昨年、設立100年を祝ったばかりの米自動車最大手ゼネラル・モータース(GM)が1日、ついに破綻(はたん)に追い込まれた。GM100年の興亡は、そのまま20世紀の米国の歩みとも重なる。栄光の時代の終わりは、米国にとってどんな意味を持つのか。人々は苦い思いで自問している。
「GMはアメリカそのものだった」。GM発祥の地、ミシガン州フリント。伝説的なGM経営者の名前を冠した「スローン博物館」で、広報担当を務めるキャシー・ジャルゼルさんは言う。「シボレーから、いつかはキャデラックへ。それは、米国人が人生に描く夢と同じだった」
大量生産によって自動車を庶民の手に入るようにしたのはフォードの創業者、ヘンリー・フォードだった。だが、GMは単に実用機械として車を売るのではなく、入門車から超高級車までを品ぞろえし、毎年のモデルチェンジで消費者のあこがれと欲望をそそった。それは、合理性だけではなく、豪華さや楽しさを追求する米国精神と重なる。
GMが米国流消費生活の象徴だったのと同様、労働者にとってはGMは米国が誇る豊かな中産階級の生みの親でもあった。デトロイト郊外には、さほどの豪邸ではないものの、十分な大きさの一戸建てがずらりと立ち並ぶ。労働者は一生借家住まいという常識が変わり、「マイホーム」という概念が生まれたのも、GMをはじめとする自動車産業がもたらした富によるところが大きかった。
「製造業の労組に所属するのが、中産階級へのもっとも確実な道だった」(ロイター通信)が、その道は今や穴だらけだ。現在、GM組合員に保証されている28ドルの時給は今後の新しい従業員には適用されず、代わって14ドルが「初任給」となる。「給与の半分が消えてしまった。だが生き残りのためには仕方がない」と労組幹部は肩を落とす。
「GMが没落した後、だれが今後、米国の中産階級を支えるのか?」と、デトロイト最大の法律事務所に勤務し、GMの債権者交渉にもかかわるスティーブ・ローチ弁護士は問いかける。今、米最大の雇用者は小売りチェーンのウォルマートだ。だが、ウォルマートは低賃金や切り詰めた社会保障で知られる。「代わりになるとはとても思えない」。
GM車をはじめとする米国の自動車はまた、米国の文化や精神を形作るのに大きな役割を果たした。日米の自動車産業の
メル友募集掲示板で興亡を描いた「覇者のおごり」(1986年)で、評論家のデービッド・ハルバースタムはこう書いた。
「自動車は、アメリカの精神の広がりと根無し草的性格をともに助長した…小さな町が狭苦しく思えれば、近代的アメリカ人のやるべきことは、車に乗ってどこか別のところへいくだけのことだった」
だが、ガソリンの高騰や環境問題、交通渋滞などによって、「自動車を持つことは喜びから負担に変わりつつある」と、ミシガン大でフォードと合同で次世代交通システムについての研究を進めるスーザン・ジリンスキ教授は指摘する。
100年前と同じように、米国の自動車産業は自動車をめぐる新しい「夢と希望」を再び作り出せるのか。GM再生の成否は、そこにかかっている。
正直アメリカの影響って大きいと思うんですよね。
いろいろと
メル友と話してたんですけど
だって日本がどれだけ先進国になってもアメリカにはかなわないと思うから。
この前だって円高円安でいろいろゆってたけど
結局アメリカが影響力が一番あったわけだし。