【製茶業 ほか】 茶葉を知り 茶の味を知る

2009年04月16日(木)

私の知人はつい最近まで、

英国に「紅茶の木」があると本当に思っていたらしい。


何をそんな冗談を・・・と、笑ってはいられない。
私も紅茶や烏龍茶はそれぞれの苗から育てていくものだと、
子どもの頃は思い込んでいた。

周りに聞いても、意外に常識と呼べるほど知られていなかったこの事実。
緑茶だろうと紅茶だろうと烏龍茶だろうと、
元をたどれば同じ「お茶の木」である。


紅茶を作るのであれば、葉を摘んだあと、完全発酵(酸化)させることで
茶色く変色させ、独特の香りを生み出させる。

烏龍茶は半発酵茶とも呼ばれ、紅茶よりも短時間の発酵によって、
これもまた独特の風味を持った茶葉を作り上げる。

緑茶はというと、摘んだ葉をすぐ蒸し機にかけることで、
発酵の活性を食い止める。これによって鮮やかな緑色の状態を保たせるのだ。


・・・つまり日本でも、緑茶に限らず紅茶や烏龍茶も作ることは可能であり、
紅茶や烏龍茶に適した品種を実際に栽培、生産している地域も国内にある。
しかし、立地や気候などの条件に左右されやすいのが茶の難しいところ。
日本においては三大産地(駿河・宇治・八女)をはじめ、良質の緑茶が育ちやすい
環境とされており、独自の緑茶文化が生まれる背景にも大きく関係している。


●「冷たい緑茶」が飲まれ始めたのは?


世界的な茶の生産国といえば、中国はもちろん、
インドやスリランカといった紅茶で有名な国もすぐ思いつく。


ここで冒頭の知人が問う。

「英国は?」


いやいや。英国は原料ではなく
「紅茶の入れ方、飲み方、楽しみ方」という点で文化が栄えた国。
「英国式ゴールデンルール」と呼ばれる入れ方は、世界のスタンダードとなっている。


「格式ある茶の楽しみ方」は日本の茶文化にも当てはまるが、それと同時に
茶を人々のライフスタイルと融合させ、カジュアルな飲み物として普及させたのも、
日本が先駆けである。その象徴となるのが「アイスで飲む」という概念。

30代半ば以上の方なら、自分が幼い頃の「冷たいお茶」といえば、せいぜい
麦茶かレモンティーぐらいしかなかったという記憶にたどり着くだろう。
今ではペットボトル入りのお茶を飲まない日がないという人も多いくらい、
葉っぱではなくドリンクとしての茶が広く普及しているが、大げさではなく
つい最近始まった習慣である。

今ではアジア各国に、ペットボトル入りの冷たい緑茶や烏龍茶が「逆輸入」されているが、
慣れない形での飲み方はまだまだ口に合わないようで、コンビニなどで多く見られるのは
「蜂蜜入」「砂糖入」の文字。日本人が旅行先で購入する際には、十分気をつけねばならない。


●新茶の季節にぜひ試してほしい「水出し」


さて、今年も新茶の時期。

「夏も近づく八十八夜」と歌われるように、おいしい新芽が採れるのは
立春から88日を数える頃。しかしその5月初旬を待たずして、店頭には
早摘みの新茶が続々と並んでいる。

静岡に次ぐ生産量を誇り、毎年全国のトップを切って初セリが行われる鹿児島新茶は
有名だが、現在ではハウス栽培などの技術によって、新茶が市場に出回る時期もずいぶんと早くなった。

香りの良さだけでなく瑞々しさも特徴的な新茶は、お湯ではなくじっくり時間を掛けた
水出しで飲むと、独特の甘みが口中に広がり、お茶の新しい味わい方を楽しむことができる。

ペットボトルの緑茶商品も、そろそろラベルに「新茶」と書かれたものがスーパーや
コンビニに並び始める頃だが、たまには手間を要しても、葉っぱを眺めつつお茶を頂き、
茶の持つ本来の味を改めて実感することもぜひおすすめしたい。


(文:フィデリ編集部 松尾)

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【ゲームセンター】 100円玉を投入する「緊張感」

2008年12月17日(水)

私見で恐縮だが、


自宅には家庭用ゲーム機が何台かある。
携帯型ゲーム機も持っている。電車の中で携帯電話内蔵のゲームに興じることもある。
インターネットゲームも、やろうと思えばいつでもできる。

しかしそれらの理由によって、ゲームセンターから足が遠のいたということはない。
同じ「ゲームを楽しむ」という行為でも、まったく「別」なのである。


ゲームセンターの施設数が年々減少し、相次ぐ大型店の閉店も珍しくない時代となった。
家庭用ゲームの普及というだけなら、ファミコンブームの時点で淘汰が始まっていても
おかしくない。本当の理由は、家庭用ゲームのクオリティが急激な進化を遂げ、
ゲームセンターで遊ぶのと変わらない感覚で楽しめるようになったこととも関係する。

画像がきれいになり、音響も良くなり、遠く離れた人と通信対戦もできる。
いつでも、そして何度でも、気軽に楽しめる環境があるのならば、わざわざゲームを
するために外に出る必要もない。

不況だけが原因でなく(むしろ低価格で楽しめる魅力がプラスになっていいはずだ)、
高機能な家庭用ゲームによって「ゲームセンターに行くのはもったいない」という
感覚を持つ人が増えたことも、大きく影響しているだろう。


●リセットボタンは使えない。だから…


ゲーム機持ってて、麻雀もネットで無料対戦できるのに、
なんでゲーセン(ゲームセンター)行くの? と、よく聞かれる。


「100円払うと真剣味が出るから」と、答えるようにしている。


家庭用のゲームは総じて、やり直しが利く。
状況が悪くなればリセットボタンを押して、それまでのすべてをなかったことにできる。

何度でも自由に、自分の思うままに操作できるのが、
良いところでもあり、ルーズなところにもなる。


これがゲームセンターだと、そうはいかない。

「100円払うからには」と、ゲーム台を前に気合いが入る。
ボタンやレバーの操作にも力が入る。簡単に勝負をあきらめなくなる。

格闘ゲームなら1回の必殺技が、麻雀なら1回の上がりが、
家庭用で味わう何倍もの悲喜をプレイヤーに与える。

この緊張感。
家でダラダラと夜中まで遊ぶよりも、はるかに心身に良い。


●進化は続いても客の心は変わらず


最近のアーケードゲームは筺体がさらに大型化し、大画面のディスプレイや
操作性の向上、最新技術の投入など、家庭で体験できない空間が次々と提供されている。

必然的に広いスペースを持ち、安定した集客が見込める大型店でなければ
生き残るのが難しくなりつつあるが、コインを投入してゲームを始めるという
スタイルは、昔も今も変わっていない。


身近な娯楽でありながら、
自由度の高い家庭用ゲームとのコントラストから生まれる「緊張感」。

ゲームセンターでしか味わえないものがあるから、
足を運んで100円玉を投入する。

この業界の本質的な存在意義とまで言ったら、大袈裟だろうか。


(文:フィデリ編集部 松尾)

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【スポーツ用品製造業】 見てみたかった「ニッポンの力」

2008年06月16日(月)
 
「弘法筆を選ばず」ということわざは、
人間は己の持つ才能こそが全てであり、力の足りなさを道具の良し悪しで決める
ようなことをしてはいけないのだという、いかにも潔く、まっすぐ筋の通った
教訓のように聞こえる。


時は流れ、人間の才能を超えた技術が次々と世に出回った。
常に最先端の場所にいなければ、競争社会を制することができないという
認識も、日に日に強くなっていった。

決して己を磨く努力を怠るわけではないが、道具の持つ力が
才能のプラスアルファとして重んじられるようになったのは間違いない。
特にスポーツの世界においては、技術革新の恩恵がもたらす影響の大きさが
顕著なまでに表れている。


●イギリスからやってきた「黒い衝撃」


今年に入り、着用した海外選手が各国の競技会で次々と世界記録を更新したことで
一躍話題となった、英・SPEEDO(スピード)社の水着「レーザー・レーサー」。
国際水連が「規則違反にあたらない」と発表して以降、世界中の競泳関係者の目が、
この「着れば速く泳げる水着」に寄せられるようになる。


いくら海の向こうの話を聞いたところで、実践して確かな成果を
目の当たりにするまでは信用できないという空気のあった日本においても、
先日東京で行われたジャパンオープンにおいて、レーザー・レーサーを着た
選手によって初日から次々と日本記録が更新され、最終日の男子二百メートル
平泳ぎ決勝では、北島康介選手が世界記録を1秒近くも塗り替える快挙を
やってのけたことで、「北京でメダルを獲るための近道はレーザー・レーサー」という
共通認識が一気に出来上がってしまった。

五輪を前にした選手達にとってこの時期は、まだ調整途上の段階。
つまりジャパンオープンも、各自の仕上がり具合をチェックする位置づけの
大会であったはずだ。北島選手も右肩痛の影響で十分な調整を積んでおらず、
ベストのパフォーマンスを発揮できるような状態には程遠かった中で、
この驚異的な成果を出したという事実は、国内大手の各メーカーにとって
大きな衝撃だったに違いない。


●早ければ来年には、我々の手にも……


レーザー・レーサーは着るのに30分以上掛かるとか、
3人がかりで手伝ってもらわなければ着られないといった話がよく聞かれるが、
水の抵抗を減らす特殊素材に加え、水着が身体を強く締めつけることによる
効果(下半身が浮きやすい、レース後半になってもバテにくい、など)も、
タイムの短縮を実現させる要素となっているようだ。

本来は身体を覆うために着用する水着だが、競技の世界においてはもはや道具、
つまり「戦略の一部」としての位置づけになっている。

違う水着を着ただけでここまで結果が変わるとなれば、
「技術ドーピングではないか」という声が聞かれるのも無理はないだろう。
しかしレーザー・レーサーは、国際水連の審査をパスしている合法的な水着である。
よって、現時点で結果として残るのは、「国内大手がレーザー・レーサーの上を
行くことができなかった」という事実しかない。


レーザー・レーサーは、早ければ来年初めにも一般販売されるそうで、
各地の販売店には既にたくさんの予約が入っているという。

仮の話だが、この先レーザー・レーサーの需要がアマチュアや学生のレベルにまで
幅広く浸透し、トップレベルでの記録ラッシュと同じ効果を生むようなことが
あったら……競泳用水着の国内シェアにまで影響を及ぼす恐れも、決して無いとはいえない。


●西の町工場に 光は当たらず


日本の技術力は、世界に対して大きな影響を与え、そして高い信頼を得ている。
スポーツだけをとっても、その実績は数々ある。


埼玉県富士見市の町工場が作った砲丸投げ用の砲丸は、
世界の有力選手がこぞって使用を希望する質の良さである。

絶大なる信頼を裏付けるかのように、
過去3回の五輪(アトランタ・シドニー・アテネ)において、
メダルを獲った全選手がこの砲丸を使っていた。


また、サッカーW杯ドイツ大会の公式球に採用されたのは、
広島の町工場が開発した「縫い目のない、パネル貼り付け型のサッカーボール」。

試作品を蹴った欧州のスター選手達は、
速く、正確に飛んでいくボールにこぞって絶賛の声をあげたという。


どちらも中小企業。どちらも町工場。どちらも職人の技。
確かな質を持ったモノは、規模や資本力ではなく
「技術者の腕」によって作られることを証明する事例である。
日本の「巧」は、既に世界から高く評価されているのだ。


いいモノが、すべて大手メーカーに集まるとは限らない。


大阪市にある山本化学工業が開発した「バイオラバースイム」は、
果たしてレーザー・レーサーに太刀打ちできるだけの能力を持っていたのだろうか。

そのチャレンジの機会すら見ることなく、北京五輪を迎えてしまうことなるかも
しれない無念さは、おそらく筆者のみならず、多くの人々が持っていることだろう。



(文:フィデリ編集部 松尾)


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【そろばん教授業】 数字力をつける前に必要なもの

2008年04月08日(火)
 
では今から、1から40まで、数をかぞえていく中で、
「3の倍数と、3がつく数字」の時だけ、アホになって……
「5の倍数」の時だけ、イヌっぽくなります。

では、いきまーす。

1……2……さぁん!!……4……ごふっっ!!(←イヌっぽく)



=      =      =      =      =


活字では伝わりにくいが、
テレビで一度はご覧になられたことがあるだろうか。

最近人気が出ている「世界のナベアツ」という芸人さんのネタである。


見ているぶんには単純な芸のように思えるが、数を数えながら、頭の中には
「3の倍数」「一の位に3」「十の位に3」「5の倍数」という
4つの意識を常に持っていなければならない難しさがある。

その上、「15」や「30」といった「3と5の公倍数」などの時は
「アホなイヌっぽい声」で言わなければならない(笑)


独特の視点を持ったこの芸人さんらしい、
数学の理論をアイデアのもとにしてよく練られた面白さといえるが、
演じる側からすれば、見た目以上に大変なのは間違いない。


ちなみに私の知人で、
このネタを無謀にも披露宴の場で演じた男がいたのだが、

カウントが進むにつれてだんだんと数の判断がつかなくなり、
「にーじゅさんっ!、にーじゅしっ!(23・24)」と続けてアホになった後、

イヌっぽくなるべき「25」を、
うっかり普通に言ってしまうというミスを犯してしまった。

「これをやるために、乾杯から一滴も飲まないで準備したのに……難しいよ」と、
本人はかなり悔しがっていたようだ。


●人間を育てる そろばんという「アナログ」


上記の芸と同じ原則になるが、
「1から順番に数字を数え、7の倍数と7がつく数字に当たった人は、その数字を言わずに手を叩く」といった、
パーティーなどでもよく行われるゲームには、

数字に対する判断力や記憶力、そして
頭の中で「“7の段”の九九」を瞬時に思い浮かべる計算力も必要になる。


こうした能力は、知識や理屈の詰め込みではなく、
いわゆる「頭の回転を速くする」要素につながるところが大きい。

よく言われるのが「数字に強い人、弱い人」という表現。
果たしてこの差はどこから生まれるのか。


昔は「読み・書き・そろばん」が、子供を教育する上での基本とされてきた。
学校の勉強というのは結局、国語と算数の能力に集約されるという考え方だ。

中でも数字に対する理解力や読解力というのは、
なかなか1日や2日では育たないものである。

そろばんを使った計算がもたらす効果は、
数字の仕組みそのものから理解できるという点になるだろう。

電卓はキーを押していくだけの単純作業であるが、
そろばんは、自らが数字を加減乗除していく意識を持って、1つ1つの玉を動かして計算する道具である。

いくつ足して、いくつ引いて、十の位が繰り上がって……というプロセスを、
そろばんの玉の動きを通じて覚えていくのだ。


そしてもう1つ。
そろばんの扱いにすっかり慣れきった人は、難しい計算をする際、
そろばんの玉の動きをイメージして処理する癖がつくのである。

だからそろばんをやっていた人は総じて、暗算にも強い。
机の上に架空のそろばんを置いて、指だけ動かして計算することもできる。

さらに能力を持った人なら、頭の中にそろばんを想像して
頭の中で弾きながら、大きな桁数をさばいていくことも可能になる。

一時期テレビで、画面に現れる数字を足して答えを出す「フラッシュ暗算」が
話題となったが、3桁、4桁といった数字が短い間隔で次々に出てきても、
それらを冷静に処理できるのは、頭の中のそろばんをパチパチと弾きながら
計算しているからなのである。


練習を重ねていけば、計算能力は偽りなく、確実に身についてくる。
脳の活性化にもつながり、何度も反復することによって精神的にも鍛えられる。

これが、人間を育てる「アナログの良さ」である。


●「数字力」をつけるには、数字そのものを……


その昔、小学生が通う習い事の一番手といえば、そろばん(珠算)だった。
しかし電卓やパソコンが普及していくにつれて、そろばん塾に通う小学生が
だんだんと少なくなっている。

もちろん少子化の問題や習い事の多様化、
そして「ゆとり教育」による学習指導要領改訂の影響といった要因もあるだろう。


ニーズが減れば、受け皿も縮小していく。総務省統計局の「サービス基本調査」によると、
平成16年現在の「そろばん教授業」事業所総数は8267ヵ所。
5年前の調査に比べて3割近くも減ってしまった。
会社の経理などにおいてそろばんを使用する社会人も、今では少数派となっているようだ。


便利なものを使えば、仕事の効率がアップするのは当然のこと。
しかし人間がやるべき作業を機械に依存するということは、
その分だけ人間の脳や身体の持つ機能が確実に、なまってしまう。

数字の桁がきちんと読めない。簡単な暗算ができない。
こうしたウィークポイントに心当たりがある方も、おられるのではないだろうか?


最近では「KY」ならぬ「SY(=数字が読めない)」という略語も出てきているらしい。
日本のビジネスマンに足りないのは「数字力」だと唱える経営コンサルタントもいる。

数字力というのは、例えば
「日本の人口」「日本国内にある株式会社の数」「給料と労働時間から割り出した、自分の時給額」など、
世の中のあらゆる物事に対する数字の感覚をしっかり把握しておきましょう、という意味の言葉だ。

よって「数字力=計算能力」ではないのだが、
身の回りにある数字を読むためには、まず「数字そのもの」が読めなければならないのもまた、事実である。


日本の人口を例にとっても、
「120,000,000人」と数字だけを見せられて、
果たしてすんなり「1億2千万人」と、答えられるかどうか。

「えーと、一、十、百……1千2百万人!」となってしまう人も、意外に少なくないかもしれない。

しかし、こうした難しい桁の感覚も、自分の手で数字を操りながら答えを導く
そろばんの上達につれて、自然と身についてくるものだという。


●これからも「必需品」でありますように


前述した「そろばんがもたらす脳への効果」が、
幸いなことに、改めて見直されようとしている。


「脱・ゆとり教育」の指針に伴う学習指導要領の見直しによって、
小学校ではそろばんを使った授業の機会を増やす動きへと、再び変わってきているようだ。
専門のそろばん講師を小学校に派遣して、学校教育におけるそろばん学習の充実化を図っている自治体もある。


そして最近では、中高年層におけるそろばん人口も増加の動きが見られており、
認知症予防や脳の活性化のために、そして生涯学習の一環として
そろばんを始める人の数が徐々に増えているという。

そろばん教室のスタイルも変化を遂げており、
子供達が楽しく、興味を持ってそろばんが上達できるようにと、
工夫を凝らしたさまざまなプログラムが実践されている。

こうした1つ1つの動きが、
業界の底辺再拡大につながっていくことを期待したい。


本来鍛えられるべき計算力が身につかない、という弊害が「数字に対する苦手意識」につながり、
もともと身につけておくべき能力までも奪っていくと考えるならば、

便利なモノが増えて世の中が進化していくのと反比例するかのように、
人間としての機能が「退化」するという表現も、あながち間違いではないのかもしれない。


だからこそ、世界でもっとも古い計算道具であり、
戦前から子供達の「考える力、計算する力」を育ててきたそろばんに対しては、
これからもずっと、人間の成長に必要なモノとして幅広い世代に使われ続けてもらえる
「教育の必需品」であってほしいと、心から願う。



(文:フィデリ編集部 松尾)


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【映画配給業】 次世代DVD競合の「これまで」と「これから」

2008年03月04日(火)
 
70年代後半〜80年代前半にかけて、家庭用ビデオデッキの標準規格を巡って繰り広げられた
「VHS 対 ベータマックス」の戦いが懐かしい。
決着がついた後、「こんな、ムダを生むだけの争いはもう二度と起きてほしくない」という声も多く聞かれたという。


しかし、歴史は繰り返された。今度は次世代DVDの規格を巡る戦い。
HD DVDが負けた、というよりも「東芝が負けた」というイメージが、どうしても強くなってしまう。

新製品発売時の記者会見ではかなり強気なコメントが聞かれていただけに、
水面下での戦いに敗れての撤退は少々拍子抜けとなったが、
いくら抵抗したところでもう勝ち目はないという市場の空気は、
経営陣でなくてもはっきり感じ取れるものだったのは間違いない。


「ブルーレイディスク」から約半年遅れて策定された「HD DVD」。
もともとDVDの新規格は一本化されるという見込みが強かったのだが、
分裂の結果を招いたのは、ソニーと東芝の間で、規格の主導権争いを巡る折り合いが
最後までつかなかったのが理由ではないかとされている。

HD DVD(単層15GB/2層30GB)をしのぐ記憶容量(単層25GB/2層50GB)や、
規格策定の段階で松下、日立、シャープなど国内外の主要メーカーが支持したことなど、
ブルーレイが市場を制する下地は初期の段階から着々と整いつつあった。

結果としてHD DVDを展開する東芝は、国内においてほぼ孤軍奮闘の形で
シェアを伸ばすより仕方ない状況に陥ってしまう。


●「弱点」を克服し、風向きは一気にブルーレイへ


規格の策定当時、ブルーレイは大きな不安材料を抱えていた。
既存規格との互換性がない点や、製造法が変わることによる生産コストの問題など、
新しい構造がもたらす懸念である。

ブルーレイの持つ不安と共に、HD DVDにとってはもう1つ、頼みの綱があった。
両規格の本格的な利権争いが始まった2005年の段階で、支持がほぼ二分していた、
アメリカの映画会社の動向である。

もしこのまま、ブルーレイの持つ不安が解消されずに商戦へと突入したなら、
既存DVDの生産ラインをそのまま使える、HD DVDが優位に立つかもしれないという声も
当時は聞かれたほど、製品化される前の両勢力は拮抗していたのだ。

この市場においては「映画のDVDソフトを提供する」立場となる、映画会社。
当たり前ではあるが、自社のソフトをたくさん買ってもらうには、
たくさん売れているハードウェアに提供先をシフトさせるのが普通である。
売れていないハードに対してのソフト提供は、返品のリスクだけでなく
無駄な製造コストにもつながり、大きな損失を招きかねないからだ。

そういった意味でも、ブルーレイとHD DVDのどちらが生き残るのか(あるいは共存するのか)を、
ソフトを提供する側の各社が市場をどう見極め、どういった判断を下すのか。
次世代規格の争いはソフトウェア業界、もっと詳しく言えば、
映画の本場、ハリウッドの支持がどちらの規格へと傾くのかに、世間の関心は注がれた。


●アメリカ市場で早々と勝負あり。日本でブルーレイはいつ定着?


しかし、国内市場では多数派となるブルーレイにとって、これらの不安解消にはそれほど時間が掛からなかった。
量産を可能とする生産ラインが確立され、課題といわれていた既存規格との互換性や生産コストの問題なども
次々とクリアされただけでなく、
最終的には機能面におけるHD DVDが持つ優位性まで全て消し去ってしまった。

これによって、ソフトウェア業界の支持も一気にブルーレイへ傾くと、市場の流れはガラリと一変する。
日本よりも次世代DVDの普及が早いアメリカではブルーレイ対応ソフトの売上がHD DVDを大きく上回り、
日本でも「プレイステーション3」への標準搭載によって知名度が上昇し、
ブルーレイ優位の情勢は全世界で揺るぎないものとなっていった。

(ちなみにHD DVDにはマイクロソフトをはじめとしたコンピュータ業界からの支持があったものの、Windows VistaやXbox 360の売上が伸び悩んだことなどによって、市場への影響力はほとんどなかったようだ)


国内では圧倒的に立場の悪い状況となった東芝は、まずはアメリカでHD DVDのハードをしっかり売って、
海外市場で優位に立った勢いを日本での商戦へと持ち込みたかったに違いない。
特に北米市場での度重なる値下げ攻勢に、その強い意図が伺えた。
それでも思うような売れ行きには結びつかず、性能で勝るブルーレイにあっさりとシェアをひっくり返される結果になった。

それによって、HD DVD支持、あるいは両規格支持の意思を示していた各社も
ブルーレイへの一本化へと流れて行き、「ソフトが集まらないハードは廃れる」という、
家庭用ゲーム機の競合負けと同じような運命をHD DVDも辿ることになってしまったのだ。


最終的にブルーレイへと統一された次世代DVDだが、
国内においてはまだまだ満足できるだけの売れ行きには至っていない。

既存DVDのユーザー層を次世代に移行させる必要性については、
ブルーレイ対応の「プレイステーション3」がこの先、「Wii」などとの競合において
どこまで普及してくるかという点に、ソフトウェアの売上も大きく関係してきそうである。
はじめてDVDというメディアに触れたのが「プレイステーション2」だった、という人は多いと思うが、
果たして同じ流れが期待できるかどうか、DVDソフト業界やゲーム業界なども含めた広い視野で、
この先を見ていかねばならないようだ。



(文:フィデリ編集部 松尾)


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【食用油脂製造業】 忍び寄る「狂い」の恐怖

2008年02月05日(火)
 
某大手ドーナツショップが、昨年末から全店でドーナツの揚げ油を新しいものに切り替えた。

導入されたのは「低トランス脂肪酸油」と呼ばれるもので、
欧米では急速に進んでいるトランス脂肪酸排除への動きが、ようやく日本でも広く知られるようになりつつある。


「業種ナビ」にも記しているが、
トランス脂肪酸を多く含むと食品として槍玉に挙げられるのが、主にマーガリンやショートニングといった食用油脂。
これらはケーキの材料や、フライドチキンやポテト、ドーナツなどを揚げる油にも使われている。

単にマーガリンやショートニングが悪いのではなく、
不飽和脂肪酸を多く含む油脂を原料とした場合にトランス脂肪酸の含有量が増えるということだ。


この正常でない化学結合を持つトランス脂肪酸には、悪玉コレステロールを増やす機能があるとされており、
近年、心臓疾患や動脈硬化などを引き起こす要因として世界的に注目されるようになった。
また多量の摂取が、ガンや不妊症、認知障害といった病気にもつながる危険性を指摘する声もある。

ちなみにアメリカでは、
ケンタッキーフライドチキンやスターバックスの全米店舗においてトランス脂肪酸の使用が中止され、
中でもニューヨーク市ではトランス脂肪酸の使用そのものが全面的に禁止されている。


●意外と低い消費者意識。しかし関連業界は……。


話を戻すが、
最初の段の文末で「ようやく日本でも広く知られるようになりつつある」と書いたのは、
日本人のトランス脂肪酸摂取量が欧米人に比べてはるかに低いとされていること。
そして、トランス脂肪酸の含有に関する基準や表示義務が日本国内で特に定められていないことが
その理由である。


トランス脂肪酸の過剰摂取は、あくまで海外の問題。
まさか日本の食生活を脅かすまでの存在にはならないだろう、という一定の見解があったのではないだろうか。

消費者レベルにおいても、これまで国内でトランス脂肪酸の危険性を唱える人は決して少なくなかった。
しかし一般には「日本の食用油はアメリカのよりもはるかに良い品質なのだから、
アメリカで騒いでいるほどの危険性はないだろう」という認識、あるいは
「トランス脂肪酸? 何それ?」で終わってしまう人がほとんどであったはずだ。


幸いといっていいのかもしれないが、
これまで多量のトランス脂肪酸を含む食品として一部で問題視されていた
マーガリンの品質が、ここ数年で大幅に改善されていたり、
コンビニチェーンでも低トランス脂肪酸油を使った商品の販売を促進したりと、
国内における消費者意識の高まりを待たずして、業界内での対応は確実に進んでいる。


それでも、我々が日常生活において少なからず、トランス脂肪酸を摂取し続けていることに変わりはない。

冒頭のドーナツショップにおいても、使われているのは「低トランス脂肪酸」であり、
決してトランス脂肪酸ゼロの油ではないのだ。


そして、いまだ何の対策も施されないまま営業が続けられているファストフードチェーンも多数存在する。

スーパーなどに置かれているマーガリンや食用油も含め、
規制なき日本においては消費者の見識に頼らねばならないのが現状だといえる。


●食生活に「和」がなくなれば、危険も確実に近くなる


ファストフードやジャンクフード、コンビニフードといったものは、
好きで食べるだけでなく、仕事が忙しくて、あるいは時間がなくて
やむを得ず口にする機会も少なくない食事である。

さらに、ケーキやスナック菓子などの間食もする人であれば、
高カロリー、高脂質、塩分や糖類の過剰摂取に加えてトランス脂肪酸、ということになるため、
肥満だけでなく心疾患などへの影響もさらに大きくなる。

もっと言うなら、昨今の大食いブームに触発される形で「メガ○○」のような
高カロリーメニューが出回っている現状、1食で1000カロリーを軽く超えてしまうような食事の中には、
身体の毒となる要素も確実にその量を増やしていることを忘れてはならない。


健康的な日本食に対する評価は、世界的にも非常に高い。
しかし欧米化への一途をたどる日本人、特にこの先、
若年層の食生活から「和」を感じ取ることができなくなるかもしれない、と考えると……


アメリカ産牛肉の騒動が一段落したのも束の間、
相次ぐ賞味期限の改ざんに、今度は中国産の冷凍ギョーザ。

このところ常に揺らぎ続けている「食の安全」が取り戻せる日は、本当に来るのだろうか。
不安を感じるのは、私だけではないはずだ。



トランス脂肪酸の「トランス(trance)」とは「通常とは異なる意識状態」を意味する。

要するに、トランス脂肪酸を直訳すれば「狂った脂肪酸」。

言葉の意味まで、しっかりと頭に入れておきたい。



(文:フィデリ編集部 松尾)


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【即席めん類製造業】 短すぎた「1分の待ち時間」

2008年01月08日(火)
 
「おせちもいいけど、カレーもね」というCMのフレーズを覚えている人は、おそらく20代読者の方々の中にはほとんどいないだろう(筆者は30代)。


おせち料理やお雑煮にそろそろ飽きてきた、という人への訴求効果バツグンといえる宣伝コピーだが、カレーと同様に恋しくなるのが、インスタントラーメン。お正月の特別な食べ物から日常の素朴な味へと回帰したくなるのは、我々庶民が持つ不変の習性である。


さて、原油高騰の余波はインスタントラーメンの店頭価格にも影響しており、各メーカーは今月から、主要製品をおおむね1割前後値上げしている。めんの原料となる小麦はもちろん、製造工程で使われるパーム油に、具やスープの原料、さらには袋やカップといった包装資材のコストも膨らんでいるようだ。

コンビニで売られている商品の価格は上がるようだが、100円ショップの品揃えはどうなるのかと不安を持つ消費者も少なくないだろう。しかし「カップヌードル」と変わらぬ内容で量を少し減らした日清食品の「スープヌードル」など、低価格ショップでの販売に対応した廉価商品も市場では徐々に増えてきており、今後さらに幅を利かせる可能性が十分に考えられる。よって、インスタントラーメンが我々の手の届かない食品になってしまうなどといった、大げさな心配まではしなくていいと思われる。


●「3分待つ」という既存概念を打ち破る革命的商品


ところで、これも30代以上向けのネタになるのかもしれないが、
今から約25年前、お湯を入れた後、たったの1分で食べられるという「1分間ヌードル」が話題になったことがある。


お湯を入れる以外に加熱を施さないカップラーメンは、めんや具が食べられる状態になるまで少なくとも3〜5分は掛かるというのが世間共通の認識だった。これを1分で、つまり「ほとんど待たずに食べられる」メリットを前面に押し出した、新商品の登場となったわけだ。

当時はカップラーメンの常識を覆す画期的な発明ともいわれ、大手メーカー2社が参入してテレビCMも放映されるなど、ちょっとしたブームも起きた。


しかし、日本の食文化におけるカップラーメンのスタンダードは今でも「待ち時間3〜5分」のままである。どうしてなのか?


●日本人が「待つ」ことを選んだ理由


筆者の私も当時は小学生だったので、1分間ヌードルを食べた記憶は残っている。
美味しくなかった、というよりも「味気なかった」という印象が強い。


お湯を入れてフタをした後、「しばし待つ」という一連の段取りに、我々は慣れてしまっていたのだ。
決して待つことが苦痛なのではなく、むしろ「早くできないかな……」というワクワク感によって、目の前のカップラーメンに対する食欲がいっそうかき立てられる、いわばプラスの効果を生み出していたのである。


食べる喜び。それも待たされた末に得られる何倍もの喜び(ある意味「悦び」でもある)。これが1分であっさり満たされてしまうとなれば、なんだか肩透かしを食らったような物足りなさを覚えるのも無理はない。今から思えばこれが味気なさの原因だったのだろう。1分間ヌードルの持つメリットだと思っていた部分が、市場においては消費者心理を逆なでするデメリットに変わってしまったのだ。


興味本位による消費以外に売れる要素が見つからなかった1分間ヌードルは、ブームが長続きすることなく市場から姿を消した。「いくらなんでも1分は早すぎる」と、消費者から品質に対する信ぴょう性が疑われたり、メーカー間で製造法の特許を巡るいざこざもあったりと、終わってみれば逆風だらけの結果に終わってしまった。

適度な待ち時間があってこそ、より美味しさが引き立てられる。「何でも早ければいいというものではない」という教訓は、ひたすらに技術のみを追求するのではなく、実際に商品を使用する消費者の心理、そして暮らしとの融合といった、メーカー側が本来最も大切にしなければならないテーマの存在に、改めて気づかせてくれたような印象も受ける。昨今において叫ばれているスローライフの持つ意義が、この25年前の出来事から物語れるように感じたのは、私だけであろうか。


そういえば、よく働く人達だと世界で評される日本人は、一見せっかちなように見えて、
評判のラーメンを食べるためには行列に並んででも待つという、気の長さも持ち合わせた人種なのである。


技術の進歩を、国民性がはねのけた一例。でも、これはこれで良かったのではないか。




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【ボウリング場】 華あるところに、人は集まる(のか?)

2007年10月09日(火)
 
レジャーが多様化した今からでは想像もつかない「空前のボウリングブーム」を
知る層というのは、40代以上の人達になってしまうのだろうか(ちなみに筆者は30代前半)。


昭和40年代前半の話である。日本は高度経済成長の真っ只中。

ボウリングがアメリカ軍人の娯楽から庶民のスポーツへ、国民の認識を変える
きっかけとなったのは、レーンの裏にいるピンボーイと呼ばれる係員が、
1投ごとに倒れたピンを手で並べ直していた従来のシステムを機械化した
「全自動レーン」の普及だった。


●ボウリングは「大衆娯楽」の先駆け


日本初の全自動レーン施設として、昭和36年にオープンした
後楽園ボウリングセンターのゲーム代は250円(1ゲーム)。
時代的に決して安くない料金といえるが、それでも場内は、空きレーンを待つ
予約客で連日混み合ったという。


自由な服装で出来る手軽さや、ボールをブン投げて目の前のピンを倒すという
爽快感など、娯楽とスポーツの両面でボウリングが大衆の支持を受けるのに
そう時間は掛からなかった。


当時をよく知る方々に話を聞くと、


・平日の夜は会社帰りのサラリーマンやOLで、毎日ごった返していた。

・日曜日になると朝から全てのレーンが客で埋まり、
 3〜4時間あるいはそれ以上待たされることもあった。

・ボーナスでマイボール、マイシューズを買い、
 手にはめるグローブ(指と手首を固定してボールが曲がらないように
 する。正式名称はマングース)にもこだわった。

・「中山律子vs須田開代子」の戦いを、テレビに釘付けになって見ていた。



といった、ブームの頃の記憶があるという。


●“さわやか律子さん”に憧れて


特に、最後の項目については触れておく必要があるだろう。
先に分かりやすく書いておくと、当時の「中山律子vs須田開代子」というのは、

現在のゴルフ界における「宮里藍vs横峯さくら」、
フィギュアスケートなら「安藤美姫vs浅田真央」に例えられるような関係となる。


こちらもボウリングブームの到来に大きく関係する「女子プロボウラー第1期生」が
登場したのは昭和44年。メディアで彼女達の話題が大きく取り上げられるように
なり、テレビではボウリング番組がいくつも放映されたそうだ。


先に挙げた中山律子プロ(日本プロボウリング協会会長)や、
須田開代子プロ(元ジャパンレディスボウリングクラブ代表・故人)といった
「華ある面々」によってボウリングのイメージは急激に向上し、
プロに憧れてボウリング場に通い詰める人もたくさんいたのだという。
中山律子プロは「さわやか律子さん」の愛称で、当時出ていたCMの反響も大きかったとか。


「スター選手の存在が知名度を高め、競技人口の底辺を広げる」という、
スポーツにおける典型的な普及のパターンではあったが、

ブームの反動による供給過多やオイルショックの影響などによって、
わずか数年で市場は衰退どころか、没落という表現が適すと思われるほどの
激しい落ち込みを見せることになる。


その後、幾度かボウリングの人気復活を伝えるニュースは出てきたものの、
地域や年齢層を限定した形での普及という意味合いが強いものばかりで、
他のスポーツに比べて地味なイメージを払拭するまでの影響力には至らなかった。


●レジャー多様化による打撃を救うのは……


シネコンやショッピングセンターなど、複合型施設でなければ集客が難しく
なっている今の時代、ボウリング単体としてのレジャー需要についても
厳しい部分は否めない。

逆風に耐えて何とか生き残っている老舗のボウリング場も、その多くは依然、
苦しい経営を強いられている。


加えて競技会レベルでは、一般の多目的ホールや体育館に特設レーンを作って
試合が行われることも最近では多くなった。海外では屋外にレーンを設置することも
あるそうだが、今までのような「ボウリング場ありきのボウリング」ではない光景が
国内でも増えてくることになると、大規模の施設にとって収入源の1つとなる
競技会需要の面での不安もこの先、少なからず心配である。


ボウリング場に人を集めるための取り組みは、
社団法人日本ボウリング場協会をはじめ、各団体で日々行われている。
ボウリングは誰にとっても敷居の低いスポーツ、娯楽といえるために、
きっかけひとつで世間の関心が急に高まることも珍しくない。


そのヒントは、ビーチバレーやカーリング、バドミントンなどといったスポーツと
同じところにあるようだ。

現在は「第3次ボウリングブーム」といわれているが、ここには女子選手の
メディアへの露出度が大きく関係しているように思える。


06年春からBS日テレで放送されている「P★リーグ」というボウリング番組
(プロだけでなくアマチュアも参加している所に意義がある)が人気を呼んで
おり、選手に対する知名度も確実に上がっている。

また通販化粧品最大手のDHCが冠スポンサーとなって、
賞金総額3,800万円のレディースツアー大会を開催しているのも興味深い。

中山律子や須田開代子に続くスター選手がここから出現するのを、
関係者も待っていることだろう。



世間の注目を集めるには、やっぱり「華」が必要なのだ。


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【航空運送業】 もう残せない?「旅の思い出」

2007年09月25日(火)
 
航空券や搭乗券の「ペーパーレス化」が、急速に進んでいるようだ。


現実的な言い方をすれば、
「航空券や搭乗券そのものが、間もなく姿を消す」ことになる。



航空業界においては、チケットについている磁気テープの読み取り部分をマイレージの会員カードや携帯電話画面などに置き換えることで、紙券を発行する必要性をなくすという方向性に進んでいるのである。



搭乗客にとっては手続きの短縮、旅券チェックの簡素化による利便性の向上がメリットとなり、航空会社にとってはシステムの合理化によって紙資源や印刷コスト、ならびに人件費の削減を見込むことができる。燃料費の高騰などで経営が圧迫されている事情を考えれば、ペーパーレスによるコストダウンの持つ意味は大きい。



そして社会的に見ても、電子マネーの需要拡大や、映画館やコンサートなどにおけるチケットレスの動きも進んでいくなどの影響を与えることになるだろう。ITの普及という要素は大きいものの、それ以外の側面についても様々な関連性を持った技術革新といえる。



国内では06年初頭に日本航空が、自社のマイレージ会員を対象に行った「ICチェックインサービス」が初のペーパーレス導入モデルであり、全日本空輸(全日空)もこの9月から、航空券の予約・決済だけでチェックインの手続きをせずに搭乗できる新サービスを国内線で開始した。


今後は国際線においても電子化によるペーパーレスを進めるべく、両社ともに海外エアラインとの提携を模索しているようだ。




こういった、時代の流れや技術の進歩を指してアンチな視点で物を書く時、
そのテーマとなるのは大抵、「アナログに対するノスタルジー」である。




半券がないばかりに、自分の席がどこなのか、搭乗後に機内をウロウロとさまよう乗客の数は、おそらく増えることになると思われる。



「搭乗券の半券は、飛行機をお降りになるまで大切にお持ち下さい」というアナウンスは、今後どういう内容に変わるのだろうか。



「半券を2枚集めて、ピ○チュウのピンバッジをもらおう!」といったキャンペーンも、このままでは出来なくなってしまう。




思うに「チケットの半券」というのは、
「簡単に捨ててしまっていいモノのように思えてイザ捨てようと思ったらこれが意外になかなか捨てられないモノ」
の、代表格ではないだろうか。


例えばコンサート、映画、スポーツ、美術館、動物園、ロープウェイ、川くだり……。



仕事や出張で頻繁に飛行機を利用しているビジネスマンなどを除けば、
多くの人にとって飛行機に乗る、飛行機で海外に行くということは非日常的なものであるはずだ。


それゆえ、思い入れも大きくなる。空港で、飛行機を降りた後もずっと半券を握りしめている子どもなんかを見掛けると、滅多にない(あるいは初めての)経験に胸おどる、いつまでも記憶にとどめておきたいと思う、その心の中がよく理解できる。



何より半券というのは「乗った、旅した証(あかし)」なのだから。



ちなみに私も、初めての海外旅行で乗った飛行機の、
チケットの半券は「旅の思い出」として、ずっと残してある。



時代の流れに逆らえない、必要な変革であることは分かっていても、
便利さと無機質さが同居したような印象もあるペーパーレス化の流れには
「あるはずのモノがなくなる」という虚しさを、感じられずにいられない。




これはもう意見や反論といったスマートなものではなく、
消えゆく物を惜しみながらの悲しい愚痴にも近くなってしまっているが。




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【人材派遣業】 イメージを一新させる新しい需要

2007年09月11日(火)

派遣社員という言葉が世に広まるようになったのは、つい最近の話ではないだろうか。
少なくとも10年も前にはならないはずだ。


かつての非正社員といえば、契約社員、パートタイマー、アルバイト、マネキンなどがよく知られていたところであり、当時の派遣労働(マネキンがこれに該当する)といえば、女性が家事などと両立させながら働くための雇用形態、という認識が強かったように感じる。


さらにはアルバイト人口の増加によってフリーターという肩書きが一般化したことも、非正社員という立場でも社会の中で一定の認知を得られるようになった要因に挙げられる。またバブル崩壊以降、悪化の一途をたどっていた失業率が改善に転じるようになったのも、人材派遣市場の拡大による雇用機会の増加と大きく関係している。


人材派遣業における需要拡大の要因は、経費をかけずに人手不足を効率良く解消できるなど、受け入れる側となる大企業、中小企業にとってのメリットと主につながっている。


しかし、「低所得者層」や「格差社会」といった言葉を生みだす原因の1つとして、派遣労働の普及が挙げられているのも事実だ。企業にとっては好都合でも、働く側にとっての不満や問題点の中には、日々の生活に影響するまでの深刻なものも少なくない。


派遣って本当は……
働き盛りの人達がいてはいけない場所なんだけどね。



人材派遣会社に勤める知り合いの営業マンから、こんな言葉を聞いた。 いかにも本音のひと言、という感じの口調だった。

派遣社員のニーズは、女性や若者以外の層にも徐々に広がっていくと予想はしていたそうだ。しかしまだまだ一般企業の正社員として十分にやれそうな、中高年の男性登録者が増えていることに対しては、どうにも手放しで喜べない複雑な気持ちがあるらしい。


短い期間で急激な成長を遂げた人材派遣業。

一連の報道(法律で認められていない業種への派遣行為や偽装請負の摘発)によって、業界イメージが今ひとつ芳しくない状況ではあるものの、派遣型労働に対して依然、高い需要があることには変わりない。


それでも景気が回復して正社員雇用の枠が広がれば、人材派遣のニーズは確実に縮小する。
これまでの勢いを維持するためには、機械的な人手の送り込みから脱却した人材マネジメントという視点に立った上で、今後進むべき方向を模索しなければならない。


正社員への道につながる「紹介予定派遣」


一定の期間を経た後、派遣先企業が正社員として雇用することを前提とした「紹介予定派遣」が、今後の派遣市場における需要の中心となる可能性が十分に考えられる。


派遣社員の需要が大きく伸びた時期においては、派遣型労働のシステムを十分理解しないままに働いていた人も多かったのではないだろうか。あくまで派遣社員は非正社員であり、所属も派遣元会社の扱いとなる。よって派遣社員から正社員へのステップアップというのは通常、あまり現実味がない。特に若年層にとっては、自身のキャリアとしてプラスになりにくいことへの懸念が大きな問題点として挙げられる。


男女を問わず正社員志向を強く持つ人の割合が多い状況も含め、紹介予定派遣が「正社員に直結する派遣」として新たな需要の呼び込みにつながっていく可能性は高い。正社員になれればキャリアパスの期待も膨らむため、登録者の労働意欲やモチベーションの向上という点においてもプラスとなる。またこの形式の定着促進によって、企業に質の高い人材が送り込まれていくという好循環も期待できる。紹介予定派遣での採用を考える企業の増加も、景気の回復に伴って望まれるところだ。


表面上の雇用ではなく、人材の質を見つめたサービス提供も必要


しかし正社員登用を前提とした雇用となれば、さすがに「人手があれば誰でもいい」という訳にはいかなくなる。派遣元社員の人材教育や能力の育成を強化して、業種や業態に見合った技術や基礎的な知識を身につけた人材の派遣によって、派遣先企業に対して付加価値の高いマンパワーを提供することも必要となってくるだろう。


第二新卒を含む若手社会人、十分なビジネススキルや専門的知識を持って中途採用を目指す転職組、そして後継者を育てる指導力を備えた中堅ベテラン層、ならびに中途退職者にとっても、派遣労働という形態が抵抗のないものへと変わり、それぞれの転職活動における選択肢の1つとして考えられるようになれば、市場にとってもこれまでとは違った形での需要の広がりが期待できるのではないだろうか。


最近では、正社員としての雇用を前提に仕事のあっせんを行う「人材紹介サービス」も進出を見せている。雇用形態の多様性をアピールする形で拡大していった人材派遣市場が、今度は「本来あるべき雇用の姿」を見直しながらの需要維持に努めていけるよう、各企業の、そして業界全体としての取り組みに期待したい。


【フィデリ・業種ナビ】 ⇒ 人材派遣業  


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