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蜂の巣ログハウジング(株)
大分県で国産杉材を使ったログハウスを建てています。 その他、自然丸太を使った商業施設・ウッドデッキ・注文家具と取り扱っています。 湯布院に木工品を中心としたクラフトのショップがあります。

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社名(蜂の巣)の由来

2007年07月28日(土)
 弊社から取引のない会社に電話をかけるとき以下のような会話がかわされます。

  「もしもし、蜂の巣ログハウジングですが」

  「えっ! ハ・チ???」

  「蜂の巣ログハウジングです」

  「えっ!・・すいませんハチ…!」

  「ハ・チ・ノ・ス ログハウジングです。」

  「ハチノスさんですか…・」

 また、以前一度だけ以下の宛名書きの封筒が郵便物として届きました。

  「蟻の巣ログハウジング様」 アリの巣のログハウス。漢字で書くとたしかに似てますね。

 弊社は、山林を所有する川野幹夫(弊社社長)が木材の将来を危惧し、付加価値をつけた木材の供給を目指して設立した木工家具製作所『津江民芸』からスタートしました。その後、更なる木材の販路を模索する中で、北欧のログハウスを見学する機会を得、純国産のログハウスメーカーの設立となりました。

 設立の際に屋号を決めなければならず、協力してくれていた数人と会議を開き、喧々諤々意見を交わしましたが、夢は大きく全国を視野に入れたメーカーを目指している川野がこれはという名前は浮かびませんでした。

 そのうち、協力者の一人相良氏(木工ろくろ職人)が

  「蜂の巣というのはどうかな…」

  「蜂の巣…蜂の巣城の蜂の巣か…いいじゃないか…」

 ということで一気に決定したそうです。


 さて、ここからは、年代によって、ああ!あの有名な『蜂の巣城か』と意味がわかる人と、かえってわからなくなった人に分かれると思います。

 近頃は便利な時代になり、知らない言葉の意味をすぐに調べることができます。『蜂の巣城』という言葉をご存じない方は、「蜂の巣城」または「室原知幸」という言葉で検索してみてください。

 簡単に説明しますと、1953年6月26日、筑後川上流域は集中豪雨に襲われ、下流の筑後平野一帯で大洪水の被害にあいました。その翌年、九州地方建設局は上流部に治水ダムを計画、建設の準備にとりかかりました。しかし計画段階の時点で地元住民の了解が得られず、日本で初のダム反対運動といわれる蜂の巣城紛争となり解決まで実に13年を要したのです。

 その際の反対運動の拠点として、河岸に設営された砦(丸太でやぐらで作った)が蜂の巣のようであったために『蜂の巣城』と呼ばれたのです。公共事業に対するはじめての民間による反対運動のシンボルだったのです。

 弊社設立の協力者の中にこの運動の関係者がいたわけではないのですが、当時蜂の巣城の設営された下筌ダム湖半に本社工場を設立したこと。全国に名の通った名前であること(当時)。一度覚えていただければ、忘れにくい名前であること、等々の理由でこの名前に決定し「蜂の巣ログハウジング有限会社」としてスタートし、現在は株式会社へと移行しました。

Posted by 蜂の巣ログハウジング(株) at 16:18  / ログハウス  / この記事の詳細
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