小さな漁港から中国大陸は見えないけれど
愛媛県の2日間の出張から戻りました。
目的の講演もさることながら、愛媛の土地を垣間見、車窓からの民家や段々畑には漂泊の思いをも抱き、瞬間的に「旅」を味わうこともでき、非常に心に残る出張となりました。
私の講演の内容は「中国ビジネスの光と影」。
窓から見下ろすのどかな漁港と背後の段々畑からは、なんとなくそんなテーマが「遠い海の向こうの話」であるかのようです。
それでも耳を傾けてくれるリスナーの方には、足をお運び頂いてありがたい、そんな頭の下がる思いでした。
同時に、「愛媛のこれから」、をも考える機会となりました。
とりわけ某町長さんとの出会いは衝撃的で、このように「このままでは沈んでしまう」という危機感を持って活動していらっしゃる方には、微力ながらもなんとかお力にならなくてはとも思いました。
対中進出、あるいはインバウンドビジネス、話をそれに直結させることは確かに難しいとは思います。けれども町の底上げのために、なんとか中国を絡めることができたら・・・とも思います。
そのひとつが林業だと思います。
この町でも、手入れもされることなく「伸び放題」の杉林は頭の痛い問題だといいます。
確かに私のもとにも偶然にもこんなメールが寄せられました。
「100ha近くの山林を所有しています。昨年末に現地にいきましたが、製材業者、山林労働者、山元の後継者がおらず林業の疲弊が加速しています。日本の林業は多くの課題を抱えながら、行政は課題を先送りし、計画の改訂だけに多くの時間を費やしてきました」――。
その一方で中国には日本の木材に価格的な魅力を感じる人が出てきています。
「価格は中国に比べ3分の1の値段、すごく安い」
「なんとか日本の木材を中国に輸出できないだろうか」
この両者をうまくつなぐことはできないものかとあれこれ思案しながら帰途につきました。
もうひとつ、あります。
この漁港からは大陸中国は見えないけれど、中国をこの漁村と絡ませる意義。
それは子どもたちの国際交流だと思います。
経済への直接的効果は期待できませんが、十数年後を見据えた取り組み、それが国際交流であり、これからの次世代のためにせめても大人たちが与えてあげるべき環境だと思っています。
「四国の小さな町においては子どもたちを都会には出したくない、あるいは海外には出したくない保守的な一面がある」、そんな話も耳にしました。
少子高齢化を考えれば、道理のあることかもしれません。
一生をこの町で過ごす、そんな若い世代は少なくないのかもしれません。
そうだとしても、「視野の広さ」は持たせるべきだと思うのです。
大人たちは子どもの未来のために少なくとも与えるべき素材は与えてやる、
それが本来の教育なのではないでしょうか、そしてそのひとつが「国際交流」なのではないでしょうか。
国外との経済交流は、現状決して活発ではなけれど、だからといって「それでいい」と開き直ってはいられない。見るべきものは見、そこから新しい知恵を絞る、知恵を産み落とすにはなんといっても異文化の見聞は欠かせません。
そしてこの町の町長さんはすでにその意義を見込んで挑んでいらっしゃいます。ドイツのある町に修学旅行で学生たちを送り込んでいると聞きました。
できれば隣国中国ともそんなパイプを持ってほしいと思います。
中国人の子どもたちの勉強への意欲や出世欲、それがいいか悪いかは別問題としても、その違いを知ることは自分への肥やしになります。
そして将来、自分のこの町と世界をどうつなげるか、のヒントにもなります。互いにないものを補う、それが交流の原点だろうと思います。
大人たちもまた視察旅行と称して海外に「観光」には行きますが、現地の人々とはほとんど交流を持たないのが現状です。もったいないです。
子どものみならず、大人たちにとっても、「騙される中国ビジネス」を選択する以前にまだまだできることはいっぱいあると思うのです。それが人的交流。立て前で終わらない交流の在り方をもっと模索してはと。それが日本の地方経済を変えていく、ひとつの力になるだろうと思うのです。 |