日に新たなり。日に新たなる者は、日に進むなり。・・・・ちょっぴりディープな備忘録。

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雨のポルトフィーノ  2007年05月27日(日)

梅雨にさしかかってきたので、玄関の絵を『雨のポルトフィーノ』に替えてみました。
デヴォンの記事でも書きましたが、最初に買った笹倉鉄平さんのシルクスクリーンです。
今から12年前、1995年の作品で、販売された年に運良く巡り会うことが出来ました。
雨降る夕暮れの港町。トワイライトの移ろいでゆく空間。灯りが燈って映し出された港の情景がなんとも言えません。イタリアのポルトフィーノは天然の深い入り江の奥にある古い漁村だったのですが、戦後、ヨーロッパの高級リゾート地として有名になった場所だそうです。
Googleの地図にリンクを貼りました。港の右下、丁度大きな白い船が2隻停泊している辺りからSpot(Albergo Eden/ホテル エデン)の方角に筆を執っている事が分かります。
しかし、驚く程詳細な衛星写真が見られますね。これだけでも結構旅の気分を楽しめます。
傘を差して道ゆく人々は観光客なのでしょう。空間に陰鬱さを感じさせないのは、作家も含めて、通りすがりの1ページだからなのかもしれません。
旅人の切なさは、通りすがりのいち他人に過ぎないという寂しさと、旅の終わりの予感を常に抱いているからなのでしょうね。それら入り交じった空間を見ていて飽きる事がありません。アンバートーンの全体は暖かみがあり、道行く人々のコントラストがとても美しい作品です。

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Posted at 10:49 | 美術 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
UV-EPROM(紫外線消去型EPROM)  2007年05月19日(土)

組込型装置にプログラムデータなどを保存しておく為の、記憶チップ(メモリー素子)です。
フラッシュメモリはデータを保存した後、電源を切ってもデータが保持されます。
現在、フラッシュメモリとして一般に普及しているSDメモリやUSBメモリはEEPROMと言って、保存したデータを消去する時、電気信号を与えて消去しています。
これに対し、写真のUV-EPROMは、紫外線を照射して保存したデータを消去します。その為に紫外線が透過するよう、石英ガラスで出来た丸窓が存在します。結果、スケルトン仕様になってしまい、半導体ダイの部分が丸見えで趣があります。半導体ダイの部分から、外部の足(ピン)に配線されている様子が見えますね。
写真のチップはプリンターバッファー(前の記事)の制御プログラムを格納していた三菱製2732です。32kbit、つまり4kbyteのプログラムが格納出来ます。
制御プログラムを書き込んでテスト。バグを発見したら紫外線を照射して消去した後、再び書き込んでテストの繰り返しでした。
データ書き込み後は、遮光シールを窓に貼ります。シールを貼り忘れると大変でした。上手く動作したのを記念して、カメラで写真撮影。ストロポがパッと光ったその一瞬、プログラムが誤動作して暴走する事が良くありました。


この装置は、UV-EPROMにデータを書き込む為の装置です。UV-EPROMの歴史は、Intel製1702A(2kbit)に始まりますが、2716(16kbit)以降は5V単一電源動作になりました。
書き込みも25Vを専用電源端子に与えれば、後は5VのTTL信号だけで1Byte単位での書き込みが出来ました。従って書き込み装置も、従来とは違いすごく単純な回路で実現できるようになり簡単に自作出来ました。
水色のコネクター部分でパソコンのデータバスに直結します。この当時はバスクロックも遅かったからやりたい放題でしたね。おなじみ8255I/Oを利用して書き込み制御をしています。
5V→25Vに昇圧するDC-DCコンバータ回路があります。配線はポリウレタン線でやってました。ハンダの熱で被覆が溶けるのでこのような作業には適していました。おなじみサンハヤトのユニバーサル基板を使用しています。
今や何気なく使ってるUSBメモリーも、携帯電話やipodの中で音楽なんかのデータを保存するメモリーも、元を質せばこんな無骨な、でもちょいと味のあるチップだったんです。
でも最新のipodに内蔵される8Gbyteだと、この写真のチップなんと200万個分になるんです。持って歩けないよな。たかが25年、されど25年です。
Posted at 09:53 | デジタル | この記事のURL | コメント(4) | トラックバック(0)
プリンターバッファ  2007年05月18日(金)

1980年代、EPSON(信州精機)が発売したドットプリンターMP-80は市場を席巻し、プリンターメーカーとしてのEPSONの礎となりました。
当時のプリンタは印刷に非常に時間がかかりました。今では考えられないかもしれませんが、プリンターは、パソコンからの印字命令を受けて、印字が終わるまでパソコンを開放しなかったのです。つまり印字が終了するまでは、一切パソコンが使用できない状況だったのです。大量にプリントしたら最後、1-2時間はパソコンがプリンターにかかり切りになって、一切使えませんでした。
そこで、プリンターバッファなる装置が開発されました。この装置をパソコンとプリンターの間に入れると、パソコンから出力された印字データは高速でこの装置に蓄えられ、結果として短時間でパソコンが解放されたのです。後はプリンターバッファがプリンター印字のおもりをしてくれるという仕組みです。
その当時、パソコンを取り巻く様々な最新情報はアメリカのコンピューターの雑誌を読んで仕入れてました。広告の欄にベストセラーMP-80の内蔵型プリンターバッファが掲載されてました。欲しかったのですが、新入社員の私にはとても高くて手が出ません。
そこで、まだ学生気分だった私とN君で、雑誌に掲載されていた写真を分析してMP-80に内蔵出来るプリンターバッファの開発を始めました。

その時製作したプロトタイプの写真です。Z80CPU+8255I/Oと言う組み合わせで、簡単に言うと小型のZ80マシンです。
小型プリンターに内蔵する為、色々と苦労しました。内蔵する為の基板設計、プリンターのプロトコル調査、ノイズの除去など今でも蘇ります。
開発に成功して上手く動作確認が出来た時、実際に使用してみるとあまりにも便利な装置なので、これを売り出して商売してみようという事になりました。わくわくしていました。
ところが色々と基板を試作している最中(1982年)に、メルコという会社がMP-80内蔵型プリンターバッファ「PB-32」を売り出したのです。この時はショックでした。
Z80で設計していた私たちは基板の集積度を上げられず、写真のように二階建てにしか出来なかったのに対し、彼らの製品は本当に良く考えられて1枚の基板に美しく収まっていました。64kbitのメモリを採用したり、周辺チップを内蔵した1チップCPUを採用して、部品点数が圧倒的に少なかったのです。アマチュアとプロの差を思い知らされた瞬間でした。
着眼点は良かったのです。メルコのプリンタバッファが超ベストセラーになりましたから。
あの当時、あのまま開発を続けていたら、俺たちは今のバッファローになっていたのだろうか・・・・なんてね。思い出話しに楽しい夜は更けて行くのです。
Posted at 18:58 | デジタル | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
ART PEPPER  2007年05月08日(火)

JAZZの世界に浸るきっかけとなったのが、「Art Pepper Meets The Rhythm Section」だった。光景は今も鮮明に焼き付いている。
丁度20歳、「ALL JA」というアマチュア無線の全日本交信コンテストに参加、徹夜明けの意識朦朧とした中でモールス信号を聞いていた。
夜が明け始めた頃、窓を開けた時に隣から流れて来た曲に何故か強く心惹かれた。聞いてみたら、FMラジオから流れていたらしく、ART PEPPERという奏者と言うことだけが分かった。
忘れられなかった。麻雀で勝った日はDISKUNIONという中古レコード屋に通ってはART PEPPERのレコードを買い集めた。
本当に最初に出会ったレコードに恵まれていたと思う。レコード針を置いた瞬間、名盤の風が溢れ出す。解説はあちこちでされているので省くとして、その後何度か彼のライブに行ってサインも貰った。何度も薬に溺れ、刑務所との往復をした波瀾万丈の人生。
是非右側の「modern art」を聴いてみて欲しい。ブルースインで始まってブルースアウトで終わる哀愁帯びた音色。インプロビゼーションの極致だと思う。彼の壊れやすい心の繊細さと天才のひらめきが混沌と伝わってくる。
こんな演奏って何処かで人間を超えてしまわないと出来ないんじゃないかと感じてしまう。
この出会いを境に、プログレロックからJAZZの世界へ引っ越ししてしまった。
JAZZの聴き始めがこのアルバムだった事は神様のプレゼントだったのかもしれない。感謝
Posted at 23:35 | JAZZ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
紙に含まれるゴミ  2007年05月07日(月)

画像検査装置を使用して一ヶ月が経過しました。使ってみて分かる事は、印刷で使用する紙に結構ゴミが混入しているという事実です。普段なら見逃してしまうような小さなゴミ迄、撮影して警告します。一般の印刷物では殆ど問題にはならない写真のようなゴミでも、保険会社や銀行で使用する契約書などの約款になると、文字が読めないなどの問題になりかねません。
ゴミが含まれる紙は、一般に再生紙や粗悪な輸入紙に多く見受けられます。
近年、古紙が高騰している関係で、古紙再生紙から離脱する動きが紙メーカーの間に有ります。再生紙は使用済みの印刷物からインキを除去する脱墨漂白工程やゴミ除去などの工程が多く薬品を使用する為、結果的に環境に負荷がかかります。そこでエコパルプ森林認証パルプなどを使用する傾向にあります。
しかし、どんな紙も木材から出来ている事に代わりは有りませんので、どうしても紙の中に微少なゴミが混入する事は避けられないのです。致命的なゴミ混入は、撮影検証後、全て除去する体制を整えました。実際に稼働してみると本当に色々な事が分かります。

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Posted at 12:20 | 印刷 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
AUDIO  2007年05月04日(金)


大学生の時、JAZZにはまっていったのだが、常道としてAUDIOの世界にも踏み込んでいった。「無線と実験」なんて本があって、アマチュア無線をやっていたら必ず一度は読むんだけど、内容はほとんどがAUDIOの自作記事だった。
金田式DCアンプとか、長岡式バックロードホーンスピーカーが当時の流行だった。
今と違ってメーカー製品を買うより自作する方が安かったし、私の周りではそれが当たり前の風潮だった。スピーカーは、先輩の部屋にあったJBL/LE-8Tの音に憧れたものの金が無く、ルックスだけはそっくりなFOSTEXのフルレンジFF225Kをバスレフで組んだ。
ネガを整理していたらメインアンプの写真が出てきたが、左右独立電源でDCアンプになっている。これは自作した初代のメインアンプだ。
特に電源トランスと電解コンデンサは高値の華で、いつも掘り出し物を探し歩いていた。プリアンプは、当時流行したマークレビンソンML-1Lとそくっくりな外観にこだわって制作した。一応DCアンプで部品にはこだわっていたんだけど、これまた回路より見た目にエネルギーを注いでいた。見た目の雰囲気でも音って変わるのだ。(笑)
レコードプレーヤーはTRIOのKP-7600 で、今も現役で問題無く動いている。
カートリッジは、MM型がSHURE TypeV、MC型はシェル一体型カートリッジAudioTechnica AT-34E/U。ここにだけは、随分と金をかけていたと思う。CDの無かった時代、レコードの針にこだわれば、それでもまとまった良い音で鳴っていた。
その後、音にこだわる派はAUDIO機器に金と時間を注ぎ、ソースを楽しむ派はレコードの収集にはまっていく。Jazz喫茶や、武道館、中野サンプラザのライブコンサートに良く行ってた私は後者の派だった。

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Posted at 13:07 | 趣味 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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