思い出の地箕面。
2007年10月27日(土)
こんにちわ。
今日は少し天気が悪いですが、
気持ち良くブログを更新させて頂きます。
箕面市にスカイアリーナという体育館があります。
このスカイアリーナには思い出があります。
先日、通称桑まん(副店長)に約10年振りにスカイアリーナへ
連れて行ってもらいまいた。
一年に一度国民体育体育大会⇒通称国体というものが行われます。
佐々木が高校生3年生時、地元大阪で【なみはや国体】
が行われ、大阪は各競技とも中学生の頃より【なみはや国体】に
照準を合わせ、国体強化選手候補を育成。
当時、たくさん候補選手がいる中で、
佐々木は大阪代表のキャプテンとしてこの国体に参加。
柔道の競技会場がこの【スカイアリーナ】でした。
箕面市が【なみはや国体】のために建設したのが
この【スカイアリーナ】
たくさんの人達が設営に関わり、成功を祈り、
大阪代表を応援して頂きました。
あまりの歓声と応援で、喜びよりも緊張の方が大きかった事を
昨日の事のように思い出します。
柔道には【心・技・体】という言葉がありますが
この時はまだまだ【心】精神的に弱かった・・・。
当時も箕面市の方々にたくさん応援して頂きましたが、
10年して、形が変わり、今度は焼肉屋の異端児として応援
頂ける事。これも何かの運命かも知れません・・・。
佐々木は、大阪の清風高校という有名アスリートを輩出し続ける
スポーツの名門校に入学。他のスポーツも全国クラス。
大阪・関西大会で優勝するくらい当たり前。
特に体操部は超がつくほど有名。
同世代で、今でも交流があるアスリートはたくさんいるのですが、
その中で今日は、一人の選手についてブログします。
体操、アテネ金メダルの【米田功】
米田さんは、佐々木より2つ年上の先輩です。
完全な天才肌、大阪の名門マック体操クラブ出身で
小学・中学のJrタイトルを総ナメ。
鳴り物入りで名門清風高校へ進学。
高校生の頃より才能に溢れていました。
ただ、練習嫌いで有名・・・。
体操の世界では、【未完の大器】【孤高の天才】
などと言われていました。
大学・社会人になってもあと一歩という所で、世界・五輪への
切符を逃してきました。
酒好きの遊び好き。
『体操だけ出来てもあかんやろ』
これが米田先輩の口癖。
そんな先輩が努力と継続に目覚めたのが23歳。
今までにないほど、練習・研究を重ね望んだNHK杯
最後の平行棒を残し順位は4位。
5位との差も1.7P。
大きなミスをしなければ世界への切符は確定。
ただ、神様はまだ早いと・・・。
大きくバランスをくずし、モリスエ・着地も失敗。
結果7位。
またあと一歩という所で世界の切符を逃した。
この時の先輩の言葉は、
練習をしなくてもそれなりに良い結果を出せたのに・・・。
練習をすればするほどプレッシャーがあり緊張する・・・。
この時、補欠として見た世界選手権が先輩を変えたのだろう。
そこから、【孤高の天才】は【周囲を巻き込み努力をする天才】
に変わりました。
負けをもっとも嫌う性格。
努力を継続できる信念。
自分の演技に誇りをもつプライド。
アテネ五輪の最終選考会。
リベンジマッチのNHK杯で見事優勝。
1位通過で、アテネへの切符を掴む。
アテネでも最高の演技にて金メダル。
孤高の天才が、陽の当たるステージに
戻ってきたのは10年振り。
10年経ち進化した天才。
そして、五輪の後【おめでとうございます】を伝えた際
こんな事を言っていました。
『自分を改革をするのは凄く勇気がいった』
『努力する事は気持ちがいいねんな』
アスリートは常に周囲の期待やプレッシャーを背負っている。
ただ忘れてはならないのは全ては自分の為に、
好きだからやっている。
全ては、あの初めて競技をした時のワクワク感
もっと強くなりたい、もっと上手くなりたい
という初心。
初志貫徹。
昨日の自分よりも、今日の自分で
最高のパフォ−マンスを見せようと思う心。
佐々木は、スポーツの世界ではプレッシャーに勝てなかった。
ただ、今は違う。飲食店でも同じ事は言える。
大きな気付きや、その先を見せてもらっている気がする。
この社会が佐々木の学校。
周囲で関わる人が先生。
今は焼肉という枠だけではなく、飲食業界のアスリート。
常に新しい何か?を求め
常に前進を続ける。
そして、お客様から必要とされる店舗へ
今日も全開でいきます!!!!
全ては喜ばれる喜びを感じる為に。
本日のブログ面白かったという皆様
ランキングへのご協力お願い致します。

今日は少し天気が悪いですが、
気持ち良くブログを更新させて頂きます。
箕面市にスカイアリーナという体育館があります。
このスカイアリーナには思い出があります。
先日、通称桑まん(副店長)に約10年振りにスカイアリーナへ
連れて行ってもらいまいた。
一年に一度国民体育体育大会⇒通称国体というものが行われます。
佐々木が高校生3年生時、地元大阪で【なみはや国体】
が行われ、大阪は各競技とも中学生の頃より【なみはや国体】に
照準を合わせ、国体強化選手候補を育成。
当時、たくさん候補選手がいる中で、
佐々木は大阪代表のキャプテンとしてこの国体に参加。
柔道の競技会場がこの【スカイアリーナ】でした。
箕面市が【なみはや国体】のために建設したのが
この【スカイアリーナ】
たくさんの人達が設営に関わり、成功を祈り、
大阪代表を応援して頂きました。
あまりの歓声と応援で、喜びよりも緊張の方が大きかった事を
昨日の事のように思い出します。
柔道には【心・技・体】という言葉がありますが
この時はまだまだ【心】精神的に弱かった・・・。
当時も箕面市の方々にたくさん応援して頂きましたが、
10年して、形が変わり、今度は焼肉屋の異端児として応援
頂ける事。これも何かの運命かも知れません・・・。
佐々木は、大阪の清風高校という有名アスリートを輩出し続ける
スポーツの名門校に入学。他のスポーツも全国クラス。
大阪・関西大会で優勝するくらい当たり前。
特に体操部は超がつくほど有名。
同世代で、今でも交流があるアスリートはたくさんいるのですが、
その中で今日は、一人の選手についてブログします。
体操、アテネ金メダルの【米田功】
米田さんは、佐々木より2つ年上の先輩です。
完全な天才肌、大阪の名門マック体操クラブ出身で
小学・中学のJrタイトルを総ナメ。
鳴り物入りで名門清風高校へ進学。
高校生の頃より才能に溢れていました。
ただ、練習嫌いで有名・・・。
体操の世界では、【未完の大器】【孤高の天才】
などと言われていました。
大学・社会人になってもあと一歩という所で、世界・五輪への
切符を逃してきました。
酒好きの遊び好き。
『体操だけ出来てもあかんやろ』
これが米田先輩の口癖。
そんな先輩が努力と継続に目覚めたのが23歳。
今までにないほど、練習・研究を重ね望んだNHK杯
最後の平行棒を残し順位は4位。
5位との差も1.7P。
大きなミスをしなければ世界への切符は確定。
ただ、神様はまだ早いと・・・。
大きくバランスをくずし、モリスエ・着地も失敗。
結果7位。
またあと一歩という所で世界の切符を逃した。
この時の先輩の言葉は、
練習をしなくてもそれなりに良い結果を出せたのに・・・。
練習をすればするほどプレッシャーがあり緊張する・・・。
この時、補欠として見た世界選手権が先輩を変えたのだろう。
そこから、【孤高の天才】は【周囲を巻き込み努力をする天才】
に変わりました。
負けをもっとも嫌う性格。
努力を継続できる信念。
自分の演技に誇りをもつプライド。
アテネ五輪の最終選考会。
リベンジマッチのNHK杯で見事優勝。
1位通過で、アテネへの切符を掴む。
アテネでも最高の演技にて金メダル。
孤高の天才が、陽の当たるステージに
戻ってきたのは10年振り。
10年経ち進化した天才。
そして、五輪の後【おめでとうございます】を伝えた際
こんな事を言っていました。
『自分を改革をするのは凄く勇気がいった』
『努力する事は気持ちがいいねんな』
アスリートは常に周囲の期待やプレッシャーを背負っている。
ただ忘れてはならないのは全ては自分の為に、
好きだからやっている。
全ては、あの初めて競技をした時のワクワク感
もっと強くなりたい、もっと上手くなりたい
という初心。
初志貫徹。
昨日の自分よりも、今日の自分で
最高のパフォ−マンスを見せようと思う心。
佐々木は、スポーツの世界ではプレッシャーに勝てなかった。
ただ、今は違う。飲食店でも同じ事は言える。
大きな気付きや、その先を見せてもらっている気がする。
この社会が佐々木の学校。
周囲で関わる人が先生。
今は焼肉という枠だけではなく、飲食業界のアスリート。
常に新しい何か?を求め
常に前進を続ける。
そして、お客様から必要とされる店舗へ
今日も全開でいきます!!!!
全ては喜ばれる喜びを感じる為に。
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