アーサー・C・クラークが遺したもの
2008年03月22日(土)
今朝の朝日新聞・文化面で、「未来への夢、宇宙への夢 アーサー・C・クラーク氏を悼む」(巽孝之 慶應義塾大教授)というコラムを読んで訃報を知りました。一部引用させていただきます。1945年、人工衛星スプートニク打ち上げまで10年あまり先駆けた時代に発表した科学技術的な論考「地球外中継」によって、衛星通信の到来を予想し、以後も衛星利用の天気予報はもちろん、電脳空間やインターネット、携帯電話の普及する時代すら見通していくこの作家は、そのアイディアで特許を取っておかなかったことで、「億万長者になるチャンスをみすみす逃した」とうそぶいていたものである。何とも、スゴい人だったんですね。「申し分なく発展を遂げた科学技術は魔法と見分けがつかない」そんな名言もあるそうです。偉大なナイトに敬意を表し、以下、Googleニュースで見つけた各社の訃報をサマリしておきます。「2001年宇宙の旅」作者、スリランカで死去 | エンタテインメント | Reuters2008年 03月 19日 08:33 JST クラークさんは昨年12月、90歳の誕生日に友人向けの別れのメッセージを録音。その中で、生きているうちに地球外生命体が存在する証拠を見たかったと述べていた。CNN.co.jp:A・C・クラーク氏死去 「2001年宇宙の旅」作者2008.03.19 Web posted at: 09:34 JST Updated - CNN(CNN) 著名SF作家のアーサー・C・クラーク氏が19日未明、スリランカの主要都市コロンボの病院で死去した。90歳だった。非営利団体アーサー・C・クラーク基金の関係者が明らかにした。 第二次世界大戦中の英空軍将校時代にレーダーの開発を担当。1945年に無線関連雑誌に、衛星通信の構想を提示する論文を寄稿した。 asahi.com:SF作家のアーサー・C・クラーク氏が死去 - 文化一般 - 文化・芸能2008年03月19日10時38分 ダイビングを愛し、スリランカの海に魅せられて56年に移住。同国の伝説をもとにした「楽園の泉」を発表。「宇宙のランデヴー」に続き、この作品でもヒューゴー、ネビュラ両賞をダブル受賞した。 精力的に小説を発表する一方で、科学技術の振興にも尽力。95年には英リバプール大の名誉博士号を受けている。訃報:アーサー・C・クラークさん90歳=世界的SF作家 - 毎日jp(毎日新聞)毎日新聞 2008年3月19日 11時07分 (最終更新時間 3月19日 19時34分) 45年、通信衛星を静止軌道で使う理論を発表。同理論はその後実現し、静止軌道は今もクラーク軌道と呼ばれる。このころ、2000年までに人類が月に到達することも“予言”した。~中略~ AP通信によると、SFの優れた作品に与えられるネビュラ賞を3回、ヒューゴー賞を2回受賞。00年、英国のナイト爵位を授与された。SF作家のアーサー・C・クラーク氏が死去--「2001年宇宙の旅」など作品多数:ニュース - CNET Japan2008/03/19 11:28SF界の大御所Arthur C. Clarke氏が死去したと、各種メディアが報じている。 米国時間3月18日午後3時現在、Clarke氏に関するWikipediaのページはすでにアップデートされており、上部に「この記事は最近亡くなった人物に関するものです」と書かれている。「2001年宇宙の旅」アーサー・C・クラーク氏が死去 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)(2008年3月19日12時51分 読売新聞)56年にスリランカに移住、水中探査などにも取り組んだ。TechCrunch Japanese アーカイブ » さらば、アーサー・C・クラーク(1917~2008)クラークは、2000年にナイトの称号を与えられ、2001年の火星探査機「2001マーズ・オデッセイ」はクラークに因んで命名された。晩年オンラインに参加するには齢を重ねすぎていたが、彼の先見性のある数々の功績は、今日の技術の多くを作り出した世代を鼓舞してきた。時事ドットコム:アーサー・C・クラーク氏死去=SF小説「2001年宇宙の旅」の巨匠 40年代に通信衛星のアイデアを示し、2000年までの人類による月面着陸を予言。「宇宙文明論」など科学解説書も執筆し、テレビの科学番組やSF映画でも活躍した。後年はスリランカに暮らしていた。成長を止めない精神:40年来の友人によるアーサー・C・クラークへの弔辞(2) | WIRED VISION 40年に及ぶ交流の間に、私は、スリランカのクラーク氏を4回訪れた。具体的には、1983年と、1993年(雑誌版ワイアードの取材)、1996年(『スタートレック』に関する本のため。『スタートレック』は、生みの親であるジーン・ロッデンベリー氏の、クラーク氏に対するあこがれから誕生したものだ)、そして2005年だ。 コロンボ郊外にあるクラーク氏の「テクノ・オアシス」を訪れるたびに、私は同氏のレーダーにひっかかった最新のガジェット、本、動画、おもちゃ、ジョークにひっきりなしに触れる...