How China sees the world.
How the world see China.
How we see Chinese,
How Chinese see our Japanese.

ますます力をつける中国、
そして中国人を無視しては、
何も語れない時代になりました。

政治や経済が迎えた時代の変化です。

でも、気持ちがなかなかそれについていけないときがあります。

これだという「解」はありません。
それだけに心中非常にフクザツで、
道を見失うときもあります。

期待と疑念。

正直、誰もがそんな気持ちを抱きながら、
中国と向き合っているのだと思います。

プロフィール

姫田小夏

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どう生かす、日中の「姉妹都市」関係  2012年01月31日(火)
どう生かす、日中の「姉妹都市」関係


日本の地方の名もないブランドが、中国で「一大ブランド」になりそうな気配である。

「みどり牛乳」がそれだ。

みどり牛乳は大分県の九州乳業が持つブランド。武漢市の農業企業(武漢開隆ハイテク農業発展有限公司)と合弁で武漢九州乳業有限公司を設立し、2010年からチルド牛乳の生産を開始した。

地元の中国企業が持つ「資金力」と「販売ネットワーク」、それに日本の「技術力」「ブランド力」が加わった形だ。昨年末、上海市場にも上陸した。日本の食品ブランドに「安心・安全」を求める中国市場で、手応えを感じ取る。

実はこのビジネス、32年にわたる大分市と武漢市の姉妹都市という関係が下地になっている。もともと農業を通じて交流をはぐくんで来た両都市では、農業実習生の往来が頻繁に行われていた。

消費市場も成熟に向かい、農産物や酪農製品をめぐって「多少高くても、安心できるもの」が求められる中国で、いよいよこの姉妹都市関係を生かせる時代にさしかかったようだ。

実際、このチルド牛乳プロジェクトも、「日本のイメージで牛乳を売りたい」とする武漢開隆の案件を、武漢市が大分市に持ち込んで案件としてまとめた。

「これは砂糖入りの牛乳か?」

他方、合弁とは言っても九州乳業は09年に会社生理機構へ再建計画を提出したばかり。大手ブランドに淘汰されようとするなか、厳しい時代が続いたことは想像に難くない。そんななか、同社は08年に上海の食品見本市に出展していた。中国に活路を求めていたのだろう。

当時、筆者も現地で九州乳業に取材をしている。乳牛に与える餌や飼育方法ではトップクラスともいわれるものがあり、飲み比べると格段にそのおいしさがわかる。上海のバイヤーや消費者は同社の牛乳に「砂糖入りの牛乳か?」と驚いていた。

その後、実験的な輸出に踏み切ったようだが、日本では口蹄疫が発生し、乳製品の対中輸出はストップしてしまった。

出資金額ゼロの合弁

十分な体力のない九州乳業、対中ビジネスには40年超続いたブランドの復活もかかる。そこで描いたビジネスの枠組みは、「ブランド名と技術・品質管理」を査定し、それを出資割合に落とし込む、というものだった。実際に資金は動かないものの、九州乳業は25%の出資を確保した。

九州の地元で眠っているブランドが、大陸で一大ブランドにもなる妙味がそこにある。

設備の使い方から牛乳以外の乳製品のレシピまで、「無料指導」だ。年に数回技術者が現地指導に訪れるが、経費も自社で負担。今のところは利益に浴するどころか持ち出しであるが、「3〜4年先には黒字化が狙えるのではないか」(大分市役所)との見通しもある。

舞台はあれどプレーヤーは?

さて、「姉妹都市」という日中間の関係を、どこまで実際のビジネスに落とし込めるかは各自治体の長年の課題である。税金ばかりを垂れ流して「名ばかり」を繕い続けるところも少なくない。

大分−武漢のケースは姉妹都市交流も堂々30年を超えるロングヒストリーだが、現地への進出、という視点で見ればほんの数件の事例しかない。昨年はようやく「街のケーキ屋さん」が武漢に進出を果たしたばかりだ。

30年の交流が意味するものは、地方政府間が築いた信頼である。多少のことでは揺らぐことのない基盤がある。

そしてもうひとつの妙味は、当時往来していた人物が30年を経て地元の「長」になっているケースが少なくない、ということだ。武漢市から大分市に訪れた視察団団長は今では武漢市の副市長だと言う。こうした人物が大分−武漢間のビジネス交流の地盤を強固なものにするのであれば、その舞台で踊らない手はない。

しかし現実は「プレーヤーの数が少ない」。中小企業の「石橋を叩いて」がチラつく。

ステージはある。だが、主役がいない。中小企業にとっては中国市場に進出するのは大変だろうが、そこは自治体を通じて情報を取り、現地に足がかりを掴むのもひとつではないか、と思う。(なお、「日本企業の中国牛乳ビジネス」の詳細については「Jbpress」にて来週火曜日に公開予定です)
Posted at 11:51 | 日中関係に思うこと | この記事のURL
広東の鍋猫事件と上海の猫  2012年01月28日(土)
広東の鍋猫事件と上海の猫

「広東省では猫を鍋料理にして食べる文化があるようだ。広東省で昨年末、料理店で猫肉鍋を食べた地元有力者が急死・・・」という記事にはもう呆れて言葉もない。
http://sankei.jp.msn.com/special/topics/premium-14921-t1.htm

たまたま先日、台湾人、広東人、上海人そして私の組み合わせで火鍋を食べたのだが、「広東人は椅子やテーブル以外、脚があればなんでも食べるというのは本当か」という話題になった。かわいそうに、その広東人女性は集中砲火を浴びることになった。

しかし彼女はそれを否定することはなかった。猫や犬を食べるというのもウソではない。

彼女によれば、「この時期はどの家庭もペットは外に出さないように気をつけている」のだそうだ。

こういう輩(上記記事中の人物)の餌食になってしまうのは、買い主がうっかりしまい忘れてしまったためでもある。

冬に食べる犬や猫はとりわけ男性の強壮にいいともいわれ、犬猫狩りが大胆に横行する。これら犬や猫の、人間にとって身近なペットを「夢中になって食べるのはその手のおじさんが多い」とも。我々3人は「そんなことばっかりやってるから広東省はSARSの発生源になるんだ!」と異口同音。広東省出身というだけで立場のない彼女であった。

さて、ここ上海では、猫らがだいぶ幅をきかせて生きられる、そんな時代になった。
ペットとしての猫、キャラクターとしての猫、人間社会の世知辛さを埋める存在としての猫・・・

猫らがそんなふうに上海社会において認知されるようになったこの変化を、私もまた喜んでいるひとりである。何しろ2000年代中盤までは、ペットはご主人様にとってのブランドであり、血統なき小動物は無価値だったから。

飼うという行為そのものがどこか憚られるものがあった野良猫だが、最近はそれを好んで飼う世帯が増えている。なんでも「ネズミを捕る猫は、野良猫でもブランド猫でもいい」のだそうだ。

家で飼えなければ、橋のたもとで飼う。ここにはいつも誰かが「カリカリ」をセットしに訪れる。

一方、上海のキャンパスは行き場を失った猫たちを集めた、共同飼育場にもなっている。誰かがどこからかそっと現れ、猫たちにエサを落としていくのだ。「我こそが、この哀れな猫たちの買い主」と思っている学生や近隣市民は少なくない。

そんなキャンパスに「里親」がやってくる。先日、野良猫を自宅に持って帰ろうとするおじさんがいたので、「猫、どうするつもり?」と尋ねたところ、やはり「ネズミを捕らせたい」と言っていた。

野良猫も昨今はこの上海社会でうまい具合に存在基盤を確立して、社会の循環に組み込まれているようだ。

春先、ミャーミャーと泣く生まれたばかりの子猫を「ゴミ」として袋に入れて処理する大学もあった。確かに表向き「キャンパス内は猫の飼育禁止」であるが、最近は「動物愛護」の風潮の方が強くなってきている。

大学の食堂では猫が我が物顔でウロウロしている。調理場の従業員とうまくつるんでいて、彼らが床に落とした残り物を喜んで食べている。

この間は、「この猫の買い主になってくれませんか」と必死に呼びかけている学生の姿を目撃した。見れば真っ白なとても愛らしい猫だった。

日本でも犬以上の猫ブーム、上海もまた同じで猫に癒しを求める時代になった。

中国、猫悲喜こもごも、である。
Posted at 20:14 | 「にゃんこ」のお部屋  | この記事のURL
ボロボロの中国サッカーを東芝がスポンサードする理由  2012年01月08日(日)
ボロボロの中国サッカーを東芝がスポンサードする理由

東芝が「中国サッカー協会杯(CFACUP)」の冠スポンサーになっている。

「中国サッカー協会杯(CFACUP)」とは、あの中国サッカー協会が1984年に立ち上げた中国国内最大のカップ戦で、2006年の大会を最後に中断となっていた。それが昨年再開となるのだが、同時に東芝が冠スポンサーに名乗りを上げたという経緯がある。

ちなみに“あの中国サッカー協会”としたのは、中国のサッカーを壊滅的状態に陥れた元凶であり、腐敗の巣窟だからだ。今、中国サッカー協会の元副主席らは贈賄の罪に問われている。(詳細記事は今月のJbpressもしくはダイヤモンドオンラインにて)

中国サッカーは“絶望のどん底”にある。にもかかわらず、東芝は冠スポンサーになった。

「中国サッカーはファン離れも止まらず、どこも広告をやる企業などない。こんな時期になぜ東芝はわざわざスポンサーに挙手したのか」と不思議がる声も。

その意図はどこにあるのか。

本社広報に聞いた。すると、「東芝中国として広告効果を狙った」という回答が。

5万人のスタジアムがガラガラだという状況で、また、ファンも見放す中国サッカーという最悪の状況で、そのどこに効果が狙えるのというのだろうか。

その「最悪の状況における救世主になりたい」というならわからないでもない。中国サッカーをなんとか救済しようという意志はあるのだろうか。

しかし、本社広報の答えはこうだった。さらに「東芝のCSRにおいてサッカーはメニューの一部、そこに特別な入れ込みはない」

その発言からすれば、東芝が冠スポンサーになったのも「単に広告代理店に担ぎ上げられただけ」、ということにもなってしまう。

しかし、現地の報道からは東芝中国のトップによるこんなコメントが見て取れる。

「中国サッカー界の発展に貢献していきたい。中国サッカーがアジアでナンバーワンになる小さな支援ができれば」――

「アジアでナンバーワン」は中国国家指導部の意志とも重なる。

ひょっとするとこれは現地法人と本社とのズレなのか、とも思えてくる。現地法人は十分に中国サッカーの危機的状態を理解している、そして先行投資としてこれを支援することが中国における東芝の発展だと理解している――、この発言はそれを示唆するものではないだろうか。

しかし、本社広報は現地法人の事情をほとんどカバーしていないようだ。的を外した回答に失望せざるを得なかった。

現地責任者への直接取材の必要性をここで改めて強調したいと思う。昨今、本社広報が取材の一元管理を行う企業が多いが、これではますます現地の実情と乖離した情報を伝えることにもなりかねない。そもそもこれだけグローバル化が進む中で、本社による一元管理などあり得ないだろう。

しかもCSR活動などは報道されてナンボのものだ。ましてや中国では「陰徳」など通用しない。アピールしてこそ意義がある。もっと残念なのは「東芝が冠スポンサー」は中国ですら(日本においても)ほとんど伝えられていないということだ。
Posted at 13:32 | 中国における日系企業の社会貢献活動 | この記事のURL
チベット人は欲張らないことを知っている  2012年01月06日(金)
チベット人は欲張らないことを知っている


時事通信社内外情勢調査会の新年互礼会で、チベット人の声楽家バイマーヤンジンさんとご一緒する機会に恵まれた。

そこでこんな質問をさせて頂いた。

「ブータンの幸福度指数が高いと言われていますが、どう思いますか」

ブータンとチベットは同じチベット文字を使い、信仰している宗教もチベット仏教と共通する点が多い。もしかしたら、「内面的な充実度は当時のチベットも同じだったのではないか」、と思ったのである。

「それは(かつての)チベットも同じ」−−

「チベット人は満足すること、欲張らないことを知っています。感謝の気持ちも常に忘れない。ひょっとしたらチベットのほうが幸福度指数は高いかも。当然、宗教によって満たされている部分が強いと思います」

チベットに仏教が伝わってくる以前、チベット人はボン教を信仰していた。ボン教は外来の宗教だとする説もあるが、バイマーヤンジンさんによれば、チベットには、自然を崇拝し川を神格化し、自然の恵みを称える土着の宗教が存在しているという。

生活習慣に入り込み、人としての行動の規範となる宗教、説くにチベットには「足ることを知る」という教えがあることは見逃せない。そして、彼女のいうとおり、宗教と人間の幸せは切り離せるものではない。

翻って中国。残念ながら今の中国にはそれがない。「宗教は毒だ」とされた時代があったためだ。

「信仰とは宗教ですか?」の、そんな素朴な質問にも、中国では「それは難しい問題だ」と言葉につまってしまう。

「信仰とは」――。今の中国人が最も求めようとしているものでもあるが、中国にとっては簡単に答えの出せない問題でもある。中国人の「幸福の行方」がいまとても気になる。
Posted at 21:46 | himegongのつぶやき | この記事のURL
中国「こころ」の新時代  2012年01月04日(水)
中国「こころ」の新時代

クリスマスイルミネーションがきらめく上海のクリスマスイブ。その聖夜に中国人経営者を対象にしたあるフォーラムが開催された。テーマは「幸福と成功、その真の意義」。休日返上で約300人の“富裕層”が会場にはせ参じた。

「豪邸はある、高級車もある、莫大な貯金もある、けれどもあなたは本当に幸福ですか?」と壇上に立った講師は呼びかける。

「行き着く先には何があるのか?」という漠然とした不安感を抱く昨今の富裕層、彼らが抱える悩みを直撃した形だ。

3000万元の高級車、ハンドルを切るのは18歳の男の子だ。だが、果たして彼は幸せなのか?家族の生活はバラバラだ。両親は経済犯として牢獄に入っているのだ――。

その講師は「成功者は幸福であるとは限らない。また幸福な人が成功者であるとも限らない。幸福とは心の安定、その安定とは家庭にある」と説いた。

今、中国では「幸福とは何か」がキーワードだ。

書店に脚を運べば「幸福」「心」「道徳」といった名詞を挟み込んだタイトルが目を引き、テレビのリモコンを握れば「向幸福出発」(幸福に向けての出発)などという番組が視聴者の関心を引く。最近は、「富二代(金持ち二代目の若者たち)」のための“幸せ講座”もある。彼らに「人間、金だけで幸せなのか」を刷り込むことを目的にしている。

現代中国人の精神的支柱とは何なのだろうか。

筆者は精華大学の哲学科の某教授に、「現代中国人の信じるところは何か」と尋ねたことがある。その返事は以下のようなものだった。

「それは難しい問題。やはり信じるものは『お金』なのでは」

そして次のように説明した。「イデオロギーだけでは国も限界、国民に対しても指し示す方向を失った中国では、ケ小平の時代に『現実的な経済発展』で国民を走らせるという大転換を行った。その後、30余年、“拝金主義”は「特色ある社会主義」の根本思想にすら成り代わってしまった」

上海のいわゆる“老百姓”の李さん(51歳、女性)は「あの時代はよかった」、と毛沢東時代を振り返る。

「確かにあの時代、人々は翻弄された。うっかり漏らした一言が、耐性批判だと解釈されて帽子をかぶせられて批判された。一歩外に出れば派閥闘争の嵐で、ひどい世の中には違いはなかった」

当時、中国は全体主義で、すべては国家に属し、個人は国家に、あるいは組織に属するしかなかった。すなわち、組織の代表者である上司や「上」には絶対服従。民主的要求を具現化するはずの社会主義体制において、彼らの目線は決して「民衆」あるいは「労働者」には向けられてはおらず、実際に敷かれていたのは専制政治に過ぎなかった。個人の存在などまったく認められなかった。

その後、ケ小平の提唱する改革開放路線で市場経済が導入されると、国有企業が私有企業に代わり、資本主義的性格が色濃くなった。つまり集団主義から開放され、「私」が認められるようになったのだが、「財産を持つことが個人の権利」というこの部分だけの一人歩きを許してしまい、その30余年後の中国社会は「俺さえよければ」「金さえあれば」の世の中にすっかり変わってしまった。

「中国は金持ちでないと尊敬を受けない社会」と前出の李さんは言う。彼女は上海市の最低月額賃金1280元で働く末端の労働者。持ち家にも車にも貯金にもまるで縁がない「老百姓」のひとりである。

ちなみに李さんは「毛沢東時代」と「ケ小平時代」の両方を見てきた時代の証言者でもある。そんな彼女に「昔」と「今」とどちらがいいかと尋ねた。するとこう返ってきた。

「特色ある社会主義といったって、実質は資本主義。しかし、この中国版資本主義はあまりにも行き過ぎている」

他方、中国の国家理念の根本哲学とされているマルクス主義。中国の大学生の必須科目に据えられているが、いまやそこで教えるのは階級闘争ではなく「よりよい生活を求めて」という生活哲学である。教授は授業の中で「信仰を持つべきだ」と教える。しかしマルクス主義は宗教を否定しているから、宗教の存在は否定する。授業は「宗教でないところの信仰を持て」で締めくくられた。

中国全体がいま「信仰」を欲していることが垣間見られる。しかし、「信仰は宗教なのか」という素朴な質問に、専門家ですら言葉を詰まらせる。

ある食事会で円卓を囲んだとき、隣に座った中国人のAさん(外資系企業職員)がほとんど箸を動かさないことに気づいた。むしろ、他人への気配りで忙しい。目の前の肉を取り皿に盛ってあげようとすると「自分は素食だから」と言う。聞けばAさんは仏教徒で、肉魚は一切口にしないのだと言う。

同時に同じテーブルに座っていた人々の好奇の目が一斉に彼に向かった。
「牛乳は飲めるのか?」
「タマゴは食べてもいいのか」
「栄養は偏らないのか」

などなど多くの質問が彼に向けられた。しかし単なる好奇の目ではなかった。心の安定をどこか彼をうらやましく感じていたはずである。

最近、中国ではストイックなまでの仏教徒が出現している。Aさんはここ6年前から仏教の信仰に入ったという。特定の宗派・宗門には関心を向けず、むしろ釈尊の教えに忠実であろうとする。「気持ちを平穏に保つこと、これが自分に生活の安定をもたらしている」と語る。

ところで上海では異常なほどのペットブームだ。ここ最近輪を掛けて愛犬家、愛猫家が増えたように感じる。小動物へ向ける愛情の裏には何があるのか。ある愛犬家の一言にははっとさせられるものがあった。

「犬を飼うのはなぜかって? 簡単だよ、犬は人間を裏切らないからね」

現代中国人は自分なりの「幸福とは何か」を追求し始めている。
Posted at 17:16 | 上海の今日この頃 | この記事のURL
中国の「日式農業」をもう一度  2012年01月01日(日)
中国の「日式農業」をもう一度


新年おめでとうございます。
みなさま、元日はいかがお過ごしでしょうか。
それぞれに実り多い一年となりますことをお祈り致します。


さて、昨晩は、紅白も初詣も返上で古い資料を漁っていました。
中国の農業関係の資料です。

「毒菜」と騒がれて早10年。
ファイルに収まっていたのは、2000年代に中国野菜が毒菜と騒がれた前後の、企業による取り組みや農業関係者から頂いたコメントでした。

そのなかに山口県の企業「義済堂」の上海子会社で働いていた門田さんからのファックスが残っていました。

いま「この人に会いたい」、が実現するなら、それはこの門田さんです。

あのとき、上海市松江区一生懸命「日本の農業」「安心・安全の有機野菜」に取り組んでいらっしゃいましたよね。「錦菜園」というブランドで、「完全有機栽培」の夢を追って頑張っていらしたその姿は今でも懐かしく思い出します。

当時「毒まみれの野菜ばかり」と悲観的だった上海市場で、門田さんたちによる、健康な野菜作りの試みは、私たち上海に居住する者の唯一の拠り所でした。

その後、撤退されて音信不通になってしまいましたが、どうしていらっしゃるでしょうか。

けれども「錦菜園」という有機野菜のブランドは今でも上海に残っています。むしろ、いまでこそ、市場の購買力を得て「差別化高級野菜」市場は発展しているといえます。

当時門田さんたちが掲げた「完全有機」という理想には遠いかもしれませんが、あのとき門田さんたちが築いた下地は残っています。むしろ、あの、何もない時代にゼロから着手した日系企業の存在があったからこそ、上海市場のニーズに応えられる今があるといっても過言ではないでしょう。

今の錦菜園のHPを開いたら、野菜の収穫体験ができる農業見学ツアーなんかも健在でした。私たちも2000年頃、現地の幼稚園を組織して菜園を訪れましたよね。果物以上に甘い大根を切って食べさせてくれたり、BBQをしたり、今ではとてもいい思い出です。

実はその「日本式農業」が再び中国で取り組みを活発化させています。

10年を経てようやく、市場も成熟し、高価な野菜も受け入れられるようになりました。あのとき撤退せずに、もう少し粘ることができたら、と残念でなりません。

ところで、私の友人が「日本の農業技術を持ってきてくれるところはないか」、と相談を持ちかけてきました。なんでも江蘇省の地元政府関係者とつながりがあり、土地を手に入れたそうなのです。昨年までだったら、そこにマンションを建てたかもしれませんが、今は開発に制限がかかってしまい、むしろ農業が奨励されているようでもあります。

友人は朴訥で実直な人物です。もしご関心があればご紹介します。もう一度、中国で日本の農業やってみませんか。
Posted at 13:14 | 中国の食品について | この記事のURL
北朝鮮の上海美人局  2011年12月21日(水)
北朝鮮の上海美人局

北朝鮮の金正日首領の死亡に、連日中国ではメディアが報道を続けている。北朝鮮は血の同盟を誓った相手でもあり中国にとっての盟友だ。

中国は「金正日同志は中国民族にとって親密な友人。彼は朝鮮革命と国家建設に力を尽くし、中朝の同盟にも重要な貢献を果たした」とその死を悼んだ。その「血の同盟」の絆の太さは、胡錦濤総書記が北京の北朝鮮大使館に脚を運び、花輪を送ったことからも察することができる。異例のことらしい。

また、北朝鮮の今後の安定をめぐり中国の外交通商部の李部長はアメリカ、韓国、ロシアと電話で意見交換を行った。「朝鮮半島の安定は共通の利益」という見解を引き出したようだが、残念ながら日本には電話が来なかった。

さて、上海市民は、といえば、「同志」の死についてはこれと言った反応はない。北朝鮮とほとんど経済交流がなく、そもそも利害関係が薄いこともあるだろう。北朝鮮のニュースで流れる「泣き崩れる北朝鮮の国民」を見るにつけ、「『首領様は私のすべて』だって?彼らの演技も大変だ」などと、そんなところに関心を示す程度にとどまっている。

しかし、上海と北朝鮮はまったく結びつきがないわけではない。「あるもの」の輸出では、ある一部の男性に大ウケとなっている現象がある。

上海には平壌の国営ホテルが投資したレストランがある。目下、飲食業態を切り口に上海ビジネスを展開しているようだが、彼らの売り物は「食事」そのものではなく、なんと「北朝鮮美人」。

膝頭が見え隠れするほどに短く切ったチョゴリに、北方独特の美しさを持つ彼女たちの「やさしくてしとやかな」接待。当然、流暢な中国語を話す。そんなサービスを受けようと店(上海・古北)は常に中国人男性客で混雑しているのだ。筆者が行ったランチは、ほとんどの座席が男性客だった。

彼女たちのサービスは、上海の客を客とも思わないような雑なサービスに慣れきった人間とって「慈雨」にも等しく、女性の我々ですらほれぼれするものがある。

昨年の上海万博では、「何もないじゃん!」と虚仮にされた北朝鮮館だったが、おみやげブースだけはそれなりに人だかりがあった。それもほとんど男性で、北朝鮮美人相手に話し込む姿が散見された。

夜はまた夜のステージがあり、そこで外貨をしこたま稼ぐ算段なのだろう。しかし、本当にかわいい子とばかりで、恐らくゾッコンになってしまう中国人男性も少なくないのではないだろうか。その先の結婚話となると、さてどうなることやら。ある人物は「そもそも中国人と北朝鮮人は結婚できない」とも話している。

考えてみればほかに主立った輸出産品は思い当たらない。「美人の労働輸出」は北朝鮮の対外戦略における重要な輸出資源だろうと勝手に思っているが、さしずめ「美人局にご用心」、という感じか。
Posted at 14:16 | 上海の今日この頃 | この記事のURL
「知」の根底を支える中国のコピー事情  2011年12月14日(水)
「知」の根底を支える中国のコピー事情


最近、「複製」という言葉が気になっている、ということは過去にも触れた。中国では版権意識が非常に低い、というのはみなさんもご存じのとおり。

いわゆるパクリというのは日常茶飯事、どこでも普通に目にする現象、ここ中国ではいちいち目くじら立ててももはやキリがない。しかも、これをギリギリと厳しく管理したら、自分のクビを絞め兼ねないことを最近痛感している。

例えば、上海にはアマゾンのようなしくみの「当当網」というのがあって、サイトを通じて本の注文ができるようになっている。ところがすでに在庫切れになっている書籍も多いため、せっかく希望の書籍と巡り会っても諦めざるを得ないことが多い。

しかし、ものによってはネット上からPDFファイルでダウンロードできるものもある。たとえば、最近ではギボンの「最適化理論」とか。これをUSBに落とし込んで印刷屋に頼めば装幀も含めて完璧な一冊の本に仕上げてくれるのである。

1頁1毛(1.2円)。厚めの紙で表紙を作ってもらえばプラス3元。半ば後ろめたさもあるのだが、背に腹は代えられないと印刷屋に駆け込むと、翌日にはきれいな1册の本となって出てきた。合計金額はたったの12元(1元=約12円)。

考えてみれば、そもそもの人口の多さである、この無限に広がる需要を正規の印刷部数ではカバーできないというわけだ。ちなみに、日本でコピーできるのは「著作物の一部分で、1著作物の2分の1以下」とされている。

これは論文についてもいえることだ。版権意識の低さが幸いしてか、中国では中国全土の学者らが執筆した論文をほぼワンクリックで読むことができる。しかもダウンロードし放題。

論文によっては課金するものもあるが、数元程度だ。これは携帯電話に代金をストックし、ここから利用料が引かれるという形での支払いとなる。この支払いの形態も非常にバラエティに富んでいる。

版権という足かせがないだけに、中国の「知」は日本のそれよりも先行してしまうことは目に見えている。ちなみに日本の図書館ではコピー行為をこう規定している。「雑誌などの定期刊行物では、中の論文や記事ごとに一つの著作物となります。また、最新号では、一つの論文などの半分までしかコピーできません」。

うーむ。「知」は共有してこそナンボではないだろうか。智のストックを欠くこの現象は日本の国力にも影響しないだろうか。
Posted at 16:20 | 上海の今日この頃 | この記事のURL
アジアの孤児、ニッポン  2011年12月06日(火)
アジアの孤児、ニッポン

日本で高まるTPP参加のメリット、デメリットについての議論。識者の中には「近隣の中国をはじめとするアジア諸国との関係強化にもう少し力を入れるべき」との意見もある。私ももっともだと思う。

けれどもアジアに向いたところで日本は孤児である。これは私の生活体験から来ている。そうでないケースもあるかもしれないが、最近しきりに「孤独」を覚える日々だ。

中国には世界から多くの学生が集まっており、特に最近は、国境を接するアジアの国々からの留学生が多い。

彼らのネットワークを観察しているといくつかのブロックに分かれることがわかる。

例えばラオス。ラオスからは毎年多くの学生が中国に送り込まれてくる。タイの学生は少数派だが、言語的にラオスとつながっていて、タイ人はラオス人から情報を取ることができる。

キルギスタンやカザフスタンからも多い。“××スタン系”は緩やかな連帯もあるようだが、ロシア、モンゴルともロシア語でつながっている。またモンゴルは韓国とも仲がいい。昨今は韓国からのモンゴルへの投資も多いようだ。

また、イスラム教ということでは“××スタン系”はアラブ諸国の学生ともつながっている。ともに道端で顔を合わせると互いに手を取り「アッサラームオアライクン」となるようだ。

アフリカは50数カ国の連帯が非常に強い。「カントリーメイト」として、お互いを非常に大事に扱っている。水面下での一致団結を垣間見る。

さらに北部、西部のアフリカ人はフランス語を通じて、フランスやフランス語圏とアクセスすることができる。

気づけば日本語ネットワークというものがない。アメリカに向いても、アジアに向いても、仲間意識を持てない(持ってもらえない)のが現実なのだ。イソップ寓話の、鳥にも動物にも相手にされないコウモリの話を思い出す。

この地政学的にも文化的にも特殊な国は、ブータンのように、それなりの哲学観で生きていくしかないのだとつくづく思う。小国なりに割りきったが勝ち。静かに諦観の念で生きていくことがこの国民にも合っているのだと思う。正直言って最近は「もう、無理すんなよ、日本」という気持ちが強い。
 
Posted at 21:10 | 上海の今日この頃 | この記事のURL
ブータンブーム?  2011年12月02日(金)
ブータンブーム?

日本ではちょっとしたブータンブームらしい。ブータンの「幸福度数」というものが注目されている。

私も実は高校2年のときにブータンを訪れたことがあり、そこで知り合った男の子としばらく文通を続けていたことがある。彼の姉さんがロス五輪のアーチェリーに出場するという知らせをもらって、当時日本からテレビに向かって声援を送ったこともある。彼との手紙の往来は日増しにエスカレート(当然ながら当時メールなどはない)、ついにそこに「I want to marry you」と書かれるようになったのを見た母親が慌てふためいたことも、今となっては懐かしい。

またブータン協会ではVIPが来日するたびに着物を着てお出迎えした。当時はツムラの会長さんが「ブータン通」としても知られていた。照葉樹林帯文化(ヒマラヤ、ブータン、雲南省、そして日本の南西部に横につながる照葉樹林の分布で、日本の生活文化に深く影響するものととらえられている)というのも日本との共通項で、また漢方薬の宝庫としても同社にとっては魅力あるものだったようだ。

そのブータンを訪れたあのとき受けた印象は「彼らはとても静かに暮らしている」ということだった。

朝晩の空気がひんやりと冷たい。飛騨の山奥の風景と酷似していて、ここがブータンという異国であるとは信じられなかった。ゴーという、日本の着物に似た合わせの服を着て、風呂に入り、蕎麦を作って食べる文化はまったく「懐かしい」以外のなにものでもない。木造家屋の作りもまた日本のそれとそっくりだ。親戚に稲作の研究者がいて、しきりにブータンの「赤米」を気にしていた。晴れの日に赤いゴハンを炊く、という風習も見逃せない。

私が訪れた80年代当時は若者がジーンズやTシャツを着始めた頃だったと思う。しかし、彼らはどこか賢くて、自国の文化にプライドがあり、西欧礼賛に走り過ぎないところが魅力でもあった。文通相手の男の子も、いつもゴーにハイソックスをはいていた。

幸せ度数は「諦め」からも来ているのだと思う。閉ざされた国であると同時に、上と下を中国とインドに挟まれては、もはやもがいても無駄だ。たった69万の人口では武装すらできない。たとえガツガツと金を儲けたところで、ブータンに豪邸を建てても、その成金的風景は、周囲の山々や美しい空には似合わない。チベット密教との関連性も否定できないだろう。中国では邪教と思われているが、人を幸せにする要素はここからも見いだせるのではないだろうか。

小国なりの幸せ度、日本にもどこか重なるところがある。共通点は、1人1人の人間が非常に達観していることだ(ここが「他人の成功を嫉妬する」いわゆる“典型的な中国人”と違うところだと思う)。

飛騨の親戚もまた山々に囲まれて「閉ざされた」生活を送っている。都会には金儲けのチャンスもあり、成功の可能性もあるのに「これでいんやさ」なのだそうだ。“身の丈大”を悟ってこその幸せ? ブータン人に限らず、誰にでも幸せは到来するということなのかもしれない。
Posted at 12:26 | himegongのつぶやき | この記事のURL
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