オープンID国内普及の兆し

2008年03月31日(月)

一つのID複数サイトの利用が出来るオープンIDの紹介が三月十日の日経産業新聞に掲載されていたので紹介させていただきます。


以下、掲載記事


一つのIDで複数のウェブサイトのサービスを利用できる技術規格「Open(オープン)ID」が国内で広がる兆しが見えてきた。


ヤフーやミクシィなどのネット大手が相次いで採用を表明四月には米普及団体の日本支部が設立される

ネットサービスの利用者と運営者の双方にとって利便性を高める技術だが信頼性の確保や対応サイトの拡大などの課題も少なくない


ヤフーは、自社のポータル(玄関)サイトの利用者に専用の「ヤフーID」を発行するのと並行して、オープンIDも活用する方針を固めた。 一月末にはヤフーIDを持つユーザーに個別のオープンIDの発行も開始

オープンID対応サイトなら、新規登録の手続きをしなくてもサービスを使えるようにした。 


オープンIDを開発した米企業の日本法人であるシックス・アパート(東京・港、関信浩社長)、野村総合研究所などが発起人となって四月に設立する普及団体「オープンIDファウンデーション・ジャパン(仮称)」にも積極的に参加していくという。



オープンIDとは


一つのIDで複数のウェブサイトのサービスを利用できるようにする規格。

2005年に米シックス・アパートが開発、非営利の普及団体オープンIDファウンデーション」が仕様策定を進めている


オープンIDに対応したサイトでは新たに個人情報などを入力しなくともサービスを使えるようになる。 IDにはURLを使う。


〇七年十二月にセキュリティー面を高めた第二版の仕様を策定し、米国では二月にマイクロソフトやグーグル、ヤフー、IBMなどが続々とファウンデーションに加盟

対応サイト数も一万を超えた


今後オープンIDに対応可能な各社のID二億五千万を超えると言われている。


以上、明日に続きます。









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人品骨柄の人間学 運をひっぱってくる

2008年03月30日(日)

今日も昨日の続きで伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を皆さんと一緒にみていこうと思います。(この本は昭和53年に書かれたものです)


それでは今日も始めます。


曲眉、豊頬、大耳、鞭体、清声


中国人はある年齢、地位までいくと本能的に人相見になる。

人相については、種々述べてきたが、究極的には何を見るかというと、この顔は福相であるか凶相であるかを判断するのだ。


いくらすぐれた人間でも、運が悪いとか、根性の悪いのがいる。こういうのは凶相である。 いかに地位、財産、名誉があっても、凶相と鑑定したら、表面は慇懃鄭重に接しても心の中では警戒して、深く入らない。

敬して遠ざけ、凶運にまき込まれるのを警戒するのだ。


一方、われわれのような一介の書生でも、これは福相だとみたら、その人間に積極的に近づいていって、先物を買う


では、福人吉士の最たるものは、どんな人相かというと、曲眉(きょくび)、豊頬(ほうきょう)、大耳(たいじ)、鞭体(べんたい)、清声(せいせい)の五つが備わっている人物である


「曲眉」とは、柳のようになだらかでまるい眉。 「豊頬」は読んで字の如く豊かな頬。

「大耳」は大きな耳。 「鞭体」は鞭(ムチ)のようにしなやかな体。 「清声」は声が清らかで響きがあること。

ま、このうちの三つくらい揃っておれば福相の中へ分類していいだろう


リコーの大植武士が社長に就任した時の第一声は極めて異色だった。


「勢いに乗るコツを掴むのはむつかしい。それは運をひっぱってくることだ。世の中には、今日いえば悪い結果をもたらすが、明日いえば、うまくいく、といった何かがある。この運をうまくつかまえるパターンはないが、だから、企業経営は面白いともいえる。リコーは振幅は大きいがついている会社だ。トップというのは運をひっぱってこなければダメだと思う


上に立つ者は、悪運だろうと、何だろうと、とにかく運が強くなくては、その資格がない


たとえば、軍隊においても戦時統御の鍵は部下を殺さないことである

「あの隊長の下におれば、決して死ぬことはない」ということであれば、部下は、どんな苦労をしてでもついてくる。 また、シェークスピアが「人々の運命に満潮と干潮とあり、この潮勢を機敏に捉えるもののみ、よく幸福の彼岸に達する」といっているのも同じことである。


そういえば、司馬遼太郎の長編小説『坂の上の雲』の中に印象的な一節があった。


戦争というのは、国家がやる血みどろの賭博であるとするなら、将軍というのは、この賭博を代行する血の勝負師であらねばならない。 当然、天性、勝負運の憑いた男であるべきだ

賭博の技術は参謀がやるにしても、運を貸すのは将軍でなければならないからだ。


海軍大臣の山本権兵衛は、連合艦隊司令長官を選ぶにあたって、何人かの提督のなかから、最も名声がなく、しかも舞鶴鎮守府司令長官という閑職にいた東郷平八郎をえらび、明治帝から、その理由を下問されると、「この男は、若いころから運のよかった男でございますので」と答えた。


山本は、戦争とその執行者というものが、どういうものであるかを知りぬいていたのだ。 乃木はその点、あくまでも憑いていない男であった


以上、今日はここまでとします。


ついこの間、司馬遼太郎と「坂の上の雲」に触れたばかりですが、今日も出てきましたが、これもというか、ある種の導きかも知れません。

お疲れ様でした。





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人品骨柄の人間学 企業の麻疹(はしか)

2008年03月29日(土)

今日は土曜日ですのでいつもの様に土、日雑感で伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」皆さんと一緒読んでいこうと思います。 (この本が書かれた時期は昭和53年です)

それでは今日も始めます。

人間が一度は麻疹をやらねばならぬと同じように企業にも必ず通らねばならぬ四つの関門がある


いうなれば「企業の麻疹」みたいなもので、これを一通りややった企業は非常に強い体質となり、ちっとやそっとの雨や風ではびくともしない。

しかし、その中の一つでもやっていないと、何時の日か「麻疹」を経験しなければならぬということで要注意となる。


また、「麻疹」は幼いうちにすませておけば軽くてすむが年齢をとってからかかるとそう簡単にはいかない。 企業においても同様である。


麻疹の第一は「赤字」である

初めから儲かって、儲かって、笑いがとまらぬ事業などというものはあるはずがない。 スタート時には赤字の累積で夜逃げでもしたくなるような辛い思いを何度も経験しなければならない。 そうでないと会社に筋金が通らないのだ


財界不倒翁といわれる日本化薬会長の原安三郎が「百万円儲けたという経験は、将来、その人が十億円儲ける経験にはならないが、若いうちに一千万円損した経験は、むしろ、将来、十億円を得る貴重な経験となる」と喝破しているのは、まさしく、その辺の呼吸である。


麻疹の第二は「脱税摘発」である

やっと赤字が解消し、蓄積ができはじめると、今度は税務署に狙われ特別調査や査察をやられ、さんざんしめあげられたあげく、体験を通じて、税務対策の「虎の巻」を会得し、日本ミネチュアベアリング会長の高橋高見のように「夜、ねる前に静座し、今日一日でいかにしたら三十万円の節税ができるかを思案し妙案が出ない限り、寝につかない」という強かな経営者に成長する


麻疹の第三は「深刻な労働争議」である

恋を失うことによって、はじめて恋の本質がわかり、戦に敗れて、やっと戦争の悲惨さがわかると同様に労働争議も労使ともども、生きるか、死ぬかのギリギリの場に追い込まれた時、争議の愚劣さが身にしみてわかる。


つまり、二、三日、ストをぶって賃金をあげて、やめた、というのでは労使ともに損が身にこたえない。 瀕死の重病をやってみないと生き返った喜びがわからないのと同じである。 そして、労使ともにヘトヘトになるまで争議をやった結果、きわめて簡単な一つのことがわかるのである。

それはストライキをやるくらいなら、いくら時間をかけても話し合いで解決したほうが得だ、という一事だ


麻疹の第四は「お家騒動」である

「赤字」「脱税」「争議」と「患難ヲ共ニシテ」それらを克服したあと、最後にくるのが「お家騒動」である。

これは以外に企業が赤字で苦しんで苦しんでいる時よりも、えてして儲かっている時のほうが起こりやすい。 何もかも安泰になってくると「与(とも)ニ安楽ヲ共ニスベカラズ」ということになってくるのである。


以上です。  お疲れ様でした。





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新聞小説の世紀 坂の上の雲

2008年03月28日(金)

今日はどうしても書いておきたい司馬遼太郎の歴史小説のことが日経新聞に掲載されていましたのでぜひ紹介したいと思います。

新聞小説の世紀というコラムで末國善巳という文芸評論家が書いています。


以下、本文

開花ものは歴史小説の”鬼門”として敬遠された時期もあった。

こうした状況を一変させ、明治維新を戦国時代と並ぶ歴史小説の激戦区に育てた功労者の一人は、間違いなく司馬遼太郎である。


司馬は才能のある人物も能力が発揮できない江戸の封建制度を批判。 『翔ぶが如く』『花神』『胡蝶の夢』などの作品で、明治維新清冽な志を持った若者たちが因習に満ちていた江戸幕府を打倒した”革命”であるとの歴史認識を示していった


司馬の明治ものを代表する名作が、1968年4月22日から72年8月4日までサンケイ新聞に連載された『坂の上の雲』である。

その人気は高く、司馬没後の1999年から2002年にかけて産経新聞に再連載されたほどである。


1968年は明治改元から百年目にあたり、それを記念して政府主導の式典が開催されていた。 時は70年安保を目前にした学生運動華やかなりし時代

国家に忠誠を誓った明治の元勲を顕彰するイベントは、反政府活動を牽制する目的もあったのだろう。 『坂の上の雲』も明治顕彰ブームを意識して書かれたと思われるが、国家への忠義を礼賛するような展開にはなっていない

それは日露戦争の英雄で”軍神”と崇められてきた乃木希典を愚将としていることからも明らかである。


物語は、松山出身の秋山好古・真之兄弟と正岡子規を中心に、近代化したばかりの弱小国家・日本支えるために奮闘した若者たちの群像を描いている

貧しい家庭に育った三人は、明治の国是だった立身出世主義を信じて研鑽を重ね、好古は陸軍で騎兵戦、真之は海軍で艦隊戦の研究を主導するまでになり、帝大文科に進んだ子規は、写生文という日本語表現の革新に取り組んでいく。


下級武士が国の要職にまで登り詰めるサクセスストーリーは、努力すれば誰もが一国一城の主になれると信じられていた高度経済成長期の夢と重ねられていた。


そのため司馬は、日本が日清・日露の戦争に勝利できた理由も、西洋の軍制を学んだ秋山兄弟の柔軟性はもちろん、下瀬火薬、三六式無線電信機、機関銃といった最新テクノロジーを開発、導入することができた当時の高い技術力に求めている。 こうしたプラグマティックな思考は、技術立国として戦後復興を成し遂げた戦後社会そのものであり、明治憲法を理想とするような復古主義とは一線を画していた。


だからこそ多くの読者が司馬の描く明治に熱狂したのである。


だが秋山兄弟と子規は、順風満帆な人生を歩んだわけではない。 家が貧しかった秋山兄弟は授業料が免除されるため軍人となり、子規は実利優先社会が進める文学排斥運動に悩まされる。


挫折を経験しながらも未来を切り開くために奮闘を続けた若者たちは、混迷の時代を生きる現代人にも希望を与えてくれるはずだ


以上ですが、司馬遼太郎と幕末から明治の時代とその時代精神は本当に今の私たちに閉塞感を打破する志のあり様示唆してくれるものと感じています。





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ブログに仮想通貨導入

2008年03月27日(木)

昨日の日経新聞朝刊15面にサイバーエージェントアメーバブログに対する新しい試みが記事として掲載されていました


以下、記事本文


ブログに仮想通貨導入

サイバーエージェント   タレントへ質問も

ネット広告代理店大手のサイバーエージェントは四月、運営するブログ(日記風の簡易ホームページ)サービス「アメーバブログ」に仮想通貨サービスを導入する。


通貨を支払い、タレントなど著名人に質問できるサービスなどが利用できるようにする。 ブログを活用した新しい収益モデルとして関連サービスを増やしていく。


仮想通貨「アメゴールド」を来月十七日に導入する

会員はクレジットカードでの決済で五百円(五百アメゴールド分)から購入できる。

ブログへの広告掲載などで付与されていた従来のアメーバポイントも変換して会員に再付与する。


関連サービスとしてまず、ブログ開設者への質問機能リクエスチョン」を立ち上げる。 ネット上の不特定の相手ではなくタレントやスポーツ選手らアメブロ上でブログを開設する著名人や専門家に質問できる


ブログ開設者自身が「料金」を設定。 質問を受けたブログ運営者は他者が閲覧できないサイトの中で回答する。 

回答者は仮想通貨をサイバーが指定するネット銀行で換金することもできる。

順次、装飾画像の販売サービスなども展開する。


サイバーはブログサービスを2004年に開始した。


以上です。


私がこの記事に関心を持ったのは仮想通貨というモノに惹かれたこともありますが、それ以上に今、ブログサービス会社がブログの利用価値を再認識したのか各社いろんな知恵を出してきているようです。


私のブログを見ていただいてお分かりかと思いますがグー足あと”というブログパーツとサイト鑑定団というモノを設置しました。

まだ私自身”グー足あと”の活用法をマスターしていませんが、サイト鑑定団の方は昨日に書いたサイト売買仲介会社が無料で提供しているブログパーツです。


まあー、遊びでも金額が表示されるのはオモシロイもので、この金額がどう変わっていくのかにどうしても興味が向きます


サイバーの「リクエスチョン」もタレントに関心のある人にはいい企画と思いますが、私はタレントには興味はないので利用シーンは考え難いので私なんかでも利用できるサービスになるのか今後を注目してみたいと思います。





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低すぎる政治の生産性

2008年03月26日(水)

先週の日経新聞の大機小機というコラムに昨今の政治状況を反映した面白いモノがありました。

読まれた方もおられると思いますが、今一度読み直してみるのも4月1日を目前にした意味合いが一層、感じられますので紹介させていただきます。


以下、コラム本文


三十年前、日本はやはり福田政権だった。

といっても福田康夫首相の父君の赳夫首相である。 二人の福田首相の間に十五人もの首相がいた


竹下登元首相が「歌手一年、総理二年の使い捨て」とざれたように首相の平均在職年数は二年弱だ。

両福田も含め十七人の首相が「一内閣一仕事」で、政権を懸けるに値する大テーマを一つずつ片づけていたら、日本は素晴らしい国になっていたはずだ


現実は、内閣はくるくる変われど、懸案の先送りが常態である。

例えば消費税。 将来にわたる福祉財源確保と、税の直間比率の是正の要請からその導入は早くから政治課題に上がっていた。 福田(父)首相の次の大平正芳首相が一般消費税導入を目指したが、総選挙で惨敗し頓挫した。

消費税ができたのは三代後の竹下政権。 十年近くかかった


バブルの後始末の銀行の不良債権処理もそう。 公的資金導入を言い出したのは宮沢喜一首相で1992年だった。 何とか片づいたのは七代後の小泉純一郎政権で。 十年以上かかった

同じころにバブルが壊れた北欧諸国は三、四年で処理を終えた。 日本は認知から実行までのラグがありすぎた。 「失われた十年ぐずな政治のせいだった


財政再建にいたっては、言い出したのがどの首相か忘れるほど古くからの課題だ。

現状は、国と地方の長期債務の合計が、国内総生産(GDP)の約1.5倍に膨らみ、なお借金が増えている


政治は三流でも経済は一流」と言われ、90年代初めには一人当たりGDPが経済協力開発機構(OECD)加盟国中トップクラスだった。


それが十八位にまで落ちた。 経済も一流ではなくなったと国会で閣僚が公言した。

政治が足を引っ張ったのだ


人口が減り始めた日本が成長するには、いや、今の豊かさを維持するだけでも生産性向上が欠かせない。 トヨタ自動車に代表される世界が相手の製造業の生産性は第一級だが、ほかは農業もサービス業も先進国では見劣りする。 中でも生産性に一番問題があるのは政治ではないかと「ねじれ国会」惨状を見て思う


日銀人事揮発油暫定税率でのチキンレースにはあきれた

会期制をやめ通年国会にしてはどうか。 採決強行やら審議拒否やら。

衆参両院で同じ質疑をぐだぐだと。 何とかならないか。 必要なら国会法を改めよ。 憲法に不備があるなら憲法だって。


以上です。


本当に今の政治の実情は与野党ともに国民の生活、暮らしと「ねじれ現象」を起こしているとしか言えないと思いますが、皆さんはどうお考えですか。










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広がるサイト売買市場  数千万の案件も

2008年03月25日(火)

サイト売買に関する日経新聞に掲載された記事を昨日の続きとして紹介します。


▼サイト売買が相次ぐ背景には、サイト間の競争が激化するなか、専門の売買仲介会社が登場し取引を促進している事情がある。


ネット上の住所を示すドメイン名のうち、日本の個人や団体が使える「.JP」の登録件数は08年3月1日時点で1,003,285件と、5年前に比べて96%増えた。


競争激化の中で新規事業を計画する企業にとっては、自らサイトを開設するだけでなく買収も有力な選択肢になっており専門の売買仲介会社が後押しをしている。


サイトの売り手が仲介会社に登録、仲介会社は自社サイトに売却案件の内容や売却希望額を掲載。 買い手が購入を申し込む。

仲介会社が過去の事例から取引価格の目安を提示するが、基本的には売り手と買い手の交渉で決まる。


カウネット、fonfunの二社が利用した仲介会社、サイトストックの平野健児社長は「開設したばかりのサイトは評価が低い。 歴史が長く掲示板の書き込みも豊富サイト検索で上位に位置し、高値で売買される」と話す。


人気サイトに数千万円の値が付く一方、個人サイトでは数十万円のこともある。

買収価格はサイトが生む収益に基づいて算出するのが基本だが、利益が出ていないサイトの場合は閲覧数や会員数を参考にする。


05年に仲介業を始めたバトラァーズでは今年二月に12件の売買が成立、月間の成立件数で過去最高を記録した


仲介業を始めた当初は月に1、2件しか成立しなかったが、最近は月5―10件のペースだ。 竹内敬人社長は「競争激化で自社では利用者を想定したほど伸ばせず売却を希望するという事例が増えている。 ただ買い手のてこ入れにより再生するサイトも多い」と話す。


これまではある程度将来性があっても売却先を探せないサイトは閉鎖するケースが多かった。 仲介会社を通じたサイト売買市場が立ち上がり以前より売却が容易になりつつある。 サイトの売却で次の事業資金の獲得を目指す企業も出ている。


弁護士や税理士などを紹介する「士業ネット!」を運営するアイティーネットワークスは06年夏に会計用語を解説するサイト「会計用語キーワード辞典」を買収。 その一方、自ら立ち上げたコピー機の製品情報などを紹介するサイトの売却交渉を進めている。


サイト売買の際にはメールアドレスなど個人情報の慎重な取り扱いが必要だ。

西村あさひ法律事務所の臼井隆行弁護士は、「サイトの売買に伴う個人情報の移転は適法だが、もとのサイトと異なる目的個人情報を活用するには利用者の同意が必要」と話す。

買収したサイトの会員向けに、従来と異なるサービスを始める時には細心の注意が求められる。


以上です。

 



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広がるサイト売買市場

2008年03月24日(月)

先日、日経新聞朝刊に面白いというか気になる記事が掲載されていました。

それはインターネットサイトの売買が活発化しているということです。以前からサイト売買に関する仲介会社が情報提供しているとは聞いていましたが、個人サイト間の情報仲介が主なモノと思っていました。


ところがこの掲載記事を見ると大手や上場会社が活発に動いているようです

皆さんも興味を持っておられる方が多いのではと思いますのでこの掲載記事を紹介させていただきます。


以下記事本文

インターネットサイトの売買活発化している。 ネットの普及に伴う競争激化で自社サイトへの集客が一段と困難になるなか、専門の売買仲介会社が取引を促進し、既存の人気サイトを買収する機運を高めている。


参入リスク軽減

▼コクヨ子会社でオフィス用品通販会社のカウネットは昨年夏、企業の総務担当者向け情報交換サイト「総務の森」を買収した。


労働基準法の解説など専門情報を提供するほか、掲示板を通じて利用者同士が交流したり、社会保険労務士などの専門家が質問に答えたりする。 社会保険労務士が2000年に個人で立ち上げ、その後ネット関連企業が運営を引き継いでいた。


買収により、カウネット顧客が重なる総務の森の利用者を自社の通販サイト誘導できるようになった。 

買収時、総務の森の月間閲覧数は130万ページビュー(PV)。


単体の収益が大きいわけではなかったが集客につながるPVの大きさが魅力で、1千万円以上を買収に投じた。 「一からサイトを立ち上げ、百万を超える閲覧数を獲得するのは簡単ではない」(カウネットの木下繁・執行役員)。

買収後、コンテンツを充実し月間閲覧数を二百万PVに伸ばした


ネット広告関連サービスを手掛ける大証ヘラクレス上場のアイレップは、昨年末に住宅メーカーの商品を紹介するサイト「総合住宅展示場」を1億2千万円で買収した。 サイトは住宅商品を紹介し掲載料を受け取るビジネスで、顧客は大手住宅メーカー。 「既に成功しているサイトを買収することで、新規参入のリスクを軽減できる」(紺野俊介専務)。


同社は多角化の一環として事業収益が得られる自社サイトの運営を模索中で、億単位の買収資金を投じた。


大証ヘラクレス上場で携帯電話向けコンテンツ提供のfonfun.。 今年1月、ネット通販に参入するため、香水の通販サイト「香水生活」を数千万円で買収した


頻繁に買い物をする利用者が三万人以上という同サイトの顧客基盤を獲得。

携帯サイト経由のネット通販事業に活用する考えだ。


明日に続きます。




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人品骨柄の人間学 惜福の工夫(小林一三が学んだこと)

2008年03月23日(日)

今日も昨日の続きで伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を皆さんと一緒にみていこうと思います。(この本は昭和53年に書かれたものです)


このところ、ずっと伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を土曜、日曜とみていっていて皆さんもある程度、伊藤肇という人物に興味を持たれた方もおられると思いますが私も今、再び読み返してみて思うのは相当にクセのある人物だなと思いました。

クセがあるからこそ人間であり、人間学なんだと妙に納得しています。


余談はこれくらいにして昨日の続きからみていきます。


ハンレイならずとも、人生のある時期、バカ当たりに当たるときが誰しもある。


そういう時は、何もしなくとも、富も名誉も地位も、どんどん、向こうからやってくる。

ところが、それを手当たり次第にとり込み、貪婪、飽くことを知らぬと、やがて、思いもかけぬことでつまずいて、下手をすれば没落してしまう


幸田露伴<明冶・大正にかけての文豪>は「幸福に遇う人を観ると、多くは惜福の工夫ある人だ」と、人生の英知を書きのこしているが、人間、あまりにも幸福すぎる時には、<待てよ!>と、その幸福を反省してみる必要があるのだ


阪急コンツェルンをつくって「今太閤」の名をほしいままにした小林一三が山陰地方を旅行している最中、偶然、古い友達にあい、懐かしさにひかれて、その宿をたずねた。 

その古い友人というのは、大阪で巨万の富をつくり、事業もますます発展していたので、小林は内心、「二号でもつれて遊びにきたのだろう」と思った。


ところが、宿の女中の案内で通された部屋は、みすぼらしい六畳一間で、そこに友だちと奥さんがぽつねんと坐っていた。

きけば「すでに二週間以上も、ここに滞在している」という。


怪訝に思った小林が「どうして、あなたほどの分限者が、こんな汚い部屋にいるのか」ときくと、意外な答が返ってきた。


「自分たちは、どう考えてみてもあまりにも恵まれすぎている。とにかく、無我夢中で働いているうちに運勢に恵まれて、このように何一つ不自由のない身分になったが、考えてみると、何だか恐ろしいみたいでひとつ厄払いをしようという気になり、毎年、ここへきて一ヵ月間、この汚い部屋で厄をはらっているのだ


小林は友人のこの一面突飛とも思える行動に頭を下げた。

人間というものはそういつまでもいいことばかり続くものではないからこういうものの考え方が必要になってくるのだ」と小林一三はしめくくった。


オックスフォード大学のドクター・ジーンスは「この宇宙には平均の法則というものがあって、太陽も地球も、その法則に従って動いている」といいきっているが、元国鉄総裁の石田礼助は、これを次のように敷衍している。


「人間、金をかせぐだけかせいで握ったら放さないでいると、必ず、神様がとりもどしにやってくる。 それも金だけならまだいいが、まかり間違うと自分の女房子供までもっていかれてしまう。 だから、神様が、この法則を実行される前に、自ら進んで『惜福の工夫』をすることが肝腎なのだ


以上ですが、なんか考えさせられますね。

お疲れ様でした。



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人品骨柄の人間学 惜福の工夫

2008年03月22日(土)

今日は土曜日ですのでいつもの様に土、日雑感で伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」皆さんと一緒読んでいこうと思います。 (この本が書かれた時期は昭和53年です)

ナンバー2の生き方


英雄というものは、まことに身勝手である。 用事のある間は、その人間を大切にするが、功業成って収穫期に入ると、かつては下へも置かぬほど大事にした功臣を次々と粛清してしまう


越王、勾践然り。 漢の高祖然り。 日本でも源頼朝、織田信長みな然りである。


マキャベリなどは「君主は宰相を優遇せよ。しかし、与えるもの以上を望ませるな」とか、「君主は愛されるより恐れられよ。恐れられるほうが安全である」とまでいっている。 

しかし、弾圧が昂じてくると、独裁者に反感をもつ連中は「ナンバー2」つまり将来の独裁者になるはずの人間のもとに集まってくる。

その動きを「今日の独裁者」がキャッチすると、直ちに「ナンバー2」をチェックし、時によっては消してしまう


かつて「大長征」のあげく、延安に逃げ込んで、穴居生活までして「患難」を共にしてきた同志を天下をとると同時に次々と失脚させたのは毛沢東である


前に「漢の高祖然り」と書いたが、その高祖に謀られて縛についた「股くぐり」で有名な韓信が「果シテ人ノ言ノ如シ。『狭兎死シテ走狗煮ラレ、飛鳥尽キテ良弓蔵メラレ、敵国破レテ謀臣亡ブ』ト。天下スデニ定マル臣、固ヨリ煮ラルベシ」と悲痛な台詞を吐いている。


まことに「ナンバー2」の生きかたはむつかしい


惜福の工夫


越王、勾践のもとをうまくのがれたハンレイは船で太湖から揚子江に入り、海に逃れて斉の国へ入った。 ここで「産ヲ冶メテ数千万ニ至ル」。そして「斉人、其ノ賢ヲ聞キ、以テ相ト為ス」とある。 ハンレイの識見、人物に惚れ込んで、宰相の地位に就いてほしいと懇願した。


越であれほどの手腕をふるい、あれほどの大功業を成しとげた人物だから、冶績は大いにあがり、数年は瞬く間に過ぎていった。


ここまでいきつくと、かなり修練を経た人物でも、つい驕慢になるものだが、ハンレイは「一実業家としては身にあまる財を築きあげた上に、平民から成りあがった者としては、最高の位である宰相にまでのぼりつめた自分だが、はてさて、金と名誉の両方を長い間、独占していたなら、必ず、不幸のもとになる」といって、尽く、その財を散じ、重宝<大事な宝>だけもって、人目をさけるように陶の国へ去った。


もちろん、陶でも実業家として、数億の資産を築き、「陶朱公」と自称したが、中国では、その後、富裕の表現に「陶朱の富」という成語をつかうようになった。


今日はここまでです。 お疲れ様でした。







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