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Posted at 16:08 | イベント・お知らせ | この記事のURL
ついに起きた 原発事故 私の場合  2011年03月23日(水)
このたびの大地震の被害に合われた方々に心からお見舞い申し上げます。寒い地方でのこの時期の避難生活を思うと,雪国にくらしたことがある私には,大変さがひしひしと伝わります。
 
 日本列島どこにいても地震の被害は免れようがないことは,この年になるまでに随分学習させてもらいましたが,津波を伴っての被害がこれほどのものとは,遭遇するまでは誰にもわからなかったと思います。

 そして地震列島においての,この度の原発事故は起こるべくしておこったと私は思います。

 私は反原発の運動家達にある時期,引きずり込まれ,太陽電池をほとんど人が知らなかった時代に,自宅の屋根に500万円近くかけて太陽電池を取り付けました。

 平成3年に,当時私が建設業をしていた時,独立系の(12v)の太陽光発電システムを新築施工現場にプレゼントしたこともあります。

 石油エネルギーが残り少なく,しかも他のエネルギーがその頃(今も)望めなく,原発に向かわずを得ないこと。

 しかしながら,原発には「制御」という問題にあまりにも多くの懸念事項があることをその時代に学び,それまでにシティ派として,都会の生活を満喫していた自ら生活を省み,エネルギーをたくさん使う生活から,使わないで済む生活に心から変えたいと思ったのです。

 田舎暮らしは20年前からのヨーガの延長線上でもあったけど,同じ時期に学んだ脱原発が根底にあったことは紛れない事実です。

電気をたくさん使う生活をしている限り,今の時代,原発は必要という結論になるのでしょう。

 ひとたび暴れ出したら,制御は困難を極める。

 偉い人は遠くに避難しながら,一定レベルの被ばくカウントまで下請けのそのまた下請けの人足を使い捨てながら,成り立つ発電。そんなものに,果たして「誰もが平等に人間らしく生きられる」未来を委ねるべきものだろうか。

 原発に賛成か反対かを一般人が聞かれたことはありません。命にかかわることが,聞かれないままに,日本全国いたるところ50を越える原発がすでにできています。利権や政治家,御用学者の癒着,もの言わぬ人々はこの先も翻弄されるばかりでしょう。地震列島の日本,逃げ場はないのです。

Posted at 17:44 | この記事のURL
校長の子 2  2011年02月11日(金)
 私の思う「校長の子」の特質を表わす「はねっかえり」は,すべての「校長の子」に出現するのではなく、多感な時期にすでに親が校長であったというのが、一つの条件ではないかと思われる。

 先に生まれた兄弟は親が校長になる前の若い時の子として育てられるので,「校長の子」の特質を備えきれていない。「校長の子」の特質は世代の離れた下の兄弟や、末っ子に出る ノデハナイカ。
 一代で成り上がった校長や人格の陶冶が十分になされなかった「校長」にその種の「子」ができる ノデハナイカ。
先祖代々とか一族みな教育者などという家系には、「校長の子」は出現しにくい ノデハナイカ。

 で、私の子育てだが、親の真逆に行ってしまった。

 勉強は受験期に、本人がやりたくなってからでよい。小さな時は、体力づくりと心が大事と,学校の校庭を借り,「子供を外で遊ばせる会」をつくった。我が子を他の子の誘いだしの駒にし,外遊びに呆けさせた。塾は不要とし,毎年末の長期間,海外に乞食旅行に連れ出した。

 のびのび子育ての結果は、子が評価するだろう。今の私のように…

ほんとうは、何だって、ほどほどがいいのだろうが、ほどほどとはいかないのが、「はねっかえり」の真骨頂なのだ。

 昔はさんざんのろった我親であったが、今は結構良かったと思っている。何故なら、自らは実現できていなくても、ある種の基本線と理想を親は私に掲げた。私は正義感が強すぎることも、理想を追うことにも、人に正しいと思うことを強制することも。多くのリスクが伴うことを長い時間をかけて、自分の人生で知った。まだまだ勉強中だけど、いい人生が開けてきて、心穏やかな老後を迎えだした今日このごろなのだ。

 今なら言える。父よ母よ。あなたの子であったことを私は面白く思い,感謝している。「校長の子」にはリスクがあるが、大化けすることもある。悲観しないで、頑張れ。もし読んでいるあなたがもしもそうだとしたら。

Posted at 13:35 | この記事のURL
餅送れない今年 2  2010年12月25日(土)
 購入時の家の状況がわからない人用に追加写真の大サービス
Posted at 20:16 | 日々の暮らし | この記事のURL
暮の餅が今年は送れない…  2010年12月25日(土)
孫様お子様 <(_ _)> 

キッチンの工事が年内に終わるかどうかの瀬戸際になった。母屋の約1/2を占める,広いキッチン&玄関なので,(田舎暮らしは食材の加工場が不可欠)これが終わればあとは,工事完了は目前なのだが… どうしても,年内に塗装工事まで終えたい。

ご飯をキッチンで食べる生活を新春3年目にしてできるかどうかの暮れなのだ。餅つきもパン焼きも味噌作りも全部外でやってきた。そんな3年目の意地もある。
こんな文を書いてる間に餅をつけと言われそうだが,こんな文なら30分で済むのだ。

作業小屋や育苗ハウス,倉庫,蔵,ゲスト用水洗トイレと水場,大きな犬の家などはいくつ作っても,これらはカウントされない。何にもない荒地から出発するのは容易なことではない。だからこそ面白いとも言える…

一般的には新築の方がずっと早くできるのだが,勿論お金のこともあるし,夫婦で農作業の合間にできるリフォームを選択。何でも大切に使いまわしてきた,昔の人作った家は梁も柱も,屋根のタルキもひとつとして同じサイズでそろってはいない。ホゾ穴や釘痕があちこち無関係に空いている。もともとその家の為の材料を使って建ててなぞいないのだ。

 水平やたてりも,どこもかしこもまっすぐなところがひとつとしてない。何をやるにもまず腕組みから出発することになる。だからこんなにかかっている…

夫婦の工事における力関係  木工事:妻>夫 電気:夫>妻 板金:妻>夫 給排水:夫>妻 塗装:妻>夫 左官:夫>妻 設計企画:妻>夫
Posted at 16:58 | この記事のURL
趣味の季節  2010年11月11日(木)
 収穫したものを形に残すのも結構大変で,楽しいお仕事です。
Posted at 16:44 | 日々の暮らし | この記事のURL
趣味の旅行  2010年11月11日(木)
友人に電話で報告したら,「まあ趣味人ねえ」と言われたので,お題に拝借。
 
 最後の大仕事,麦播きの前1泊で趣味の旅行入れました。

 北陸の某河原にぐみとりです。交通費とレンタカー込みで高いお酒になります。
秋ぐみの酒は5年以上寝かせると絶品です。夫(主に収穫する人…)はお酒飲めません。
                       m(__)m

  大酒飲みは,待てずに早く飲みすぎて「うまい!」ぐみ酒を味わうことができません。
 
  春ぐみはいけません。(食べるのにおいしいのと,酒にしたらうま〜いのは別)

 家の庭に植えたけど,今年は5粒だけの収穫。来年は期待できます。

大好きだった護国寺の市にも顔を出し,灰かきヘラ(火ばちの灰寄せや描きに使用)を
2本500円でゲット。ふふ。
Posted at 16:40 | 日々の暮らし | この記事のURL
田舎暮らし & 贈らない暮らし  2010年11月04日(木)
年を経てから田舎暮らしという選択することで,都会社会の枠から抜け出ることになり,そして今は田舎の圧倒的な血縁地縁社会にすんなり入って溶け込んでいるわけでもない。私達はちょうど中途半端なころ合いのところに存在し,日々を生きている。
「郷に入れば…」とは言うが,お互いに無理をしないでやっていくという距離感は結構大事だ。無理に合わせてようとしても,主張し過ぎてもうまくいかない。
都会でうまくやっていけないから,田舎暮らしをというのはむしろ難しいことが多いようだ。都会でも田舎でも,お互いを認め合って,それぞれが幸せというのが一番いい。あいまいなところで生きていく,田舎暮らし10年目というのも,一つの特技ではないかと思う今日この頃だ。

「歳暮」の季節がまたやってくる。「贈る」行為は社会生活の「潤滑油」だが,「間」に身を置くようになって,今の生活自体が社会からの一種の抜け落ちの場のようにみなされることも多く,今や贈ることも贈らないことですますこともできるようになった。ありがたいことだ。
だからこそ見えてくる。この時代に,不要不急な物を贈り合うことに対する懐疑。
世界自然保護基金(WWF)ジャパンの今年の発表では,日本人はエネルギーを必要以上に消費し,世界全体では、地球1.44個が必要な生活になってしまっているけど(森林や漁場、農地が持つ生産能力や、生活のために消費する化石燃料の量などを組みあわせて計算する)日本人の自然環境にかけている負荷は平均の1.5倍で、足りない分は外国からの「輸入」で補っている。

今や物はあふれかえり,吟味,選択し,手に入れている時代。贈られないことを喜ぶ人も増えている。それを感じる人,行動する人がもっと増えていいと思う。
Posted at 11:41 | 雑感 | この記事のURL
校長の子 1  2010年10月30日(土)
 昨日おとといと,師のお見舞いに,かつて住んだ大都会に行った。和歌山の最南端からはどこへ行くのも遠いのだ。

とった宿に, 友が二人も一緒に泊まってくれ,師への辛いお見舞い旅行が一転。何だか思いがけず楽しい修学旅行というあんばいになった。

 私は校長の子で相当のはねっかえりだった,いや,今も。

 同じく校長の子であった友の思いがけずも似たような過去の告白。色々話してたら,

「他にもいるよ。今度会わせる,もう一人校長の子」。

 70歳前後。巻き舌。威勢が良くて,たばこスパスパ。←ヨーガ者 う〜ん。関心は深まる。

 校長の子は はねっかえりが多いか?

 本音と建前のギャップを裏側から見て育つ。反発の歴史。親の決して果たしてはいない,理想を自分は実現してみせようと,もがく。その結果七転八倒してきた人生。

 人の嘘をよく見抜く。上に立つ人が怖くないどころか,表があれば裏もあるはずと隙を窺い,実際見てしまう。たしかに難しい人生を歩みそうな条件はいくつかある。

 父は他人の子には全く寛容を装ったけど,勉強ができないと,人間ではなかった。私は大学受験に失敗し,高校の卒業式にも出ず,親に恨みを抱きつつ出奔した。

 色々アルバイトや正社員もしたけど,社長とけんかしてやめてしまう。同僚や年下にはうけがいい…

 これでは駄目だと思いなおし,数年後に夜間の大学に入り,教員試験に合格し,採用された。

 一転し親は「やればできると思っていた!」と狂喜。(それ以前は,未熟児で生まれたので,少し頭がおかしいのではなどと言っていた…。)

 しかし,その数年後,20代でマンションを購入し(公務員なので女性でもローンが組めた)不動産屋におだてられたのがきっかけで,教員をやめ不動産業界に入った。

 それからはまたいばらの道を歩んできた… やめたことの報告以来,親は何も言わなくなった…
Posted at 05:49 | 雑感 | この記事のURL
今年のお米販売開始中!  2010年10月01日(金)
 おいしいですよ!もちもちしていて,「さめてもおいしい!」「メッチャおいしい!」と嬉しい言葉をいただいています。

 今年は猛暑の為,苦労して,水を絶やさず入れておりました。

 周辺では,全くできが悪かったという声も聞こえてきていますが,亜熱帯のような気候では,今後水管理がますます重要になると思っています。

 一切の農薬を使用せず,使用の有機肥料も極めて控えめで育てました。山奥の為,薬の近隣飛散なく,水環境も最高です。

 5Kgからの注文可能です。

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Posted at 07:40 | イベント・お知らせ | この記事のURL
プロフィール

は〜ま
子育て後に開始した農業(8年目にして農地を取得し本物百姓に)、建築工事、ヨーガ生活の3本柱を一日も手放なすことなく、どっこい生きてます。遊んで行ってください。ネットをうまくたどって現実の私達の世界にも遊びに来てください!
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