08年2月23日 自分で判断するのが大事

2008年02月24日(日)
(@_@)新幹線の弁当 期限偽装

「社内規定」より1〜6時間長く表記した、というけれど

そもそも消費期限って何?
どこまで厳格なものなの?
その期限を過ぎると、突然お弁当が腐っちゃうの?

悪くなったお弁当を売ったのなら話はわかるけど、健康被害出てないんだし、もともとあいまいな、というより、多少オーバーしても安全なように、かなり短く設定されているはずでしょ?もともと大体の目安なんじゃないの?それにこだわりすぎるのはナンセンス。

消費賞味期限絶対主義に陥っていませんか?っていうより、期限に対して病的に厳格なのはどういう訳?

「期限なんかにこだわらない」現物を自分の目で鼻で口で確かめてるって主婦も多いよ。

期限を多少オーバーした、ということを事件にするのはもうやめにしませんか。こんなこといちいち取上げてたら全部「偽装」になっちゃう。消費者にとっても利益にならないと思うけどなぁ。




08年2月23日 だったら恐い、人間の本性

2008年02月24日(日)
(@_@)続「お母さん!」

先週見逃してしまいましたが、<編集局デスク>の欄に「お母さん!」と題して、特攻隊の遺書を取上げたところ、読者から多くの手紙が寄せられたとのこと。

寄せられたお手紙は、
今、簡単に自分の命を絶つ人が多いが、命を大切にしてほしい、という女性。
イタリアでも同様に、第二次大戦のとき、戦場で死んでいく若者が最期に口にする言葉が「マンマ(お母さん!)」 兵士たちは「マンマ」という歌を行進しながら歌った、テノール歌手の石黒さんからの手紙。
知覧特攻平和記念館に行くことにした、という男性も。

「若い命を国のために犠牲にさせてはならない」
誰しもそう思い、涙を流すのに、どうしてこんなことになるのだろうか。

「ここまでやらないと人間は気づかないのか!」という怒りにも似た感情と、
 人間の歴史は戦いの歴史、死ぬとわかっていても戦い合う。多くの血を流してきた。
「戦闘すること、殺しあうことって人間の本能なんだろうか?」

という恐怖感が心に渦巻いて、なんともやるせない気持ちになって、しばらくは暗いため息しか出ない。
それが、知覧特攻平和記念館を出たときの私でした。

(@_@)日本史必修化 受験対策にしたくない

授業が受験対策オンリーになったら歴史嫌いが増えてしまう、と危惧する中日新聞社説。

受験英語、という言い方がある。受験英語で英語が嫌いになったという人がいる。日本史、世界史も受験歴史となることは十分想定できる。それがイコール歴史嫌いになるかどうかはわからないけど、今の制度では、ある程度はやむを得ないかな。

受験科目の勉強が最優先されるわけだから、必修にしなければ、嫌いになる前に全然接することなく終わってしまう。そちらのほうが問題のような。

腰を据えた歴史教育を、というが、そもそも高校でそこまで求めるのは無理かもしれないけど、せめて「続お母さん」に書いたようなことを、じっくり考えさせて欲しい。




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