蹲(つくばい)をご存じですか
日本庭園で茶室の手前にある、つくばって(身をかがめて)手を清めるものです。
枯山水で有名な、京都の龍安寺が有名です。(wikiペディアを「つくばい」で見てみてください)
龍安寺のつくばい、見てみると字が書いてあるようです。
四つの文字が読み取れるようです。
その文字とは、「
吾 唯 足 知 」。
吾(われ) 唯(ただ) 足るを知る とでもいうのでしょうか。
私はただただ、足りているということを知っている。とでも言うのかもしれません。
足りていることを知っている。つまり、足らないことを追い求めている訳ではありません。
昨日の学習する組織のシンポジウム、企業がお金ばかりを追い求め、人を機械のように扱うような工業社会・産業社会が終わってきている。というお話がありました。
工業社会、消費社会かもしれませんが、「
渇望の社会」のようにも思えます。
いつまでも渇望する社会、あまり嬉しくないかもしれません。
あまり幸せに暮らせそうにもありません。
足を知る。
現状に甘んじるという意味ではなく、今あることを受け入れて感謝する。そして善くなるように暮らしてゆく。
「
知足の社会」、多様な人々や自然と折り合ってお互いを受け入れる社会を目指す方が善いように思えます。
昨日のシンポジウムで、そんなことも考えました。
善いように思えることをする。
そのように行動するには、判断軸が必要です。じっくりと判断軸を養うには心のマナーを身につける、道徳、修身のようなことが必要と感じます。
そして、既に足りていると知ることができれば、それほど渇望しなくても暮らしてゆけるかもしれません。資本主義や競争を全否定はしませんが、渇望するだけのレミングの群れにはなりたくないですね。
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