「上海万博まであと1年」に寄せて
「「より良い都市、より良い生活
(Better City, Better Life)」について改めて思うこと
「環境改善」はお題目、「取り締まれない」裏事情
企業誘致をテコに地方経済は立ち上がり、役人は潤った。が、結果もたらされる深刻な環境汚染。慌てた中央政府は「第11次5ヵ年計画」で省エネ・汚染削減を打ち出すが、どうも効果がでない。今年は「本腰が入った」といわれる環境対策だが・・・。2000年以降、世界の工場・市場となる上海の、その過程とともに意識の変化を追う。
上海では水は買って飲むものだ。水の値段はビールよりも高い。ビールの大瓶が1本2元程度(1元=約15円)で買えてしまうのに対し、500ミリリットルの飲用水は1元を超える。
蛇口をひねって出る水は黄色く臭い。上海市民にとって水問題は切実だ。上海に生活する者は誰もが必ず自宅にウォーターサーバーを備え付けている。18・5リットル入りのボトルを逆さにして取り付け、左右のバーで冷水、温水を使い分ける。いくらドケチ生活でもこれだけは削れない。最低でも10元(約150円)はする飲用水のボトルをほぼ週1回の割合で消費し、なくなると配達してもらうのは、上海生活者特有の生活のリズムでもある。これに頼らず、水道水を煮沸して飲むのは生活能力のない老人か、農村から出てきた出稼ぎ労働者ぐらいだろう。
黄色く臭い水道水を最も忌み嫌うのが現地に赴任した日本人だ。1杯のコーヒーのみならず、歯磨きから洗顔、洗濯までも「買ってきた水」に頼る人は少なくない。ここ数年は台所のみならず風呂場にも取り付けられる浄水器までもが人気を呼んでいる。あまりにも過敏だと思う向きもあるかもしれないが、ガードは固いに越したことはないようだ。というのも、東京医科歯科大学の寄生虫博士で知られる藤田紘一郎教授が行った05年の調査結果から、在中国日本人2912人のうち195人が陽性という事実が示されたからである。実に15人に1人が感染しているわけだ。
日本人駐在員も寄生虫の被害者
藤田教授は毎年医療チームを組んで日本人駐在員の健康診断(寄生虫は06年まで)を行ってきたが、05年、寄生虫が増加しているという異常をキャッチした。上海では886人の日本人中64人が陽性。検出されたのはランブルべん毛虫、ブラストシスチス、クリプトスポリジウム、アメーバ赤痢などの原虫(単細胞の虫)だった。
藤田教授は「上海の水道水の原水が汚染され、これら原虫が水道水に混入した結果」だと見る。通常、細菌やウイルスなどの微生物は水道水中の塩素で死滅し、塩素では死なないクリプトスポリジウムやランブルべん毛虫も、浄水場で行う砂ろ過で基本的にろ過される。だが、それが水道水に残っているということは、すなわち浄水場が機能していない可能性を意味する。
浄水場の処理能力については、「大雨が降ると、未処理に近いものが水道水として送られてしまうこともしばしばあった」という日系水処理メーカーのコメントからも伺えるように、当時すでに指摘されるところでもあった。
そしてもうひとつの原因は、土の中を這う配管の老朽化がもたらす二次汚染だ。古いものでは戦前から使われていた配管がそのままになっている例もあるほどで、こうした古い配管の中の有機物と反応して塩素の殺菌力が落ち、また配管の亀裂から汚泥とともに原虫が入り込むなどは十分にあり得る。これらが、近年上海でブームになったサラダや刺身など、加熱しない食材(こういうリスクがあるという生活の知恵から今まで加熱をしてきた)を通して生活者の体に潜り込んでいる可能性は強い。
黄浦江の水は“栄養たっぷり”
その上海の水が劇的に変わろうとしている。中国には「生活飲用衛生基準(生活饮用水卫生标准)」という水道水基準があるが、07年7月、監視項目をこれまでの35項目から106項目に増やし、またもともとの35項目中の8項目をさらに修正し、従来の基準をさらに強化した。微生物、化学物質はもちろん重金属、放射性物質、農薬、環境ホルモンなどについて厳しい数値が設けられ、北京ではすでに「蛇口から直接飲める水」になったといわれている。
だが、「飲める水になったのは評価できるが、飲みたいかといわれれば別」と北京の友人が話すように、北京市民の心中は複雑だ。一方、上海市もようやく「上海の浄水場から出る水はそのまま飲める」というレベルまで来た。が、せっかくきれいになっても鉄サビで汚れきった配管を通ってくれば元も子もない。二次汚染された配管への取り組みは今後の課題として残されている。
だが、それ以上に不安なのは、視覚や嗅覚では感じ取れない水質そのものがどうなのか、ということだ。上海では300カ所の定点観測が行われているというが、それだけでは安心はできない。なぜならその取水源はドブ川だからだ。
「上海市民の飲む水の10杯のうち9杯は黄浦江から取水している事実を知っているか」と聴くと、上海市民ですらギョッとする。「え、あんな汚い川の水を飲んでいるのか」と。確かに黄浦江沿いには7件の浄水場があり、毎日424・68万立米の汚水を浄化、浄化設備は05年当時に比べ技術革新され、欧米系にも引けを取らないものが入れられている(上海の日系水処理メーカー)というが、やはり「黄浦江が取水源」という事実は「オエッ」となるくらい強烈だ。
1930年代、マフィアが暗躍した時代には死体が浮かばなかった日はなかったといわれた黄浦江、90年代後半はそれが大量の生活ゴミに変わり、多少それが改善された今でも、濁る川面にクリーンなイメージはない。
むしろ90年代後半からは工業化とともにさらにそのドブ川の汚染は進化しているといってもいい。上流の上海市青浦区や松江区の工業開発区が外資系工場を誘致し、その隙間を埋めるように国営、市営、そして民間の地元工場がひしめき合う。さらに農地では農民が農作業のほか養鶏場、養豚場を経営する。と蓄場もある。網の目のように縦横に流れるクリークには工場排水はもちろん、工場労働者のための厨房から出る大量の汚水、周辺農民の生活排水、農薬、そして養鶏・養豚場から出るおびただしい糞尿が流れ込む。黄浦江の水は実に“栄養たっぷり”なのだ。
「環境」はたかりの口実に利用され
2000年を前後して、世界の工場として注目を集め始めた上海、その舞台は嘉定区、青浦区、松江区などの郊外の地。各区は競って外資を誘致し、工場を建設しまくった。その黎明期である98年当時を、日系部品メーカーの上海子会社社長として赴任していたAさんはこう振り返る。
「川の水の色を見れば一目瞭然。当時は汚水の垂れ流しはごく当たり前にやられてましたよ」
青浦区には部品加工メーカーが多い。これら加工メーカーの中には、摩擦で鉄が膨張しないよう冷やしながら部品を削るため、また切削時の刃物(刃具)の寿命を延ばすことを目的に「切削水」を使うところもある。潤滑油基油を成分とする石油系の乳白色の切削水を、当時、堂々と川に垂れ流す国営工場は珍しくなかったとAさんはいう。
2000年に入ると工場は「環境」を意識した経営を少しずつ要求されるようになる。だが、「環境」という二文字は、この段階では単に地元の村の役人のたかりの口実に使われただけに過ぎない。
日本人経営者のBさんは話す。
「00年だったでしょうか、地元の環境局がやってきて、『お宅の排水基準はどうなっている?』と訊いて来ましてね、『96年規制(96年に改正された水汚染防治法)はクリアしているが』、というと『今の規制値にするにはフィルターを含めた装置に換えなければならない』と言うんです。結局、うちの会社はそれに120万元(当時約1500万円)を払いました」
この会社は環境局指定の業者に発注、40万元程度で済む設備交換に3倍もの金額を払わされてしまったのである。
「環境局とのつきあい、接待にどれほどお金を使ったことか」とする日本人駐在員の証言も興味深い。
「ある日、環境局の役人がやって来まして。あ、これはメシが食いたいんだな、と察してそのまま近くのゴルフ場のクラブハウスに連れて行ったんです。昼からワインを開け、我々もガンガン飲まされ、その後3階のカラオケ行ってマッサージやって・・・」。
制服のままで昼から酒盛り、しかも勘定は日系工場に押し付ける。環境対策という任務はあるものの、その実「飲んで歌って騒いで終わり」。呆気にとられた日本人も少なくないが、逆に言えば、環境局をおだてておけばそれで一件落着、というのがこの頃を物語る「環境対策」だったのである。
外資系、違反すれば一気に叩かれ
中国では05年からスタートした「第11次5カ年計画」で省エネ・汚染削減を打ち出し、水汚染の問題解決を最重要課題の1つに据えた。たかりの口実を与えただけにすぎなかった「環境対策」も“絵に描いた餅”からの脱却を模索し始めたかのようだった。06年3月の時点で、汚染物質については「今後毎年10%削減」を計画期間中の公約とするなど、拘束性のある目標が盛り込まれたことも、大きな期待を集めた。
一方、05年前後は発展の軸を移すようにして、沿海部から内陸へと開発区誘致がシフトする時代と重なる。結局、地方における激しい誘致合戦で、「環境」は再び取引の材料にされ、「垂れ流しは大企業を誘致したいがためのインセンティブ」という側面が浮き彫りにされた。
その格好の象徴となるのが、06年10月、中国のメディア「南方周末」が排水基準に違反したとして暴露した、中国の多国籍企業33社のブラックリストである。33企業には「世界企業500社」が含まれているほか、日系企業12社の社名も。報道のベースになっているのは、04〜06年にかけて全国の環境局(环保局)が公布した違反企業リストだ。
「南方周末」はそのうち数社について違反の理由を取り上げている。長春ペプシコーラ(长春百事可乐公司)は「基準値を超える汚染物・排水を出した」、上海ネスレ(上海雀巢饮用水有限公司)は「環境設備の検査を経ての引渡しなしに、無断で主要工程の生産を開始した」3M(3M上海研磨产品制造有限公司)は「環境への影響についての評価、手続きが終わっていないのに生産を開始した」などがそれだ。
そしてさまざまなメディアがこの記事を自社のサイトに転載した。市民の環境への目覚めとナショナリズムが一緒になり外資系バッシングに火がついたその痕跡は、今でもネット上で確かめることができる。
33社の違反が真実だとすれば、母国では企業の社会的責任を世間にPRしてはばからない多国籍企業ですら、中国ではお粗末な状況だという解釈ができる。だが、同時に「南方周末」の取材からは、33企業のうちいくつかのケースで「故意」ではなく「過失」、すなわち「従業員(つい最近まで周辺の農民だった)のうっかり」によるものであることが読み取れるのも興味深い。
工場が現地化する過程における1つの偶発的な事故なのか、はたまた経営上の打算なのかはここにおいては結論がでない。が、少なくとも「環境取引に乗っかれば、愛国の徒に叩かれる」という教訓は残したといえるだろう。外資系企業は、それがたとえコストプッシュ要因になったとしても、環境対策には手を抜いてはならぬということだ。
地場メーカー、罰金の方が安上がり
「第11次5カ年計画」で省エネ・汚染削減をぶち上げたにもかかわらず、地場メーカーは相変わらず「手っ取り早い手段」を選んでいる。中国どころか世界を牽引する上海、そんな評価を与えられた上海といえども、それを支えている大部分が目先の利益しか追求しない経営者であることは、筆者10年の上海生活で実感させられた部分である。
上海郊外で工場を動かす日本人経営者は今年4月メッキ工場を訪れ、目を丸くする。
「最近、松江区の新橋(シンチャオ)村の地場のメッキ工場を見学したんですが、いまだにザブ漬けでやっていましたね」
ザブ漬けとは、樽に入れた薬品を何段階にも分け、手作業でするメッキのこと。最後は人の手で樽の薬品を川に流すしかない。この汚水は相当な金をかけないと処理することができないのだが、工場の規模から類推するに「その可能性は低い」(同)。
水処理メーカーから聞こえてくるのは「装置を入れてもそのまま動かしていないところもある」というネガティブな話だ。その理由は電気代と薬品代がかかるということ、また、自前で処理するより環境保護局に罰金を払うほうがまだ安い、という考えがいまだ根強いためだ。
「なくて済むなら高価な処理装置などつけない」というのが、どの経営者にも共通した発想。先進都市・上海ですらこの有様だ。地方はもっとひどい状況であることは容易に察しがつく。今年上半期、広州市からは「41人の手指がどす黒く変化する中毒症状」が、また、貴州省からは「17人に中毒症状が出、2万人の生活用水に影響が出た事件」が報告されている。これらは氷山の一角だが、いずれも工場の違法排水が原因となっている。
案の定、環境改善がまったくの足踏み状態であることは数字を見るに明らかだ。環境総局、統計局、発展改革委員会が、07年8月に発表した同年上半期の「主要汚染物の削減状況」統計では「10%削減」どころではない、むしろ「環境悪化」が露呈してしまったのである。同年上半期の全国の二酸化硫黄の排出量は1263・4万トン、前年同期比0・88%減の効果しか現れていなく、化学的酸素要求量(COD)の排出量に至っては691・3万トンと前年同期比0・24%上昇してしまったのである。
法律があっても題目のみ、罰則あいまい、細則なしというのがこれまでの現実だったからだ。「企業誘致による経済発展が役人の実績」といわれるなかで、結局、「第11次五ヵ年計画」で削減目標が導入されながらも、罰金を払って垂れ流しを許してきたのである。
増えた落とし前をどうつけるか
「10%削減どころか、増えちゃったぜ」――。
そんな会話がなされたことは想像に難くない。慌てた中央政府は08年にようやく本腰を入れた。
07年8月に発布された「上海市省エネ・汚染物排出削減活動実施法案(上海市节能减排工作实施方案)」には、目標とその達成数字までが明確に記されている。
上海では立ち遅れた生産能力の淘汰を加速させ、「11・5」期間中、セメント企業14社以上、小規模鉄合金工場4社、小規模製鉄製鋼企業14社の操業中止や閉鎖を行うという。「そのほかメッキ、熱処理、鋳造、鍛造などの生産プロセスを集中的に調整し、紡績、化学工業、医薬、建材、プラスチック、皮革、セラミックなどの業界における老朽化した生産プロセスおよび製品の淘汰を加速させる」としている。これに従えば、少なくとも前述のメッキ工場のような例は今後姿を消す、ということを予想させる。
また、汚染物排出を減らすために、「都市中心部では汚水処理工事の前面完成や、高度化改造、能力拡大を期日どおりに完成、また郊外では25基の汚水処理場の新規・継続、または拡張建設を進め、汚水処理場と組み合わせた30カ所のパイプラインの改善工事、28カ所の工業団地の汚水集中システムの改善工事を行う」とも書かれている。
法の執行、監督検査の強化も盛り込まれている。汚水に関しては、基準値を上回る汚水放出などの違反行為については企業名を公示するなどと書かれているが、ことごとく裏切られて来ただけに「ホントにやれるの」という疑念は払拭できない。が、今回の注目のポイントは点にある。「お題目をお題目にしないぞ!」の本腰、さて、その方法とは――。
今回の焦点は省エネ・汚染物質排出削減の達成状況を役人の人事考査の重要な要素にすることにしたことにある。削減目標については「責任と実績を各クラスの政府や指導幹部の年度考課システムに導入する」とあっては、重い腰を上げずにはいられないだろう。環境に取り組めば出世の花道になるのだ。従来の、「地元に企業誘致をしたらナンボの世界」という構図の変化の上に、新たな“環境的発展”がもたらされるか、むしろ08年こそが環境元年といえるのかもしれない。
「環境」のとばっちりを受けた農民も
環境対策と発展、互いに異なる方向性を持つベクトルにどう決着をつけるのか。これは単に人事考査のみに解決は求められない。
発展を優先すれば環境が破壊されるように、環境を優先すれば市民生活に影響をもたらすこともある。余談だが、黄浦江沿いにあった養鶏場や養豚場の話を付け足しておこう。これら養鶏場や養豚場がもたらす水質汚染を重く見た松江区政府は早速手を打ち、62の養鶏場、養豚場を閉鎖、糞尿や排水は128万トン、また化学物質で汚染された大気は9644万トンを削減した。決して政府は何もしないわけではなく、松江区など比較的意識の高い行政区はそのアクションも早い(問題なのはさらに末端の地方政府)。が、一方で農民たちは飛んだとばっちりを食ってしまった。従来の、糞尿で堆肥を作りこれを農作物にまわすという循環で支えられていた生活は一転、高額な肥料を買わざるを得なく、その歯車が大きく狂ってしまったのである。
問題はより複合的で、解決は一筋縄ではいかないことの好例である。
常にコストとの戦いを強いられる生産現場において、高額な投資を要求される環境対策は中国でのものづくりの限界を意味する。すでに高コスト故に上海を見限った生産者は中国国内を北上、もしくは西進を始めている。だが、それは政策的に中心部から工場を消した上海市のように、危ない工場を単に内陸に押しやっているだけだ。むしろこれからは、13億の巨大市場をめがけてもっと多くの資本が中国各地で大々的な生産を開始するだろう。そのとき、再び同じ歴史を各地で繰り返すのだろうか。人事考査制度の導入はメンツと出世を最大のモチベーションにする中国人にとっては最適の手段だろう。だが、過去の教訓を生かし、悪化を食い止めるには「教育」も忘れてはならない。
“美しい化粧”の裏に
上海市の中心部は今でこそ、華やかな意匠の高層ビルやマンションが立ち並び、その間を美しい緑が埋めるようになった。しかし、10年ほど前までは国営工場が密集し、煤煙匂う工業地帯だった。今でこそ高級マンションが分譲されている天山路には化学工場があり、80年代以降、塩酸やポリ塩化ビニルの生産が本格化した。塩酸が漏れるなどの事故が多発し、中毒事件も引き起こした。筆者は98年当時、天山路に住んでいたが、このときもこの工場から漏れる悪臭をかいだことがある。90年中盤まで大気は汚染され、道はゴミだらけのひどい街だった上海市だが、「中心部をグリーンシティにする」という公約のもと、大胆な立ち退き政策の後に植樹をし、外気を呼吸できる環境に見事に一変させた。しかし、それは都心部という自分の庭を掃き清めただけであり、汚染は郊外に舞台を移しただけだのことだった。
確かに政策的には08年がひとつのターニングポイントとなるだろうが、問題は民間。彼らは家庭から出るゴミや排水にはまるで無関心だ。残ったスープも使い終わった黒い油も一緒に流し、下水管が詰まると専門業者を呼び出し、一時的に通りをよくしてもらう。分別ゴミという概念はあるものの守られてはいない。市民はゴミ回収業者がそれを代行するものだと思っている。事実、代行業者は存在するが、責任の一端は家庭にもあるなどとはゆめゆめ思ってはいない。
10年前は市民の買い物といえば、市場で一匹の魚とネギを求めるといった程度でとても質素なものだった。だが、大型スーパーができ、人々は週末の大量買いでカートに山盛り商品を詰め喜々として家路につく。大量消費の時代を迎え、家庭ゴミは増える一方だ。コンビニでは気軽にペットボトルの飲料を買い、飲み終わればポイ捨てだ。道路には専門の業者がいて道を掃いてくれるからポイ捨てに罪悪感はない。
オフィスでの水の使い方も激しい。蛇口の水をジャージャーと流しながら、自分の髪の毛を梳かす。水を流し続けることの必要性がどこにあるのだろうか。自分の弁当箱を洗うのに5分も10分も水を流す。彼女たちのゆがんだ清潔感を垣間見る瞬間だ。そんな無神経な女性はひとりやふたりではない。トイレットペーパーは使いたい放題、ペーパータオルも2〜3枚束にしてむしりとる。昼食後の女子トイレの惨状は目を覆いたくなるほどだ。外資系企業が優秀人材といって採用する彼女たちですら、その背後にある「水資源」「植林資源」に思いを馳せることはない。
市民の意識は「環境対策はお上がやるべきもの」と相変わらず他人事だ。我々日本人は70年代のオイルショックや水不足を経験しているから、節電、節水がDNAに浸み込んでいる。しかし、ここ上海に住む人々ではそうではない。
鳴り物入りで導入された、「横断歩道を渡ろう」の交通ルールもいつのまにか有名無実になっている上海では、自らの金儲けに直結しない価値はいつの間にか淘汰されていく。ましてや自分さえよければという「公という概念」が欠如した市民に「環境保護」が浸透するとは考えにくい。
2010年の上海万博のスローガンは「よりよい都市、よりよい生活」。これには都市化の過程における環境への配慮も盛り込まれている。万博の開催によって市民ひとりひとりを目覚めさせることができるだろうか。ポスト万博が注目される。■(08年8月「環境テロ 中国の基準値」に寄稿) |