
学ぶ
人は、どんな状況で学習してゆくのでしょう。
学校教育、、、たしかに学習していますが、社会人として活動し始めると、学校の教育では得られない学び、こういったものが必要だと感じてきます。
小さな頃経験して、社会人になって役に立っているのかなぁ、といったことと言えば、、、
クラブ活動で先輩から教えてもらったこと。
町内会でおじいさんから聞いたこと。
文化祭、体育祭を皆で作り上げたこと。 等々、かもしれません。
状況に埋め込まれた学習 著者は、
ジーン・レイヴ と
エティエンヌ・ウェンガー です。
ここでは、「
学習は社会的な共同参加から生まれる」と主張しています。
例えば、小学校の家庭科においては、料理の方法を座学で、そして数回の実習で学びます。
これと比較して、料理への本質的な学びは、家でお母さんが夕食を作る時のちょっとした手伝い、そして一人で料理ができるようになる。
こういった所から生まれるということを主張しています。(家庭科の例は本には出てきませんが、、、)
別の例では、落語家の弟子になって、最初の修行は鞄持ちだったりします。
いくらか鞄持ちをして、師匠の数々の準備をし、その場の空気を吸い、なんとはなしに作法が身に付いてくる。ということもあるようです。
師匠の活動を周辺から見て、体験している感じですね。
この本に記載されているのは、世界各地からピックアップした徒弟の枠組みが学習を進めてゆく姿です。
その枠組みとは、産婆、仕立屋、操舵手、肉屋、断酒会の会員。
こういった社会的な枠組みに、新人として入ってきて徐々に学習してゆく姿、もしくは学習に失敗する姿が出てきます。
こういった、社会的参加を徐々に行って学習する関わり方を
『
正統的周辺参加 』
LPP(Legitimate Peripheral Paticipation)
と呼びます。
この考え方は、「
学習する組織」の基本・源流ともなっています。
学び、学習は、どちらかと言うと組織・社会的枠組みに存在しているものかもしれません。
家庭科の例に当てはめてみましょう。
子ども(自分)が → 学習者が
お母さんと一緒に料理を作り → 社会的枠組みの中で
ちょっとしたお手伝いから始めて → 周辺的なところから関わって
一人で作れるようになる。 → 一人前になる
ざっくりと、こんな感じでしょう。
職場のOJTに使えそうなことが判ります。それどころか、こういった環境を作り上げることで組織的に学習が進んでゆきます。
この本、実は最後に記されている訳者あとがきが非常にコンパクトなまとめになっています。
学習する組織の源流。学びが組織にこそある点。探ってみたい方は読んでみてはいかがでしょうか。
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