上海をベースに世界を目指す日本人たち
2009年04月01日(水)
現在発売中の週刊エコノミスト4月7日号に文章を掲載してもらいましたので、紹介します。
中国視窓 チャイナ・ウオッチ
上海をベースに世界を目指す日本人たち
世界最大の日本人社会を持つ都市は上海である。外務省によると、長期滞在者(3か月以上滞在しているが、その国の永住資格を得ていない人)の数は2007年に米ニューヨークを抜いてトップとなった。07年10月現在4万7731人を数える。
上海にはグローバルな舞台で活躍している日本人が多い。ではなぜ上海をベースにしているのか。3人の日本人を通して、その魅力を考える。
「世界の工場」中国にあって、上海はその最大の集積地である。家具製造業、上海富瀾家具有限公司の堀雄一朗董事長(会長)は上海から世界へ特別注文家具を送り出している。
堀氏は大手商社の上海駐在員だったが、帰任命令を受けたのを機に退職し、04年に上海で起業した。「上海での4年間の駐在生活で得た語学力とネットワークが自分の価値。そして、原材料調達、ロジスティックス、人材など、何をとっても高級家具を作る場所として最適なのは上海だった」と堀氏はいう。
目標は「ベストのマーケットにベストの商品を供給する」。フランスの注文家具トップメーカーから一部資本を受け入れ、フランス人家具職人を招いている。
「もはや中国を製造拠点とすることは当たり前。高い品質と短納期を要求される日本とのビジネスで企業対応力を向上させ、より成長性の見込める新興市場や価格相場の安定する欧州で勝負する」。日本以外の市場での売り上げは、すでに全体の5割にも達している。
世界との距離が短い
世界各地のビジネス情報を配信するエヌ・エヌ・エー(NNA)で東アジア編集部長を務める江上志朗氏は「上海の魅力は、現場があり、かつ世界との距離が近いことだ」という。
01年に全国紙の上海支局長として赴任。中国がアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議ホスト国を務め、世界貿易機関(WTO)加盟を果たす姿を報道してきた。「01年を境に、中国と世界との距離が縮まった」と評する。
03年に帰国を命じられたことをきっかけに退職、NNAの中国総合版編集長に転じ、現在は、東アジア地域全体を統括する。「例えば、香港にも情報は数多く集まるが、企業の現場の声がなく、評論家が多い。現場の声を拾うには、中国経済の中心地上海が最適。さらに、中国国内のニュースが世界経済を反映するようになってきた。上海汽車が米ゼネラル・モーターズ(GM)を買収するとの憶測が流れると、それを見て米国の景況感をも実感できる」。
「日本人にとって上海は大陸への入り口」。市場調査会社インフォブリッジ・ホールディングス・グループの繁田奈歩社長はいう。
学生時代からインドに強い関心を持ち、インドを中心にアジアを巡った。04年に上海に来るまで、中国は未体験だったが、現在の口癖は「上海発ゴー!ウエスト」だ。
彼女によると、日本人にとって上海に進出することにはあまり心理的抵抗感がない。いきなりインドでのビジネスを展開するのは難しくても、格差を前提として、異文化コミュニケーションを図るという上海で培ったノウハウはインドにも展開できるという。
「日本とは違い、中国には『平均的中国人』や『一般的中国像』は存在しない。その点はインドや東南アジア諸国連合(ASEAN)にも共通している」
まさに、その言葉通り、多くの日本人が、上海で日本を背にして大陸を見つめ、アクティブに活動しているのだ。
中国視窓 チャイナ・ウオッチ
上海をベースに世界を目指す日本人たち
世界最大の日本人社会を持つ都市は上海である。外務省によると、長期滞在者(3か月以上滞在しているが、その国の永住資格を得ていない人)の数は2007年に米ニューヨークを抜いてトップとなった。07年10月現在4万7731人を数える。
上海にはグローバルな舞台で活躍している日本人が多い。ではなぜ上海をベースにしているのか。3人の日本人を通して、その魅力を考える。
「世界の工場」中国にあって、上海はその最大の集積地である。家具製造業、上海富瀾家具有限公司の堀雄一朗董事長(会長)は上海から世界へ特別注文家具を送り出している。
堀氏は大手商社の上海駐在員だったが、帰任命令を受けたのを機に退職し、04年に上海で起業した。「上海での4年間の駐在生活で得た語学力とネットワークが自分の価値。そして、原材料調達、ロジスティックス、人材など、何をとっても高級家具を作る場所として最適なのは上海だった」と堀氏はいう。
目標は「ベストのマーケットにベストの商品を供給する」。フランスの注文家具トップメーカーから一部資本を受け入れ、フランス人家具職人を招いている。
「もはや中国を製造拠点とすることは当たり前。高い品質と短納期を要求される日本とのビジネスで企業対応力を向上させ、より成長性の見込める新興市場や価格相場の安定する欧州で勝負する」。日本以外の市場での売り上げは、すでに全体の5割にも達している。
世界との距離が短い
世界各地のビジネス情報を配信するエヌ・エヌ・エー(NNA)で東アジア編集部長を務める江上志朗氏は「上海の魅力は、現場があり、かつ世界との距離が近いことだ」という。
01年に全国紙の上海支局長として赴任。中国がアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議ホスト国を務め、世界貿易機関(WTO)加盟を果たす姿を報道してきた。「01年を境に、中国と世界との距離が縮まった」と評する。
03年に帰国を命じられたことをきっかけに退職、NNAの中国総合版編集長に転じ、現在は、東アジア地域全体を統括する。「例えば、香港にも情報は数多く集まるが、企業の現場の声がなく、評論家が多い。現場の声を拾うには、中国経済の中心地上海が最適。さらに、中国国内のニュースが世界経済を反映するようになってきた。上海汽車が米ゼネラル・モーターズ(GM)を買収するとの憶測が流れると、それを見て米国の景況感をも実感できる」。
「日本人にとって上海は大陸への入り口」。市場調査会社インフォブリッジ・ホールディングス・グループの繁田奈歩社長はいう。
学生時代からインドに強い関心を持ち、インドを中心にアジアを巡った。04年に上海に来るまで、中国は未体験だったが、現在の口癖は「上海発ゴー!ウエスト」だ。
彼女によると、日本人にとって上海に進出することにはあまり心理的抵抗感がない。いきなりインドでのビジネスを展開するのは難しくても、格差を前提として、異文化コミュニケーションを図るという上海で培ったノウハウはインドにも展開できるという。
「日本とは違い、中国には『平均的中国人』や『一般的中国像』は存在しない。その点はインドや東南アジア諸国連合(ASEAN)にも共通している」
まさに、その言葉通り、多くの日本人が、上海で日本を背にして大陸を見つめ、アクティブに活動しているのだ。
