【スポーツ用品製造業】 見てみたかった「ニッポンの力」
2008年06月16日(月)
「弘法筆を選ばず」ということわざは、
人間は己の持つ才能こそが全てであり、力の足りなさを道具の良し悪しで決める
ようなことをしてはいけないのだという、いかにも潔く、まっすぐ筋の通った
教訓のように聞こえる。
時は流れ、人間の才能を超えた技術が次々と世に出回った。
常に最先端の場所にいなければ、競争社会を制することができないという
認識も、日に日に強くなっていった。
決して己を磨く努力を怠るわけではないが、道具の持つ力が
才能のプラスアルファとして重んじられるようになったのは間違いない。
特にスポーツの世界においては、技術革新の恩恵がもたらす影響の大きさが
顕著なまでに表れている。
●イギリスからやってきた「黒い衝撃」
今年に入り、着用した海外選手が各国の競技会で次々と世界記録を更新したことで
一躍話題となった、英・SPEEDO(スピード)社の水着「レーザー・レーサー」。
国際水連が「規則違反にあたらない」と発表して以降、世界中の競泳関係者の目が、
この「着れば速く泳げる水着」に寄せられるようになる。
いくら海の向こうの話を聞いたところで、実践して確かな成果を
目の当たりにするまでは信用できないという空気のあった日本においても、
先日東京で行われたジャパンオープンにおいて、レーザー・レーサーを着た
選手によって初日から次々と日本記録が更新され、最終日の男子二百メートル
平泳ぎ決勝では、北島康介選手が世界記録を1秒近くも塗り替える快挙を
やってのけたことで、「北京でメダルを獲るための近道はレーザー・レーサー」という
共通認識が一気に出来上がってしまった。
五輪を前にした選手達にとってこの時期は、まだ調整途上の段階。
つまりジャパンオープンも、各自の仕上がり具合をチェックする位置づけの
大会であったはずだ。北島選手も右肩痛の影響で十分な調整を積んでおらず、
ベストのパフォーマンスを発揮できるような状態には程遠かった中で、
この驚異的な成果を出したという事実は、国内大手の各メーカーにとって
大きな衝撃だったに違いない。
●早ければ来年には、我々の手にも……
レーザー・レーサーは着るのに30分以上掛かるとか、
3人がかりで手伝ってもらわなければ着られないといった話がよく聞かれるが、
水の抵抗を減らす特殊素材に加え、水着が身体を強く締めつけることによる
効果(下半身が浮きやすい、レース後半になってもバテにくい、など)も、
タイムの短縮を実現させる要素となっているようだ。
本来は身体を覆うために着用する水着だが、競技の世界においてはもはや道具、
つまり「戦略の一部」としての位置づけになっている。
違う水着を着ただけでここまで結果が変わるとなれば、
「技術ドーピングではないか」という声が聞かれるのも無理はないだろう。
しかしレーザー・レーサーは、国際水連の審査をパスしている合法的な水着である。
よって、現時点で結果として残るのは、「国内大手がレーザー・レーサーの上を
行くことができなかった」という事実しかない。
レーザー・レーサーは、早ければ来年初めにも一般販売されるそうで、
各地の販売店には既にたくさんの予約が入っているという。
仮の話だが、この先レーザー・レーサーの需要がアマチュアや学生のレベルにまで
幅広く浸透し、トップレベルでの記録ラッシュと同じ効果を生むようなことが
あったら……競泳用水着の国内シェアにまで影響を及ぼす恐れも、決して無いとはいえない。
●西の町工場に 光は当たらず
日本の技術力は、世界に対して大きな影響を与え、そして高い信頼を得ている。
スポーツだけをとっても、その実績は数々ある。
埼玉県富士見市の町工場が作った砲丸投げ用の砲丸は、
世界の有力選手がこぞって使用を希望する質の良さである。
絶大なる信頼を裏付けるかのように、
過去3回の五輪(アトランタ・シドニー・アテネ)において、
メダルを獲った全選手がこの砲丸を使っていた。
また、サッカーW杯ドイツ大会の公式球に採用されたのは、
広島の町工場が開発した「縫い目のない、パネル貼り付け型のサッカーボール」。
試作品を蹴った欧州のスター選手達は、
速く、正確に飛んでいくボールにこぞって絶賛の声をあげたという。
どちらも中小企業。どちらも町工場。どちらも職人の技。
確かな質を持ったモノは、規模や資本力ではなく
「技術者の腕」によって作られることを証明する事例である。
日本の「巧」は、既に世界から高く評価されているのだ。
いいモノが、すべて大手メーカーに集まるとは限らない。
大阪市にある山本化学工業が開発した「バイオラバースイム」は、
果たしてレーザー・レーサーに太刀打ちできるだけの能力を持っていたのだろうか。
そのチャレンジの機会すら見ることなく、北京五輪を迎えてしまうことなるかも
しれない無念さは、おそらく筆者のみならず、多くの人々が持っていることだろう。
(文:フィデリ編集部 松尾)
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