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田舎暮らし & 贈らない暮らし  2010年11月04日(木)
年を経てから田舎暮らしという選択することで,都会社会の枠から抜け出ることになり,そして今は田舎の圧倒的な血縁地縁社会にすんなり入って溶け込んでいるわけでもない。私達はちょうど中途半端なころ合いのところに存在し,日々を生きている。
「郷に入れば…」とは言うが,お互いに無理をしないでやっていくという距離感は結構大事だ。無理に合わせてようとしても,主張し過ぎてもうまくいかない。
都会でうまくやっていけないから,田舎暮らしをというのはむしろ難しいことが多いようだ。都会でも田舎でも,お互いを認め合って,それぞれが幸せというのが一番いい。あいまいなところで生きていく,田舎暮らし10年目というのも,一つの特技ではないかと思う今日この頃だ。

「歳暮」の季節がまたやってくる。「贈る」行為は社会生活の「潤滑油」だが,「間」に身を置くようになって,今の生活自体が社会からの一種の抜け落ちの場のようにみなされることも多く,今や贈ることも贈らないことですますこともできるようになった。ありがたいことだ。
だからこそ見えてくる。この時代に,不要不急な物を贈り合うことに対する懐疑。
世界自然保護基金(WWF)ジャパンの今年の発表では,日本人はエネルギーを必要以上に消費し,世界全体では、地球1.44個が必要な生活になってしまっているけど(森林や漁場、農地が持つ生産能力や、生活のために消費する化石燃料の量などを組みあわせて計算する)日本人の自然環境にかけている負荷は平均の1.5倍で、足りない分は外国からの「輸入」で補っている。

今や物はあふれかえり,吟味,選択し,手に入れている時代。贈られないことを喜ぶ人も増えている。それを感じる人,行動する人がもっと増えていいと思う。
Posted at 11:41 | 雑感 | この記事のURL
校長の子 1  2010年10月30日(土)
 昨日おとといと,師のお見舞いに,かつて住んだ大都会に行った。和歌山の最南端からはどこへ行くのも遠いのだ。

とった宿に, 友が二人も一緒に泊まってくれ,師への辛いお見舞い旅行が一転。何だか思いがけず楽しい修学旅行というあんばいになった。

 私は校長の子で相当のはねっかえりだった,いや,今も。

 同じく校長の子であった友の思いがけずも似たような過去の告白。色々話してたら,

「他にもいるよ。今度会わせる,もう一人校長の子」。

 70歳前後。巻き舌。威勢が良くて,たばこスパスパ。←ヨーガ者 う〜ん。関心は深まる。

 校長の子は はねっかえりが多いか?

 本音と建前のギャップを裏側から見て育つ。反発の歴史。親の決して果たしてはいない,理想を自分は実現してみせようと,もがく。その結果七転八倒してきた人生。

 人の嘘をよく見抜く。上に立つ人が怖くないどころか,表があれば裏もあるはずと隙を窺い,実際見てしまう。たしかに難しい人生を歩みそうな条件はいくつかある。

 父は他人の子には全く寛容を装ったけど,勉強ができないと,人間ではなかった。私は大学受験に失敗し,高校の卒業式にも出ず,親に恨みを抱きつつ出奔した。

 色々アルバイトや正社員もしたけど,社長とけんかしてやめてしまう。同僚や年下にはうけがいい…

 これでは駄目だと思いなおし,数年後に夜間の大学に入り,教員試験に合格し,採用された。

 一転し親は「やればできると思っていた!」と狂喜。(それ以前は,未熟児で生まれたので,少し頭がおかしいのではなどと言っていた…。)

 しかし,その数年後,20代でマンションを購入し(公務員なので女性でもローンが組めた)不動産屋におだてられたのがきっかけで,教員をやめ不動産業界に入った。

 それからはまたいばらの道を歩んできた… やめたことの報告以来,親は何も言わなくなった…
Posted at 05:49 | 雑感 | この記事のURL
プロフィール

は〜ま
子育て後に開始した農業(8年目にして農地を取得し本物百姓に)、建築工事、ヨーガ生活の3本柱を一日も手放なすことなく、どっこい生きてます。遊んで行ってください。ネットをうまくたどって現実の私達の世界にも遊びに来てください!
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