時間管理…重要性と緊急性

2010年11月13日(土)
時間管理で有名なのは、「七つの習慣」に出てくる「重要性と緊急性」です。

この2本の軸で切り分けると、4つの象限ができます。
これのどこに当てはまるかで、仕事の優先度を決めなさいということです。

そして、人は緊急性にはしりがちだが、得てしていつまでも瑣事に追い回されてしまう。
成功した人は重要性を重視していたのだ、というのがポイントです。


これに異議はありませんが、私なりに少し付け加えて考えてみます。
何が重要性で、何が緊急性なのか、です。

緊急性の背後にあるものは、はっきりしています。
その仕事に残された時間です。

多くは、他人から求められた期限でしょう。
こちらにある手札は、それにそのまま応じるか、変更してもらうか、無視するか、ですね。

重要性の背後にあるものは、簡単ではありません。
問題がありそうです。つまり、何をもって重要というのか。

何となくわかった気になっていて、ふだんは意識にのぼらないかもしれません。
私の経験でも、新任管理職たちに重要性と緊急性の話をすると、皆なるほどという顔をされました。

しかし、実は彼らが重要なものとして何をイメージしたか、本当はまちまちだったのですね。
もちろん、企業のことですから、一般論的なものはあるでしょうがね。

つまり、重要性というのは、価値観の議論なのです。
重要性のモノサシは、実は多様です。

私自身、ガチガチの企業人だったときに、その立場から何となく考えていたモノサシがありました。
その後、たとえば起業された人たちと話す機会が増えるにつれ、持っているモノサシの違いに気づきはじめました。
フリーになった今は、当然かなり変わりました。

ですから、自分は何を大事にしているのか、何のために生きていると考えるのか、こそが大事です。
それにつながることが「重要」ということなのです。


自分の価値観に沿って動いていれば、充実感を感じるでしょう。
仕事の優先度を判断するときも、その価値観に沿っていれば、充実していられる。
それが「七つの習慣」が言っている、重要性による優先度判断です。

ただし、企業人などで、人生レベルの価値と仕事レベルの価値が一致しない人もあるでしょう。
もしかしたら、ある局面で、人生レベルの価値をとるか、仕事レベルの価値をとるか、違う判断を求められることがあるかもしれません。

しかしこの場合も、究極的には人生レベルの価値に従うべきです。
そうでなければ、重要性という指標を据える意味はないのです。

仕事レベルの価値を優先しなければならないとしても、今そうすることが、人生レベルでも一定の意味があるのだと思えていなければ、耐えられないはずです。
「七つの習慣」では、だからこそ心の満足という切り口から「重要性と緊急性」を紹介しています。


見方を変えて考えると、人は与えられた「人生」という何十年かの時間のうち、一部分を使って何かをしているといえます。
ひとつをしてしまえば、別のひとつはできない、そこが問題。

有限の資源を使って、何を得るか。
その視点こそが、優先度の選択であるはずです。

タイムマネジメントは、得てして効率を求める視点から考えられがちですが、その視点に立つ限り、いくら「時間管理術」を追い求めても、満たされないのです。
自分の価値観を見つめる、そこまでのふところで考えるものだと思います。





Posted by 五十嵐信博 at 12:08  / ビジネススキル  / この記事の詳細  / この記事を編集  / コメント(0)

コミュニケーションで生活時間を見直す

2010年11月01日(月)
交流分析の「時間の構造化」については、何度かとりあげました。

人は構造化の欲求を持っていて、カオスの状態を耐えられず、何でも構造化したがる。
特に、他人との交流においては、ストロークの質・量に応じて、時間を以下の区分に構造化する。

 ・ひきこもり
 ・儀式
 ・暇つぶし
 ・仕事(活動)
 ・ゲーム
 ・親密

この理論では、ストロークの質・量でというところがミソなのですが、普通の感覚でざっくり言ってしまえば、コミュニケーションの質・量でと考えても、たいした違いはないかもしれません。

つまり、空しいな、生きてる実感がないな、と感じられるときは、生活時間を見直しましょう。
人は、他人と接することで充実感を覚えるものだから、人とのやりとりをふやしましょう。

ただふやしましょうといっても、観念的にはよくわからないでしょうから、一日をどんな時間に充てているか分析してみましょう。
上記の区分の下のほうのものが多いほど、実感が出てくるのです(ほうら、こんなに少ないでしょう)。

では、それぞれどうしたら増やせるか考えて、やってみましょう。
・・・・というわけ。


この考え方、私はけっこう好きなのです。

コミュニケーションの質・量では見ることができませんが、それに関わる代表的な時間の用途区分ごとの量であれば、見ることができます。

それに、コミュニケーションをふやしましょうというと、単位時間当たりの量をふやそうとしてしまいます。
つまり、一気にたくさんの人と話そうとか、たくさんのことを話そうとかしてしまいがち。
それはそれでストレスです。

その点、単位時間当たりの量はポチポチでも、そんな時間を長くしましょうというのなら、何とかなるかもしれませんね。






Posted by 五十嵐信博 at 11:21  / コミュニケーション  / この記事の詳細  / この記事を編集  / コメント(0)

甲府で講演してきました

2010年10月20日(水)
16日、甲府にお招きいただき、講演してきました。

地域で文化活動をしていらっしゃる団体様の、年に一度の文化祭といった会です。
30周年記念ということで、たいへん光栄なことでした。

女性が過半数。
私が日頃対象にしている方たちよりは、人生のベテランの皆様です。

偉そうな話もできず、理屈っぽい話もまずいので、何をお話しするか、あれこれ悩みました。
結局、「ふれあい、わかちあい、ささえあい、活き活き人生」と題して、ストロークを使って人生を充実させるヒントをお話ししました。

私らしく、皆さんにもちょっとしたことをやっていただきながら、進めました。
皆さん、熱心に聞いてくださいました。

何かお役に立てれば、とてもうれしいことです。
また、自分もこんな話をするようになったのだな、と少々感慨をおぼえる経験でした。





Posted by 五十嵐信博 at 19:05  / 講演  / この記事の詳細  / この記事を編集  / コメント(0)

ふたつのコミュニケーション

2010年10月04日(月)
フェスティンガーは、対人的コミュニケーションには道具的コミュニケーションと自己充足的コミュニケーションがあると指摘しました。

送り手が何らかの目標達成の手段として受け手に送るケースは、道具的コミュニケーションです。
コミュニケーションが目標達成のための道具として利用されているという意味です。
報告、連絡、相談、指示、説得などですね。

コミュニケーションを行うこと自体が目的であるケースは、自己充足的コミュニケーションです。
感情・情緒の表出のためのコミュニケーションであり、伝えてしまえばそれよいという意味です。

日常的に行われているものの多くは道具的なものですが、自己充足的なものは、多くはなくても対人関係の形成や緊張緩和といった調整に重要な役割を果たします。


ところで、昨今企業のメンタルヘルスなどの面から語られるのは、若い人のコミュニケーション下手と、職場でのコミュニケーション量の不足です。
そしてこのとき、どうも道具的コミュニケーションのほうがうまく機能していないのではないか、というのです。

仕事の面で、自分の伝えたいことを他人に伝えることがしっかりできれば、組織における自分の役割も確認でき、動機づけも高まります。
仕事の課題達成にも自信がつき、自尊心が高まり、健康面にもよい影響が出るというわけです。

確かに、自己充足的コミュニケーションにとどまっているうちは、結果を出すことにはつながりませんね。


フェスティンガーの原著を読んだわけではありませんが、おそらく彼が指摘した当時、道具的コミュニケーション優位という状況があったうえで、自己充足コミュニケーションも忘れないようにしましょう、という気持ちだったのではないかと思います。

それが今は逆転していると言えるようです。
「ああしてほしい、こうしてほしい」と欲求を伝えたり、断ったりができないで悩んでしまっている人が多いのでしょう。

もちろん、上記のように、道具的なものばかりではやはりうまくいかないのであって、自己充足的コミュニケーションによって人同士が支え合うことは、やはり大事です。
要は、バランスをとる必要があるということです。

コミュニケーション研修をやる身としては、プログラムの比重をどちらにどうかけるか、一考を要すると思います。



Posted by 五十嵐信博 at 14:31  / コミュニケーション  / この記事の詳細  / この記事を編集  / コメント(0)

交流分析はキャリアカウンセリングにどう役立てられるか

2010年09月25日(土)
最近、交流分析(TA)のプライマリーの講座のアシスタントをしました。
産業カウンセラーの勉強をしたという方が、私が勉強を始めたころよりも、たくさん参加されていました。

交流分析を学ぶことで、キャリアカウンセリングではどんな使い方ができるか、考えてみました。

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対人関係の自分の癖に気付くことで、仕事の開拓などの面で、人との接し方を修正できる。

コミュニケーション面で、考えるフレームが得られるので、自分のバランスをとることができる。

悩んでいるクライエントを理解するための視点が得られ、より深く理解することができる。

クライエントに対して反応しているカウンセラー自身の癖に気付くことができる。

クライエントの悩みのもとについて、考える枠組みを提供できる。

交流分析の哲学をもとに、前向きの考え方を示すことができる。

全体としてわかりやすいので、クライエントの自己理解への入り口にできる。

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キャリア領域には、交流分析は案外使われていないように思います。

メンタルのカウンセリングは、これまでロジャース流「ひたすら聴きましょう」方式が主流でした(昨今は多少ブリーフセラピーの勢いが出ていますが)。
とすると、エゴグラムの結果を見ながら、ともに話し合っていくというような、カウンセラー側から何かを提供するのは邪道のように考える人も、あったかもしれません。

しかし、キャリアのカウンセリングは、もともと、何か検査の結果を間にして、ともに話すという形は普通ですから、違和感はないと思います。
もっと応用されていても不思議はないのですが。

求職場面では、「仕事」の理解のほうに意識が向いてしまうのかもしれません。
キャリアカウンセリングは、自己理解面だけでなく、どう適職を得るかについても、情報を得、対策を講ずることがたくさん求められますからね。

ただ、メンタルの悩みをともなう人に対して、新しい視点を提供できるのは間違いありません。
交流分析を知れば、生きるのが楽になることでしょう。

自分が自分の人生を決められるのだ、という前提の考え方。
これも大事だと思います。

問題は、キャリア領域への応用を、誰も提案してこなかったことに尽きるのかもしれません。



Posted by 五十嵐信博 at 14:44  / キャリア  / この記事の詳細  / この記事を編集  / コメント(0)

●交流分析講座のご案内

2010年09月07日(火)
ふれあいの心理学「交流分析」を学ぶ講座はいかがですか?

交流分析は、人間の理解、人との関係作りに役立つ理論です。

・介護、医療など対人援助の仕事をされている方
・教育など人の成長に関わる仕事をされている方
・人のマネジメントに心身をすりへらしている方 など

学ぶことで、他人に対する理解、自分に対する理解が進み、楽に生きることができるようになります。


【交流分析の特長】

・図式化に優れていますので、理解が容易です。
・日常的な言葉を使うことで、心理学を高尚な理論の世界ではなく、使える日常的ツールにしています。
・人間が持っている力を信じる哲学に支えられています。

【講座の例】

・交流分析入門
・仕事の日常に活かす交流分析
 その他、テーマに応じて提供できます。

2時間程度のセミナー、講演、1〜2日間の研修まで、ニーズに対応します。


ご相談、お問い合わせは、⇒ こちら



Posted by 五十嵐信博 at 10:14  / プログラムのご紹介  / この記事の詳細  / この記事を編集  / コメント(0)

発達心理学 向かい合い、並び合い、重なり合い

2010年09月01日(水)
私は広い意味での人間の「自律」をテーマにしていますので、育つ過程での親との関係性にも関心があります。

そのあたりは、発達心理学の扱う領域ですが、母子の位置関係で、とても好きな表現があります。


◎「向かい合い」の関係 生後〜6ヶ月
母親に当たる相手を見るところから、コミュニケーションが始まります。
赤ちゃんは、30センチくらいの距離のものを、まず見えるようになるのだそうです。
目のように、ふたつ並んで、まばたきするようなものに、関心を示します。

自分の欲求を満たしてくれる人を、心理的につかまえようとします。
この人にかまってもらえるように、関心を引く行動をとります。

かまってもらえないと、そこから相手の意図を読んで(意識的ではないけれど)対応するようになります。
微妙なねじれが始まるわけですね。
交流分析だいう「脚本」形成の芽なのでしょう。

◎「並び合いの関係」 6ヶ月〜12ヶ月
赤ちゃんは、親だけでなく、モノを見るようになります。
さらに、自分とモノといった2者関係から、だんだん自分とモノと、そばにいる親といった3者関係を理解するようになっていきます。
並んで、親がモノに何かをするのを、赤ちゃんは「自分がやった」と同じに感じるそうです。

自分と親とが視線を共有する、つまり同じモノを見ている関係から、次第にコミュニケーションが進みます。
モノを見ることで心に浮かぶものを伝えたいという思い、また、ともに感じてくれる存在がそばにいるという感触こそ、大事なものだと思います。

また赤ちゃんが指さすモノを、視線を共有した親は、「〇〇ね」と応答します。
このやりとりが、言葉を獲得する最初です。

◎「重なり合い」の関係 12ヶ月〜24ヶ月
自己内対話(頭の中の会話=思考)が始まります。
赤ちゃんはもう動けますから、関心を引くモノに対して、調べようと出て行きます。

このとき、後ろで見ている親の存在を感じることが大事ですね。
振り向いたとき、戻るべき安全基地があることで、行動の半径は広がり、情報を取り込んでいけるのです。

親のほうは、「さあ、大丈夫だから行っておいで」と見守るのです。
先回りして、取ってやってしまってはいけないわけです。


そういえば、娘がヨチヨチ歩きするようになった頃の思い出があります。
買い物に行くのに、彼女なりに一生懸命歩くにまかせて、ずっと後をついて行きました。
かなりの距離をしっかり往復しました。

彼女にとっては、大きな冒険だったでしょうし、成長を実感する瞬間だったと思います。
帰宅して、「いっぱい歩いたねえ!」と抱き上げたとき、本当に誇らしげな顔で笑いました。



Posted by 五十嵐信博 at 17:00  / 人間理解  / この記事の詳細  / この記事を編集  / コメント(0)

男と女のコミュニケーションは昔から…2

2010年08月20日(金)
◎コミュニケーションで男女の反応には違いがある

たとえば、男と女が口論したとき、心拍数は男のほうが早く上がるのだそうです。
ドラマでも、小説でも、口論し合うと、落ち着いて相手のスキを突くのは女のような気がします。

私の親たちは、よく言い合ってましたね。
そんな時は、いつも完全に母の勝ちでした。父は黙り込むだけ。
それを見て育ったので、私はカミさんとはやり合いませんけれど。


これは、家庭という場では、けっこう一般的な構図だと思います。
家族や家庭を守る一点で、妻のほうに理があることも多いでしょう。
夫がしてきた狩猟は、ゲーム性も高いので、家庭の外は広い意味で「遊ぶ」ところですから。

男は、忙しい時、疲れた時、つらい時、仕事で問題を抱えているとき、妻と積極的に話そうとしなくなります。
苦しさを、自分だけにとどめて、家庭に持ち込まずにおこうとするのです。

その心理は、人によってニュアンスはいろいろでしょう。
大事な者を、つらさに巻き込みたくない。
女は弱いものだから、自分の苦しみには役に立たない。
いつもどおりにいてくれるほうが、救われる。
男は弱みを見せてはいけない。

いずれにしろ、夫の口数が減った時は、何か抱えているのです。
夫というものは、苦しくても自分だけで何とかしようとする、また自分が家族の防壁になっているつもりの、かわいいところがあるのです。
妻族には、夫を大きな目で見てあげてほしいですね。

一方、妻のほうは、家庭内の感情のやりとりを濃くしたいので、ささいなことでも話したいのです。
夫が黙り込むと、何とかしたいと思います。

何ともできずに、自分を責めるようなことがあると、ストレスになります。
話さない相手に、途方にくれ、何のための夫婦なのだろう、などと考え始めます。


夫婦のコミュニケーション改善のためには、お互いが、つまらないことも含めて話すこと。
特に、夫のほうがフランクに何でも言えれば、それに超したことはありません。

とにかく、会話量をふやすことが大事です。
夫は弱みも見せたほうが、妻の母性を刺激して、むしろ結果はよいはずです。


妻の言うことなどに、夫は簡単に結論づけしないこと。
これも前に述べた、早くかたづけようとする習性から来るのですが、そうすると妻の感情を逆なでします。

求められない限り、アドバイスも「なし」です。
とにかく聴くこと。妻が感じていることを、同じ大きさ重さで感じようとするだけでいいのです。


男の習性として、つらいものがありますが、まあ慣れればできますよ。

我が家は、決して理想的なわけではありませんが、けっこう話す量は多いと思います。
たとえば、2人ともクイズのような「知識」が好きで、同じテレビ番組を見ながら、あれこれ言い合うことを楽しんでいます。

仕事のことを、家庭に持ち込まない点では、私も人後に落ちませんでした。
口で言わずに、家庭を導こうなんて、何となく考えていましたし。
今何とかなっているとしたら、気づかせてくれたカミさんのおかげと思っています。





Posted by 五十嵐信博 at 14:16  / コミュニケーション  / この記事の詳細  / この記事を編集  / コメント(0)

男と女のコミュニケーションは昔から…

2010年08月17日(火)
◎コミュニケーションで伝えようとするもの・・・男は情報中心、女は感情中心

原始人の時代から尾を引いている男女差があるそうです。

男は、遠くまで狩りに行くために、地図感覚が発達したといった内容の本が流行りましたね。
同じように、コミュニケーション上も特性が生まれたようです。

狩りに行くためには、どっちの方向にマンモスの群れがいる、あっちの丘にはサーベルタイガーがいて危ない、といった情報が大事になります。

また、いざ狩りとなったら、迅速的確な連携が必要ですし、危険もともないます。
少ない言葉で、必要な情報を投げあうスタイルが生まれました。

獲物を倒すという目的のためには、わきあがる感情も抑えます。
大きな目的のもとに、とりあえずは力を合わせます。

ひとつの問題を解決しても、次の問題が出てきますから、問題を早く解決してしまおうと考えます。
問題が発生すると、すぐ心拍数が上がって戦闘モードになります。
加減してぶつかることは不得手。全力モードですから、体にはストレスです。

と同時に、結論を出すと忘れてしまいます。
次に対応する必要があるからです。


女は群れの中で、家族を守ります。
出かけるとしても、植物、木の実、貝類など、あまり動かないものが相手です。

スピーディな情報のやりとりは、あまり必要ありません。
それよりも、あっちの木の実は食べごろになったよ、といったちょっとした情報入手が要点です。

群れの中でうまくやっていくことこそが大事です。
力のある相手、うるさい相手などの顔を見て、うまく折り合ってくらしていくのです。

感情にピントをあてて眺め、やりとりすることがスタイルになりました。
家族の体調などを知るためにも、それは役立ちます。



Posted by 五十嵐信博 at 10:51  / コミュニケーション  / この記事の詳細  / この記事を編集  / コメント(0)

結果には原因があるけれど

2010年08月09日(月)
何であれ、今の状態がそうであるには、何か原因があります。

ひとは瞬間瞬間、選択をしているのだすれば、何か原因となる選択をしたわけです。

今の状態が、もともと自分が望んだものではないということは、よくあります。
問題は、そこでどうするかです。

望んだものにできなかった原因や理由を考えて、もう一度やりなおしてみるというのが、よくあることでしょう。
しかし、それは必ずしも有効とは限りません。

なぜなら、現実はゲームのリセットというわけにはいかないから。
・その原因や理由がほんとうに「正しい」のかどうか、わからない
・最初の思いに対して、今という結果が出るまでに、単純に時間が経過してしまっている
・と同時に、環境の諸要素も変化している
・自分の中でも、最初の思いと、今の思いとは、変化している

だとすれば、原因や理由にこだわらず、「どうしてうまくいかなかったのか」ではなく、「どうやったらうまくいくのか」について考え、うまくいきそうな選択を常にし続けていくことだうと思います。



Posted by 五十嵐信博 at 23:07  / コンサルティング  / この記事の詳細  / この記事を編集  / コメント(0)
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