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平石郁生
今までに「6社」の創業に参画し、内1社は東証マザーズに上場しました。現在は、「3度目の起業」と「初めての子育て」に奮闘中です!!!
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45才の初日。

2008年03月30日(日)
今日は、僕にとっては記念すべき「年齢」の初日、つまり、誕生日だった。

なぜ、記念すべきかというと、産みの母が亡くなった年齢(45才)になったからだ。改めて、母の冥福を祈りたい。

さて、45才初日の話しを書く前に、44才最後の一日の話しを書いておこう。

先日のエントリーで予告したとおり、4ヶ月ぶりのゴルフに行った。

元アップルの前刀さん、森ビルの川端さん、そして、IFTOという「パフォーマンス向上(能力を発揮する能力の向上)」のための独自理論を構築中の蛭田さんと僕、という定例メンバー。

自分のゴルフをしてベストスコア更新の筈が・・・、何と近年稀に見る「酷い二日酔い」で敢えなくダウン。

何とかゴルフは出来たものの、行きのクルマの中ではひとり黙ったままで吐き気と戦い、無事にコースに到着したと思ったら、受付をしている最中に吐き気が限界に達し、受付終了後、トイレに直行し、嘔吐してしまうという、何とも情けない一日の始まりだった。

疲れがピークに達していたところに、金曜日は数年ぶりに会った大学時代のバイト先の後輩に「注ぐな!!!」というのにビールを注ぎに注がれて自分のペースを乱されてしまい、ついつい限界量を超えてしまったのだろう。

すべては後の祭りである。

さて、話しをゴルフに戻すと、そんなコンディションでまともなプレーが出来るわけもなく、また、そんな状態にも関わらず、ここ4ヶ月取り組んできたフォームを実践しようとしたことも災いし、128という、ここ数年、叩いたことのない無惨なスコアとなった。

でも、中には、ドライバーを275ヤードぐらい飛ばして、池越えの50ヤードの2ndをオンさせてパーを拾ったり、別のパー4では2ndをピンから1.5メートルにつけて、バーディは逃したもののパーを取ったりと、最悪なスコアの中にも、何とか自分を励ましてくれるプレーもあり、44才最終日のとても良い記念になった。

自画自賛のプレーはさておき、とても勉強になったことがある。

あるホールで、10を越えるスコアが確実となり、途中から「もうギブアップ(パーの3倍のスコアにしてもらう)でいいや」と思い、12打目にあたるパットが外れた時、60〜70センチのパット(13打目)を残して「ギブアップ」と言ってボールを拾った瞬間、そのホールは「パー5」だと気がついた。

ギブアップ(パーの3倍)であれば「15打」になってしまう。

そんなスコア故、そのホールは「にぎり」には影響しないので、プレー後のお茶の席で自分の勘違いを説明し、認証してもらっていない60〜70センチのパットを「OK」にしてもらい「13打」としたが、その一件で僕は、「遊び」で尚かつ「体調不良」とは言え、自分から「勝負を降りてはいけない」ということを学んだ。

相手はもちろん、自分にも失礼である。

そんなことで、記念すべき「44才最後の日」になった。

さて、「45才初日」の今日は、ドリームビジョンの個人株主でもある佐藤裕さんと彼の奥さんと「お花見」兼「妻の大学院修了のお祝い」兼「僕の45才の誕生日のお祝い」で、代々木公園に行った。

あまりの寒さで、お弁当を食べた後は急遽、僕らの自宅に移動し、5人+裕夫妻の愛犬とで寛いだ。

そんなことで、想い出に残る45才EVE&45才初日となった。

これからは、毎年毎年を「計画的」に生きて行こうと思う。

次の目標は、父親が亡くなった年齢である「55才」を元気で迎えること。

月並みだが、一日一日を大切にしたい。

追伸:ゴルフ場でお昼を食べていた時(僕は二日酔いで殆ど食べられなかったが/苦笑)のこと。隣のテーブルに「反町隆史」がいた。僕から見て左前に、なんか派手な「容姿」の男性がいるなあ・・・と思ったら、なんと、反町隆史だった。帰りは、運転手付きのセルシオで帰っていったらしい(僕はそのシーンは見かけていない)。

Posted by 平石郁生 at 23:10  / この記事の詳細
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迷った時は「困難な道」を選ぶ。

2008年03月28日(金)
昨日のエントリーには、様々な方からコメントやメールをいただいた。この場を借りて、心からお礼を申し上げます。

その中のひとりから「平石さんらしい人生の始まりという意味もあったのではないかと、勝手ながら感じます」というコメントをいただいた。

僕らしいとは何なのか?

「無理難題に挑んでいくところですかね?(笑)」と返事をしたところ、「はい、おそらく(笑)」という答えが返ってきた。

行けるところまで、行ってみましょう(笑)。

インタースコープ時代の役員紹介(プロフィール)で、「一生、チャレンジャーでいたいと思います」と書いていたし・・・。

追伸:明日は、4ヶ月ぶりのゴルフ。自分のゴルフを心がけよう。そして、ベストスコアを狙いたい。かなり難しいコースだけど!!!

Posted by 平石郁生 at 17:31  / この記事の詳細
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「起業」記念日。

2008年03月27日(木)
1991年3月27日。僕が生まれて初めて会社を創った日だ。

時の経つのは速いもので、あれから今日で17年。27才だった若者は、44才(3日後に45才になる!)になった。

資本金100万円、それも銀行のカードローンで借りて、その上、当時のガールフレンドに借金してつくったお金で設立したのが株式会社クリードエクセキュートという会社。

カッコ良く言えば、起業家人生の始まりだが、それが「苦労の缶詰」のような僕の人生の始まりだった。

それから9年間、その会社を試行錯誤で続けた結果、ネットビジネスに携わるようになり、ウェブクルーの創業に参加し、山川さんと一緒にインタースコープを創業した。

そして、2年前にドリームビジョンを創業した。

3年後の生存確率「30%」、10年後のそれが「3〜5%」という激しい世界を、何とか今日まで生き抜いてきた。

「幸運」の連続だった。

今から8年後、もう一度、数パーセントの生存確率を生き抜いて、ドリームビジョンの「10周年」を迎えたい。

その時の僕は、52才。

その3日後に、笑顔で「53才」の誕生日を迎えられるように。

頑張ろう!!! 3度目の正直を目指して。

Posted by 平石郁生 at 14:10  / この記事の詳細
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スタートアップは燃費が悪い。

2008年03月26日(水)
先日の日曜日、子供を連れて「砧公園」に言った。初夏の日差しが眩しく、暑いぐらいだった。お陰で子供は喜んで遊んでいた。

ところで、砧公園に向かうクルマの中で、エンジンの回転数と「燃費計」を見ながら、「スタートアップは燃費が悪いはずだよな!!」と思った。

クルマを発進させる時はとても燃費が悪く、50〜60キロなり、巡航速度に達すると、燃費はとても良くなる。

会社も同じで「起業時(スタートアップ)」はとても燃費が悪く、経営が軌道に乗れば自ずと「経営効率(燃費)」は良くなる。

つまり、スタートアップ(起業)ばかりやっていたら、そりゃ苦労ばかりで儲からないよ!!と至極当たり前のことに今更ながら気がついた(爆笑)。

さらに言えば、巡航速度に達したところで思いっきりアクセルを踏み込めば、やはり、燃費は悪くなるが、そこでの「加速(成長)」は物凄いものがある。

今度こそ、炸裂させてやる!!!

Posted by 平石郁生 at 22:27  / この記事の詳細
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卒業式

2008年03月25日(火)
正確には「修了式」かもしれないが、昨日は妻が通う大学院の卒業式があった。尚かつ、彼女が専攻していた研究科の代表として修了証書を受け取ったらしい。とても名誉なことである。

彼女の学生生活は、学部に編入する前の予備校時代から数えて丸5年。その間、出産もして、休学もしてと、横で見ていた僕にとっても、何とも感慨深いものがある。

彼女と結婚してからの7年間は、僕の人生を手伝ってもらうばかりだったが、この5年間で少しは彼女の人生を応援することができたと思っている。

そして、それが出来たのは、僕の変則的なスケジュールを理解してくれていた(る)ドリームビジョンのメンバー達の理解があってこそである。

彼らには、心からお礼を言いたい。

Posted by 平石郁生 at 23:28  / この記事の詳細
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レンタカーを洗車する人はいない。

2008年03月24日(月)
昨年の12月から読み始めた「波乱の時代(アラン・グリーンスパン)」を、約1ヶ月前に読み終えた。上下刊を合わせると700頁以上あり、本を読むスピードが遅い僕は、約3ヶ月の時間を要した。

僕は決して読書家とは言えないが、「波乱の時代」は今まで読んだ本の中で五指に入ると言っても良い。僕は彼の本から、多くのことを学んだ。

インタースコープの個人株主のひとりだった方から、ブログで連載ものをやってみてはどうかと言われているので、近い将来、僕が「波乱の時代」から学んだことを何回かに分けて書いてみたいと思うが、ひとつだけ、今日のエントリーで紹介したい。

それは、「国の統治」に関するものだ。

グリーンスパンは自身の著作を通じて、「資本主義」経済が根付くには「法の支配」による「財産権の保護」が保証されていることが極めて重要だと主張している。

つまり、せっかく頑張って得た富を、政府に吸い上げられてしまうのでは、そもそもやるきが起きるはずがない、ということである。なるほど、ごもっともな主張である。

グリーンスパンはそうは言っていないが、国という存在を「企業」に見立てれば、「国王=オーナー経営者」であり、「大統領なり首相=雇われ経営者」ということになる。

そして、その国を潤すためには、より多くの「税金」が必要であり、その税金を払うのは「個人と法人」である。

つまり、「企業」にしても「個人」にしても、どの「国」で「働く(経済活動を営む)」ことが、自社(自分)の事業(生活)にとってメリットが大きいか?によって「本社(市民権)=納税国」を決めるのではないか?と僕は考える。

こんなことを言うと、企業はさておき、個人にはそんなことは当てはまらないと思われるかもしれないが、現に、僕の知り合いで、拠点(納税国)を「シンガポール」に移してしまった人がいる。

また、僕の世代の人は知っているだろうが、一時期、テニス界を席巻した「ビヨン・ボルグ」は、その納税率(額)の高さに嫌気が指して、スウェーデンから他の国に移住してしまった話しは有名である。

さて、「レンタカーを洗車する人はいない」という今日のタイトルは、世界的に著名な投資家である「ウォーレン・バフェット」の言葉である。

つまり、実際にオーナーかどうかは別として、「オーナー(当事者)意識が無い経営者」が自分が経営する会社を良くしようと思って難題に取り組むはずがないし、その企業のオーナー(=株主)を向いた経営をするはずがない、ということを言っているのである。

話しを「国」に戻すと、大統領なり首相が、その国が自分の「財産」だと思えば、事なかれ主義なり、派閥の論理に任せたり、任期を大過なく過ごそうとは思わないだろう。

そういう意味で、衆議院を解散してまで「郵政民営化」を実現しようとした小泉さんは「オーナー意識のある首相(政治家)」であると言える。

僕が物心ついて以降の首相では、「田中角栄」以来と言ってもよい、リーダーシップのある政治家だと思う。

中国問題や靖国参拝等での問題はあったにせよ。

そう、誰だって「レンタカー」を洗おうとは思わないのである。

創業者精神やオーナーシップが大切な理由は、そこにある。

Posted by 平石郁生 at 22:31  / この記事の詳細
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心身ともに。

2008年03月23日(日)
このところ忙しい日々が続いていたせいか、微熱ではあるが発熱してしまった。しかし、最も大きな要因は、妻の具合が悪く、僕が子供と一緒に寝ていたこと(彼が寝返りをうち布団を剥いでしまうので、それが気になって夜中に何度も起きる)のような気もする。

明日(3/24)が締め切りの原稿(某業界紙)があるので、ここで具合が悪くなるわけにはいかず、大事をとって、掛かり付けのクリニックに行った。

そこでお医者さんに言われたことは「身体だけが具合が悪くなるということはなく、心身のバランスなので・・・。同じリズムで毎日毎日過ごしていると、そりゃ疲れるよ。僕だって、毎日毎日、同じことばっかりじゃ疲れちゃうよ」ということ。

なるほど・・・と思った。

気晴らしとか、リフレッシュとか言うが、やはり、そういうことが大切だということだ。

それも、科学の世界で生きている「医師」、それも僕が信頼している方に言われたことは、説得力があった。

もうひとつ、クリニック関係でトピックがある。

腰と首が痛くなり、近所の整形外科に行き、レントゲンを撮ってもらったところ、「44歳(来週の日曜日で45歳)にしては、骨は非常に若いです。椎間板も等しい感覚だし、問題ないですね。筋肉を痛めたのでしょう」とのことで、とても勇気づけられた。

予てから考えている「筋肉トレーニング」を実行すれば、身体は、まだまだ大丈夫だ。

あとは、充分な睡眠と「気分転換」!!!

Posted by 平石郁生 at 09:44  / この記事の詳細
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自分が登るべき山を登る。

2008年03月21日(金)
先程まで、今年1月から始めた「市場創造・事業開発」をテーマとした無料講座(はやい話がメルマガ)の原稿を書いていた。

ちょっと休憩がてら、当社のウェブサイトを見て、久しぶりにマネックスの松本さんとの対談形式のログを斜め読みした。

今にして思うと、僕のような人間のために、超多忙な松本さんが、よく、時間を割いて、当社が主催するイベントに来てくれたと思う。改めて、感謝をしなければ・・・。

ところで、松本さんの話を読み返していて、やはり、「自分が登るべき山を登る」ことが大切だということを感じた。

せっかく多忙な中、時間を割いて来てくれた松本さんの恩に報いるためにも、僕が登るべき山を登って行こう。

出来ることから愚直にコツコツと。

Posted by 平石郁生 at 18:54  / この記事の詳細
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オプトは、電通の軍門に下ったのか?

2008年03月19日(水)
僕は、そうは思わない。

昨日(3/18)の日本経済新聞の15面。

「生き残れるか ネット広告仲介(上)」と題する記事に、「(オプトが)広告最大手の電通の軍門に下った理由は広告主の反応にある」という表現があった。

この記事を書いた記者の方の意図することは何のか?その方の言う「軍門に下る」の定義は何なのか?

オプトが電通の「持分法適用会社」になったというのは事実であるが、そのことイコール電通の「軍門に下る」ということなのか?

いつだったか、カブドットコムが「三菱東京UFJ銀行(25.96%)」と「三菱UFJ証券(10.57%)」と資本提携した時は、僕の記憶が正しければ「三菱東京UFJグループ」の「軍門に下った」とは報じていない。

むしろ、三菱東京UFJグループとして、個人株主を取り込むために、カブドットコムと「資本提携をした」と報じている。

つまり、グループの証券会社(三菱UFJ証券)のリソースだけでは、需要が伸びているオンライン証券には対応できない、という観点に立ち、記事を書いている。

さて、話しをオプトと電通の「資本提携」に戻すと、その記事の中には、こんな記載がある。

「(ネット広告の)市場拡大のスピードに電通でも体制整備が追い付かず『ネット広告の提案さえできていないケースもまだ多い(松下常務)』のが実情。オプトから出向するネット市場に精通した50人の営業部隊は『大戦力』(同)だ」。

これは、単独では個人投資家を取り込めないメガバンクグループが、オンライン証券と資本提携した理由と同じではないか?

それにも関わらず、なぜ、オプトの場合は「軍門に下る」となるのか?

新聞というメディアは「ジャーナリズムの筆頭」のはずである。であれば、「軍門に下る」などという「文学的」表現を使う必要はなく、事実と事実として「資本提携」をした、あるいは「持分法適用」会社になったと書けば済む話しである。

明らかに、ここに何らかの「恣意性」があるとしか思えない。

日本経済新聞は「金融」や「株式市場」に関する「業界紙」であり、ネット広告は「新聞広告」を脅かす存在であり、自社の「広告枠」を販売してもらっているのは電通を筆頭とする既存の広告代理店である、という利益構造が、カブドットコムとオプトに関する記事の違いなのではないか?と思ってしまうのは、僕だけだろうか?

今日は、たまたま、ベンチャー関連の人たちとのブレックファストMTGと夜のイベントがあったが、僕だけでなく、僕が直接、言葉を交わした人たちは、ひとりの例外もなく、僕と同様な見解を持っていた。

本当は昨晩、このエントリーを書こうと思ったのだが、僕はオプトのハチ(鉢嶺氏)とは15〜16年の付き合いであり、多分に個人的感情が入ってると思ったので、一晩寝て、クールダウンしてから書くべきだと思い、こうして今、書いている。

もうひと言、付け加えるならば、オプトの記事に使われている写真に移っているハチの表情は、仏頂面だ。まさしく、記事の内容とぴったりの表情である。つまり、敢えて、あの記事の「文調」に合う写真を選んだのではないか?と思ってしまう。

何故なら、記者会見では、それこそ腐るほどたくさん撮っているはずであり、記事に使われた写真以外に、たくさんの写真があるはずだからだ。

ホンダもSONYも、昔はベンチャー企業だ。

次なる産業を育成(応援)して欲しいとまでは言わないが、わざわざ「文学的」な表現を使ってまでネガティブなトーンの記事を書かなくてもよいのではないか?

事実を事実として伝えるのではなく、新聞社としての「考え」を伝えるのであれば、「社説」で書くべきではないか?

僕はそう思う。

Posted by 平石郁生 at 22:35  / この記事の詳細
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彼女が、そこまでして働く理由。

2008年03月18日(火)
僕の妻の話で恐縮だが、彼女は今月で大学院を卒業し、4月から働くことになっている。少し前まで、いわゆる「就職活動」をしていた。

「就職活動」とは言っても、彼女の場合、月金(フルタイム)で「企業」で働くわけではなく、「臨床心理士(厳密には、今秋の試験に合格することが前提)」として、何箇所かの施設での仕事を掛け持ちするわけで、その「パートタイム」の仕事を探していた。

昨今の社会事情を反映してか、臨床心理の学部なり大学院は、とても競争率が高い。

しかし、その狭き門をくぐり抜け、臨床心理士の資格を取っても、何箇所かの仕事を掛け持ち、フルフルに働いたとしても、年収にして、せいぜい、240〜300万円を稼ぐのがやっとである。

男性であれば、それで家族を養うことはできない。

医者(病院)の場合、健康保険という「財源」があるが、臨床心理士は、日本ではまだまだ「社会的評価が低く」、職業として認知されていないと言っていい。

尚且つ、鬱病や人格障害等で悩む患者さんのケア(カウンセリング)は、相手との信頼関係が何よりも大切であり、心を開いてもらう必要があるため、自分の都合(子供のことも含めて)でカウンセリングをキャンセルすることは出来ない。

そんなことで、子供を保育園に預け、具合が悪くなった時は、病時保育に預けて仕事をするわけだが、保育園に支払う費用を差し引くと、いったい何のため?という金額しか手元に残らない。

それでも、彼女は働くことを選択する。

人間は「経済合理性」だけで意思決定をするわけではない、ということだろう。

彼女は、一児の「母親」であり、ひとりの「女性」でもあり、自分のキャリアを大切にする「職業人」でもあるわけだ。

彼女の「生き方」を傍で見ていると、自分の生き方をも考えさせられる。

因みに、僕の母親(産みの母)は、フルタイムで働いていたこともあり、僕にとっては、女性が出産後も働くことは「常識」だった。

そんな女性が増えることを期待したい。そして、そのことに、何らかのかたちで貢献できればと考えている。

Posted by 平石郁生 at 12:55  / この記事の詳細
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