【そろばん教授業】 数字力をつける前に必要なもの

2008年04月08日(火)
 
では今から、1から40まで、数をかぞえていく中で、
「3の倍数と、3がつく数字」の時だけ、アホになって……
「5の倍数」の時だけ、イヌっぽくなります。

では、いきまーす。

1……2……さぁん!!……4……ごふっっ!!(←イヌっぽく)



=      =      =      =      =


活字では伝わりにくいが、
テレビで一度はご覧になられたことがあるだろうか。

最近人気が出ている「世界のナベアツ」という芸人さんのネタである。


見ているぶんには単純な芸のように思えるが、数を数えながら、頭の中には
「3の倍数」「一の位に3」「十の位に3」「5の倍数」という
4つの意識を常に持っていなければならない難しさがある。

その上、「15」や「30」といった「3と5の公倍数」などの時は
「アホなイヌっぽい声」で言わなければならない(笑)


独特の視点を持ったこの芸人さんらしい、
数学の理論をアイデアのもとにしてよく練られた面白さといえるが、
演じる側からすれば、見た目以上に大変なのは間違いない。


ちなみに私の知人で、
このネタを無謀にも披露宴の場で演じた男がいたのだが、

カウントが進むにつれてだんだんと数の判断がつかなくなり、
「にーじゅさんっ!、にーじゅしっ!(23・24)」と続けてアホになった後、

イヌっぽくなるべき「25」を、
うっかり普通に言ってしまうというミスを犯してしまった。

「これをやるために、乾杯から一滴も飲まないで準備したのに……難しいよ」と、
本人はかなり悔しがっていたようだ。


●人間を育てる そろばんという「アナログ」


上記の芸と同じ原則になるが、
「1から順番に数字を数え、7の倍数と7がつく数字に当たった人は、その数字を言わずに手を叩く」といった、
パーティーなどでもよく行われるゲームには、

数字に対する判断力や記憶力、そして
頭の中で「“7の段”の九九」を瞬時に思い浮かべる計算力も必要になる。


こうした能力は、知識や理屈の詰め込みではなく、
いわゆる「頭の回転を速くする」要素につながるところが大きい。

よく言われるのが「数字に強い人、弱い人」という表現。
果たしてこの差はどこから生まれるのか。


昔は「読み・書き・そろばん」が、子供を教育する上での基本とされてきた。
学校の勉強というのは結局、国語と算数の能力に集約されるという考え方だ。

中でも数字に対する理解力や読解力というのは、
なかなか1日や2日では育たないものである。

そろばんを使った計算がもたらす効果は、
数字の仕組みそのものから理解できるという点になるだろう。

電卓はキーを押していくだけの単純作業であるが、
そろばんは、自らが数字を加減乗除していく意識を持って、1つ1つの玉を動かして計算する道具である。

いくつ足して、いくつ引いて、十の位が繰り上がって……というプロセスを、
そろばんの玉の動きを通じて覚えていくのだ。


そしてもう1つ。
そろばんの扱いにすっかり慣れきった人は、難しい計算をする際、
そろばんの玉の動きをイメージして処理する癖がつくのである。

だからそろばんをやっていた人は総じて、暗算にも強い。
机の上に架空のそろばんを置いて、指だけ動かして計算することもできる。

さらに能力を持った人なら、頭の中にそろばんを想像して
頭の中で弾きながら、大きな桁数をさばいていくことも可能になる。

一時期テレビで、画面に現れる数字を足して答えを出す「フラッシュ暗算」が
話題となったが、3桁、4桁といった数字が短い間隔で次々に出てきても、
それらを冷静に処理できるのは、頭の中のそろばんをパチパチと弾きながら
計算しているからなのである。


練習を重ねていけば、計算能力は偽りなく、確実に身についてくる。
脳の活性化にもつながり、何度も反復することによって精神的にも鍛えられる。

これが、人間を育てる「アナログの良さ」である。


●「数字力」をつけるには、数字そのものを……


その昔、小学生が通う習い事の一番手といえば、そろばん(珠算)だった。
しかし電卓やパソコンが普及していくにつれて、そろばん塾に通う小学生が
だんだんと少なくなっている。

もちろん少子化の問題や習い事の多様化、
そして「ゆとり教育」による学習指導要領改訂の影響といった要因もあるだろう。


ニーズが減れば、受け皿も縮小していく。総務省統計局の「サービス基本調査」によると、
平成16年現在の「そろばん教授業」事業所総数は8267ヵ所。
5年前の調査に比べて3割近くも減ってしまった。
会社の経理などにおいてそろばんを使用する社会人も、今では少数派となっているようだ。


便利なものを使えば、仕事の効率がアップするのは当然のこと。
しかし人間がやるべき作業を機械に依存するということは、
その分だけ人間の脳や身体の持つ機能が確実に、なまってしまう。

数字の桁がきちんと読めない。簡単な暗算ができない。
こうしたウィークポイントに心当たりがある方も、おられるのではないだろうか?


最近では「KY」ならぬ「SY(=数字が読めない)」という略語も出てきているらしい。
日本のビジネスマンに足りないのは「数字力」だと唱える経営コンサルタントもいる。

数字力というのは、例えば
「日本の人口」「日本国内にある株式会社の数」「給料と労働時間から割り出した、自分の時給額」など、
世の中のあらゆる物事に対する数字の感覚をしっかり把握しておきましょう、という意味の言葉だ。

よって「数字力=計算能力」ではないのだが、
身の回りにある数字を読むためには、まず「数字そのもの」が読めなければならないのもまた、事実である。


日本の人口を例にとっても、
「120,000,000人」と数字だけを見せられて、
果たしてすんなり「1億2千万人」と、答えられるかどうか。

「えーと、一、十、百……1千2百万人!」となってしまう人も、意外に少なくないかもしれない。

しかし、こうした難しい桁の感覚も、自分の手で数字を操りながら答えを導く
そろばんの上達につれて、自然と身についてくるものだという。


●これからも「必需品」でありますように


前述した「そろばんがもたらす脳への効果」が、
幸いなことに、改めて見直されようとしている。


「脱・ゆとり教育」の指針に伴う学習指導要領の見直しによって、
小学校ではそろばんを使った授業の機会を増やす動きへと、再び変わってきているようだ。
専門のそろばん講師を小学校に派遣して、学校教育におけるそろばん学習の充実化を図っている自治体もある。


そして最近では、中高年層におけるそろばん人口も増加の動きが見られており、
認知症予防や脳の活性化のために、そして生涯学習の一環として
そろばんを始める人の数が徐々に増えているという。

そろばん教室のスタイルも変化を遂げており、
子供達が楽しく、興味を持ってそろばんが上達できるようにと、
工夫を凝らしたさまざまなプログラムが実践されている。

こうした1つ1つの動きが、
業界の底辺再拡大につながっていくことを期待したい。


本来鍛えられるべき計算力が身につかない、という弊害が「数字に対する苦手意識」につながり、
もともと身につけておくべき能力までも奪っていくと考えるならば、

便利なモノが増えて世の中が進化していくのと反比例するかのように、
人間としての機能が「退化」するという表現も、あながち間違いではないのかもしれない。


だからこそ、世界でもっとも古い計算道具であり、
戦前から子供達の「考える力、計算する力」を育ててきたそろばんに対しては、
これからもずっと、人間の成長に必要なモノとして幅広い世代に使われ続けてもらえる
「教育の必需品」であってほしいと、心から願う。



(文:フィデリ編集部 松尾)


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Posted by フィデリ・業界動向コラム at 12:00  / 教育学習支援  / この記事の詳細
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