How China sees the world.
How the world see China.
How we see Chinese,
How Chinese see our Japanese.

ますます力をつける中国、
そして中国人を無視しては、
何も語れない時代になりました。

政治や経済が迎えた時代の変化です。

でも、気持ちがなかなかそれについていけないときがあります。

これだという「解」はありません。
それだけに心中非常にフクザツで、
道を見失うときもあります。

期待と疑念。

正直、誰もがそんな気持ちを抱きながら、
中国と向き合っているのだと思います。

プロフィール

姫田小夏

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東京スカイツリーと中国の商業施設  2012年05月19日(土)
東京スカイツリーと中国の商業施設

4月12日、ある建築家と一緒に一足早くスカイツリーを訪れた。

31階建てのオフィス棟、1〜4階にはショッピングゾーンが入る。ワンフロア約2万平米、合計6.2万平米を物品や食の販売、エンタメ空間で固める。「日本のにぎわい」を意識した作りでもある。

工事中のSORAMACHI1階フロアには、鎌倉シャツ、マツキヨ、アンパンマンキッズ・・・2階はセシルマクビ−、ジルスチュアート、ZARA、サマンサタバサ、エスペランサなどなどが入る。結構、内装に力を入れていて、お祭りイメージでまとめた「超・和」な空間のエスペランサは「こりゃ、すごい」という感じ。

姫 田「うーん、なかなかこれは。日本の商業施設はやっぱりすごいですよね」
建築家「各店舗が使える色や材質が決まっているんですよ」
姫 田「だから一体感が出る・・・ちょっと中国とは違いますね」

姫 田「LED照明も随所に取り入れてますね」
建築家「けれども総合効率では、実は蛍光灯を超えられないんですよ」
姫 田「そうなんですか?」

姫 田「トイレはどうかな?と・・・」
建築家「最近は小規模分散型ですね。大きいトイレを1箇所にドンと作るのではなく・・・」
姫 田「なるほど。中国の商業施設の場合は、依然、1箇所集中型ですけど、個室の数が絶対的に不足しています。あまり、公共の利便性には気配りがないです」

姫 田「ところで、六本木ヒルズなんかはプロの間ではどういう評価なんですか」
建築家「いやあ、あれは失敗だね」
姫 田「は? 失敗?」
建築家「外側はダイナミックだけど、中は一部屋一部屋に間仕切りしてしまって、スペースを大きくスペースを使うことができなかったんですよ。外との空間をいかにしてつなぐか、ゾーニングするときは遊びの空間をいかにして取り入れるかが大切なんです・・・」
姫 田「恐らくそういう発想なんかは、きっと上海もまだまだかもしれません。遊びより効率です。平米単価効率がすべてです」

姫 田「ほかにプロとしてのチェックポイントは?」
建築家「スカイツリーの場合も、いつまで集客を維持できるか、です。日本橋コレドや表参道ヒルズなんかももはや延命が課題。コレドはおよそ2ヶ月で人が入らなくなりました。とにかく、スカイツリーのこのぐらいの規模ともなれば一時間に50台の観光バスがお客さんを運んでこないことにはなかなか厳しい」

姫 田「テレビ時代の終焉にできた電波塔という意味でも逆説的・・・」
建築家「オープンして数ヶ月の動向は注視したいですね」

今回、この大先生とスカイツリーを訪れたのは、実は中国の某商業施設から「ジャパンストリート」を作れないか、という案件をオファーされているためでもあった。確かにスカイツリーの商業効果は気になるところだが、やはりそれでも日本の商業施設はすごい、と思う。それぞれに条件の異なる店舗を入店させ、足並みを揃えさせ、なおかつ気持ちをひとつにする、それができるだけでも「すばらしい」としか言いようがない。

中国の場合は、単なる「間貸し」「賃貸し」になってしまって全体の演出感はゼロ。当然、消費者にもまったく“ウキウキ感”はない。しかも、サービスを知らない店員がいくら売り場に立ったところで、誰も財布のヒモを緩めない。しかも消費者は、売られているものに対しても「ホンモノかどうか」と懐疑的。迷った挙げ句、「買わない」選択をしてしまう。

13億の市場とはいえ、そう簡単には儲からない理由はここらへんにもある。

そう、買うなら日本で。そういう「ウキウキ、ワクワクな買い物体験」はぜひ日本でしてもらいたいところだ。団体旅行といえども、滞在時間は最低でも2時間は与えてあげて欲しいところだ。
Posted at 07:59 | himegongのつぶやき | この記事のURL
姫田的御当地魅力」の掘り起こし  2012年04月26日(木)
姫田的御当地魅力」の掘り起こし


日本国内の出張が格段に増えて、なかなか上海に戻れない日々が続いています。今回も予定を延ばして日本に滞在しています。けれども、それはそれで。出張の増えた昨今、新たなお楽しみが加わりました。ご当地モノの発掘です。

ご当地では「東京のスーパーにはまずない」と思われる商品を物色します。福岡では必ず「鰯明太」を買います。「手羽先明太」もついでにクール宅急便で送ります。

大分では「カボスちゃん」という、“そのまんま”のネーミングのかぼすジュースにはまりました。これは絶対東京では手に入らない味、これから1ダース注文する予定です。

九州出張といえば、たいていどこでも手に入るお菓子の「かるかん」。ポピュラーなお菓子ですが、私は「深み」を感じさせる銘菓のひとつだと思っています。夏はこれを冷やして食べるとおいしいですよね。

松江の銘菓に「山川」という菓子があります。単に長方形をした紅白の落雁ですが、自分で割ったその形を愛でる菓子です。割った形の造形に見いだす哲学的な菓子で、茶の湯文化の“ありのままの美”が投影されています。私の「お気に入り三代茶菓子」のひとつです。

私が現地で買ったのは、半透明の砂糖の衣で包まれた、宝石のような小豆お菓子(彩雲堂の「春秋」)と、しっとり感が桃色と黄色の色彩が美しい菓子(岡三英堂の「花けしき」)。

「日本海」という即席汁粉は、当時の店主が日露戦争から生還したことを祝って作った汁粉。お湯をかけると中から日本と露西亜の国旗が浮かび上がってくるのがおもしろい・・・。
松江市にはそんな日本の伝統菓子の文化が凝縮されています。

この4月、京都で町家「庵」に宿泊しました。昔ながらの伝統家屋にはキッチンもついていて、ここでいれたコーヒーがなんとも美味。パッケージを失敬して、東京から早速5パック注文しました。

大のコーヒー好きで知られる藤岡弘さん(元『仮面ライダー』役)が、ポットのお湯を「ありがとう、ありがとう」と祈るようにしていれる姿を見て、最初はどん引いてしまったのですが、今、私は完全に「藤岡弘」になっています。

それほどうまいコーヒーは京都の玉屋珈琲店のもの。ちなみに200グラム800円です。

盛岡では岩手三陸銘菓の「かもめの玉子」(さいとう製菓)が幅をきかせてました。イチゴ味もありますが、やはり「元祖」がいいです。南部せんべいの「磐手屋」が出す、「しっとり焼き 生南部サブレ」も最高。確かに現地では「おみやげランキング1位」でした。

ちなみに宮古にはこんなお宝が埋蔵していました。それは寿司と酒。宮古駅前の「蛇の目寿司」のちらし寿司(水曜定休)はぜひ行くべし、です。

てんこ盛りになった三陸の海産、ネタはところ狭しと敷き詰められ、掘っても掘っても輪っぱの底から黄金のネタが沸いて出てきます。こんな贅沢なちらし寿司は初めてです。

そしてこれと一緒に飲む「男山の復興2号」。「復興1号」は震災で傾いた樽の底に残っていたお酒を商品化したもので、私は「2号」を頂戴する機会に恵まれました。

目から鱗の味でした。私は日本酒があまり得意でないからほとんど口にしないのですが、これだけは別格でたちまちファンに。日本酒がこんなにおいしいと思ったのはこれが初めてです。

東京で手に入れようと先日、長谷川酒店に行きましたがありませんでした。これもまた「お取り寄せ」になりそうです。

ご当地の“うまいもの”との電撃的な出会い、日本ならではの出張の醍醐味です。
Posted at 15:52 | himegongのつぶやき | この記事のURL
中国からのご一行様とともに10日間  2012年04月10日(火)
中国のご一行様とともに10日間

ただいま神戸。昨晩は中国からのご一行様とkobe beefの鉄板焼きを囲んだ。一行はブランデーに火を付け、ボワッと燃え上がるパフォーマンスを何度も要求した。相当気に入ったようだ。

しかし、景色はあまり関心がないみたい。「上海にはない景色を見たい」というから、観光バスを仕立てるも、車窓からの美しい桜や菜の花の春の景色は目もくれず、賭けトランプに奇声を発していた。

人によって違うが、「日本人が見て欲しい」と思うものと中国人が見て「わー、すごい」と思うものはかなり違うようだ。

別府温泉では「ワニ園」が閉店となってしまったことにかなりがっかりしていた人もいた。なるほど、ワニ園か。

その一方で、温泉タマゴは好評だった。これは日本人の感覚と共通するようだ。

また男性はいずこも同じ、ということも納得した。

同時にお湯を掛けると着物を脱ぐという仕掛けを凝らしたタオルも大好評で、中国人男性陣を釘付けにした。何度も、「お湯をかけろ」(脱がせる)「水を掛けろ」(着せる)を、熟年の販売員のおばさんに繰り返させていた。そして

何度もその場をうろつきながら、ついに鷲づかみにして購入した。きっとこれを、「高科技産品」(ハイテク商品)として、明日の新たな研究開発の材料にするに違いない。

女性はなんといっても美容パックだった。今後これは日本の地方のお土産売り場の必須アイテムとなると思う。
Posted at 08:12 | himegongのつぶやき | この記事のURL
東京発上海経由ダッカ行き  2012年04月03日(火)
東京発上海経由ダッカ行き


4月を迎え、忙しさが加速してきた。そんななかで2日は午前中に国際ビジネス研究所の柴田氏をお訪ねし、上海の市場動向をお話させてもらうなど、多面的な角度から情報交換をさせて頂いた。

興味深かったのは、同氏のご子息がバングラデシュでビジネスされていらっしゃると言うことだった。しばらく忘れていたバングラがこの数時間の会話の中で蘇った。

何を隠そうベンガル語は、私が中国語の次に熱心だった言語だ。当然、文字は今でも書ける。先日たまたま見たテレビ番組で、モデルのローラが話していたベンガル語を聞いたとき、ちょっと感動してしまった。「眠ってはいるが忘れてはいない自分のベンガル語」を再認識してしまったからだ。

1980年代、高校生だったときに、私はユネスコ東アジア文化研究センターでベンガル語の講座に通った。初めて習うベンガル語は、文字の書き方から始まって、動詞の活用に悲鳴を上げ、最後はロビンドラナート・タゴールの詩を読む、という実に過酷な30日間だった。

とはいえ、奈良毅先生、大西正幸先生、コルビ・ムカルジー先生のご指導で、どうにかこうにか修了証を手にすることができた。(今どうしていらっしゃるでしょうか。どなたか、消息をご存じの方、教えて頂ければ有り難いです)

言葉はもちろん、ベンガル文化に触れることができたという意味では大変貴重な経験だった。中国ビジネスもそうなのだが、言葉から入った日本人は息の長いビジネスを続けていらっしゃる。言葉は文化、異国文化の理解の延長にビジネスを紡ぐことができる、それを軽視することはできないんだな、とつくづく思う。

さて、この過酷な授業から派生して、当時は日本在住のバングラ、インド・カルカッタ地方出身者のコミュニティに入れてもらったこともある。私も即席に覚えたタゴール・ソングと舞踊を披露した。日本に在住するインドの知識人たちの、その奥の深さをなんとなく肌で感じたのもこの頃だった。

また、ベンガル語の“語学友”には、早稲田奉仕園のなかにある「シャプラニール」という組織で活動する徳永さんという方がいた。この組織はバングラの女性の経済適自立を支援する組織で、彼女たちにジュート製品を作ってもらい、それを日本で販売するというモデルを打ち立てていた。この徳永さんを介してしばらくシャプラニールに通い、お手伝いをさせて頂いたことがある。

現在、私自身はすっかり中国畑となってしまっているが、中国とバングラには農民の自立支援という共通課題があり、「小額ローン」をめぐって中国−バングラ間に交流があることなどを取材を通して知ると、この意外なつながりに「へーっ」と思うことなんかがある。実際に私の友人の中国人は、グラミン銀行のユヌス氏とツーショットで写真を撮っている。

アマールショナールバングラ、アミトマケパロバシ――。
(我々の美しいバングラ、私はあなたを愛している)
バングラの国歌はなぜか今でも忘れていない。

賃金の高騰した中国では改めて「チャイナ+1」が急浮上してきているが、そんなところで、私もまたバングラと再びつながることができればおもしろいと思う。
Posted at 09:44 | himegongのつぶやき | この記事のURL
チベット人は欲張らないことを知っている  2012年01月06日(金)
チベット人は欲張らないことを知っている


時事通信社内外情勢調査会の新年互礼会で、チベット人の声楽家バイマーヤンジンさんとご一緒する機会に恵まれた。

そこでこんな質問をさせて頂いた。

「ブータンの幸福度指数が高いと言われていますが、どう思いますか」

ブータンとチベットは同じチベット文字を使い、信仰している宗教もチベット仏教と共通する点が多い。もしかしたら、「内面的な充実度は当時のチベットも同じだったのではないか」、と思ったのである。

「それは(かつての)チベットも同じ」−−

「チベット人は満足すること、欲張らないことを知っています。感謝の気持ちも常に忘れない。ひょっとしたらチベットのほうが幸福度指数は高いかも。当然、宗教によって満たされている部分が強いと思います」

チベットに仏教が伝わってくる以前、チベット人はボン教を信仰していた。ボン教は外来の宗教だとする説もあるが、バイマーヤンジンさんによれば、チベットには、自然を崇拝し川を神格化し、自然の恵みを称える土着の宗教が存在しているという。

生活習慣に入り込み、人としての行動の規範となる宗教、説くにチベットには「足ることを知る」という教えがあることは見逃せない。そして、彼女のいうとおり、宗教と人間の幸せは切り離せるものではない。

翻って中国。残念ながら今の中国にはそれがない。「宗教は毒だ」とされた時代があったためだ。

「信仰とは宗教ですか?」の、そんな素朴な質問にも、中国では「それは難しい問題だ」と言葉につまってしまう。

「信仰とは」――。今の中国人が最も求めようとしているものでもあるが、中国にとっては簡単に答えの出せない問題でもある。中国人の「幸福の行方」がいまとても気になる。
Posted at 21:46 | himegongのつぶやき | この記事のURL
ブータンブーム?  2011年12月02日(金)
ブータンブーム?

日本ではちょっとしたブータンブームらしい。ブータンの「幸福度数」というものが注目されている。

私も実は高校2年のときにブータンを訪れたことがあり、そこで知り合った男の子としばらく文通を続けていたことがある。彼の姉さんがロス五輪のアーチェリーに出場するという知らせをもらって、当時日本からテレビに向かって声援を送ったこともある。彼との手紙の往来は日増しにエスカレート(当然ながら当時メールなどはない)、ついにそこに「I want to marry you」と書かれるようになったのを見た母親が慌てふためいたことも、今となっては懐かしい。

またブータン協会ではVIPが来日するたびに着物を着てお出迎えした。当時はツムラの会長さんが「ブータン通」としても知られていた。照葉樹林帯文化(ヒマラヤ、ブータン、雲南省、そして日本の南西部に横につながる照葉樹林の分布で、日本の生活文化に深く影響するものととらえられている)というのも日本との共通項で、また漢方薬の宝庫としても同社にとっては魅力あるものだったようだ。

そのブータンを訪れたあのとき受けた印象は「彼らはとても静かに暮らしている」ということだった。

朝晩の空気がひんやりと冷たい。飛騨の山奥の風景と酷似していて、ここがブータンという異国であるとは信じられなかった。ゴーという、日本の着物に似た合わせの服を着て、風呂に入り、蕎麦を作って食べる文化はまったく「懐かしい」以外のなにものでもない。木造家屋の作りもまた日本のそれとそっくりだ。親戚に稲作の研究者がいて、しきりにブータンの「赤米」を気にしていた。晴れの日に赤いゴハンを炊く、という風習も見逃せない。

私が訪れた80年代当時は若者がジーンズやTシャツを着始めた頃だったと思う。しかし、彼らはどこか賢くて、自国の文化にプライドがあり、西欧礼賛に走り過ぎないところが魅力でもあった。文通相手の男の子も、いつもゴーにハイソックスをはいていた。

幸せ度数は「諦め」からも来ているのだと思う。閉ざされた国であると同時に、上と下を中国とインドに挟まれては、もはやもがいても無駄だ。たった69万の人口では武装すらできない。たとえガツガツと金を儲けたところで、ブータンに豪邸を建てても、その成金的風景は、周囲の山々や美しい空には似合わない。チベット密教との関連性も否定できないだろう。中国では邪教と思われているが、人を幸せにする要素はここからも見いだせるのではないだろうか。

小国なりの幸せ度、日本にもどこか重なるところがある。共通点は、1人1人の人間が非常に達観していることだ(ここが「他人の成功を嫉妬する」いわゆる“典型的な中国人”と違うところだと思う)。

飛騨の親戚もまた山々に囲まれて「閉ざされた」生活を送っている。都会には金儲けのチャンスもあり、成功の可能性もあるのに「これでいんやさ」なのだそうだ。“身の丈大”を悟ってこその幸せ? ブータン人に限らず、誰にでも幸せは到来するということなのかもしれない。
Posted at 12:26 | himegongのつぶやき | この記事のURL
私も見た、日本人のスピリッツ  2011年11月15日(火)
私も見た、日本人のスピリッツ


11日、日帰り出張を終え、11時13分に東京駅に着いた。

12時前には自宅に着ける予定で、これなら少しはのんびりくつろげる時間もあるかなと思っていたら、なんとゴール直前で人身事故に遭遇。人生ゲームで言う「台風に飛ばされ1回休み」的な気分に突き落とされてしまった。

田端の駅ではタクシー待ちの長蛇の列。しかも雨。

翌日はまた上海便に乗らなければならない、というのに。

列は順繰りに来るタクシーに静かに消化される一方で、着実に長くなってもいた。

けれども、私の知る限り、
「列に並ばず、対向車線に乗り出して空車を捕まえた日本人」はたったひとりだけだった。

みんな黙って列に並んだ。

思わず乗り込んだタクシーの運転手さんに、
「すごいですね、日本人は。本当に見上げたものですよね!!」と語りかけてしまった。

上海だったら、もう大混乱。タクシーのふんだくり合戦で、互いにすり減って、疲れ果ててボロボロになることは目に見えている。

ああ、今この瞬間が日本であってよかった、と思った。

日本人は「結局、並んだ方が秩序を維持できて、かつ自分も疲れないで済む」ことを知っている。

しかも社会全体の暗黙律としてそれが保たれている。

震災直後、世界中を驚かせた日本人とはこれだったのか。これぞ無形の財産・・・。震災をを経たせいもあるだろうか、「日本人」のスピリッツがよりいっそう磨かれたように感じた。
Posted at 07:40 | himegongのつぶやき | この記事のURL
シートベルトは「御しっかり」−−  2011年11月14日(月)
シートベルトは「御しっかり」−−

やっぱり日本はサービス大国だ、と戻るたびにほっと一安心するのだが、
今回はなんだかその「過剰ぶり」にうろたえてしまった。

おもてなしも、一歩間違うと客を狼狽させるからご注意!だ。

ある地方のホテルのラウンジでは、
(椅子が低いため)跪いてオーダーを取る女性に腰を抜かした。

「下跪」という行為は最大の屈辱と受け止める
中国人がこれを目の当たりにしたら、恐らくこのホテルを疑ってかかるに違いない。

「なんということをやらせるんだ」、と。仮に彼女が中国人なら訴訟問題に発展しているだろう。

中国人でなくとも、誰もが、“そこまで自分を謙らせるサービス”に当惑するはずだ。これは即座に中止して○。

新幹線のぞみ号では二度も三度も配られるおしぼりに呆れ果てた。

そこまでやられるとJRの環境への配慮を疑わずにはいられない。

おしぼりの配布は本当に「サービス」といえるのだろうか。

また、某エアラインでは、そういうクラスに座ったせいもあるのだろうけど、
「そこまで遠慮しながら仕事するのか?」と思うほど、
顧客の顔色をうかがったCAのサービスにあっけに取られた。

機体が降下しようとするときに、
「眠り込んでいて座席の背を元に戻さない客」になかなか注意できない。
腫れ物にでも触るかのように、なんどもやさしく丁寧に、
起こそうとするのだが肝心な客は起きてくれない。

そんなの一言で済むことだろうに・・・。

丁寧にやさしく、というのが某エアラインのモットーなのだろうけど、
最近は内部でも「エスカレートするおもてなし」に、
「そこまでやるか、やらないか」で賛成派、反対派と真っ二つに割れているらしい。

そのサービスは気合いが入りすぎて、ついにこんな珍アナウンスが搭乗した。

手洗いの使用を控え、シートベルトをしっかりおしめ下さい」――。

ははあ、「ごしっかり」ですね。謹んでおしめさせて頂きます。
Posted at 15:28 | himegongのつぶやき | この記事のURL
正義が勝ちますように  2011年03月08日(火)
正義が勝ちますように


東北大学大学院の経済学科教授が闘っている。

東北大学の井上総長の研究不正問題は、日本では仙台という地方都市において、危うく闇に葬り去られるところだった。しかし、世界で最も権威のある総合学術雑誌である「Nature」が今年1月28日取り上げた。そこから、火がつく。ヘッドラインを「日本の大学総長と教授会メンバーが闘争状態に入る」とした記事はすでに国際配信され、http://www.nature.com/news/2011/110223/full/470446a.html
日本のメディアもまた動き出した。

07年の匿名投書から巻き起こった論争、不正行為を正すべく粉骨砕身してきたのがこの教授である。だが、肝心な証拠は「コンテナごと天津港に沈んでしまった」(これがまた怪しげ)。それを理由にその先がうやむやになってしまった。地元仙台では何らかの圧力がかけられたことも想像に難くない。

仙台ではダメだ、メディアもジャーナリストもまったく機能していない――と頭を抱える教授は、なんとかしてこの問題を、東京を発信源に、日本が抱える深刻な社会問題として取り上げたいと動いていた。 

最初は、個人的なねたみや恨みが動機になっているのかとも思った。研究の世界でも、名誉欲や裏切りといった、ドロドロとした人間の感情が渦巻いているからだ。しかし、何度か教授に会って話を聞くと、どうやらそうでないことがわかる。

「こんな大きな問題を野放しにしておくことはできない」、ただただ、そんな単純な気持ちから始まっている。同教授との出会いは、北京大使館に勤務されていた外務省のI氏からのお声がけもあってのことだった。本当に骨のある方をご紹介いただいたと思っている。

井上総長は文科省はじめ公的機関から巨額の研究資金を取り付けてきた。論文ねつ造が疑われている「井上過冷金属プロジェクト」だけでも17億円以上の研究資金が投入されている。2000年代に同総長が取得した公的助成金額は210億円に上るとも。これら財源は我々の血税だ。

だが、東北大学のみならず、多かれ少なかれこうした研究不正は存在する。問題は隠蔽させようとする大学や研究機関を公正にジャッジする第三者機関がないことにある。アメリカには研究公正局(ORI)があるが、日本にはそれに相当する機関がない。

「むしろ科学研究システムに内在する助成金獲得競争、先取権争い、ポスト獲得競争などが、研究者を取り囲むから起こる」(「科学者の不正行為」山崎茂明著)

この教授の闘いが、週刊誌の中吊り広告を賑わせるにとどまらず、ひいては日本に第三者機関を設置する動きにつながればと願う。教授とはお茶の水で会った。別れ際に教授はこんなふうに言っていた。「こんなことに馬鹿みたいになっている奴がいるってことも知ってほしいよな」。声なき声をせめてブログにて伝えたい。
Posted at 22:59 | himegongのつぶやき | この記事のURL
のど自慢と掛けて中国の科挙制度と解く・・・  2011年03月05日(土)
のど自慢と掛けて中国の科挙制度と解く・・・


「NHKのど自慢グランドチャンピオン大会」を見入ってしまった。地味な番組だから、チャンネルを変えようと思ったが、トップバッターがうまかった。それから立て続けに15人、食い入るように見てしまった。最近、希に見るというか、忘れていたテレビのおもしろさがあった。

甲乙つけがたい歌唱力、背景にそれぞれの個性やふだんの生活をビデオに撮ったものが流れる。介護士もいればスナック経営者もいる。女子高生も多かった。最近はカラオケに通っているのか、実に表現力が磨かれている。

全国の優勝者15人を集めての決勝でチャンピオンに輝いたのは、ブラジル出身の日系人であった。彼はいま日本の銀行に勤務していると言う。

彼の「おばあちゃん想い」が全国お茶の間の泪を誘った。本人、ブラジルから送られてきたばあちゃんのビデオレターを見ただけで嗚咽。日系三世、その現地での苦労が、彼の、「日本人以上の日本人としての魂」を研磨したのだと思う。審査員も泪。彼の、人間性はあまりに純だった。それだけに誰もが彼に動かされた。

私が小学生のころ、日本では「スター誕生」などの番組が放送されていた。ある日の日曜日、ブラウン管のなかで同じクラスのK君がマイクを握っているのを見て腰を抜かした。毎週楽しみにしている番組だったが、あの「スター誕生」はいつの間にか、放送中止となっていた。そこらへんの理由は、夢を食った男たち―「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代 (文春文庫)に詳しい。

ちなみに、当時は家計のために芸能界入りする子がぽつぽつと散見された。「カゴメトマトジュース」のCMに三兄弟で出てきたのは、お向かいの悪ガキだったし、当時流行のドラマに子役で出ていた1年上の上級生は、体に障害を持つ母親のために「出演」することで生計を立てていた。当時は自分の夢を追う以上に、ギャラを家の家計に充てる出演者も少なからず存在していたと思う。

のど自慢を見ていて、中国の科挙制度のことを思い出した。どんな貧乏人でもどんな金持ちでもチャンスは平等、勝ち得た者に未来が開ける。だからこそ、だれもが科挙試験に死にものぐるいになった。

万人に門戸を開く機会がもっと増えればいいと思う。チャンスこそ平等に、だと思う。全国レベルで隠れた才能を発掘するNHKのど自慢もまた、人々に夢を与え、平等に門戸を開くという意味ではとても興味深い。さらにそこから、人間の喜怒哀楽に触れることもできる。流行でもファッションでもない、なんとも地味な番組だったが、世代間を超えて「いいものをみた」という気持ちが残った。久々にテレビがおもしろいと思う瞬間だった。
Posted at 23:19 | himegongのつぶやき | この記事のURL
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