上海のサービス水準が高く思えるとき

2009年01月19日(月)
ある上海近郊の都市で、昼食のためラーメンチェーン店に入りました。

○ある従業員に注文を頼もうと思って、大声で「注文!」と言ったところ、目が合っているにもかかわらず、お茶を運ぶばかりで、注文をとろうとしない。他の従業員は、近寄っても来ない。

○その従業員は、二人連れの客のためにお茶を二杯運び、一旦戻った後、次に一人連れの客のためにお茶を一杯運んでいる。そんなことを繰り返すこと4回。一度にたくさんのお茶を運べば、一度で済む仕事。

○しかも、その従業員の前掛けには、注文をとるための紙とペンが入っている。お茶を運ぶついでに注文をとれば、効率があがるはず。

○私は、一番ノーマルなラーメンと餃子を注文したが、最初に運ばれてきたのは、焼き鳥、その次に運ばれてきたのが辛い麺、次に運ばれてきたのはチャーハン、その次は、異なる二種類のラーメンを持ってきて、「どちらがあなたのですか?」と聞かれた。

普段、上海で生活しているので、上海のサービスレベルを普通だと思ってしまいますが、上海は実は相当レベルが高いと感じました。


そのような中、同じ都市で、ある日系企業の製造工場を訪問してきました。
この工場には、従業員に技能が求められる工程があります。
技能とは、いろいろ定義があると思いますが、一つの側面からみると、現場で予期できないことが起きた時の解決能力だと思います。
中国で、従業員に技能を身につけさせることに苦労している企業が多い中、この企業は、成功しているように見えました。とはいえ、簡単なことではなく、いろいろなことを試しながら、現在の状況を達成してきたようです。

日本製造業の強さの一つの秘訣は、この技能の力にあります。日本での技能力を高めることももちろん大事ですが、この中国でいかに従業員に技能の力をつけさせるか、重要な課題です。難題ですが。

Posted by 岩田泰 at 23:33  / 各地を訪れました  / この記事の詳細
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寧波セミナーと杭州湾大橋

2008年12月16日(火)
12月14日は、日帰りで寧波に行ってきました。寧波日商倶楽部の忘年会の機会を活用させていただき、セミナーを開催してきました。

セミナーは、9月23日に上海で開催した「日系企業が見落としがちな会計の盲点セミナー」とほぼ同じ内容ですので、詳細は、このURLを参照にしてください。

http://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/central_east/seminar0809_02.html

寧波でも、上海と同じく上海誠鋭実業有限公司の葉家胤総経理に講師を務めていただきました。

上海でも空前絶後の好評を博したのですが、寧波でも幸い非常に良い評価をいただきました。

で、車で往復したのですが、初めて「杭州湾大橋」(杭州湾跨海大橋)を通りました。今年、上海近郊で開通した2本の大橋のうち、揚子江を跨ぐ蘇南大橋は開通早々に通ったのですが、杭州湾大橋はなかなか機会がなく、開通から半年経過してようやく通ることができました。

この橋は、海の上にかかる橋としては世界最長とのことで、全長36km、海上は32kmあるそうです。確かに、制限時速100kmで走ると、20分かかります。やたら長く感じました。開通直後は相当渋滞していたようですが、今は全く混んでいません。おかげで、上海の虹橋から寧波の市街地まで2時間半弱で着くことができました。

この橋と平行して鉄道用の橋梁を建設する計画もあると、動向していた葉総経理が言っていました。もしそうだとしたら、かなりモノの流れが変わってくるかもしれません。自然の良港として名高い寧波港の魅力も増してくるかもしれません。

また、現在、ちょうど中間地点に、海ほたるのような施設を作っていました。いったい、どういう建築物ができあがるのかわかりませんが、すごい人気の観光スポットになることは間違いないでしょう。完成したら行ってみたいものです。



Posted by 岩田泰 at 23:42  / 各地を訪れました  / この記事の詳細
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北京空港第三ターミナル出発編

2008年11月23日(日)
直前の投稿と時系列が前後しますが、19日、北京空港第三ターミナルの出発ロビーを初めて利用しました。

スタバ好きの私としては、スタバがあったのに感動!ぎりぎりまでスタバにいて、ダッシュで安全検査に向かいました。

ホテルで朝食をとれないほど早かったので、空港で朝食をとろうと考えていたのですが、「どうせ30元くらいする麺しかないのだろうな」と思っていたら、上海で見かけたことのある「東方既白」という、中華系ファーストフード店が入っていましたので、思わず入りました。

上海では入ったことがないのでメニューはよく知らなかったのですが、いろいろと種類がありました。私は、お粥と油条を注文し、全部で9元でした。味もそこそこで、満足度は高かったです。

そういえば、確か中国のKFCとは営業主体が同じなので、店のいたるところに、カーネルサンダースの似顔絵と一緒に「KFCの兄弟ブランド」と書いてありました。

Posted by 岩田泰 at 00:40  / 各地を訪れました  / この記事の詳細
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四川大学蘇州研究院

2008年11月22日(土)
蘇州市に、「蘇州工業園区」という開発区があります。これは、中国政府とシンガポール政府との合作プロジェクトによって整備された開発区で、蘇州市の東部にあります。

蘇州工業園区の中には、「独墅湖高等教育区」というエリアがあり、中国科学大学、西安交通大学、東南大学、南京大学などが研究院を設けています。このエリアにあって、2007年秋、「四川大学蘇州研究院」が開校しました。縁あってこの研究院の教授と知り合い、今日、ここのMBAコースで、「日本経済と日中経済関係」というテーマで講義をしてきました。

通訳を介しながらの講義ですので、それほど濃い内容の話はできませんでしたが、学生の熱心な姿勢が非常に伝わってきました。先日、中国で経営者育成を進めている南富士産業の杉山社長とお会いした際、日本の大学における講義の風景と中国の大学における講義の風景とを写真で見せていただきましたが、愕然とさせられるものがありました。今日は、その中国側の講義の風景を目の当たりにすることができ、自分にとっても非常に刺激になりました。

ちなみに、この「独墅湖高等教育区」は、非常によく整備されており、学習環境として恵まれているように思いました。中国の一流大学大学ではないかもしれませんが、それでも各地のトップクラスの大学が進出してきています。蘇州というと、日系企業から見ると「製造現場」という印象になりますが、このような高等教育機関が充実していれば、かなりの高級人材も輩出されているように思いました。

Posted by 岩田泰 at 23:50  / 各地を訪れました  / この記事の詳細
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北京空港第三ターミナル

2008年11月15日(土)
今日、初めてオリンピック直前に完成した北京空港第三ターミナル(新楼)に足を踏み入れました。

まず、飛行機を降りてからバスに乗ったのですが、バスが動いてからターミナルに着くまで10分。降りてからターンテーブルまで歩いて3分。ターンテーブルが動き出すのを待つこと11分。そこからタクシー乗り場まで徒歩とエレベータで5分。これを遅いとみるかどうかは人によって違うと思いますので、あえて感想は書きませんが。

今回は、上海に戻るときも、第三ターミナルだと思うので、楽しみです。


Posted by 岩田泰 at 03:02  / 各地を訪れました  / この記事の詳細
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四川省都江堰の復興状況

2008年11月12日(水)
10日から12日まで、四川省都江堰に行ってきました。
都江堰といえば、紀元前3世紀に作られた水利施設で、今では世界遺産になっています。ここは、成都市から西北に50kmほどのところで、今年5月12日の四川大地震の震源地にも非常に近く、大きな被害が出ました。地震後初めて、被災地域を訪れましたことになります。

これは、上海市対外経済貿易委員会(先月末「商務委員会」になりました)が主催する都江堰視察団に参加したものです。都江堰は、上海市が復興支援に全面的に協力している地域で、既に、上海市副秘書長をトップとする数十人の復興支援チームが5月12日の震災直後から現地入りしています。

12日は、震災からちょうど半年が経過したということで、NHKのニュースでも取り上げていたようでしたので、ご覧になった方もいるかと思います。

投資環境なども含めていろいろと視察したのですが、1995年1月17日に阪神淡路大震災の直後に現地を訪れた私としては、震災から半年経ちながらもなお残る地震の深い爪あとに身震いする思いでした。阪神淡路大震災のときは、木造家屋が多く、上からぐしゃっとつぶれた家屋をたくさん見かけましたが、都江堰ではコンクリートの家が多く、ガラガラと崩れ落ちている家屋をたくさん見かけました。

そして、アパートはたくさん建っているのですが、恐らく、地震のために危険と認定されたビルなのでしょうか、夜になっても明かりの全くついていないアパートがたくさんあり、異様な光景でした。

仮設住宅も訪れました。都江堰には、周辺地域の住民も合わせて20万人以上の方が、大小合わせて197箇所にある仮設住宅で生活しています。そのうち、比較的大規模な地域を訪れました。一軒20u、電気・水道は無料で、政府の補助が一日一人当たり10元(約150円)出ているとのことでした。その地域では、刑事事件は120日近く連続して発生していないとのことで、治安も良いようでした。しかし、これから冬を迎えることになります。すきま風の入ってきそうな仮設住宅での暮らしは、さぞかし厳しそうです。各家庭でエアコンを使用できるほどの電力容量がないので、電気工事をしているとのことでした。

今回の視察は、なかなか適当な言葉が浮かんできませんが、改めて地震のすごさを思い知らされたとともに、まだまだ復興の道は長いことを実感させられました。

Posted by 岩田泰 at 23:39  / 各地を訪れました  / この記事の詳細
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重慶に行ってました

2008年11月09日(日)
フィデリへのアクセス状況が悪く、更新が滞っていました。書き込んだ後送信した瞬間にエラーが出るなど、すっかりやる気を削ぐ状態が続いていましたが、気を取り直して更新していきます。

6日から7日にかけて、重慶に行っていました。

まず、中国国際工業アウトソーシング展示会(中国語;中国国際工業転包展覧会)を覗いてきました。これは、SPX-CQという組織が運営主体となり、部品メーカーなどが主に出展しているのですが、外資企業を中心としたバイヤーが事前に調達希望のスペックなどをSPX-CQに登録しておくと、SPX-CQが出展者の中からめぼしい業者を見繕って、展示会会場で商談をセットする、という仕組みになっています。

SPX-CQとは、「国際連合工業開発機関国際投資&工業サブコントラクティング促進機構重慶センター」の略称です。国際連合工業開発機関(UNIDO)と重慶市政府との協力により2004年に設立された非営利組織です。SPXセンターは、世界に45箇所あり、インドにもあるようで、今回は、部品などの調達を求めて複数のインド企業が参加していました。SPX-CQの方曰く、例年よりインド企業が多いとのことでした。

重慶は、中国の中では珍しい「モノづくり」の街です。きちんとした技術指導を受けて鍛えられれば、しっかりした技術基盤をもつサプライヤーに成長する可能性のある企業はいると感じています。

その後、空いた時間を利用して、遠東百貨に行ってみました。重慶には、太平洋百貨、遠東百貨という台湾系大手百貨店の他、これまた台湾系の新光三越が進出を決めているようです。

遠東百貨自体は、時間も短くあまり視察できませんでしたのでコメントはできませんが、遠東百貨が立地していた「観音橋」地域は、深い印象を持ちました。重慶には、「解放碑」という最もにぎやかな繁華街+歩行者天国があるのですが、そこに引けをとらないように感じました。地下1階、地上、2階と歩道が整備され、映画館、遠東百貨、スタバ、ハーゲンダッツ、ケンタッキー、ブランドショップが立ち並んでいました。平日の午後だったので人出は少なめでしたが、休日にもう一度見てみたい場所でした。

今週は、10日から、上海市商務委員会主催のミッションで四川省を訪問してきます。また、この場でご報告できると思います。


Posted by 岩田泰 at 23:13  / 各地を訪れました  / この記事の詳細
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大連のソフトウェア産業

2008年09月19日(金)
最近、立て続けに大連の関係者の訪問を受けました。
具体的には、大連高新技術産業園区、大連軟件園、瑞安不動産です。いずれも、大連への企業誘致を狙っているようです。
なんで突然こんなに来訪があったのか、何が起きているのか探ろうと思い、17〜18日と大連に行ってきました。

一言で言うと、大連のソフトウェア産業集積は一つの成功モデルになっているのですが、それをさらに広げていこうとしており、その開発主体に民間企業を入れているということです。そして、それが続々と立ち上がる段階にはいりつつある、ということです。

今は無錫に来ています。19日に「2008年アジア太平洋アウトソーシング国際協力カンファレンス」が開催されるため、多くのアウトソーシング業者が集まっています。前夜祭では、インドからのデリゲーションもいましたし、そういう企業を誘致しようとしている前述の大連の方々もたくさん参加していました。

今は、日本からのアウトソーシングは大連にかなり集積していますが、これが無錫のような地域に広がっていくのか、やはりBPOのようなアウトソーシングは人が全てという側面もあるので、すでに集積のできている大連にはなかなかかなわないのか、今後の流れを読むのは難しいところです。


Posted by 岩田泰 at 02:21  / 各地を訪れました  / この記事の詳細
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杭州訪問

2008年06月18日(水)
杭州に行ってきました。

杭州商工クラブにご協力いただいてジェトロセミナーを開催し、「中国経済の現状と投資環境の変化」というタイトルで、1時間強講演させていただきました。今回のタイトルのような一般的なテーマの場合、日本からのミッションに対して講演するのと比べると、中国での日系企業コミュニティでの講演は、参加者の業務内容や関心事項がばらばらなので、いったいどこに焦点を当てて話をすればよいのか悩むのですが、今回は、講演後のアンケート結果によると、比較的高い評価をいただいたように思います。すこしほっとしているところです。

セミナーに引続き、杭州商工クラブの総会&懇親会に出席させていただきました。杭州では、この4月に日本人学校が開校したのですが、その紹介がありました。上海近郊では、上海虹橋校、上海浦東校、蘇州校に続き、4校目の日本人学校です。

私が3年間駐在していたミャンマーのヤンゴンにも日本人学校があります。私は、直接お世話になる機会は多くなく、子供達とのサッカーイベントや日本人会運動会で訪れる程度でしたが、生徒数が少ないことが逆に非常に良い学習環境であると評判の学校でした。いじめなどの話も一切聞かず、中学生から小学校1年生までが一緒に触れ合える環境でした。

杭州の日本人学校も、まだ開校したばかりではありますが、先生と生徒の距離が近い、素晴らしい学校であるように感じました。入学式の様子のご紹介もありましたが、中学校1年生と小学校1年生が手をつないで入場する様子は、とてもほほえましく、印象深いものでした。これから、ますます魅力ある学校に育っていくことをお祈りしています。

Posted by 岩田泰 at 23:26  / 各地を訪れました  / この記事の詳細
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淮安市訪問

2008年05月26日(月)
この土日、「日本企業淮安市視察投資説明会」に参加するため、江蘇省北部にある淮安市を訪れました。

「淮安市」と聞いたときに持つイメージは人それぞれでしょうが、私は、なぜか「ざりがにの産地」というイメージでした。逆に、普段不勉強で、それくらいしかイメージがなかったので、今回の視察は、非常に勉強になりました。

淮安は、隋の時代に開削された大運河が通っており、杭州・蘇州・揚州と並び、大運河沿いの「四大都市」として、古くから栄えていたようです。明の時代には、現在の江蘇省北部を管轄する「淮安府」が置かれるなど、江蘇省北部の中心都市でもあります。ちなみに、大運河は、今でも内航海運の重要航路として使われています。船の往来もかなりあります。

淮安は、岩塩の産地であることから、塩化学産業が発展しているとのことです。また、特殊鋼メーカーも集積しているようです。今回の視察でも、イタリアの技術を導入している特殊鋼メーカーの圧延工程を見学しました。また、2007年には、EMS世界最大手のフォックスコングループが進出したとのことです。

日本企業も21社進出しているとのことです。そのうちの1社とご挨拶させていただきました。大阪に本拠を持つ履物メーカーで、淮安には1994年に進出されたとのことでした。

上海からは、蘇通大橋を通ると4時間半ほどかかりますので、上海経済圏というには少し遠いように思います。今後、空港を作る計画もあるようですので、上海便ができればさらに便利になるでしょう。また、南京までは車で2時間半、連雲港という港までは車で1時間強のようです。

淮安市の中に、楚州区という地域があり、ここが昔からの中心部であったようです。西遊記の著者である呉承恩や、中華人民共和国初代総理の周恩来も、この楚州区で生まれました。この楚州区は、昔ながらの街並みが残っているようです。こういう、歴史や文化のある街は、是非大切にしてほしいと思いました。

ちなみに、タクシーは初乗り6元で、3kmを過ぎると1km1.7元で上がっていきます。


Posted by 岩田泰 at 00:45  / 各地を訪れました  / この記事の詳細
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