大隈重信の「短所五ヵ条」

2008年11月30日(日)

昨日はペタ返しもしないにもかかわりませずたくさんのペタをいただき、本当にありがたく感謝いたしております



いつもながらの土、日雑感ですがふと思い起こせばアッそうかということで納得できてしまうのが伊藤 肇「喜怒哀楽の人間学」だと密かに自負していますが人によっては説教くさく感じる方もいるかも知れません。(この本は昭和53年に書かれています)


それでは今日もよろしくお願い致します。


以下、本文


「諫言の友」で、まっさきに思い出すのは五代友厚(ごだいともあつ)<明治前期の実業家、薩摩藩士、大阪商工会議所を設立した>が親友、大隈重信<明治、大正の政治家、総理として第一次大戦にのぞんだ。早稲田大学の創立者>に、その短所五ヵ条を忠告した手紙だった。



大隈重信という人物は、烈しい覇気と闘志との持主であったにとどまらない。

性格において極度に外向的、外発的で自己主張に甚だ急であった。これは支配への根強い欲求に通ずる。


そして、このような性格は他面からいい直せば、自己に沈潜し、内面的充実をはかることに意を用いず、情操に乏しく、散文的であった。

これは自己の才気を恃(たの)む者にしばしば見られる一つの性格である。


五代はそこのところを戒めたのである。


閣下の恩恵を蒙(こうむ)る者は恐らく其の美を挙げて、其の欠点を責むる者なかるべし。

今、友厚は従来の鴻恩の万分の一を報ぜん為、閣下の短欠を述べて赤心を表す。

閣下、高明、其の失敬を恕せよ。<以下は意訳>


第一条、「愚説」 「愚論」に我慢して耳を傾けられたい。一をきいて十をしる、といういき方は閣下の賢明に由来する欠点である。


第二条、自己と同地位でない者の意見が閣下の意見と大同小異の場合には、常に その者の意見を賞めて、それを採用されよ。他人の主張を賞め、他人の説を採用しなくては閣下の徳をひろめることはできない。


第三条、怒気、怒声を慎まれよ。部下が閣下に及ばぬことを知りながら、しかも怒気を現し、怒声を発するのは、徳望を失うのみで何の益もない。


第四条、時務に裁断を下すのは、時期熟するを待ってなされよ。



第五条、閣下がある人を嫌えば、その者も閣下を嫌うであろう。それ故、自分の好まぬ人間とも交際するように努められよ。



大隈重信は晩年、すこぶる円満となり、誰に対しても寛容だったが、壮年時代は前述のように血気さかんで奇行が多く、自ら信ずるところに驀進(ばくしん)して、禍(わざわい)をあちこちに及ぼした。


五代はそれを心配して忠告したのだが、大隈家には、この五代の手紙が三百通以上も保存され、しかも、その手紙の中には、しばしば「五ヵ条お忘れなく」とか、「五ヵ条に御注意」などと「五ヵ条」をくり返したものが多い。



以上です。



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晩年こそ諫言が必要

2008年11月29日(土)

昨日は皆さんに勝手なお願い致しまして誠に申し訳ありませんでした

と言うことで今日は予定を変えようかとも思いましたが、それではあまりにも意識し過ぎと言われかねませんので予定通りとしました。


予定通りと言うことは伊藤 肇「喜怒哀楽の人間学」です。それでは今日も皆さんと一緒に見ていきましょう。(この本は昭和53年に書かれています)


前回、23日の続きです。


以下、本文


権力主義の権化みたいにいわれるマキャヴェリでさえも「へつらい者を避けるには賢い側近を選び、その者たちにだけ直言させよ」と説き、


「君主は民衆の支持を得ていると錯覚してはならない。彼らが『わが君のためには死をも辞さぬ』というのは、死を必要としない時だけである」と戒めている。


現代風にいえば、部下から「社長、あなたがおられなければ、会社は闇です」などといわれて、頭からそれを信ずるトップがいたとしたら、大馬鹿だということである。


ところが、世の中には意外にこの大馬鹿者が多い。

『十八史略』でも、側近、趙高(ちょうこう)に誤れたあげく、その趙高に殺害され、ついに秦を滅亡せしめた二世皇帝、胡亥(こがい)の実例を挙げている、


反乱を起こした趙高の軍が二世皇帝の座所の帳(とばり)に矢を射かけたので、ようやく異変に気づいた二世皇帝が「出あえ、出あえ!」と絶叫したが、誰もすすんで出る者はいなかった。


それどころか、あわてて姿をかくしてしまう始末であった。

「おのれ、不甲斐なや!」 二世皇帝が地団駄踏んだが、ふと、傍に一人の宦官(かんがん)がいるのに目をとめた。


「お前、そこにいたのか?どうして、こんな謀反人がいることを朕に告げなかったのか?!早く教えてくれれば、こんなことにはならなかったのに


すると、宦官は面を伏せていった。


「はい。私めは陛下に何も申しませんでした。ですから、今日までこうして生きながらえることができたのです。真実をお伝えしたら、その場で陛下のお怒りにふれ、殺されてしまったでしょう」


痛烈な返答である。


権力の座に近づけば近づくほど、また長くおればおるほど、まともな人間でもおかしくなってくる。人はこの二世皇帝、胡亥の例を笑ってすまされぬものがあろう。


「電力の鬼」といわれた松永安左ヱ門も書き遺している。


「友情にも、一期、二期、三期と季節みたいなものがある。

第一期の青年時代には、互いに前途の希望を語り、おのおの成功を期して助け合い、励ましあうようにする。

つまり、その頃は、相手の弱点をつつかず、長所を長所として自覚するようにつとめることだ。

第二期、四十から五十の壮年時代に入ると、仕掛けた仕事にも目鼻がつき、成功の域に近づいた時だから、今度は欠点や短所を遠慮なく戒めあい、仕事のやり方も厳正に批判する。

ところが第三期の老境に入ると、不思議と皆からほめられたくなる


このため、近づく連中は悉く甘言を呈するようになるし、そうでない者は遠ざけてしまう驕りたかぶった気持になる。

そこで最も必要になってくるのが、真実の苦言を呈してくれる友人知己である。


これがないと全く危ない。

シーザーもナポレオンも豊太閤も、晩年において失敗しているのは、諫言の友がいなかったからである」



以上です。





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ブログについての考え方

2008年11月28日(金)

今週からアメブロのブログについてペタ返しの見直しを検討すると言っていましたが、実際はどうしたものかと迷っていました。


ペタ(足跡)をつけて下さることは非常にありがたいことであり、私自身の毎日のブログ更新の励みにもなり、ペタの数が一つのモチベーションでもあるのですが、そのペタ返しに時間を取られ本来のブロガーの皆さんとの交流に差し支えるのであれば“ペタ返し”そのものを止めるかどうかを決断しなければなりません。



今日までいろいろと検討しました。


自動ペタソフトも考えましたが、やはりコレはペタ返しをしないより相手に対し失礼にあたるということでやめましたし、次にアメブロ側が何か妙案を用意しているのかなあーと期待しましたが、どうもまだそこまでの動きはない様子です。


こういう上記事情を勘案した結果、止む無く現状はペタ返しを中止することに致しました。


私としては本当に心苦しい限りですが今の状態を続けてブログ更新の意義を見失い、ペタ返しすることが目的化しては本末転倒ということになりますので何卒この間の事情、ご賢察賜ります様お願い申し上げます。


その代わりと言えばおこがましい限りですが、ペタいただいた皆さんのブログを精読させていただき、一日に数件のペタを打つと同時にコメントも併せてさせていただきたいと考えております。


もちろん、そんなことはないと思いますがペタするまで、コメントするまでに至らないと言う場合はペタもコメントもしないこともあり得ると思ってもらっても結構です。


生意気な事を申し上げて何をエラそうにと思われた方もいらっしゃることは承知の上であり、ペタ返しをしなくなったことでアクセス数も落ちることは覚悟しております。


しかし、本来のブログのあるべき姿を取り戻す為にはこうするしかありません

これからは本当の意味でブログの中身そのものが問われ中身で勝負という気持ちを新たにしております。



何卒、今後ともよろしくお願い致します。







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ブッシュからオバマへ

2008年11月27日(木)

今日は最近の株式市場の動きについて感じるところを書きながらブッシュからオバマへを考えて見たいと生意気なことを考えてみる気になりました。


というのも最近の株式市場って、何か本当にエレベーターというよりエレベーターよりひどい急騰、急落を繰り返し、思惑に振り回されてオモチャにされている様でマトモとは思えません。


米国の現ブッシュ政権がココに来て何か最後のスポッライトを浴びようと悪あがき(失礼)なのか、本当に政治的な意味での政策対応かは私には判別しかねますがシティの救済を決断しました。


放置すればリーマンショック以上の混乱と実体経済への悪影響は避けられないのは解りますが、それなら何故こうなるまで何の手も打たず、リーマンを破綻させたのでしょうか、リーマンとシティの線引きの基準はどこにあるのでしょうか。


また金融機関は救済しても自動車産業のビッグ3は救済しないのでしょうか、そしてこの金融危機の引き金となった住宅ローン債務者救済はどうするのでしょうか、住宅とその関連産業や多くの企業でより一層の防衛策としてのリストラが行われるのは必定ですが雇用対策はどうするのでしょうか。


私の独断と偏見を承知の上で言わせて貰えば、この一番微妙な時期に来てあたふたした政策発動は、まるで新政権の政策展開力に制約をつけているのではという思いがしてきます。


もちろん、そんな邪推が当っているとは思いませんが先週のシティに関する買収や再編報道で株価が動いたことは事実であります。

私の様なこんな勘繰りがさらに思惑を招き現実から乖離した株価の動きが助長されると、この金融危機と景気悪化の出口をより遠ざけることにもなりかねません。


願わくばブッシュ氏には静かに速やかに退任してもらい出来うる限りスムーズにオバマ氏に政権を移行することが現状で行える最大の経済対策であると感じています。


オバマ氏の下での適切な政策実行がこの危機の出口を探る第一歩になると私だけでなく世界がそう思っているのではないでしょうか。



以上、勝手なことを思いつくまま書いて失礼しました。




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儲かる会計思考入門  撤退の潮時

2008年11月26日(水)

昨日の続きでプレシデントロイターのサイトで公認会計士の柴山政行「たい焼きの焼ける会計士」の後編を紹介いたします。


以下、掲載記事


「顧客に信頼される会計士になるべく、経営を1から体験しておきたい」


そんな思いから、数年前に「たい焼き屋」で起業した。開業までの顛末は前回お話ししたとおり だが、粗利益は月額25万円程度と、5坪ビジネスとしてはまずまずの成果を得た。もちろん、そこにはさまざまな“企業努力”があった。


まず取り組んだのは業務の効率化だ。開店前には鉄板の温めや、材料の仕込みなどの準備があり、開業当初はその作業に1時間もかかった


でも、全体の作業のフローチャートを作成して、個々の仕事を同時並行でできないかなどを検討したら、何と15分までの短縮が実現した。

人件費をカットできるのはもちろんのこと、始業時間を遅らせることで人材が確保しやすくなるオマケまでついた。


また、冷めたたい焼きを買う人は少ないので、客足を見ながら作るペースを調整する。お馴染みさんにはおまけに1個サービスする。

近くの野球場でイベントがあるときには生産量を上げる。そんな工夫も怠らなかったことで、12月の開業から売り上げは順調に伸びていった。


しかし、たい焼き屋にも泣き所がある

春先になると季節柄、客足が鈍化する。特に7月、8月の猛暑のなかでたい焼きを食べようという人は少ない。その頃になると、非常勤で会計士の仕事もこなしていたこともあり、私の疲労はピークに達した。


それに反比例して、たい焼き屋を維持していこうというモチベーションは下降の一途をたどった。そうなると、検討すべきはズバリ「撤退」である


撤退を考える一つの目安


実は起業した目的の1つが「撤退を経験する」であった

もちろん、開業に当たって、そんな狙いについては誰にも話していない。「失敗を前提にするなんて」と猛反対されるのがオチであるからだ。


経営コンサルタントは起業や新事業への進出のアドバイスはしても、撤退のアドバイスはしないのが普通だ。しかし、傷口が広がるのを最小限にとどめ、再起を図るための撤退も重要な経営判断であるはず。


最近破綻した大手の英会話学校の場合、3年前の赤字転落が1つの節目だった。撤退の時期を誤り、粉飾決算に手を染め、致命傷に至ることもある。


利益拡大ばかりに目が行きがちな経営者は、とかく損失から目をそむけたがる

本来、どこまで損失が累積したら撤退するのか損失確定”のルールを定めておかなくてはならないのだが、ほとんどの経営者はできていない。


そこで、自らの経験に基づき、同じ経営者の視点でアドバイスができればと考えたのだ。私の撤退の目安は、1日の売り上げ平均が7500円まで悪化すること。


通常は月単位か四半期で判断するのが適当だが、日銭商売であることや、副業であることを考えると、決断はより早く行う必要があり、1日の売り上げ平均を指標にした。


一般企業の場合は売上高から製造原価や営業経費(広告宣伝費、家賃、人件費)を引いた営業利益マイナスになったら、撤退を検討すべきだろう。


また、会計において、売り上げと設備投資は同額程度という鉄則がある。

100万円の設備投資からは、100万円の売り上げを生まなくてはならないという考え方だ。

この鉄則を守れなくなったら、撤退のシグナルが点滅し始めたと捉える


そうはいうものの、いざ撤退となると後ろ髪を引かれるもの。

「続けてよ」といってくれるご贔屓さんや、格安で内装工事を引き受けてくれた義父には心のなかで手を合わせながら、撤退の決断をした。


利益から開業資金を引くとかろうじてプラス。

しかし、ストレス解消で外食が増えたことにより、実質的な収支はトントンといったところかもしれない。

それでも、撤退を含めた経営の経験と、腹回りの余分な脂肪がしっかりと残った



以上です。






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儲かる会計思考入門  初期投資の抑制

2008年11月25日(火)

今日はプレジデントロイターのサイトで公認会計士の柴山政行の面白いコラムを見つけましたので紹介させていただきます。


以下、掲載記事

数年前、私は「たい焼きが焼ける会計士」という、風変わりな肩書をもっていた。その顛末をお話ししよう。


会計士として独立すべく、5年間勤めた監査法人を退職。しかし経営者の実体験を積まないままの独立には自分自身、万全ではないという思いがあった。


帳簿を見て判断する会計士の仕事はできても、事業についての体系的な経験がないため、どこか腰が据わっていない。単なる帳簿屋にはなりたくない、という思いが強かったのだ。


もうひとつ、「撤退」の経験もしておきたかった。

参入の助言をするコンサルタントはいるが、撤退のアドバイスはしないのが普通

利益が上がらなければ一度撤退して筋肉をつけて出直すという選択肢があっていいはずだが、恥の文化である日本では難しいのかもしれない。


そこで私は事業を興そうと考えた。立ち上げの努力をし、人を雇い、経営し、さらに撤退までを経験したい、と考えたわけだ。


当初は私が担当した初めての顧客でもある美容院を考え、物件も確保した。

しかし土壇場で物件のオーナーからNGが出て、断念。500万円程度の初期投資が必要だったが、あとから考えれば、設備投資は少ないほうがいい



気持ちを切り替え、借り入れなしで開業するという前提で200万円程度の予算を想定

たこ焼き屋かたい焼き屋かで迷ったが、たこ焼きには成功例が多く、競合も多い。自身が甘いもの好きであることも手伝って、たい焼き屋に決めた。


さまざまな工夫で初期投資を半分以下に圧縮!開業資金の相場と実際


開業にあたって準備すべきは、おもに場所の確保、設備の調達、原材料の仕入れルート確保の3点だ。


たい焼き屋を何軒も梯子し、味比べ。

餡このグラム数や、冷めたときの味も確認し、これはと思った店に通い詰め、顔を覚えてもらったところで、開業したいということを話した。

なぜ会計士がたい焼きを? と不思議がられたが、正直に理由を説明し、真っ向勝負。


某老舗デパートにも納めているという餡こを卸してもらう算段をつけた。


とある街に5坪の土地をみつけ、家賃は3日分の売り上げで回収できると踏んだ額まで値下げ交渉


飲食業においては絶対外せない財務比率として「家賃は3日で回収しろ」という教訓がある。

3日分の売り上げで家賃を回収できなければ、その店は危ないという基本原則だ建物は職人である義父に頼み込み、設備は自ら合羽橋の問屋街で探し求めるなど、徹底してコストを削減。食品衛生管理者の資格も取得し、初期投資は約110万円に抑えた。

自身でたい焼きを焼き、店を開け、売る。当時は非常勤で会計士の仕事をしていたので、時には妻が店に立つ。子どもを負ぶって店に立つと、そこから客との対話が生まれ、リピーターも獲得した。



リンゴ、かぼちゃ、カスタード、チョコクリームなどのたい焼きもラインアップ。

女性に人気だったが、種類を多くするとロスも出やすい。

在庫を減らすことは、初期投資を抑えることと並ぶ重要課題だ。


私は売れ残りは親に買い取ってもらうという奥の手を使ったが、ロスを増やさずに客を飽きさせない工夫をすること、また複数の出口(売り先)を考えておくことも重要だとわかった。



アルバイトも雇ったが、単調な仕事のせいか、すぐ飽きる、突然休まれる、しまいにはレジのお金が合わない、といったこともあった

人を雇うことの難しさこれも勉強だ。


1日の平均売り上げ15000円。

粗利益は月額25万円程度5坪ビジネスとしてはなかなかの成果といえるだろう

次回は後ろ髪を引かれながらの撤退劇についてお話ししたい。



明日に続けます。


















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危機にこそ問われる軸足

2008年11月24日(月)

昨日の日経朝刊のけいざい解説というコラムが現状の金融危機に示唆を与えてくれる感じがしました。

読まれた方はもう一度吟味して、まだ読まれていない方はゆっくりと目を通していただければと思いますので日経の焼き直しと言われるのを承知の上で紹介させていただきます。


けいざい解説               編集委員  実  哲也


戦前の代表的な自由主義者で知米派の清沢  洌(きよし)は、一九ニ九年秋の株価暴落から大恐慌へなだれ込む米国の姿を現地でつぶさに観察している。


「(米国を)何よりもその経済力で見ていた清沢がこのような状況に立ち会うこととなったのはまことに皮肉であった」(北岡伸一著『清沢 洌』)。

だが、日本の知識人の間ではやった米国の没落論には最後までくみしなかった。


所得格差などの問題を認識しつつも、勤労精神など米国の底力への信頼を崩さなかったからだという。

大恐慌が世論に与えた衝撃は大きかった。

米国と対照的にナチスドイツの統制経済やソ連社会主義が活気を見せ、新モデルに引かれる知識人が増えていった。




大恐慌以来の規模という米国発の金融危機経済だけでなく、時代認識にも影響を及ぼしている点は当時と同様だ。

「金融依存の米国型資本主義の終幕」 「自由放任から政府主導の時代へ」との声が飛び交う。


歴史が一つの節目を迎えているのは確かだろう。だが、危機の時こそ何が変わり、何が変わらないかを冷静に見定め、しっかりとした軸足を持つ必要がある。


オバマ政権が登場しても米国経済がしばらく泥沼から抜けられず、混迷や衰退がさらに目立つのは避けられまい。

その過程では大規模な財政刺激策から金融機関や自動車メーカーへの支援まで、政府がなりふりかまわず市場に介入する政策が取られる公算が大きい。


ただ、これをもって米国の経済路線の歴史的転換と見るのはどうか。


「オバマはプラグマティスト(現実主義者)。自由放任で格差放置のブッシュ流は否定し景気対策に全力を挙げる。だが、基本は市場機能や競争を重視する考え」とブルッキングス研究所のボズワース上級研究員は語る。


自由な市場の重視は米国にとってイデオロギーではなく、成長の方程式そのもの


グーグルをはじめ新興企業が一気に大勢力になる自由な競争環境やそれを可能にする効率的な金融市場が米国を支えてきた。

過ちの修正はあってもその芽をつぶすことはありえない。



翻って日本。金融が暴走した米国と置かれた環境は大いに異なるが、米国の失敗の教訓が拡大解釈されつつあるようにもみえる。


「金融市場強化だ、対日投資の拡大だといっても耳を傾けてくれない」とある経済官僚は言う。米国の物まねより、景気をよくする方法を考えろというのが大方の政治家の反応らしい。


福田康夫内閣時代の六月に経済財政諮問会議がまとめた経済成長戦略には金融市場の強化、対日投資拡大のほか、規制改革や高度人材の受け入れなど成長力強化策が盛り込まれている。今はそうした改革の旗振り役は政権に見あたらない。


魅力ある強い金融市場づくりは日本の膨大な貯蓄をいかし、技術を持った企業を伸ばすのに不可欠

世界不況でもグローバルなおカネや人の動きは止まらず、海外の力を呼び込む対内投資はどこの国も熱心だ。


景気対策は重要だが、それだけに明け暮れていたら「グローバル化への対応にまた出遅れてしまう」と大田弘子前経済財政担当相。

世界が景気対策と規制強化だけ考えているような幻覚に陥らないにしたい


以上です。





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日銀三代目総裁、川田小一郎

2008年11月23日(日)

今日も伊藤 肇「喜怒哀楽の人間学」です。

今日は偉い人のゴシップの話なので役に立つかどうかは解りませんが、昔の話でもこういうことがあったんだと思うと面白いものですね。


それでは今日も皆さんと一緒に見ていきましょう。(この本は昭和53年に書かれています)


以下、本文


明治維新成って、権勢の中心にあった総理大臣、伊藤博文の側近たちが氷川の勝海舟の許へやってきて、しきりに伊藤博文の悪口をいう


「ふん、ふん」ときいていた海舟は最後にたずねた。

「お前さんたち、いま、わしにいったような批判を伊藤の前でじかにいえるかい?」

「そりゃ、とてもいえたものではありません」


「そうだろう。伊藤はもともと、聡明な人なんじゃよ。けれども、お前たち側近が誰も苦言を呈せず、調子のいいことばかり耳に入れとれば、いくら賢くても、三年も経ちゃバカになるのが当たり前だよ


聡明な人間がどれくらいバカになるか。


福沢桃介が、その著『財界人物我観』の中で紹介している日銀三代目総裁、川田小一郎の格好のゴシップがある。


芸者のおしめが、川田のことを「総裁、総裁」と人がいうものだから、大いに怒り、「惣菜、惣菜と旦那様のことを野菜物扱いするとは怪しからん」と川田に訴えたというので、それ以後、川田は殊におしめをかわいがったという話だ。


また、横浜の紛争解決にのり出した時、横浜の巨商連がきて、川田に「閣下、閣下」と連発した。

これを側できいていたおしめが「またしても、カッカ、カッカと総裁様を蚊の仲間扱いするのは怪しからん」と怒ったものだ。

川田は笑いながら「閣下というのは総裁以上の尊称だ」と説明して、大変に御機嫌だった。


「惣菜」といい「カッカ」といいおしめは胸中に、その意味は十分、了解していたんだろうがしらぬ顔で怒ってみせ、まんまと川田にとり入った腕の凄さは川田以上だ。



今日は以上です。




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トップの孤独

2008年11月22日(土)

今日は土曜日なのでいつもの様に土、日雑感で伊藤 肇「喜怒哀楽の人間学」ですが、最近は説教くさいのが敬遠されたのか少し人気が無いように感じます


まあー、だからこそこの「喜怒哀楽の人間学」に変わることない魅力があると私は思っています。


それでは皆さんと一緒に見ていきましょう。(この本は昭和53年に書かれています)


以下、本文


帝王学の第二の柱である「直言してくれる側近」は何故必要か。


かって、佐藤栄作が総理大臣在任中、御用始めの日に伊勢神宮に詣で、随行の記者団から「何を祈ったのか」ときかれた時、「総理大臣として胸中をうちあける人もなくなったので神様に訴えたのさ」と笑って答えた。


権力の座にある者は、大衆の前に立った時は身構えた「自分」がものをいうけれども、独りになった時にはひどい寂寥を感ずるものらしい。


俗物の最たる大ナポレオンは腹にできたタムシがかゆくて、独りになると子供のように泣きべそをかき、従卒が<これが英雄か>としばしば怪しむほどの狂態を示すことがあったという。


一九六四年、『中国の赤い星』の著者、エドガー・スノーが招かれた第二回目の中国訪問をした時のことである。


あたかも国慶節の日で、毛沢東の傍らで「大行進」を眺めていたスノーは、この国家主席という座にある最高権力者が、何やらうかぬ顔をしているのに気がついた。


「どうか、なさったのですか」


群集はプラカードを高くかかげ、歓声をあげながら、次々とその前を通りすぎて行く。

それを眺めつつ、毛沢東はつぶやくようにいった。


「あの群衆を大別すると三つになる。第一は忠実な毛沢東主義者だ第二は皆がそうするから自分もそうするという迎合派だ。そして第三は表面をいかに装っていても、その実はまぎれもない反毛主義者だ


このやりとりは、革命家の「醒めた眼」と同時に、心にある、どうにもしようがない「孤独の寂寥」を伝えている。


「孤独はすべてのすぐれた人物に課せられた運命だ」とショーペンハウエル<独・哲学者。カントの後継者>の名言だが、トップは何故、孤独となるのか。

それには五つの原因がある。


一、トップには同僚がいない。

ニ、意志決定に助力を求められない。

三、自由に意志の伝達がしにくい。

四、正しい情報を得ることが稀である。

五、しかも、なお、最終的な責任を負っている。



以上です。






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潜在力発揮できない日本企業

2008年11月21日(金)

昨日はどうしても都合上、ブログを書くだけでペタ返しが出来ず申し訳ありませんでした。ペタ返しについては今週中はやる予定にしていますが、来週からは見直しを考えています。


さて、今日の内容は日経ベリタスという週間新聞がありますが、その中ナルホドと言う記事がありましたので是非紹介したいと思います。

読まれた方もおられるかと思いますが、良ければもう一度目を通していただければ幸いです。


以下、本文


MONEY STYLE          早大理工学術院教授  高西淳夫


電動で動く義手がある。


例えば、手首から先を事故や病気で切断してしまったとしよう。けれど、腕には脳からの指令で筋肉を動かす神経が残っている。

この神経にセンサーをつけ、脳からの微弱な電流である“筋電”を拾って電子回路に通すと、手を握るように指令する筋電なのか、開くように指令する筋電なのかを判別できる。


筋電の電気信号を実行電動義手を切断部につければ、自分の意志で手を握ったり開いたりできる。いわばロボットの手だ。


電動義手は私の指導教授の加藤一郎先生が1975年に開発。治験も実施し、愛知県の企業が販売した。

片腕が約50万円。10年くらい前に、同社の展示ブースを訪ねる機会があった。

発売から20年以上たち、技術は格段に進歩したが、20年を過ぎてもまったく同じ義手が売られていた。


何で作り直さないのか、その企業に聞いた。すると、「改良したら厚生労働省に治験をやり直すように言われるから」だという。

治験には何億円もかかるので、中小企業には負担できず、改良せずに売り続けるしかないそうだ


そのため、「最近はこっちの製品を売っているんですよ」と、ドイツ製義手を見せられた。価格は90万円。

車の性能に例えるなら30年前のスバル360と現代のポルシェくらいの差があろうか。倍くらいのお金でポルシェが手に入れば、多くの人はポルシェを買うだろう。


悲しいことに、その企業は5年ほど前に電動義手の販売を中止した。

逆にドイツの義手メーカーは、その後、日本支社を設立し販売を拡大している。

またひとつ、日本の技術の火が消えた。


ホンダやトヨタ自動車などが、ヒューマノイド(人型)ロボットをいろいろ作っている。

2足歩行や車輪式、キャタピラ式。いずれも実現可能な技術になった。

最も難しいのが人間そっくりの“手”をつくること。


工場で動いているロボットの手に相当するグリッパーでは、くっついている新聞を器用にめくるのは難しい。


人体そっくりに動かせるハンドができたら、ロボットの世界では革命的だ。とはいえ、制御する高度な知能の開発が難しく、自律的に動くロボットハンドが生まれるまでにはもう少し時間がかかりそうだ。


しかし、ハンドを制御するのが人間ならば現時点でもかなり高性能なハンド(義手)を作れる。日本の技術と、自動車メーカーのような量産能力を活用すれば、あっという間に値段も下がる。


けれど、日立製作所とか東芝、三菱重工業といった日本の大企業は、義手のようなロボット機能を持つ医療・福祉機器に正面から切り込まない。

開発にお金を使っても、日本は薬事法の壁でいつまでも実を結ばないからだ。


米国発の金融危機で日本企業の株価も低迷しているが、工学者の私の目には、せっかくの潜在力ちょっとした障害で発揮できないだけにみえる。



以上です。





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