今日は土曜日ですので、いつもの様に伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を皆さんと一緒に見ていきましょう。(この本が書かれたのは昭和53年です)
前回、4月20日の土、日雑感が中途半端なところで一区切りとしましたので20日のブログをみていただければお解かりいただけると思います。
東芝の岩田弐夫社長が新入社員への訓示をした前段の部分を書きましたが念のため前段の最後の部分をもう一度書いておきます。
”われわれの基本理念をゆさぶる者に対しては、断固として、命をかけても排除するということを諸君は忘れないでもらいたい。
とにかく甘い世の中ではありません。これから諸君が船出する人生は厳しいものであることを第一番に告げておきたいのです」”
というところで終わっていましたので今日はこの続きから見ていきます。
岩田自身、東芝争議の十字砲火をくぐりぬけてきているだけに、静かな一言一句ではあったがすごい迫力がこもっていた。
ここで岩田はパッと話題を転じた。
「わたしが四十年前に大学を出る時、総長の祝詞の中にこういうのがあった。『諸君は実社会へでてからも、長年、学校でやった外国語に十分でいいから接してもらいたい。 それを続けてもらえば、やがて諸君の人生にどれだけ裨益することになるか、はかりしれないものがある』。
それをきいた時、私は<何だ。 たいしたことではないじゃないか、朝の十分ぐらいはジャパン・タイムスを読むよ>と思ったのですが、とうとう実行できなかった。
結局、わたしは六十をすぎて、やっとその習慣がもてるようになったのですが、このように平凡で誰にでも実行できそうなことは、実はなかなかやれない。 そこで、今、ここでお願いしたいのは『平凡に徹せよ』ということです。
当たり前のことを当たり前にやる。 そして、その積み重ねがホンモノとなった時、それは非凡に通ずるのです」
「当たり前のことを当たり前にやる」‥‥表現はやさしいが内容は深く、むつかしい。
アメリカの大学紛争に際して、アーサー・ターナー教授が下した見事な「断」がある。
「私は信ずる。教授があるのは教えるため。管理者があるのは管理するため。学生があるのは学ぶためだ。」
全く、その通りだが、これがなかなかやれない。 こんな話はどうか。
詩聖といわれた白楽天がチョウカ和尚をとらまえて、「禅の真髄は如何!」と問うと、「諸悪莫作、衆善奉行」と答えた。
「悪いことはやりなさんな。いいことはやりなされ」。 あまり当たり前のことなので、<子供あつかいされた>と思った白楽天は、些か、むっとした表情で「そんなことは百も承知だ」と口をとんがらせると、和尚に一喝された。
「三歳ノ童子モコレヲ識ルトイエドモ、八十ノ老翁ナオ行ジ難シ」
大詩人はいたく赤面した。
ありていにいえば、あれほどの演説が岩田にできるとは思ってもいなかったので、素直にこの秘訣をきいたら、これまた意外な答えが返ってきた。
「アメリカの歴代大統領のうちでも、最も説得力があったウイルソンが、演説の心得をきかれた時、こういっている。『一時間の演説ならば即座にやれる。二十分でまとめろといわれると、二時間の準備が必要だ。だが、五分のスピーチだったら、一晩、構想を練らなくちゃ』とネ」
以上です。
お疲れ様でした。