How China sees the world.
How the world see China.
How we see Chinese,
How Chinese see our Japanese.

ますます力をつける中国、
そして中国人を無視しては、
何も語れない時代になりました。

政治や経済が迎えた時代の変化です。

でも、気持ちがなかなかそれについていけないときがあります。

これだという「解」はありません。
それだけに心中非常にフクザツで、
道を見失うときもあります。

期待と疑念。

正直、誰もがそんな気持ちを抱きながら、
中国と向き合っているのだと思います。

プロフィール

姫田小夏

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原発事故がもたらす上海日本人社会への影響あれこれ  2011年03月26日(土)
原発事故がもたらす上海日本人社会への影響あれこれ


地震発生は第4次中国進出ブームがいよいよ本格化するかと言われた矢先のことだった。今、多くのプロジェクトがフリーズしている。

ある弁護士事務所では、第4次進出ブームの煽りをうけここ1年、仕事量が激増した。が、地震発生以後「日本からのメールがだいぶ少なくなりました」と言う。

契約直前にまで進んだプロジェクトも日本本社は地震対応に追われ、サインが棚上げとなっている状況なのだ。

観光も打撃を受けている。福島県の上海事務所は、観光誘致にかなり積極的だった。先頭を走る自治体の中に食い込んで、着実にその業績を上げてきたものの、今回の地震、原発事故で目を覆う結果となってしまった。今後予想できる風評被害がさらに見通しを悪くする。本当に口惜しい。

21日の月曜日、雨の降る上海の街を、ボディに「OKINAWA」と書いた路線バスが横切った。沖縄県のバス広告だ。実にタイミングが悪い。今、中国旅行局は「日本への旅行を控えるように」とアナウンスをしている最中だというのに。

一方で、上海に事務所を出す自治体の間ではこんな議論もある。「被災している東北を尻目に、西日本が誘致合戦を展開するのはどうか」――というものだ。つまり、オールジャパンで自粛したほうがいいという意見だ。それに対して、「いや、ここはむしろ無傷でいる自治体が頑張るべきだ」との声もある。

けれども、残念ながら訪日旅行自粛の影響は九州にも出てしまった。目前の訪日旅行の9割がキャンセルとなってしまった自治体もある。風評被害とは恐ろしいものだ。

「農薬野菜は放射能汚染の野菜より安全」と市民がささやくようになった。青森のりんごも影響は免れ得ない。ちなみに久光百貨のりんごは地震発生以前に入荷したものだそう。それ以後のものについては輸入をストップしていると言う。

残してきた家族を思うあまり、鬱病に近い症状となる日本人駐在員もいるそうだ。第一の症状は「涙もろくなる」。第二の症状は「食欲、性欲の減退」。

さて、春の異動の時期。辞令で日本に帰る日本人もいる。しかもなぜかこの時期に「茨城県日立市」への転勤命令を受けた方も。『沈まぬ太陽』張りの人事か。傍から見れば実に冷酷無残な会社にも映る。

日本人留学生は頑張って募金活動を行っている。ちなみに、2008年の四川大地震では日本の赤十字から51億円の民間の募金が届けられている。四川大地震は中国の国民に“慈善活動”の目覚めを与えたが、結果、地方政府の懐に入ったり、「中抜き」が生じたりしたことで失望を招いた。以来、中国では「募金」「慈善」の意義が問われ続けてきた。

中国国民は「やるなら直接手渡す」という結論に至った。四川大地震当時、女性用ナプキンを積んだトラックを運転して四川省に向かった中国人女性の活動は、今でも語り草になっている。
Posted at 13:01 | 東北太平洋沖地震 | この記事のURL
変化する「日本人」への国民感情  2011年03月26日(土)
変化する「日本人」への国民感情


「混乱に陥った市民が、激しく罵り合い、物を奪い合う・・・、あいやー、もしこれが中国だったらと思うと、ぞっとするね。日本以上に犠牲者が出るよ。だけど、日本は違う、みんな互いに譲り合っている。あれだけ冷静でいられるなんてたいしたもんだ。日本へ旅行に行った俺の友達ともしゃべってたんだけど、もしまた戦争になったらやっぱり日本が勝つって点で一致したね。団結力が違うんだよ。国が大きければいいってもんじゃない、中国人はやっぱりその点がだめなんだなあ・・・・・・」

50代半ばは越えているだろうか、やや太り気味のこのタクシーの運転手には透明のプラスチックで覆われた運転席がやや苦しそうだった。ひとしきりしゃべった後、私は静安寺で車を降りた。

地震発生以後、繰り返しテレビで報道される日本のニュースで、中国人の国民感情が変化している。「災害にも冷静な日本人」という、日本人に対する新たなイメージが形成されつつあるようだ。

これだけ近くなった上海においても、まだまだ一般市民にとっては「日本」、「日本人」は未知の国。それ以上に「日本人は怖い」「日本は軍国主義」という旧いままのマイナスイメージに取り憑かれたままだった。

そのイメージは変えようにもそう簡単には変えられなかった。それでも最近になって定着した訪日旅行がきっかけで、日本人には徐々にプラスのイメージが与えられるようになった。

「あれこれ、商品を物色して、試着も何度もさせてもらったけど最終的には買わなかった。それでも『ありがとうございました』と頭を下げる日本人はものすごく礼儀正しいと思う」と訪日旅行から帰国した上海人OLが話すように、予想だにしなかった「感動」を土産話に持ち帰る中国人が増えている。日本から持ち帰るのは単なる「日本ブランド」だけではない。

日中の政治・外交関係がガラリと変わることなど期待はできない。けれども、一般市民の感情が変えられようとしているこの瞬間は注目に値する。

今までは中国メディアもなかなか日本人の等身大の姿を伝えることはなかった。が、不幸にも被災した日本人を映し出すことによって、長年にわたって変わることのなかった中国人の日本人観が大きく変わろうとしている。この意義は決して小さくはない。
Posted at 12:58 | 東北太平洋沖地震 | この記事のURL
上海で面会謝絶?“保菌者”ではないのだけど  2011年03月19日(土)
上海で面会謝絶?“保菌者”ではないのだけど


明日の晩上海で予定していた面会を断られた。今朝着信したメールにはこうあった。

「もともとうちでご飯を食べてもらいたかったのですが、東京での放射能漏れの汚染の事件のため、私たちはまた日を改めることにしましょう」

中国語のメールを直訳すればこうなる。

ちょっとショックだった。いや、正直かなりショックだった。

つまり、東京から来た汚染体には会いたくない、ということにも読み取れる。

そんなばかな、と思ったので真相を確かめるために国際電話を掛けた。すると、「放射能漏れで東京も汚染されているようだから、当日はうちに来られるのはちょっと・・・。明日ならいいんだけど」と歯切れの悪い回答が返ってきた。

今日と明日では何が違うのだろうか。

「まずはあなた自身が東京から着てきた服をぜんぶ新しいのに変えて、自分自身も風呂に入ってきれいになった翌日なら会ってもいい」ということなのだ。ちなみに「着てきた服も、洗ってくれ」という。

上海では一体どんなふうに報道されているのだろうか。放射能性物質は第三者に感染するものなのだろうか。

私は“保菌者ではない”と頑張ったところで無駄だった。

「悪いですね、でもわかってください、こちらの事情も。とくに息子が敏感で・・・」

日本人は事の重大さを知らされてないのか、上海人が針小棒大に騒ぎなのか。

あーあ、しょうがないな。せっかく日本ブランドのお菓子をいっぱい買い込んだのに、これもまた「いらない」のだろうな。
(その後、各菓子メーカーに電話して、工場と製造年月日を確認した。幸いなことに、京都の工場で3月8日に製造したものだったのでセーフ)

日中逆転。いつか来た道ではないが、日本も残留農薬だとかセーフガードとか、いろいろやってきたよね、と思うと、あながち腹を立てることもできないのであった。
Posted at 16:43 | 東北太平洋沖地震 | この記事のURL
退避する外国人は裏切り者なのか  2011年03月18日(金)
退避する外国人は裏切り者なのか


機を見るに敏な一部の中国人はすでに日本からの脱出を始めている。中国人だけではない。ドイツ企業のボッシュやBMWも社員を非難させている。各国の駐日大使館も日本からの退避を勧告している。

そんななか、ある零細企業の経営者から悲鳴が上がった。

「この忙しいさなかに、労働力を失うのは実に打撃だ」

なんでも、臨時で雇ったバングラディシュ人が一時国に帰してほしいと懇願しているという。本人が原発事故の恐怖に怯えているのもある、加えて「家族がとにかく帰って来て欲しいと泣きついていることもある。

「日本人を残して逃げるつもりか」「帰国するとはあまりにも無責任じゃないか」と日本人社員はバングラディシュ人を囲んだという。

この繁忙期に「それはないだろう」というのがこの中小企業の言い分だ。

日本人もまた海外で危機に遭遇するたびに、まずは祖国に待避した経験がある。天安門事件、SARS、反日デモとさまざまなリスクに、現地の日本企業は邦人の安全確保を第一に帰国の途につかせた。それこそ、現地の労働者からすれば「逃げ出すのか?」だ。海外で遭遇する危険を回避するために母国に戻るというのは、決して間違った選択ではない。

私も中国で日本人を雇用してきた経験があるが、冠婚葬祭、さまざまな理由での帰国は致し方なかったし、たとえ、繁忙期で人手不足が痛手となっても、会社としてそれをさせてやるのがせめてもの報いだと思っていた。

コスト削減のために安価な労働力で働いてくれる彼らに、「残された俺たち日本人はどうなる」という理屈は通らない。収入のためだと割り切って、劣悪な条件を呑んで働く彼らに「帰るな」とも言えない。

この日本人経営者はこう言った。

「海外では大げさに報道している」。

しかし、今回の各国の報道をめぐっては「海外がむしろ日本より冷静に的確にそれを伝えている」との見方もある。日本人に彼らを裏切り者とする理屈は通らないのである。


出て行く外国人もあれば、入ってくる外国人もいる。

今日、渋谷でトルコ人と話した。日本語もおぼつかない、英語もいまいち通じない私たちをつないだ言語はなんと中国語だった。

「10日前日本に来たばかり」、という彼。上海の大学を卒業し、韓国に渡った。そしてようやく悲願の日本に。彼にとっては今回の地震も原発よりも、まずは「自分の将来」だった。曰く「上海では稼げない。韓国は景気がいいが日本ならもっといい将来がある」――。

日本で「発財」している仲間は少なくない。被災して上を下への大騒ぎの日本だが、それでもこの国には他国にはないチャンスがあると、“渡り鳥”として俯瞰する世界経済の先に、彼は最終的なゴールをこの国に見いだしていた。
Posted at 20:44 | 東北太平洋沖地震 | この記事のURL
震災を経て見え隠れする新たな日中関係  2011年03月17日(木)
震災を経て見え隠れする新たな日中関係


14日、温家宝首相は「日本が必要とする援助は行う」という立場を表明した。

中国国民の感情をも慮ってか、言葉の選び方に慎重を期すも、そのメッセージの発信は粛々としたものだった。

翌日、中国紅十字会は500万元の追加支援を発表、中国政府もまた同日、3000万元に相当する援助物資による支援を発表した。

「領導(トップ)」が国としての方向性を示すと、その後の決定も速い。

しかし、そのスピード的展開はすでに実行に移されていた。

東北地方太平洋沖地震した翌日3月12日、中国紅十字会は100万元の緊急援助を日本赤十字に贈った。

同日、程永華在京中国大使はじめ在日中国人団体関係者が会見、中国側出席者から義援金(457万3000円)が手渡された。在日中国人団体関係者とは、東京地区中国留学生友好聯誼会をはじめとする、在日中国企業協会、日本駐在中国マスコミ関係団体、日本中華総商会、日本新華僑華人連合総会だ。

四川大地震を経験しているということもあってのことだろう、その対応は機敏だった。“痛みを分かち合う隣人”が浮かび上がった。

これに対しては「中米支援合戦だ」とする意見もある。温家宝首相のメッセージを伝えるNHKの北京特派員もまた「アメリカに負けじとばかり」とコメントを挟んだ。

一方で、こう解釈する識者もいる。

「温家宝首相のメッセージが中国でライブで放映された意義は大きい。日中関係はこれを機に変化するのではないか」

私もそれを感じるひとりである。

今回中国ではデジタル製品をはじめとした「日本ブランド」の供給が絶たれたことがクローズアップされた。現地紙では日々、原発事故の特集を組んでいる。中国は日本からの避けられない影響に、隣国としての一体感を強めている。ましてや日本経済が沈めば中国も影響を受けないでは済まされない。

一方、中国では日本の、災害時にもパニックに陥らない冷静さが報道された。スーパーの食品価格はほぼ平時と変わらぬ価格設定、自らのはやる気持ちを抑え、整然と列に並ぶその忍耐力に、果たしてこれが中国ならどうだったかと、現状を重ね合わす人も少なくなかったに違いない。

また、今回多くの日本人が電話やメールで中国からの励ましをもらっている。このやりとりは、暗くなりがちな日常に小さな火を灯した。ビジネスマンならなおのこと、日頃繰り返されるドライなやりとりのなかにも、互いに、ふだんは感じることができない別の一面を感じ取ることができた瞬間だったと思う。

しかし、日本には伝わってこない現実もある。すべての中国人が日本に対して等しく同じ感情で今回の被害を受け止めているわけではない、という点である。「“映像”の持つ希少性そのものを楽しんでいる中国人もいる」「日本に恩義を感じる一般大衆は多いとは言えない、個人の義援金という発想は少ないだろう」という別の識者のコメントも、私は直視すべきだろうと考えている。

なぜそうさせるのか、それは歴史を紐解かなければわからない。何度かこのブログで紹介してきたが、『中国人日本留学史』にはそれがつぶさに書かれている。真剣に日中関係を考えようとしている方にはぜひ手にとってもらいたい。

新しい日中関係が生まれようとする可能性が見え隠れする今、これまでの、互いの顔色を探るような、あるいは、友好という言葉が一人歩きするような形式上関係は脱するべきであり、その求められているのは、日中のあり方を多面的にとらえられる感覚だろうと思っている。
Posted at 13:08 | 東北太平洋沖地震 | この記事のURL
世界最大級の地震、あるサイトの上海人の反応  2011年03月14日(月)
世界最大級の地震、あるサイトの上海人の反応


上海人が集まるサイトがある。中間所得者層以上の、消費文化を堪能する世代が20〜40代が中心的支持層だ。

常時、そこをウォッチしているのだが、今回の東北地方太平洋沖地震への“関心”は決して高いとは言えない。それ以上に、あまりにもそれを他人事のように客観視できるという冷静さに驚いている。現地では日本の津波による被災の映像が繰り返し放送されているはずだが、それにしても彼らの書き込みには、こういうときに出てきていいはずの良心がなかなか現れてこない。

原子力発電所の爆発による核物質の拡散は中国人にとっても気になるところだ。それは理解できる。私も中国にいたらそれを心配するだろう。だが、一瞬のうちに飲み込まれる東北沿岸部、それに対しての「日本はこのまま沈没する」――はあまりにきつい冗談だ。書き込みには「再建しても再建しても地震が起こる、日本はもうすぐ沈没する」。また、日本の行方を気にする書き込みがあったとしても、「日本の経済損失はどれぐらいだ」、「沿海部の不動産価格が下落するのでは」というもの。なかには「関東大震災のときに中国人が援助をしたのを、恩知らずにも日本は忘れてしまった」などと傷に塩を盛るような発言もある。

たまに人間らしい書き込みが出てくるとホッとする。哀悼の気持ちを綴ってくれる、この良心的な中国人に救われる思いだ。しかし、少なくともこのサイトにおいて、こうした「良心」は決して多数を占めてはいない。

このサイトを支持するのは前述したように地元の上海ネイティブ。中国の他の都市以上に日本に多くの接点を持っており、日本ブランドの主な消費者でもある。

だが、彼らが関心を持つ日本というのは、レクサスや明治の粉ミルク、あるいはソニー、ペンタックス、ニコンのカメラであり、日本国、日本人、日本文化ではない。

危機が人間を試す、というのはひとつの真理だ。この地震を通して、改めて人と人との結びつきを再確認した人もいるだろう。筆者も上海人の友人から電話をもらった。ふだんから節約、節約の生活をしている老婦人の、この国際電話の重さを有り難く受け止めた。このように、個人と個人は、海を越えて結びつき、互いに安否を気遣った。

だが、中国人の気持ちは依然、深い怨念に支配されている。日本国、日本人に向けるその感情は今なお良好なものだとはいえず、「人間の良心」と言う言葉を忘れさせてしまうぐらいに、その傷は深いと言える。その点は日本人が理解する必要がある(『中国人日本留学史』に詳しい)。書き込みそれ自体を鵜呑みにするのはどうだろうと思うのだが、これもひとつの現代中国人のつぶやき。正気に戻った気分である。
Posted at 14:15 | 東北太平洋沖地震 | この記事のURL
福島第一原発の黙示録  2011年03月12日(土)
福島第一原発の黙示録


「東日本巨大地震で自動停止した東京電力福島第一原子力発電所(福島県大熊町、双葉町)の正門前で、放射線量が通常時の約8倍、1号機の中央制御室では、同約1000倍に達していることがわかった」(読売新聞 3月12日)

中国でもこの部分が大きく取り上げられている。中国では津波による被害以上に、この放射能漏れの危険性が大きく報道されている。

上海人を集めるサイトには、「福島の友人はどうしているか」「日本の経済的損失はどれほどなのか」など、12日午後から地震に関する書き込みが増えた。そんななか、「中国への影響はあるのか」、「東から風が吹いたら朝鮮半島や遼東半島、山東半島も影響は免れない」など、放射能漏れの危険に多くの関心が集まっている。

上海の友人も「首都圏は放射能の影響は問題ないのか、チェルノブイリみたいなことにはならないのか」と心配して連絡をくれた。

チェルノブイリ原子力発電所は、事故の約20秒前に小さな直下型の地震があり、原子炉が耐震構造でなかったので、原子炉で爆発が起きたという説もある。

旧ソ連ウクライナでチェルノブイリ原子力発電所の事故が起きたのは、1986年4月26日のこと。これについて『私のマルクス』で著者の佐藤優氏はこう書いている。興味深いので以下に引用させてもらおうと思う。

(前略)一九八六年四月、渡邉先生は同志社大学から東京外国語大学に異動になった。四月二十六日に当時はソ連の連邦構成共和国であったウクライナのチェルノブイリ原子力発電所で事故が起きる。それからしばらく経ったある春の日に、東京外国語大学からそう離れていない巣鴨の居酒屋で渡邉先生と久しぶりに会った。当然、チェルノブイリ事故が話題になった。私が「チェルノブイリとはロシア語で“苦よもぎ”の意味ですよね。何か嫌な感じがするんです」とつぶやいた。

「嫌な感じって何だい」

「いや、新約聖書の黙示録を思い出すんですよ。“苦よもぎ”という名の星が天から下落し、水が汚染されて多くの人が死ぬという物語です。この世の終末が始まる象徴的な意味があります」

 私が年頭に置いたのは黙示録の以下の部分だ。

<第三の天使がラッパを吹いた。すると、松明のように燃えている大きな星が、天から落ちてきて、川という川の三分の一と、その水源の上に落ちた。この星の名は「苦よもぎ」といい、水の三分の一が苦よもぎのように苦くなって、そのために多くの日が死んだ。>
(「ヨハネの黙示録」8:10−11)

 ロシア語聖書では「苦よもぎ」にチェルノブイリという単語ではなく、「ポルィニ」とよもぎ一般を指す言葉を充てているが、それは本質的問題ではない。チェルノブイリという単語でロシアの知識人ならば、黙示録のこの箇所を連想するのは確かだからだ。
 渡邉先生は、私の瞳をのぞき込んだ。そして、少し興奮して「その話について考えてみる」と言った。(後略)

嫌な予感――。ちなみに私は昨日14時46分頃、新宿駅南口にいたが、体験したこともない揺れに、心底この世の終わりかと思った。今回は誰が何を、暗喩しているのだろうか。

続報:続報:12日5時30分のラジオ放送

京都大学原子炉実験所助教・小出裕章氏によると、「最悪の場合が来るのを覚悟するしかない」とのこと。つまり「もはや打つ手はなく溶けるに任せるしかない」。

「1000倍の死の灰が入っている、これが環境に影響する、2号、3号機に影響するだろう。もう、ひとりひとりが覚悟して自分の身を守るしかない。事故の進行を食い止めることはできない。近くの人は、少しぐらいの危険であっても逃げたほうがいい。風下なら100キロ、200キロの範囲で影響がある、放射能を吸い込まないようにマスクをすべし。長袖長ズボンなど肌を出さない服装を!」
Posted at 16:50 | 東北太平洋沖地震 | この記事のURL
新宿南口でグラッ  2011年03月11日(金)
新宿南口でグラッ


番組制作会社のOさんと久しぶりに会って、とんかつでランチ。「それじゃ、また!」と分かれた直後、新宿駅南口で地震に遭いました。この世の終わりかと思うくらいの揺れ。新宿の高層ビルは揺れがとまってもしばらく横揺れを続けていました。

3時から予定している打ち合わせのために、ルミネ2階のアマティへ。ルミネの店内に入ると、照明は消え、商品が散らばり、客は腰を抜かし、従業員も正気を失い、さらにスプリンクラーが壊れて水浸しと、大変なことに。

アマティでは2回目の地震を体験。同時にすべての客と従業員は店から追い出されて、こちらの打ち合わせも中止となりました。しょうがないので、露天でミーティング。空は灰色に濁り、カラスがばらばらと天を飛来する姿は、いやーな感じを与えました。

家族と連絡をとろうにも、緊急時にまったくソフトバンクの携帯は機能しないことがわかりました。地震直後はさすがに通信は混乱していたようですが、その後au、docomo、ウィルコムなどは通話に復旧があっても、なぜか私のソフトバンクはNGでした。

新宿駅界隈はJR各線、地下鉄も止まり、行き場を失い座り込む“難民”が。私もなんとかここを脱出すべく、新宿から明治通りを歩くことに。金はなくとも時間があった学生時代、ひたすら都内を歩き回っていた経験が生きました。どこからどこまで、徒歩だとどれぐらいかかるかを体で知っていたのはプラスでした。

明治通りに出たらやはりここも避難民の歩みが、えんえんと先の方まで続いていました。

1時間かけて早稲田まで歩き、そこから都電に。唯一動いているのが都バスと都電。さらに待つこと20分、ようやく都電の紫色の新型車両が見えたときには、思わず合掌。

ところがすでにたくさんの人間を搭載しているので寸でのところで乗れない。運転手になんとかせい、と迫るも、「こっちもやってますよ」とブリブリ。しょうがないから「すみませーん、みなさん、一歩ずつ奥に繰り合わせて下さあい」と絶叫して懇願。「一歩ずつ」という具体的描写が奏功して、この駅からおよそ10人が乗ることができました。

2時間かけてようやく自宅にたどり着きました。けれども、JRはいまだ止まったまま。外では避難民の家路を求めて歩く人の列がいまなお続いています。
Posted at 20:46 | 東北太平洋沖地震 | この記事のURL
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