新橋に橋がない件
2008年06月06日(金)




この歩道橋が地名の由来?
なんてことがあるわけないと
鉄道発祥の地として名高い「新橋」ですが、ホントは徒歩10分ぐらい離れた『新橋演舞場』あたりの地名だったんだと、どこぞで読んだか聞いた記憶あり。
かつて、尊皇攘夷で江戸幕府が倒れた明治維新の頃、新政府の役人は薩摩長州の面々で占められましたが、彼らに江戸の土地勘がなかったがために、東京の新しい区割りをする際に「エイや!」と決められてしまったそうです。
再開発の進む汐留にやってきて、首都高の下を無理矢理くぐらされる歩道橋を歩きながら、明治も昭和も、お役人の考えること・することってのは大して進化してないもんなんだなぁーと気づかされた感じです。
ここ最近、官公庁や旧・現業系の案件が続いてまして、彼らの要件を見れば見るほど、も少しマシなものに仕上がるように提案の余地を与えてくれればと思いながら、要求仕様に則した提案にならざるを得ないところがちょっとストレスになってます。
ま、
これが民間だからって、大きな組織が相手の時はさして変わらないものなんですけどね。
とは言えこちらもその道のプロと見ていただいたから提案の機会をいただけているわけで、それなりにノウハウを盛り込むところに面白味があるわけです。
汐留再開発以前は、この地区のランドマークだった黒川紀章氏デザインのビルを見上げてみて、独創的な提案を許容してもらえるようになるまでの努力があったからこその成果物だったんだろうなと想像してみた次第です。
オススメ・スポンサーサイト: 東京 | デザイン | ノウハウ | ストレス | 新橋 | 鉄道
