今年一年を顧みて

2007年12月31日(月)

早くも大晦日ですね。


皆さんにとって今年は良い年でしたでしょうか?


私は今年になって初めてブログというモノに取り組み、何とかそれなりのカタチを作れたのでまあー自分なりには満足しています。


ただ、外部環境は新しい年を目前に控えて言うべきことではないかも知れませんが経済面を見ても今年に、その萌芽がありました。


サブプライム問題は山を越したのでしょうか、悲観的に見るより楽観的に見る方がいいのは解りますが、私は次への飛躍のための踊り場が用意されている感じがしないでもありません。


アメリカの住宅価格の下降トレンドが底打ちから反転にはまだ時間が掛かる様に思いますし、以前にこのブログでも書きましたが日本と違ってアメリカでは住宅ローンのデフォルト(債務不履行)は住宅価格がこの先、上がると見ればローンの支払いを続けますが、下がると思えばデフオルトするのに躊躇しません、なぜならローンの残高に求償はされないからです。


言われるところのリターンザキーというやつです。

文字通り銀行に家のキーを返せば全てチャラになります。

こういう背景があるだけにサブプライムだけでなくプライムも安閑ではありません。


アメリカの利下げトレンドが継続するのか、為替動向や商品市況も影響を与えます。

WTI価格は言うに及ばず。

全てはアメリカ発の動向が震源地です。


また、日本においては食品偽装などもありましたが、改正建築基準法、金融商品取引法の施行、貸金業法の総量規制など経済活動に影響を与える要件がそろっています。


他、政局も絡んでくると見れば何か混沌としています。

格差問題、高齢化などの出口はより見えなくなった様に感じられる昨今です。

悲観的な話しで締めて申し訳ありませんが、現実です。


晴ればかりでなく、雨が必要なときがあります。

雨降って地固まると行きたいですね、冒頭に書いた萌芽ということは新しい展開へ向かう生みの苦しみと思っています。


それでは皆さん良いお年をお迎え下さい。







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ミニブログ

2007年12月30日(日)

本日も土、日雑感です。

しかし、本当にせわしくなって来ましたね。


ミニブログって皆さんはご存知ですよね、私はついこの間までその存在すら知りませんでした。

今月の初めくらいだと思いますが、新聞でサラリーマン川柳風に紹介されていたのが印象的でそのときにはじめて知りました。


そこに掲載されていたのは次の様なものです。

「娘から 届く返事は 『別に』だけ」。


利用者が携帯電話やパソコンから送るメッセージをサイトに公開し、友人らとコミュニケーションを楽しむ「ミニブログが人気に。

KY(空気が読めない)お父さんがミニブログで娘に「最近元気かい?」と呼び掛けても素っ気ない返事ばかりとか。


という様な内容でしたので、私もどこかでKYと言われてるんだろうなーと思ったりしてミニブログを調べてみました。


やはりアメリカが発祥なんですね、今年の5月くらいから流行りだしているみたいですがSNSやブログが相手との濃いコミュニケーションや他人に読ませることを前提として記事を執筆することを負担に感じているユーザーがシンプルで緩いコミュニケーションでやりとりするのが特徴なんですね。


確かにSNS疲れじゃないですけどブログも相当疲れます。


ブログ記事の更新、もっと気楽にやる方法を私も考えて見ます。






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手を伝う心

2007年12月29日(土)

年末も押し詰まって来て土日でもありませんが、はじめにそういうことで決めましたので今回も土日雑感で記事を書きたいと思います。


年末の多忙な時期にふさわしい話題を見つけました。

26日の日経夕刊に掲載された、脳研究者の池谷裕二氏の「あすへの話題」というコラムを引用させていただきます。


以下、コラム記事


『手を貸す』と題された論文から

こんな実験だ。


既婚女性を集めて、手首に強い電気ショックを与える。 何度も刺激を繰り返すと、ショックを与えようとするだけで嫌悪の脳回路が活性化するようになる。

痛いのだから当然だろう。


そこで夫にも協力してもらう。 ベッドの脇でパートナーの手を握ってもらうのだ。

手首への電気刺激は同じだが、今回は最愛の夫が手を握っている。

さて、脳の反応はどう変化するだろうか。


微笑ましいことに、夫が手を差し伸べると、脳の嫌悪反応が減少することがわかった。

実際、嫌悪を感じたかと尋ねると「今回はそれほど苦痛ではなかった」と返ってくる。

見知らぬ人が手を差し伸べても嫌悪は減じないというから、これは夫だけが持っている「愛の力」ということになる。


目に見える愛情だけが愛情ではない。

ここでは手を差し伸べるだけで十分なのだ。


手を尽くす・手間が掛かる・手を焼く・手塩に掛ける・手を抜く――「手」に関する言語表現は枚挙に暇がない。

それほど手はシンボリックだ。 他者の脳さえもコントロールする力を秘めている。

先の実験でも、貸したのが足だったら効果は薄かっただろう。


「手を伝う」と書いて「手伝う」――まさに手は温柔敦厚(とんこう)な心の通い路だ。


ちなみにこの実験、仲のよい夫婦でないと鎮痛効果はなかったという。

逆に言えば、脳の反応を見れば、どれほど良好な関係を築いているかが一目瞭然なわけだ。


以上です。


年末で皆さんのお宅でも手伝ったり、手伝われたりというケースがいろいろあると思いますが、「手を伝う心」を感じることが多いでしょうね。





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