痛ましい事件が起きている。

またその事件によって罪のない人たちも巻き込まれている。

 

 

 

 

 

最近のこのようなニュースを見て共通して考えさせられることは

「いたわり」や「思いやり」とは何かということである。

 

 

 

 

その行動や決断は自分なりに正しかったと思うかもしれない。

 

 

 

でもその前に冷静になって、

本当の「いたわり」や「思いやり」の心と行動というものを

自分なりに考えていれば、

気づいていれば

防げたことが、

たくさんあったのではないかと思う。

 

 

 

でもそれほどまでに「いたわり」や「思いやり」というものを

自分の中で考えるということができなくなっている、

あるいは自分の中で勝手に解釈してしまっている、

また「いたわり」や「思いやり」というものを

実は実際に肌で感じたことがない人が

多いのかもしれない。

 

 

 

自分が勝手に考えるところ、

自分と対象とする相手との関係で

「いたわり」や「思いやり」の心を分かち合うには

2つの条件が考えられる。

 

 

 

 

ひとつは相手があることを認識している、

相手の存在を認めていること、

そしてもうひとつは自分自身の意志(~したい)がそこにあること。

 

 

この二つがなければ本当の

「いたわり」と「思いやり」に結びつく行動には

ならないと思うし、相手もそのようなものとして

受け入れられないような気がする。

それは恋人の関係でも

上司と部下の関係だったとしても同じこと。

 

 

 

相手の存在は認めているが自分の意志がそこになければ

自分のいたわりや思いやりの心やその行動は

自分にとっては偽りとしての行動になるだろうと思うし、

相手にとってみればとても優しい人と映るかもしれない。

 

 

 

 

また相手の存在を認めないで

自分の意志だけがあるいたわり、

思いやりの行動であれば

それは自分自身にとっては

身勝手な行動になっているのかもしれない。

そしてそれは相手にとってみれば

お節介な行動に映っているのかもしれない。

 

 

 

 

相手の存在を認めること、自分の意志があること。

 

 

 

 

 

ここでこの問題をちょっと考えるのにふさわしい

エッセーがある。

「21世紀に生きる君たちへ。」 

 

 

 

 

 

これは小学校の教科書で

小説家である故司馬遼太郎さんが残したメッセージである。

ちょっとリンクしてあるのでぜひ読んでいただきたいと思う。

 

http://www.kantei.go.jp/jp/kidsold/hanashi/r_s_txt.html

 

(著作権の関係ですべては表示できませんのでリンクを張っています。

携帯からは見ることができません。PCよりごらんくださいませ。)

 

 

 

いろいろな意見があるだろうと思うし、

考えさせられることがたくさんある。

実際に21世紀に生きている私たちにとって

実に胸にぐさぐさっとくるようなメッセージの数々である。

 

 

 

 

ここでは優しさ・いたわり、他人の痛みを感じること、

そして自己の確立(自分らしさのようなのかもしれない)

というものは

「本能ではない」

つまり「生まれてから勝手に身につくもののたぐいではない

ということが書かれている。

 

 

 

 

本能ではない限り、

エッセーにも書いているように

自分が生きている間に「訓練」をしなければ

ならない。

小さくてもひとつひとつの積み重ねがやがて

私たちの未来が明るいものとなるきっかけをつくる。

少なくとも目の前の、目先の問題が

変な方向に自分も相手も流れないだろうと思う。

 

 

 

 

自分もこのことについて反省することもあるし、

またこのこととはかけ離れたことをされたこともあります。

あなたにとっての「いたわり」「思いやり」とは

何ですか?

 

 

 

最後に、、秩父のある公園に「思いやりの木」という木があります。

時間がありましたらぜひごらんください。

 

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JUN

 

Posted at 23:48 | Diary〜出来事・日々思うことについて | この記事のURL
インターネットに思うこと。  2008年05月04日(日)

出来事。日々思うこと。

インターネットに思うこと。

 

 

 

 

私がインターネット(Internet)

に触れはじめたのは

1995年ごろのことだと思う。

大学2年か3年のころ・・。

はじめて買ったPCがソーテック社のe-oneという機種。

アップルのi-MACとうりふたつのカタチで話題になった機種。

今は残念ながら活躍の場もなく、

押入れの中に眠っている・・。

そのころはまだアナログ接続だったので

インターネットに接続すると一方で電話が使えないという状態だった。

デスクトップのインターネットエクスプローラーの

アイコンをダブルクリックすると

「ピッポッパッポ」っとダイヤル音がして

「ピーヒャラヒャラヒャラー」という耳障りな接続音があって

やっとインターネットにつなげることができる。

 

 

 

 

ほどなくしてISDNが普及し始め、

テレボーダイによって常時接続ができるようになった。

そしてADSLの登場によってほぼPCを立ち上げると

すぐにインターネットにつながるようになる。

今は無線LANで接続しているのでPCを移動させながら

インターネットを見ることが可能である。

ほとんどのホテルでは今は無線LANが主流となっているようだ。

 

 

 

 

最近では無料接続サービスのfon(フォン)の登場や

データー通信カードが高速になり、

いつでも、どこでもインターネットを楽しめる

時代になっている。

また常時つなげられる環境と同時に、

あらゆることがすぐにインターネットによって

調べられるようになる。

検索エンジンを中心に

わからないことが言葉を入力するだけで関連する

情報をエンジンが拾ってくれる。

最新のニュースも

新聞やテレビから

インターネットをきっかけにして初めて

そのニュースを知るという人も多くなってきている。

 

 

 

 

今こうして書いているブログの登場によって、

これまで企業のホームページだけだった

情報発信という行為が個人でも容易にできるようになり、

いったいこの世の中にはインターネットサイトや

ブログサイトがいくつあるのかー!!と思うぐらい、

情報の出所が無限大に広がっている。

 

 

 

 

ひとことでいうと

今のインターネットは経済と同じように

ボーダレス(国境がない、壁が無い)の状態である。

 

 

 

 

 

 

 

百科事典サイトであるウィキペディアがある。

http://ja.wikipedia.org/

自分もよく使うサイトである。

 

 

 

 

知りたい用語を入力し検索するとこれほどまでにか・・、

と思うぐらい詳しい情報が出てくる。

 

 

 

 

掲載されている情報はトップページにも但し書きしてあるように

自動的に検索エンジンが情報を拾っているのではなく、

誰でも記事を編集できる」と書いているとおり、

誰かの手によって誰かが日々情報を更新している。

自分が見聞きしたこと、

自分だけが知っていることを

無償で、

ボランティアで、

思いやりで誰かが更新している。

 

 

 

 

その情報を更新している人は

その情報の専門家なのかもしれないし、

まったくその道に関係ない人かもしれない・・。

誰が更新したのか分からないのである。

 

 

 

 

こうしたインターネットはある意味では「知識を得る」

ツールであるとも言える。

 

 

 

 

知識を得るということはとてもよいことだと思う。

知らないより知っているほうが安心できる。

 

 

 

 

ただひとつだけ言えることは

誰もその情報について保証をしてくれる人は

いないということだけは確かなのである。

 

 

 

 

だから鵜呑みにするということ、

それが正しいと判断できるかどうかも保証はされていない。

 

 

 

 

私たちナナロク世代は

まだインターネットが生まれてきた過程や歴史、

背景などについてはある程度知っている。

でも、これから生まれてくる人たちは、

またすでに使っている人でさえも

まったく知らずに触れ始めることになる。

 

 

 

 

私たちはボーダレスであふれる大量の情報に

触れることができ、

幅広い知識を得ることができる反面、

その得られた知識を

自分なりにどのように生かしていくのか、

自分にとってどんな意味があるのか、

また得た情報は真偽(うそか本当か)の情報なのかは

他人ではなく、正しく得た本人が判断をしたりする

場面が多くなってくる。

 

 

 

 

だから間違って解釈してしまうと

とんでもない方向に行ってしまう可能性も秘めている。

 

 

 

 

インターネットは誰も使い方について教えてくれない。

学校の先生でさえも。親さえも。

何しろ先生や親もこうしたことは経験していないのだから・・。

 

 

 

 

 

インターネットに思うこと。

何気なく使っている便利で

身近なインターネットについて、

ちょっと立ち止まって考えて見ませんか?

JUN

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Posted at 22:41 | Diary〜出来事・日々思うことについて | この記事のURL
秋田からのたより・・2。  2008年05月01日(木)

出来事・日々思うこと。

秋田からのたより・・2。

 

秋田市から高速バスで移動。

横手市、湯沢市へ。

 

 

 

公園にあるさくらはすべて散ってしまいましたが

山の近くにあるさくらはまだ咲いているようです。

SANY0019.JPG

満開です。

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(写真:横手市増田町のさくら)

 

 

 

さくらの近くにある温泉施設ゆっぷるで一休み。

http://www.mapple.net/spots/G00500106305.htm

ぜひ機会がありましたら訪れて見てください。

 

 

 

 

●実家の周りを散策してみると・・

水仙(すいせん)の花が家を取り囲んでいました。

SUISEN.JPG

 

 

 

水仙の花がたくさん開くころは

この地域では春が来ていると

もっとも感じられるとき。

 

 

 

しかし朝は最低気温2度。

朝は暖房がないとちょっときつい。

でもこれから気温がぐんぐんあがっていくでしょう。

これからますます過ごしやすいシーズンを迎えます。

 

 

 

●実家の猫・・。

 

 

もともと家がありながら家族全員が東京へ

しばらく出稼ぎに出ていましたので10年ぐらい

家には誰も住んでいませんでした。

昨年から年金暮らしを始めた父が先に

一人で帰っています。

昨年から猫を飼っているらしく・・。

HANAという名前だそうです。

人懐っこい猫で私のあとを「みゃーみゃー」と

泣きながら追いかけてきます。

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HANA2.JPG

 

 

●実家をあとにし、再び秋田市へ移動している途中で・・。

 

新聞に気になる記事が掲載されていました。

総務省が28日都道府県別、人口移動報告を発表したとのこと。

(2007年住民基本台帳に基づくものらしい。)

転入が転出を上回った割合である転入超過率が最も高いのは

東京都で0.76%、2位は神奈川県、3位は千葉県でいずれも首都圏。

逆に転出が転入を上回っている割合、転出超過率の高い都道府県は

1位が青森県で0.73%

2位が長崎県で0.70%

3位が秋田県で0.61%

でした。

 

秋田では

お年寄り夫婦の世帯、お年寄り一人の世帯が

ここ近年激増しているようです。

農村地域では自分の親のように出稼ぎで東京で働き

家族を支えてきた人たちが再び故郷へ戻る割合も

増えてきているのでますますこの傾向は高くなりそうです。

 

 

離れていく若者の事情。

そこには次のような現実もあります。 

憧れや希望をもって故郷を離れる人もいれば、

やむ終えない経済事情、環境事情で離れざるを得ない人もいるということ。

 

 

少なくとも年寄りだけで地方自治を維持していくことは

かなり難しいと思います。

 

 

 

人口をふたたび取り戻し、

お年よりも若者もいる活気のある地域にするにはどうすればいいのか?。

 

 

 

最終日に秋田県立図書館へ立ち寄り、

いろいろな資料を最後に調べました。

 

 

もちろん地方の活性化には

交通・インフラの整備はとても重要なことかもしれない。

新しく今までに無いような

たてものを建てることもとても重要なことかもしれない。

 

 

でも、それ以上に重要なことがあって

今そこにある、目の前にある様々な

見過ごされている

「資源」を再度見直すこと。

たくさんの資源があるにもかかわらず

あまり生かされていないということ、

かなり見過ごされていることが

資料を見ている中で漠然とではあるけれど分かった。

これはそこから一度離れてみて初めて分かったことでもある。

でも、おそらくその見過ごされている資源や

その生かし方はそこに住む人が

一番よく分かっていることだと思う。

 

 

 

自然と触れ合う大切な時間を過ごしつつ、

様々なこうした複雑な思いを持ちながら・・。

再び、東京へ帰ります。

JUN

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Posted at 23:45 | Diary〜出来事・日々思うことについて | この記事のURL
秋田市からのたより・・。  2008年04月26日(土)

出来事・日々思うこと。

秋田市からのたより。

今日は秋田市内に来ています。

秋田新幹線を利用すると東京から秋田まで約4時間、

羽田空港から秋田空港までは約40分程度です。

ただどちらの空港とも駅までが遠いのですが・・。

今回は気軽に行ける飛行機できました。

秋田市はかつて私が18と、19歳の時にちょっと暮らしていました。

上京を決意した地であり、

社会人としてのスタートの地でもある。

あれから10年近くたって町並みも風景もずいぶん変わりました。

時代の流れでしょうか・・。

かつては絶対ありえなかった東京にあるような

チェーン店が駅前を制覇しています。

スタバやはなまるうどん、ロッテリア、ドトール、無印良品・・

何とジュンク堂書店までオープンしていました。

http://www.junkudo.co.jp/akita.htm

駅前にはイトーヨーカドーと本金西武という2つの

百貨店に加え、

アルスとフォーラスという若者向けのファッションビル

があります。

駅前は学生と若者がたくさんあふれる秋田市。

秋田というと自殺率が高いとか、高齢化が進んでいるとか

暗いイメージなのですが、

若い人が街を引っ張っている感じが街並みの風景を見て

捉えました。

秋田駅の近くにある千秋公園へ。

公園の入り口はかなりきれいに整備されているので

とても快適に散歩することができます。

kouenkanban.JPG

さくらはすべて散っているにも関わらず、

広場は酒を酌み交わす人でいっぱいでした。

唯一花がついて残っている八重桜を発見。

思わず写真に収めました。

senshusakura2.jpg

帰り際千秋公園の入り口にある池のほとりで

サギらしき鳥を発見。 サギだと思いますが・・。

sagi2.jpg

最初はまったく動いていない様子だったので

単なる模型が浮いているのかと思いましたが

ちゃんと生きていました。

見とれているとサギが珍しかったのか

いつの間にか自分のうしろにひとだかりが・・。

すっかり変わった街並みを

じっと見ているこのサギは

何を思っているのでしょうか。

千秋公園は本当に心休まる場所のひとつです。

夕焼けをバックに一路宿泊先へと急ぎます。

 yuyake.JPG

明日は故郷の湯沢市へ移動します。

JUN

Posted at 23:11 | Diary〜出来事・日々思うことについて | この記事のURL
プロフィール

☆JUN☆
1976年秋田県生まれ。総合広告代理店に入社後、派遣営業パーソンとしてリクルートHRD教育事業部にて管理者研修等の企画営業職として入社、のち関連会社に入社。適性検査、組織調査等の企画営業職を経て、現在ベンチャー企業向けの経営支援・組織変革支援・販売促進支援事業に従事、マーケティングリサーチの3つの領域を提供している。ProStyle代表。 ※本ブログはナナロク世代を生きるビジネスアメブロバージョンのテキスト部分がリンクされています。(一部写真等が表示されない場合があります。)すべてごらんになりたい方は左上のバナーをクリックして下さい。         
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