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てっちゃん
鉄屋家業3代目の変人です。タイしたモノではございません。

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千鳥が淵にて

2008年03月29日(土)
結婚記念日にカミさんと千鳥が淵に行った
まだライトアップされていないのが残念だが
ちょうど桜が満開で見頃だった
靖国神社に行くとゴザを敷いて勤め帰りの人々の
宴会があちこちで賑やかに行われていた
このパッと咲いてアッと言う間に散る桜の花は
日本人の気質に合うらしい、例えば幕末の志士
坂本龍馬、高杉晋作、西郷隆盛、大久保利通
松下村塾の吉田松陰、薩摩藩主の島津斉彬
そして源平合戦の源九郎義経も
活躍した期間は短いが歴史に残した業績は重い
そして皆が非業の死を遂げている…
活躍した期間はともかく一瞬のキラメキは素晴らしい
人の業績はどのように評価されるのだろうか?
そんなこと考えることがバカなのかも知れないと思い
桜を見ながら飲んだビールがヤケに美味しかった


Posted by てっちゃん at 16:09  / この記事の詳細
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K製鉄所にて

2008年03月25日(火)
先日K製鉄所を見学に行った
日本は資源の無い国だ
鉄鉱石、石炭、石油すべて外国からの輸入に頼っている
特に今はこのような天然資源やレアメタルが不足している
日本の鉄鋼業は本当に大丈夫なのだろうか
K製鉄所を見学したらこのような不安は吹き飛んだ
高炉、転炉、連続鋳造、圧延設備どこに行っても人が少ない
すべて自動で管理されているのだ
人が居るのはコンピューターの並んだ制御室の中
それだけファクトリー・オートメーションが進んでいる
大きな製鉄所に過去の人数の20%程度で操業している
こんな技術を外国の企業がマネ出来るはずがないと思う
自動車部品に使われる特殊鋼は日本製以外に置換でき無い
それ程品質の差があまりに大きいのだ
日本の鉄鋼業は永久に不滅とは言わないが
多分10年位は外国の技術は追いつけないと思う


Posted by てっちゃん at 15:07  / この記事の詳細
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草津でスノーシュー

2008年03月24日(月)
マラソン友人I氏とF社長夫妻と草津温泉に行った
朝起きると絶好の快晴気分は最高で天狗山に向かう
リフトに乗ろうとしたらスノーシューはダメと拒否される
仕方なく電話でタクシーを呼び殺生ロープウェイ駅に到着
ゴンドラで頂上駅まで行きパトロールにツアー許可を申請する
亜硫酸ガス発生地点の注意などを聞き、9:45に出発!
志賀の山々を見ながら逢の峰を巻くと弓池は完全に凍結していた
白根山の湯釜を見ようと思ったが冬季は規制で入れないとのこと
雪に埋もれた国道を跨いで芳が平まで赤いポールを目印に
迷いの道を二本ストックで快調なリズムで飛ばす
雪に覆われた苗場山に見とれているとボーダーに追い抜かれた
下りの急坂でI氏とF社長が滑り落ちるのを見て笑ってしまう
11時にイヌに吠えられながらヒュッテの管理人に到着を告げる
I氏がコッヘルでコーヒーを湧かしてくれた、美味い
一休みして黄色い旗を目印に出発すると本日の難所の急坂を下る
この先で川に掛かった細い橋がツルツルに凍結していた
ここを慎重に通過すると、この先はクネクネとした林間の道だ
常布の滝は冬季のせいか水量が少なかった、香草を経て
天狗山のパトロールに着いたのは14時、予定より1時間早い
温泉に入って一休みしてからマイカーで帰途につく
白根火山ルートを下ると正面に浅間山が雄大だった


Posted by てっちゃん at 18:05  / この記事の詳細
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経営品質賞について

2008年03月16日(日)
板橋経営品質賞の「優秀賞」を受賞した
最初に「特別賞」を貰い、その後2年続けて「奨励賞」
4年目の今年は460点と年々点数が上がってきた
経営品質賞は企業を千点満点で評価する仕組みだが
500点で「大賞」なのでもう一頑張りのところまで来た
経営品質賞って何だろうか?
企業を評価するのだが儲かっている会社を表彰する訳ではない
総合的にみて良い会社でなければ評価されない
顧客満足、社員満足、経営理念、情報共有、環境保護、社会貢献
当たり前のことだが利益を上げている事は絶対条件だ
自社の強み弱みを整理してベンチマークなどで改善に結びつけ
気づきを促し企業変革のPDCAサイクルを廻し続ける
でも一番大切なのはカテゴリー5ではないだろうか?
やはり「企業は人なり」に帰っていくような気がする
経営品質賞に取り組んだお陰で社員が毎年成長している
自主的に考え創造性を発揮して仕事に取り組む社員が増えている
元気で雰囲気が明るくて社員が夢や希望を語れるような
そんな会社を創るために経営品質賞の活用をお薦めしたい


Posted by てっちゃん at 10:56  / この記事の詳細
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マータイさん自伝(4)

2008年03月13日(木)
彼女の始めたグリーンベルト運動は世界的な広がりを展開する
世界的名声が高まるのと裏腹にケニア国内では要注意人物として
常に政府からマークされ命の危険を感じ隠れ家で生活する
そこにナイロビ郊外の「カルラの森」を伐採する開発計画が
彼女は身の危険を顧みずに立ち上がり抗議活動を再開した
警官隊に殴られ頭から大量の血を流し失神、病院に担ぎ込まれ
また投獄され、監獄から出ると命を狙われ隠れ家を転々とする
それでも、くじけなかった…
そして数年後またこの大規模な開発計画も白紙に戻るのだ
2002年、ケニアの国会議員に立候補すると98%の圧倒的な
支持率で当選し、環境副大臣に任命される
2004年、ノルウェー大使から突然の電話が入る
信じられないことが…
世界で始めて環境活動家としてノーベル平和賞が授与された
今、彼女は世界中にグリーンベルト運動を広げるために
環境保護活動家として世界中を飛び回っている
彼女の絶対に「くじけない!」精神力に敬意を表し
今後のますますのご活躍をお祈りします(終わり)


Posted by てっちゃん at 08:46  / この記事の詳細
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マータイさん自伝(3)

2008年03月12日(水)
環境保護活動家としての名声が高まり世界的に講演活動を依頼される
政治家の妻、3人の子供の母、主婦としての家事、大学教授として、
その上に環境活動家としての仕事が加わり、幾ら多才な彼女も限界が
政治家の夫とのすれ違い生活が続きついに最愛の人から離婚申し入れ
離婚調停を法廷で争う内に裁判官に対する不用意な発言を咎められる
裁判官に対する侮辱罪として有罪の判決を受け獄中生活を経験する
大学教授の職も解雇され無収入になり子供とともに極貧生活を体験
ついに子供の養育を諦め離婚した夫のもとに子供達を送り届けると
彼女は仕事と家庭と子供と最愛のものを全て失い一人で泣き続ける
希望を失った孤独な毎日が続くことに
しかし、ここから「私に残されたものはグリーンベルト運動しかない
一生を環境保護活動に捧げよう」と決意し、彼女は立ち直るのだ
そこに、ナイロビ市で一番広い市民の憩い場ウフル公園を潰して
高層ビル、ショッピングセンター、ホテル、駐車場等を建設する
大規模な開発計画が政府から発表された
彼女はついに立ち上がって政府に対して公然と反対運動を繰り広げる
公園での抗議演説やハンスト活動、市民を巻き込んで抗議集会
怒った大統領は警官隊を差し向け殴られ逮捕され何回も投獄される
それでも、くじけなかった…
そして数年後ついにこの開発計画は白紙に戻るのだ(続く)


Posted by てっちゃん at 12:00  / この記事の詳細
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マータイさん自伝(2)

2008年03月11日(火)
故郷に帰ったマータイさんは愕然とする
子供の頃に育った森林が失われ野性動物が姿を消している
川から水が枯れ、緑豊かだった山は樹木が伐採され崩落寸前
伐採された森は大規模農場になりコーヒーや茶畑に変わった
貨幣経済に変わり外貨を稼ぐ作物を植えることが奨励され
昔からの農産物を手作業で育てる農業が姿を消してしまった
農地から追い出された人々は都市に溢れ貧困が蔓延している
マータイさんが子供の頃は食べ物に困ることは無く
貧しいとはいえ平和で部族同士の争いも無かったのに
森林伐採が原因で砂漠化が進行し部族同士の土地争いが多発
環境が破壊され人々の心がすさんでいくのを目のあたりにして
何とかしなくては…、どうすれば良いのだろうか?
そうだ故郷に森を復活させよう、そう心に決めたマータイさんは
苗木を植える活動=グリーンベルト活動を始める、そして彼女が
一本の苗木を植えた活動は後に3千万本の苗木を植える活動として
地球規模で展開されていくことになるとは誰が予想しただろうか
彼女の始めたグリーンベルト運動は世界的に認知されて行き
マータイさんの環境保護活動家としての名声は高まっていったが
これが原因で非情な運命が次々とわき起こってくるのだ(続く)


Posted by てっちゃん at 11:45  / この記事の詳細
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ワンガリ・マータイ自伝を読んで(1)

2008年03月10日(月)
マータイさんはグリーンベルト運動という植樹活動を推進して
環境保護を訴え、2004年にノーベル平和賞を受賞
日本にも来て「モッタイナイ!」という言葉を再認識させた
アフリカから来た太ったオバサンという認識しかなかった
私はこの本を読んで「こんなに苦労してきたの!」と驚かされた
マータイさんは1940年、英国植民地ケニアの田舎で生まれる
女性は小学校にも行かせて貰えないこの地域で、彼女は活発で
頭が良いのが評判となり何キロも歩いて小学校に通うことになる
成績抜群で12歳で家族と別れ全寮制中学校に入学を許可される
更に高校に入学を許可される、この時始めて靴を履いたそうだ
この頃は自分の村に帰り学校の先生になることを夢見ていたが
何と奨学資金を貰いアメリカの大学に入学を許可されることに
生物学を学ぶ傍ら「自由、平等、民主主義」にふれ啓発を受ける
さらにドイツの大学で博士号を取得する、そして独立した故郷の
ケニアに帰りナイロビ大学の講師に、そして教授に昇進する
結婚し夫のムワンギさんが国会議員に当選、2男1女に恵まれる
ここまでは順風満帆であったが…
さて、これから大変なことが連発することになるのだ(続く)


Posted by てっちゃん at 14:34  / この記事の詳細
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直島にて

2008年03月07日(金)
地方を活性化するにはどうすれば良いのだろうか?
観光客を呼び寄せるために飛行場や高速道路を建設する
立派なホテル、ゴルフ場、テーマパークを創り
豪華な料理を出し夜はスナック酒浸りで大騒ぎをさせる
そのような地方活性化の巨額投資案件はすべて失敗している
そんな事で継続的な顧客を得ることが出来るはずがない
直島の「家プロジェクト」は地方活性化の成功例だろう
過疎化と高齢化で悩む島でたまたま売りに出た廃屋を買い取り
改築して「シー・オブ・タイム」と言う現代アートに変え
下は5歳から上は95歳の島民に参加して貰った「角屋」
「はいしゃ」は昔の歯医者の家を改造して夢のある場所を演出
「南寺」は真っ暗な空間に誘われるが5分から10分経つと
目が慣れるに従って正面に今まで見えなかったスクリーンを
発見して驚かされる心憎い演出のジェームズ・タレルの作品
これらの作品に啓発され今まで元気の無かった住民が
自信を取り戻して街を美化するために花を植え清掃をする
直島ではそんな活性化の方法があったことを実感させられた


Posted by てっちゃん at 18:39  / この記事の詳細
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地中美術館にて

2008年03月06日(木)
山を削って地下に美術館を創ってしまう
こんな構想はどうやって出てきたのだろうか?
安藤忠雄氏が設計したこの建築物に入ると
わずかに斜めの回廊とふたつの不思議な中庭を持つ
建物自体が洗練されたアートと気付かされる
展示されている作品はわずかで作者は3人だけ
靴を脱いで大理石の白い壁の部屋に入ると
クロード・モネの晩年の大作4枚の「睡蓮」の絵
印象派の作品と天井から射す淡い光のバランスが絶妙だ
隣の大きな部屋には現代作家ウォルター・デ・マリアの
「タイム、タイムレス、ノータイム」に圧倒される
真ん中に置かれた御影石の大きな球体は金色の柱と
白い壁の部屋と天井から差す光のコラボレーションに感激
次は光をテーマとして追求するジェームズ・タレルの3部屋
「オープンフィールド」という部屋に入ると自分の体が
光の中に入っていくという不思議な体験ができる
地中カフェでお茶を飲むと瀬戸内海が目の前に広がった
http://www.naoshima-is.co.jp/


Posted by てっちゃん at 10:47  / この記事の詳細
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