大隈重信の「短所五ヵ条」
昨日はペタ返しもしないにもかかわりませずたくさんのペタをいただき、本当にありがたく感謝いたしております。
いつもながらの土、日雑感ですがふと思い起こせばアッそうかということで納得できてしまうのが伊藤 肇の「喜怒哀楽の人間学」だと密かに自負していますが人によっては説教くさく感じる方もいるかも知れません。(この本は昭和53年に書かれています)
それでは今日もよろしくお願い致します。
以下、本文
「諫言の友」で、まっさきに思い出すのは五代友厚(ごだいともあつ)<明治前期の実業家、薩摩藩士、大阪商工会議所を設立した>が親友、大隈重信<明治、大正の政治家、総理として第一次大戦にのぞんだ。早稲田大学の創立者>に、その短所五ヵ条を忠告した手紙だった。
大隈重信という人物は、烈しい覇気と闘志との持主であったにとどまらない。
性格において極度に外向的、外発的で自己主張に甚だ急であった。これは支配への根強い欲求に通ずる。
そして、このような性格は他面からいい直せば、自己に沈潜し、内面的充実をはかることに意を用いず、情操に乏しく、散文的であった。
これは自己の才気を恃(たの)む者にしばしば見られる一つの性格である。
五代はそこのところを戒めたのである。
閣下の恩恵を蒙(こうむ)る者は恐らく其の美を挙げて、其の欠点を責むる者なかるべし。
今、友厚は従来の鴻恩の万分の一を報ぜん為、閣下の短欠を述べて赤心を表す。
閣下、高明、其の失敬を恕せよ。<以下は意訳>
第一条、「愚説」 「愚論」に我慢して耳を傾けられたい。一をきいて十をしる、といういき方は閣下の賢明に由来する欠点である。
第二条、自己と同地位でない者の意見が閣下の意見と大同小異の場合には、常に その者の意見を賞めて、それを採用されよ。他人の主張を賞め、他人の説を採用しなくては閣下の徳をひろめることはできない。
第三条、怒気、怒声を慎まれよ。部下が閣下に及ばぬことを知りながら、しかも怒気を現し、怒声を発するのは、徳望を失うのみで何の益もない。
第四条、時務に裁断を下すのは、時期熟するを待ってなされよ。
第五条、閣下がある人を嫌えば、その者も閣下を嫌うであろう。それ故、自分の好まぬ人間とも交際するように努められよ。
大隈重信は晩年、すこぶる円満となり、誰に対しても寛容だったが、壮年時代は前述のように血気さかんで奇行が多く、自ら信ずるところに驀進(ばくしん)して、禍(わざわい)をあちこちに及ぼした。
五代はそれを心配して忠告したのだが、大隈家には、この五代の手紙が三百通以上も保存され、しかも、その手紙の中には、しばしば「五ヵ条お忘れなく」とか、「五ヵ条に御注意」などと「五ヵ条」をくり返したものが多い。
以上です。
